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第二章 朱南国
事実と思惑
しおりを挟む燃え盛る業火が、銀朱を罪ごと燃やし尽くす。
「あ、あああ!! ぐう……!!」
人間や獣なら焼かれる独特な匂いがあるはずだが、銀朱から匂いはしない。作り物は、結局作り物か。手を煩わせる程でもない、赤子の手をひねるような弱さ。わかってはいたが、朱己の模倣というならばもう少し手応えがあるかと、知らず識らずのうちに期待していたようで自然とため息がこぼれた。
やがて燃え尽き、生きている気配もなくなった、銀朱だったものへ近づいた瞬間。
炭のようになった体から、突如飛び出す小さな石。反射的に顔を横へずらして避けたが、少し掠って傷をつけた。
「……なんだ、あれは」
小さな石は、方角的にビライトの方面へ飛んでいった。追いかけてもいいが、とりあえず一度戻り報告することにするか、と思い留まる。
石が見えなくなった空を、目を細めて見つめ踵を返し空間へ戻った。
ーーー
「あら、師走おかえり。どうだった?」
空間へ戻ってきた師走に、ヴィオラが話しかける。師走は顔色一つ変えずに答える。
「口を割らぬので殺した。……だが、恐らく別の個体として、記憶を引き継いだ作り物が現れるだろう」
「……は?」
ヴィオラが眉をひそめる。私も恐らく同じ顔をしているだろう。師走は気にする様子もなく言葉を続けた。
「早くビライトの工場へ行くぞ。時雨と白蓮、そして玄冬。奴等の思惑は、そんなに単純ではないかもしれぬ」
「何かわかったの? 師走。伯父上たちの思惑が……」
「……思惑を確信にするために、確認する必要がある。香卦良」
香卦良の名を聞いて、葉季と戦う前の目的を思い出す。そうだ、香卦良に偲様のセンナがあるかを確認しないといけなかった。
香卦良は顔色が悪いまま空間の奥から現れて、少しだけ眉を寄せた。
「師走。お前が聞きたいことは、偲のことだな。偲のセンナは、私のところにはない」
「!! どこへ……」
「朱己、すまない。あの日……時雨が襲撃してきたあの日、白蓮へ託した。故に、今ここに無い」
師走はわかっていたかのように頷き、ヴィオラに目配せをしている。私は心臓の音が煩く、どうにも落ち着かない。まだ肝っ玉が小さいのかもしれない。
私の横で、少しだけ回復した葉季がおもむろに呟く。
「よく話はわからぬが……つまり、父上と時雨伯父上は、偲伯母上のセンナを奪い合っている最中かもしれぬ、ということか?」
「そうなるわね」
ヴィオラが真っ先に頷き、師走も目で肯定していた。だが、そうなると疑問が出てくる。
ヴィーにいる間に、白蓮伯父上は、偲様のセンナを取り上げられなかったということだ。持ち物の確認などはないのだろうか。仮にも、国際指名手配犯と同じ牢屋に入れられていたはずなのに。
私の疑問などは手にとるようにわかるのか、師走が腕を組みながら答えてくれた。
「ヴィーは利用したのだろう、白蓮が持っていると知っていて泳がせた。そして恐らく、白蓮もヴィーの思惑には気づいていた」
「それは……時雨伯父上を、思い通りに動かすために、ということ? 白蓮伯父上が、時雨伯父上の目的である偲様のセンナを持っているなら、白蓮伯父上さえ見ていれば……時雨伯父上の行動範囲は簡単に監視できるから」
「少しは、働く頭になってきたようだな。ヴィーは時雨がどこに居ようと、殺そうと思えばいつでも殺せる」
褒められているのか、貶されているのか疑わしいが、師走の言葉はご尤もで、頷いて返した。
「さて、と。わかったところで、行くわよ。ビライトへ。敵本陣へ乗り込みましょ!」
「え、ヴィオラ! 最初と言ってることが違うわ。最前線戦に出向くのは云々て」
言いかけてから、ふと思い出した。五珠のセンナは、五珠にしか砕けない。いや、五珠のセンナは、私にしか砕けない。
漆黒の牙が仮に完全復活した場合、私にしか殺せないのだとしたら。
「……まさか、ヴィオラ。私と銀朱を戦わせないために、あのとき最前線戦へ行くのを止めたの?」
「まあね。あんたには温存してもらわなきゃいけないわ。今の漆黒の牙と黄金の果の相手は骨が折れるし、銀朱の相手やら弟の相手なんてして疲れられても困るのよ。……心身ともにね」
ヴィオラの視線が、私の心ごと貫く。そうか、一番大切なのは心だ。守らなきゃいけない。心が砕けたら、私達は生きていけないのだから。
「雑魚の相手は我等でなくとも構わん。だが、五珠の相手は我等でなければならぬ。余計な犠牲を払うわけにはいかん」
「じゃあなんで……」
言いかけて口を噤む。わかっている。カヌレとの戦いのときには、致し方なかった。民の命と天秤にかけられたのだから。手を固く握りしめて、深呼吸した。首を横に振って、なんでもないと返す。一呼吸おいて、隣から葉季の優しい言葉が降ってきた。
「朱己。わしら臣下が死したとして、何かを背負う必要はない。皆もそう思っている。ただ、わしら臣下が生きていたことを、お主が覚えていてくれればそれで良い」
「葉季……」
忘れるはずがない。
今も鮮明に覚えている。みんなの笑顔も、怒った顔も、全部。これからだって忘れられるはずがない。いつの間にか皺が寄っていたようで、ヴィオラが私の眉間を指さした。
「ほら、皺。なにはともあれ、早く終わらせましょ。最終決戦の舞台に行くわよ」
「ええ。この手で終わらせるわ」
もう、誰かを理不尽に失わずに済むように。
大切なものを守るために。
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