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第二章 朱南国
二つの目的
しおりを挟むビライトへ向かうために、光琳と百夜兄様を呼び、現状と今後の方針を説明した。
ヴィーにいた二人の伯父上はビライトへ移ったこと、妲音は安否不明ということ、母様と項品は亡くなったこと、華音姉様も恐らくビライトにいるであろうこと。
「……ということで、我々はビライトへ乗り込みます。兄様と光琳はここに残って民の安全を確保していただきたいんです」
私が話す内容をただ静かに聞いてくれていた兄様が、光琳を一瞥して口を開く。
「俺は構わない。民は任せてくれ。だが……光琳は、着いていきたいんじゃないのか?」
兄様の視線の先にいる光琳は、いつもの笑顔で、私達を見つめた。
「百夜様。実の兄である貴方には、隠し事はできないようですね」
「実の兄であろうとなかろうと、わかる。妲音も光琳に迎えに来てほしいと思っているだろうしな」
少しだけ頬を緩めた兄様は、私達全員の兄の顔だった。胸を締め付けられるような思いで少し顔を歪めると、私の考えていることなどわかりきっているのか、葉季が隣で私の肩を叩く。
「妲音が無事でビライトにいるかはわからぬ。しかし、せめてお主を守る盾にはなる、わしらはな。着いていこうではないか、光琳もそれで良いな」
「うん。朱己、ごめん。病気の僕を、君は心配してくれているんだと思うけど……妲音を一人にしておきたくないんだ、今この瞬間も」
私を見つめる彼の瞳には、一点の曇りもない。迷いなど存在しないのだ、光琳には。
「その目をしてる貴方は、反対しても着いてくるわね……一緒に妲音を探しに行きましょう、光琳。でも、必ず生きて帰って来ましょ、私が妲音に怒られるわ」
「ありがとう、朱己」
はにかむように笑う彼に、彼の兄である光蘭の笑顔が重なる。愛する者のためなら何も躊躇わない、命を賭す覚悟と強さを称える兄弟。
「じゃ、壮透。あんたはここに残りなさい。薬乃たちと百夜とね」
「断る」
「断らないで頂戴。あんた兄弟で争うつもり? 旧ナルスがどんだけ家族を重んじてるかはあたしたちもわかってるのよ」
「今更気遣いは無用。もとより、白蓮兄上と約束している。……必ず、この手で時雨兄上を止めると」
ヴィオラの目の前で手を握りしめる父の横顔は、長としてすべてを抱えていた頃とは違った。全てが吹っ切れたような、残る目的は時雨伯父上のみだと言わんばかりの、葛藤や迷いのない瞳。
「……父様」
「行きなさいよ、壮透。法華だったらきっと行けって言うでしょ」
私と重なるようにして父の背中を押す薬乃。思わず薬乃を見つめると、皆の視線が薬乃へ集中していた。
「薬乃……かたじけない」
「当たり前よ。法華から頼まれてんのよ、あんたのことは。とはいえ、どうせあたしが止めても聞かないでしょ? あんたは」
腰に手を当てて呆れたように笑う薬乃が、どれだけ父を理解しているか、そして父もまたどれだけ薬乃から助けられているのかが、ありありとわかる。そして、二人の関係性が、少なからず母のおかげであることを理解せずには居られなかった。
「……そ。わかったけど、あたしたちが守ってあげられる余裕あるかは、わからないからね。自力で生き延びて頂戴」
「無論、お前たちの手を煩わせる気はない。お前たちの目的は、眞白……いや、漆黒の牙の滅殺。私達の目的は、妲音の奪還と時雨兄上を止めることだ」
父様の強い視線を受け止めて、力強く頷く。ヴィオラと師走もまた、短く頷いていた。
「そしたら行くわよ、ビライトへ……って、ちょっと、何か増えてない?」
「わりぃな、俺も着いてくぜ」
いつの間にか父の隣にさもありなんと言わんばかりの夏能殿が立っていた。
「夏能」
「主譲りの頑固なもんでな。置いてくとは言わせねえぜ、壮透」
「……勝手にしろ」
父がため息をつきながら、少しだけ諦めているような、呆れているような瞳の奥で喜んでいる様にも見えたのは、きっと気の所為ではない。父と夏能殿の信頼関係は、きっとどんな辛い出来事も超えていける。今までもそうしてきたのだろう。お互いの辛さを、お互いが見逃さずに、傍に居続けてきたのだ。
そんな二人を少しだけ羨ましく、微笑ましく眺めていると、隣でヴィオラが手を叩く。
「さあさあ! のんびりしていられないわ。いい? 捕まって」
「ヴィオラ?」
皆で移動するのでは、と言いかけて、目の前に広がる目を疑う光景に、思わず息を呑んだ。
「香卦良のこの空間を捻じ曲げて、無理やりビライトの工場へ繋げたわ。ここは工場の裏口。いいわね、壮透たちの部隊は白蓮の援護。あたしたちは時雨を撃破よ」
「時雨は見つけてもまだ殺さん。漆黒の牙と黄金の果の居場所を割らせるまではな」
ヴィオラと師走の言葉は、有無を言わさぬ強さがある。そして、最善の道であることも理解できる。
そんな中で、私のわがままを言っても許されるだろうか、と少しだけ躊躇いながら口に出した。
「ヴィオラ、ひとつお願いがあるの。朱公も回収したい」
「……できるなら、ね」
ヴィオラは真面目な顔で答えた。
いつものように、ヴィオラならあんた何言ってんのと怒られるかと思ったが、怒られるよりも背筋が冷える展開だ。
「少し前から不穏な動きがあるわ。皆心して行くわよ」
「ええ」
ヴィオラの作ってくれた空間のトンネルをくぐり、戦場へ降り立った。
背後から、薬乃たちの「気をつけて」が聞こえた。
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