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むちゃくちゃな圧につい苦笑いを浮かべてしまう。どうしてこうも以前の遥にこだわるのだろう。そりゃあ同一人物だけども、記憶を失ってからはいろいろと変わってしまった。
好物だった抹茶とあんこはランキング圏外になり、過去のトラウマで嫌いになった辛い物は今や、毎日食べても飽き足りないほど。お酒だって飲むし、おつまみにも舌鼓を打っているというのに。
しかしちーちゃんはその変化を許してはくれない。おやつに抹茶とあんこを勧め、中華料理や辛口のカレーを希望すれば悲しそうに首を振る。
本来なら今日も髪を結ってポニーテールで出掛けたかった。ちーちゃんの冷たい視線に耐えられない自分が悪いのだろうけれど。
「抹茶以外なら食べてもいいわ」
「何で?」
私の小さな反抗にちーちゃんが目を丸くした。
「最近、食べ過ぎて飽きたのよ」
「それならお饅頭だね。すいませーん」
天を仰ぐ私の横をちーちゃんが颯爽と通り抜けた。そのまま店員の案内を受けて進む。不満げな顔で後を追って席に着き、ちーちゃんに堂々言い放った。
「いちごのショートケーキ食べるから」
「ショートケーキには抹茶もあんこも入ってないよ?」
正面に座るちーちゃんがまばたきを繰り返している。
「知っているわ」
「それなら抹茶かあんこにしなよ」
「今日はいい。そういう気分じゃないの」
「駄目」
突然の強い口調に体が揺れる。まるで心臓が耳のそばにあるかのように鼓動が大きくなる。一方ちーちゃんは冷静にこちらを見ていた。私ではない、白沢遥を見ていた。
「全部はる姉のためなの」
ちーちゃんの甘い声が耳に入る。
「えらい大学の先生が、記憶をなくす前の生活習慣を続けていれば、それがきっかけで思い出す可能性があるって言っていたの」
「それはそうかもしれないけど……」
「絶対そうなの」
テーブル上にあった右手が、ひどく冷たい両手につかまった。
「はる姉に早く記憶を取り戻してほしいの。だけどはる姉が嫌なら……好きな物食べて」
ちーちゃんから徐々に覇気が消えていく。挙句の果てには両手を膝の上に戻して背を丸めた。こうなると私は弱い。
「わかった。わかったから」
控えめに手を挙げると店員がすぐに駆けつけた。
「栗抹茶どら焼きのセットを一つ。飲み物は上煎茶で。ちーちゃんは?」
「いちごパフェ」
「じゃあそれで」
店員は注文を繰り返した後ですぐに踵を返した。今日もまた抹茶にあんこ。吐き気を覚えるほど嫌いではないにしろ、そろそろ本格的にそうなりそう。
「優しいはる姉、大好きだよ」
その笑顔に愛おしさと危機感を抱く。本当にこれでいいのだろうか。この生活を続けた先にあるのは、ちーちゃんが思い描く過去の私。趣味嗜好が変わることなく、あの日で止まったままの私。
人間は簡単なきっかけで変わる。愛していた趣味が、憎むべきものに変わることだってある。それがいいか悪いかはわからない。だけどその積み重ねが人生と呼べるものだろう。
別に私のプロフィールが変わっても迷惑は掛けない。そう言えばわかってもらえるだろうか。いいや、きっと悲しむだろう。
どうしてわかってくれないのと目元に涙を溜め、最悪、見捨てられるかもしれない。それが堪らなく怖い。私が私でなくなるより怖かった。
「お待たせしました。栗抹茶どら焼きのセットと……いちごパフェです。ご注文は以上でしょうか?」
頷くと一礼して店員は去った。テーブルに並んだ宝石箱のようなパフェと深緑色のどら焼き。ため息をかみ殺して手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
ちーちゃんがパフェを一口掬ってかぶりついた。
「すっごくおいしい。これなら三つくらい簡単に食べられそう」
顔を綻ばして身悶えするちーちゃん。その姿に心の棘がほんの少し丸みを帯びた。
お節介に悪気がないのは重々わかっている。記憶を取り戻してほしいという願いも祈りも、心からそう思っているんだ。
だけどそれを受け入れていいのか何度だって迷ってしまう。
好物だった抹茶とあんこはランキング圏外になり、過去のトラウマで嫌いになった辛い物は今や、毎日食べても飽き足りないほど。お酒だって飲むし、おつまみにも舌鼓を打っているというのに。
しかしちーちゃんはその変化を許してはくれない。おやつに抹茶とあんこを勧め、中華料理や辛口のカレーを希望すれば悲しそうに首を振る。
本来なら今日も髪を結ってポニーテールで出掛けたかった。ちーちゃんの冷たい視線に耐えられない自分が悪いのだろうけれど。
「抹茶以外なら食べてもいいわ」
「何で?」
私の小さな反抗にちーちゃんが目を丸くした。
「最近、食べ過ぎて飽きたのよ」
「それならお饅頭だね。すいませーん」
天を仰ぐ私の横をちーちゃんが颯爽と通り抜けた。そのまま店員の案内を受けて進む。不満げな顔で後を追って席に着き、ちーちゃんに堂々言い放った。
「いちごのショートケーキ食べるから」
「ショートケーキには抹茶もあんこも入ってないよ?」
正面に座るちーちゃんがまばたきを繰り返している。
「知っているわ」
「それなら抹茶かあんこにしなよ」
「今日はいい。そういう気分じゃないの」
「駄目」
突然の強い口調に体が揺れる。まるで心臓が耳のそばにあるかのように鼓動が大きくなる。一方ちーちゃんは冷静にこちらを見ていた。私ではない、白沢遥を見ていた。
「全部はる姉のためなの」
ちーちゃんの甘い声が耳に入る。
「えらい大学の先生が、記憶をなくす前の生活習慣を続けていれば、それがきっかけで思い出す可能性があるって言っていたの」
「それはそうかもしれないけど……」
「絶対そうなの」
テーブル上にあった右手が、ひどく冷たい両手につかまった。
「はる姉に早く記憶を取り戻してほしいの。だけどはる姉が嫌なら……好きな物食べて」
ちーちゃんから徐々に覇気が消えていく。挙句の果てには両手を膝の上に戻して背を丸めた。こうなると私は弱い。
「わかった。わかったから」
控えめに手を挙げると店員がすぐに駆けつけた。
「栗抹茶どら焼きのセットを一つ。飲み物は上煎茶で。ちーちゃんは?」
「いちごパフェ」
「じゃあそれで」
店員は注文を繰り返した後ですぐに踵を返した。今日もまた抹茶にあんこ。吐き気を覚えるほど嫌いではないにしろ、そろそろ本格的にそうなりそう。
「優しいはる姉、大好きだよ」
その笑顔に愛おしさと危機感を抱く。本当にこれでいいのだろうか。この生活を続けた先にあるのは、ちーちゃんが思い描く過去の私。趣味嗜好が変わることなく、あの日で止まったままの私。
人間は簡単なきっかけで変わる。愛していた趣味が、憎むべきものに変わることだってある。それがいいか悪いかはわからない。だけどその積み重ねが人生と呼べるものだろう。
別に私のプロフィールが変わっても迷惑は掛けない。そう言えばわかってもらえるだろうか。いいや、きっと悲しむだろう。
どうしてわかってくれないのと目元に涙を溜め、最悪、見捨てられるかもしれない。それが堪らなく怖い。私が私でなくなるより怖かった。
「お待たせしました。栗抹茶どら焼きのセットと……いちごパフェです。ご注文は以上でしょうか?」
頷くと一礼して店員は去った。テーブルに並んだ宝石箱のようなパフェと深緑色のどら焼き。ため息をかみ殺して手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
ちーちゃんがパフェを一口掬ってかぶりついた。
「すっごくおいしい。これなら三つくらい簡単に食べられそう」
顔を綻ばして身悶えするちーちゃん。その姿に心の棘がほんの少し丸みを帯びた。
お節介に悪気がないのは重々わかっている。記憶を取り戻してほしいという願いも祈りも、心からそう思っているんだ。
だけどそれを受け入れていいのか何度だって迷ってしまう。
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