乙女ゲームのモブ(雑に強い)の俺、悪役令嬢の恋路を全力でサポートする。惨劇の未来から王国を救うために奔走します!

夏芽空

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【1話】乙女ゲームのモブ、破滅の未来を変えることを決意

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「リリーナ・イビルロータス。お前の恋を、俺が全力で応援してやる! この王国を救うためにな!!」
「……あんたいきなり何言ってんのよ?」

 ――四月一日、午後四時。
 悪役令嬢である彼女に向けて、そんな宣言をした。
 
******

 四月一日、午前七時。
 リヒト・シードラン子爵令息はベッドから落ちた衝撃で、前世の記憶を思い出した。
 
「……マジかよ。ここってゲームの世界だったのか」

 『マジカルラブ・シンフォニック』――魔法学園に通う十六歳の主人公が、イケメンヒーロー(攻略対象は一人だけ)と結ばれるという乙女ゲームだ。

 ここは、前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム――マジカルラブ・シンフォニックの世界。
 前世の記憶は、そんな衝撃の事実をリヒトに教えてくれた。
 
「ていうか、俺ってモブかよ」
 
 マジカルラブ・シンフォニックには、リヒト・シードランというキャラクターは登場しない。
 
 名前のないキャラクター。
 つまりはいてもいなくてもストーリーになんら影響しない、ただのモブだ。
 
 小さくため息を吐くリヒトだったが、途中で中断。ハッとする。
 
「待て待て待て! ゲームと同じってことは、当然展開もあるってことだよな……まずいじゃねえか!!」

 ここ、レーベンド王国に住まう人間の半数が死ぬ――ゲームの終盤である来年の三月、そのイベントは必ず起こる。
 どのルートを選んでも、絶対に避けることができない。
 
 そんな大量虐殺の犯人は、リリーナ・イビルロータス侯爵令嬢。
 ゲームにおいて彼女は、主人公とヒーローの恋路を邪魔する存在。
 俗にいう悪役令嬢というやつである。
 
 闇堕ちした彼女の力が暴走し、惨劇を引き起こしてしまうのだ。
 
(このままいくと、国の人が大勢死ぬ。そんなこと、絶対にさせてたまるか!)

 緑色の瞳をすうっと閉じ、首を横に振るリヒト。
 その動きに合わせて、薄茶色の髪がバサリと揺れる。
 
(惨劇の原因は、リリーナの闇堕ちだ。逆に言えば、闇堕ちを防げば惨劇は起こらない!)

 そうと決めれば、闇堕ちの原因を排除しなければならない。
 
 原因が何であるか――ゲームの知識があるリヒトにはそれが分かっていた。
 
 マジカルラブ・シンフォニックのヒーローに、リリーナは恋心を抱いている。
 しかしヒーローが選ぶのは主人公。悪役令嬢のリリーナではない。
 恋心叶わずの彼女は負の感情をため込みすぎて、暴走してしまう。
 
 というのが、闇堕ちの原因。
 簡単に言えば、失恋したショックで闇堕ちしてしまったのだ。
 
 では、それを排除するにはどうたらいいのか――簡単だ。リリーナとヒーローを結ばせればいい。
 そうすればリリーナの恋心は成就。闇堕ちすることもなくなるはずだ。
 
「俺の役割は、悪役令嬢の恋の応援団ってとこか……」

 恋愛経験ゼロどころか一人の友人すらいない自分が、まさかこんなことをする羽目になるとは思わなかった。
 
 しかし惨劇を回避するためには、こうするより他に道はない。
 
 グッと拳を握ったリヒトは、強い決意を心に立てた。
 
******

 メルティ魔法学園。
 レーベンド王国王都にあるこの学園には、十五から十八歳までの多くの令息令嬢が通っている。
 
 悪役令嬢であるリリーナ、そして、ただのモブであるリヒトもその中の一人だ。
 共に十六歳である二人は、学園の二年生。
 しかし、クラスは違う。
 
 メルティ魔法学園は、学年ごとにA、B、Cの三つのクラスに分かれており、どのクラスに配属されるかは家の爵位によって決まる。
 
 Aクラス――公爵や侯爵といった、国内でも大きな権力を持つ家。
 Bクラス――伯爵や、子爵の中でも権力を持っている一部の家。
 Cクラス――大きな権力を持たない子爵や、男爵。AやBに入れない下級貴族家。
 
 これといった権力をもたないシードラン子爵家の令息であるリヒトは、Cクラス。
 大きな権力を持つイビルロータス侯爵家の令嬢であるリリーナは、Aクラスだ。
 
(とりあえず、リリーナに話をしなきゃな)

 昼休憩。
 Cクラスの教室を出たリヒトは、Aクラスへと向かう。
 
 しかし、リリーナは席にいなかった。
 彼女を呼び出し、人気ひとけのないところで話をしようと思っていたのだが、今は無理そうだ。
 
「仕方ない」
 
 制服の胸ポケットから、ペンと紙切れを取り出したリヒト。
 紙切れに文字を書き殴ると、それをリリーナの机の中にポイっと入れた。
 
******
 
 誰にも使われることなく放置されている旧校舎。
 三階の一番奥には、小さな空き部屋がある。
 
 一日の授業が終わった放課後。
 リヒトは今、その空き部屋にいた。
 
「ちゃんと来てくれるだろうな……」

『お前の秘密を知っている。放課後、一人で旧校舎三階最奥の空き部屋に来い』、昼休みにリリーナへ宛てた手紙には、そんな内容が書いてある。

 脅迫めいた文言になってしまったが、こればかりは仕方ない。惨劇を回避するためだ。
 
 バタン!
 
 ノックもなしに、勢いよくドアが開かれる。
 空き部屋の中に入ってきたのは、悪役令嬢――リリーナ・イビルロータスだ。
 
「どういうつもりよ」

 ウェーブのかかった長い金色の髪に、ルビーのような赤い瞳。
 キレイ系の、とても整った顔立ち。
 
 とても優れた外見をしているリリーナだが、優れているのはそれだけじゃない。
 勉学、運動、魔術師としての適性。
 どれをとっても、優れた成績を残している。
 
 そんな彼女の全身からは、これでもかというくらいの不機嫌オーラが噴き出ていた。
 
「あの手紙はなによ。脅しのつもり? 目的はお金?」
「いや、そういうのじゃなくて――」
「ていうか、そもそもあんた誰よ。初めて見る顔ね」

 凄んで言われるが、それは違う。
 過去に何度か、廊下ですれ違ったことがある。
 
(まぁ、俺のことなんて覚えてないよな)

 それなりに整った容姿をしているリヒトだが、リリーナのような華々しさは持ち合わせていない。
 一言で言うと、地味。覚えられていないのも当然と言える。
 
「二年Cクラス、リヒト・シードランだ」
「Cクラスの下級貴族が、この私を脅すなんてね」

 見下した視線を向けてきたリリーナが、ハン、と鼻で笑った。
 
 傲慢でワガママ。
 それがリリーナ・イビルロータスという女性徒だ。
 まさに、悪役令嬢にピッタリな性格をしている。
 
「それで、私の秘密って何よ?」
「……いいか、よく聞け。このままだとお前は、王国の人間を大量虐殺することになる。人が死ぬのに放っておくなんて真似、俺にはできない」
「…………はぁ?」

 怪訝な顔をしているリリーナを気にせず、リヒトは言葉を続けていく。
 
「リリーナ・イビルロータス。お前の恋を、俺が全力で応援してやる! この王国を救うためにな!!」
「……あんたいきなり何言ってんのよ?」

 ――四月一日、午後四時。
 悪役令嬢である彼女に向けて、そんな宣言をした。
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