19 / 46
【19話】ステラとのフェスティバル
しおりを挟む午後五時。
リリーナと別れた後、適当に時間を潰してから、リヒトはステラと合流した。
しかし、待ち合わせ場所にいたのはステラ一人だけ。
一緒に来ているはずの、彼女の妹はいなかった。
「妹はどうした?」
「それが急に、勉強したい、って……。それで、『私の分まで楽しんできてね』と、そう言われて送り出されちゃいました」
まったくあの子は……、と呟いたステラ。
呆れ顔で小さくため息を吐いた。
「申し訳ございません」
「どうして謝るんだ?」
「リヒトさんに不快な思いをさせてしまったので」
「そんな訳あるか。俺はまったく気にしてないよ」
勉強熱心な妹だな、とリヒトは軽く笑い飛ばす。
「それに、お前と二人で祭りを見られるなんて、なんだかデートみたいで舞い上がるしな」
「デ、デート……!」
驚いた声を出したステラは、俯いてしまう。
半分本気、半分冗談で言ったみたのだが、そんなにもショックだったのだろうか。
(これは悲しいな)
ガックリしながら、行こうか、とリヒトは声をかける。
「……はい!」
安心したような、喜んでいるような声色で、ステラは返事をした。
俯いたままなのでどんな顔をしているか分からないが、声色からして、好感触なのは確か。
ショックを受けている、というのは思い過ごしだったようだ。
リヒトは大きく安堵した。
「すごい活気ですね」
あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。
多くの人でごった返している路上を歩くステラは、せわしなく視線を動かしている。
「私のいたところとは大違いです」
王都に来る前は、ここから遠く離れた辺境にいたんです。
以前、ステラはそんなことを言っていた。
その地域にはほとんど人が住んでおらず、人間よりも家畜の数の方が多かったとか。
(そんなとこから引っ越してきたのなら、こういう反応になるのも仕方ないか。……けど)
「しっかり前見て歩かないと危ないぞ」
危なっかしいので注意する。
注意されたステラは反省――することなく、なぜだか嬉しそうにクスクスと笑った。
「リヒトさん、お母さんみたいです」
「あのなぁ。俺は真面目に言ってるんだぞ」
「ふふふ、ごめんなさい」
ステラらしからぬ不真面目な態度。
お祭りの雰囲気に当てられて、気分が舞い上がっているのもかもしれない。
「リヒトさん、あそこに寄ってもいいですか?」
ステラの視線の先には、アクセサリーを取り扱っている露店。
しかも、一時間ほど前にリリーナのネックレスを買った店だ。
「妹に、髪留めを買っていきたいんです」
「もちろんいいぞ」
妹想いの健気な理由を、つっぱねることはできなかった。
(今日一日で同じ店に三回訪れるとは思わなかったけど……)
すっかり顔なじみになってしまった店主に、リヒトは軽く会釈する。
「うーん……」
数あるネックレスを、ステラは真剣に品定めしている。
どれだけ妹が大切か、それがひしひしと伝わってくる。
じっくり吟味したのち、ステラはピンクの髪留めを購入した。
「妹のこと、大切に思っているんだな」
「妹はいつも、私を元気づけてくれるんです。これまで辛いこともいっぱいありましたが、なんとか乗り越えてこられたのは妹のおかげ。だから、本当に感謝しているんです」
「感謝、か……」
感謝、という言葉を聞いて、パッと頭に浮かんだのはステラだった。
ステラは毎日、リヒトに美味しい昼食を作ってきてくれる。
恩着せがましいことは一切言わないし、その上、美味しいと言ってくれるのが嬉しい、と笑うのだ。
それがとれだけ嬉しいことか。
彼女には、日頃から深く感謝している。
「ステラ、この中で欲しいものはあるか?」
その感謝の気持ちを、リヒトは形にして返したいと思った。
ステラは困惑しながらも、ネックレスを手に取った。
それは、飾り気のない地味なシルバーのネックレス。偶然にも、リリーナにプレゼントしたものとまったく同じ物だった。
「お前もそれを選ぶのか」
「……え?」
「いや、なんでもない」
ステラの手からネックレスを取ったリヒトは、それを購入した。
「あ、あの……これはいったい」
「ステラにはいつも世話になっているからな。俺からのプレゼントだ」
目をまん丸くさせているステラに、ニコリと笑いかける。
「……私、男の人にこういうプレゼントを貰うの初めてで」
「ごめん。迷惑だったか?」
「いえ、ぜんぜんそんなことないです!! むしろその、逆と言いますか……あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうにステラが視線を逸らした。
どうやら喜んでくれたみたいだ。
「せっかくだし、ここでつけていこう」
ステラの背後に回ったリヒト。
うなじのラインにドキドキしながらも、なんとか無事にネックレスをつけ終わる。
「おお! ものすごく似合っているぞ!」
くるっと向き直ったステラに、思ったことをそのまま口に出した。
ネックレスをつけたことで、いつもより大人っぽい雰囲気になっている。
こういうステラも、とても魅力的で美しい。
「……ありがとうございます」
小さな声でお礼を言ったステラは、顔を下に向けた。
燃え上がるくらいステラの顔は真っ赤になっているのだが、リヒトはそれに気づいていない。
「い、行きましょう」
俯いたまま歩き出すステラは、フラフラと足元がおぼつかない。
(危なっかしいな)
そんなことを思った直後、嫌な予感は的中。
ステラが地面につまづいてしまった。
「危ねっ!」
ステラの前に乗り出したリヒト。
つんのめったステラの体を、抱きしめるような形で支える。
間一髪。
地面に激突する前に、なんとか止めることができた。
「申し訳ございません……」
「前見て歩かないと危ないって言っただろ」
少し強い口調で注意したリヒト。
小さくため息を吐いてから、ステラの手を取る。
「こうすればもう転ぶことはない」
「あの……!」
「『お母さんみたい』って言われても、解かないからな。ほら、行くぞ」
ステラの手はとても熱い。
その手を離さないようにギュッと握って、連れ立って歩いていく。
依然として俯いているステラの頬は、先ほどよりもさらに赤くなっているのだが、またまたリヒトは気づかないのであった。
3
あなたにおすすめの小説
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない
As-me.com
恋愛
完結しました。
自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。
そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。
ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。
そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。
周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。
※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。
こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。
ゆっくり亀更新です。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる