旦那様、それはいくらなんでもキャラ違いすぎでは?~心の声が聞こえるようになった侯爵夫人は、いつも罵倒ばかりしてくる旦那様の本当の声を知る~

夏芽空

文字の大きさ
1 / 21

【1話】旦那様の本当の声


「毎度ながらに思うことだが、貴様の顔を見ながら食事をすると飯がまずくなるな。せっかくの昼食が台無しだ」

 理不尽な罵倒を飛ばしてきたのは、私の対面の席に座っているレオン・ゼレブンタール様。
 二十五歳の侯爵家当主で、私の夫だ。結婚してからもう一年になる。
 
 続いて聞こえてきたのは、
 
【今日もオリビアはかわいいな。一緒に食事が出来て本当に幸せだ!】

 先ほどとは、まったくもって正反対の声。
 これも対面に座るレオン様の声だった。
 
 でも、今の声は普通の人には聞こえない。
 これは、レオン様が心で思っていること――心の声。
 
 他人の心の声を聞くことができるという、世にも特殊なスキルを持つ私――オリビア・ゼレブンタールだけが聞くことができる。
 
 私がそのスキルに目覚めたのは、つい五時間ほど前のことだった。
 
 
 
 朝食を終えた私は食堂から私室に戻ろうと、通路を歩いていた。
 
 通路では、私に背を向けて一生懸命に窓ふきをしているメイドがいる。
 彼女はアンナ。
 二週間ほど前からここ、ゼレブンタール邸で働いている。
 
 アンナは十八歳で私と同い年。
 何度か話したこともあるが、元気で明るい真面目な女の子だ。
 
 頑張ってね!
 
 すれ違いざま、アンナの背中へ向けて心の中でエールを送る。
 そうしたら、

【どうしよう、背中がかゆいわ……。あー、かいてかいてかいてー!!】

 という声が聞こえてきた。
 
 なんだろう。ものすごく変な聞こえ方だわ……。
 
 その声は普通とは少し違っていた。
 耳から入ってくるのではなく、頭に直接響いてくるような感じがする。初めて体験する感覚だ。
 
 違和感を覚えながらも、私は首を動かして周囲を確認する。
 
 ……どうやら私に言っているみたいね。
 
 この場にいるのは、私と彼女の二人だけ。
 他に人がいない以上、私に言っていることは明らかだった。
 
 それにしても、アンナってこんな口調だったかしら?
 
 私と話す時、アンナは敬語を使っている。
 同い年だから敬語はいらないと言っても、頑なに崩そうとはしなかった。
 
 それなのに今日に限っては、めちゃくちゃフランク。
 どうして急に、そんな口調になってしまったのだろうか。
 
【ちょっと、どうしようこれ……ほんとにかゆいんだけど! 早くかいてー!!】
 
 分からないけど……とにかく背中をかいてあげなきゃ!
 
 かけられた声を無視するというのは気が引ける。
 困っている人がいて私を頼っているのなら、力になってあげたい。
 
 こういうことって初めてだけど、どんな風にすればいいのかしら……。
 
 生家であるリルテイル子爵家で、一通りの令嬢教育は受けてきた。
 一般的な教養やマナーは身についている。
 
 しかし、人の背中のかき方、というのは教わっていなかった。
 
 難しいけどやってみるしかないわ……!
 
 今、アンナを助けられるのは私しかいない。
 決意を固めた私は、アンナの背中に爪を立てる。
 
 いきなり強すぎると痛いかもしれないから、最初は優しくがいいわよね。
 
 ひとりコクコクと頷いてから、背中に立てた爪をそーっと動かしてみる。
 
「ひぃいいっっ!!」
 
 瞬間、アンナの口から上がった大きな悲鳴が通路に響いた。
 
 私に向けて、アンナがバッと振り向く。
 大きく開いた瞳を何度もまばたきして、肩を上下させている。
 
「いきなり何するんですか!?」
「えっ……背中をかいてって、私にお願いしたでしょ?」
「そんなこと言ってませんよ!」
「言ってたわよ。『あー、かいてかいてかいてー!!』って。子供みたいでちょっと可愛かったわ」

 アンナの顔が真っ赤になる。
 顔を俯かせ、メイド服のエプロンの裾を両手でくしゃっと握った。
 
「…………どうして知ってるんですか」
「どうしてもなにも、口に出してたじゃない」
「言っていません! 思っていただけです!!」

 思っていただけ? それじゃあさっき変な声は、アンナの心の声ってこと? …………なんとなく分かってきたわ。
 
 頭の中で歯車がカチリと噛み合う。
 
 アンナの声が変な聞こえ方をしたのは、口から出た言葉ではなく心の声だったから。
 そう考えれば納得できる。
 
 私、心の声が聞こえるようになったのね。
 
 世の中には色々なスキルがあるが、他人の心の声が聞こえる、というのは聞いたことがない。
 とんでもなく珍しいレアスキルのはずだ。
 
 そんな特別なものを私が会得したなんて信じられないけど、信じるしかない。
 論より証拠。実際に起こった出来事がそうだと証明していた。
 
 
 
 さて、話を今に戻そう。
 
 こうしてスキルに目覚めた私は、ただの興味本位でレオン様の心の声を聞いてみることにした。
 
 どうせ罵倒の声が聞こえるだけなんだろうけど……。
 
 私はレオン様にひどく嫌われている。
 結婚してからのこの一年、冷たい言葉や態度を浴びない日はなかった。
 
 この結婚は、両家にとって利益があるという理由だけで、互いの親同士が勝手に取り決めたもの。
 私もレオン様も、自分から望んで夫婦となった訳ではない。
 
 たぶんそれが、嫌われている理由。
 好きでもない女と夫婦生活を送らなければならないのが、嫌で嫌でたまらないのだろう。
 
 だから、心の中でも罵倒されているに違いない――そう思っていたのに、
 
【今日もオリビアはかわいいな。一緒に食事できて本当に幸せだ!】

 聞こえてきたのは、まったく正反対のものだった。
 
 どういうこと!?

 あまりの衝撃に、私は緑色の瞳を大きく見開いた。
 ビクンと跳ねた背中の動きに合わせて、金色の髪が揺れる。
 
「なんだその反応は? 俺の言葉に傷ついたのか?」
【急にびっくりしたようだけど、どうしたのかな……】
「…………いえ、なんでもありません」

 大きく動揺しながらも、なんとか平静を保っているふりをする。
 
 とても、あのレオン様が思っていることとは思えない。
 まるで別人だ。
 
 本当に心の声が聞こえているのよね……?
 
 スキルに対する不信感がつのっていく。
 
「わ、私もレオン様と一緒に食事ができて幸せですよ!」
 
 スキルが本物なのか確かめるため、そんな言葉をかけてみる。
 レオン様がどんな反応をするかで、答えが分かるはずだ。
 
「……っ! な、なに意味不明なことを言っている!」

 恐ろしいくらいにパーツの整っているレオン様の顔が、一気に真っ赤に染まった。
 美しい銀髪の合間から覗く真紅の瞳が、右へ左へ落ち着きなく動いている。
 
 あ、これ本物だわね。
 
 レオン様は動揺丸だし。
 このスキルが本物なのだと、私は確信した。
感想 1

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は運命の相手を間違える

あおくん
恋愛
エリーナ公爵令嬢は、幼い頃に決められた婚約者であるアルベルト王子殿下と仲睦まじく過ごしていた。 だが、学園へ通うようになるとアルベルト王子に一人の令嬢が近づくようになる。 アルベルト王子を誑し込もうとする令嬢と、そんな令嬢を許すアルベルト王子にエリーナは自分の心が離れていくのを感じた。 だがエリーナは既に次期王妃の座が確約している状態。 今更婚約を解消することなど出来るはずもなく、そんなエリーナは女に現を抜かすアルベルト王子の代わりに帝王学を学び始める。 そんなエリーナの前に一人の男性が現れた。 そんな感じのお話です。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

やさしい・悪役令嬢

きぬがやあきら
恋愛
「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」 と、親切に忠告してあげただけだった。 それなのに、ずぶ濡れになったマリアナに”嫌がらせを指示した張本人はオデットだ”と、誤解を受ける。 友人もなく、気の毒な転入生を気にかけただけなのに。 あろうことか、オデットの婚約者ルシアンにまで言いつけられる始末だ。 美貌に、教養、権力、果ては将来の王太子妃の座まで持ち、何不自由なく育った箱入り娘のオデットと、庶民上がりのたくましい子爵令嬢マリアナの、静かな戦いの火蓋が切って落とされた。