旦那様、それはいくらなんでもキャラ違いすぎでは?~心の声が聞こえるようになった侯爵夫人は、いつも罵倒ばかりしてくる旦那様の本当の声を知る~

夏芽空

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【7話】変わりたい ※レオン視点


 月見を終えた俺とオリビアは、屋敷の中へと戻ってきた。
 
「それじゃレオン様。おやすみなさい」
「……あぁ」

 笑顔でそう言ってくれたオリビアに、素っ気ない挨拶をして別れた俺は私室へと入った。
 
「なんてつまらない別れの挨拶をしてしまったのだろうか」
 
 先ほどの俺の挨拶の評価をするなら、愚か、の一言。
 口元に嘲笑を浮かべる。
 
 そのままベッドへ上向きに倒れ込んだ俺は、天井を見上げた。
 嘲笑を浮かべていた口が、柔らかな笑みへと変わっていく。
 
「オリビア……今日も素敵だった」
 
 俺はオリビアに、心の底から惚れている。
 美しい容姿も、優しい声も、あどけなさの残る仕草も、何もかも彼女の全てが大好きだ。
 
 でも、この気持ちを伝えることはできない。
 本心を隠し冷たい態度を取って、突き放さなければならない。
 
 本当なら、こんなことはやりたくない。
 好きな相手に酷い態度を取るなんて、誰がしたいと思うものか。
 
 だが、体は言うことを聞いてくれない。
 
 俺の中には、父上に対する恐怖心が今でも濃く残っている。
 
******

「レオン! どうしてお前はこんなことも分からないんだ!!」
「ご、ごめんなさい父上」
「いま何歳だ! 言ってみろ!!」
「……えっ?」
「歳を答えろと言ったんだ! 聞こえなかったのか!!」
「じゅ、十歳です」
「こんなにも出来の悪い十歳などいるか!」

 父上に思いきり殴り飛ばされる。
 口の中いっぱいに血が広がっていく。
 
 こうして殴られるのは、これでもう何度目になるだろうか。
 気色悪い鉄の味にも、もうすっかり慣れていた。
 
「教育していただきありがとうございます」

 殴られた僕はみたく感謝の言葉を述べる。
 ここでそれ以外のことを言おうものならさらに殴られることを、過去の体験から知っていたからだ。
 
「ふん。お前のような出来損ないを見捨てないことに感謝しろ。これは愛の鞭。私はお前を愛しているんだ。あの馬鹿女と違ってな」

 馬鹿女、というのは僕の母だ。
 僕を生んですぐに他の男の人のところへ行ってしまったらしいから、どういう人のなのかは知らない。
 
 でも、出て行った理由はなんとなく分かる。
 
 きっと父上は、母上にも酷い態度を取っていたはずだ。
 母上はそれに耐えられなかったのだと思う。
 
 僕も一緒に連れていって欲しかった、と恨んだことは一度だけではない。
 馬鹿女、とまでは思わないにしろ、僕も母上のことはあまり好きではなかった。
 
「もっと努力しろ。そしてお前は、もう一人の私になるのだ」
「はい!」

 僕は大きな声で返事をしてから、深く頭を下げた。
 
 
 教育を受ける。殴られる。
 僕はそんな日々をずっと送ってきている。小さい頃からずっとだ。
 
 父上の教育は太陽が出る前の暗いうちから始まって、終わるのは深夜過ぎ。
 まともに寝る時間なんてない。
 
 でもあくびをしたら、殴られてしまう。
 だから僕は、眠たいのをいつも必死になって我慢していた。
 
 こういう毎日があとどれだけ続くのだろうか。
 それを考えると、胸が痛くなって泣いてしまうことがある。
 
 けれども僕は、父上のやることに逆らえない。
 殴られるのが怖くて、逆らおうなんて気持ちは起きなかった。
 
 だから、言いつけを守るしかない。
 これまでそうやってきたように、これからもそうやっていくしかなかった。
 
******

「朝か」

 目を覚ますと、窓辺から差し込む朝日が俺の体を照らしていた。
 どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
 
「……ずいぶんとまた、懐かしい夢を見たな」

 寝る前にオリビアのことを考えていらか、それに関係ある夢を見てしまったのかもしれない。
 
「オリビアのこと……か」

 オリビアのことで、俺には気になっている点がある。
 
 俺はオリビアに、かなり酷い態度で接してきた。
 暴力こそしなかったが、人格を否定するような酷い罵倒や態度を何度も繰り返してきた。
 
 そんなことをしてきた俺のイメージは、彼女の中で最悪になっているはず。
 関わりたくないと思うのが普通の人間だろう。
 
 でもオリビアは、一緒にお茶をしてくれた。月見をしてくれた。
 酷いことばかりをしてきた俺との時間を、楽しいと言ってくれた。
 
 そう言ってもらえるのが、俺には不思議でしょうがない。
 一番手っ取り早いのは本人に聞くことだが、そんなことをしても無意味に終わる可能性が高いだろう。
 
「オリビアに聞いても話してくれないだろうしな」

 昨夜。
 どうして、と尋ねた俺に彼女は、詳しくは言えない、と答えた。
 
 きっと何かしらの言えない事情があるはずだ。
 もう一度尋ねたところで、同じ答えが返ってくるだけだろう。
 
「でも、嬉しかったな」

 恋をしている相手に、一緒にいて楽しい、と言ってもらえた。
 あのとき俺は感情が昂ぶりすぎて抑えきれなくなり、ついには涙を流してしまった。
 
 嬉し涙を流すなんて生まれて初めてのことだ。
 それくらい俺には衝撃的で嬉しいことだった。
 
「オリビアの気持ちに、俺もなにか応えたい……!」

 好きだ、と本心を伝えることができれば一番なのだが、それは難しい。
 
 父上の教えでは、妻に『愛している』と伝えることを固く禁じている。
 
 俺にとっての父上の存在というのは非常に大きい。
 五年ほど顔を合わせていないこともあり恐怖心は多少薄れてはいるが、それでもまだ大々的に逆らうのは怖い。
 固く禁じている部分に逆らうことは、どうやってもできそうになかった。
 
 でも、そこじゃないところなら……!
 
 彼女の気持ちに応えるために、俺はほんの少しだけ勇気を出すことを決める。
 
 オリビアに対し酷い接し方をするのは、昨日でもうおしまいだ。
 今日からの俺は新しい自分になる。
 
 新たな決意を胸に、ベッドから体を起こした。
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