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隣の席のやつ
しおりを挟む「え、待って。なんであいつ来てんの」
十年ぶりの同窓会会場に入った瞬間、いちばん見たくなかった顔と目が合った。高校三年間、ずっと隣の席で、ずっと口喧嘩してた相沢。元・天敵。元・うるさいやつ。今はスーツ着て、なんか普通に大人の男になってるのがまた腹立つ。
「おー、瀬戸。変わってねーな、声で分かったわ」
あいつは昔と同じ調子で笑って、当然みたいに隣の席に座ってきた。なんで。ここ、空いてたのに、いや他にも空いてるのに。
「他行けば?」
「は?隣、俺の定位置じゃん」
何その謎の権利意識。…いや、こういうとこだよ、昔から。テスト前にノート貸してくれって言ってきて、返さないくせに「隣だからいいだろ」って押し切る感じ。思い出して、ちょっとムカつく。けど同時に、安心してる自分もいて、なんか嫌だ。
***
一次会が終わって、駅前で二次会組と帰る組に分かれる流れになったとき、あいつが当然みたいな顔で言った。
「瀬戸、ちょっと飲みに行かね?」
「え、なんで…二次会行けば?」
「人多いとだるい。お前と話したいし」
なんで、って口まで出かけて、飲み込んだ。…いや、なんで。ほんとに。高校のときなんて、ろくにちゃんと話した記憶ないんだけど。
結局、駅からちょっと外れた小さい居酒屋に入る。カウンター席で並んで座るのが、昔の教室を思い出させて、変に落ち着かない。
「で、瀬戸は?今なにしてんの」
「普通に事務。地味なやつ」
「地味は便利って言ってたじゃん、お前」
あ、そういえばそんなこと言った。高2のとき、進路希望調査で。めちゃくちゃどうでもいい会話まで覚えてるの、なんなの。
「お前さ、高3のとき、文化祭前に泣いてたろ」
「は?泣いてないし」
「いや泣いてた。体育館裏で、プリントぐしゃぐしゃにしてた」
え、待って。なんでそんなとこまで覚えてんの。
あのときは受験のことでちょっと家でもめてて、準備押しつけられて爆発しただけ。誰にも見られてないと思ってたのに。
「声かけようと思ったけど、なんかさ…お前、追い詰められてるときに触ると噛みつきそうじゃん」
「犬かよ」
「でも、次の日ちゃんと仕切ってたから。あ、こいつ大丈夫だ、って思って放置した」
勝手に納得して放置されてたらしい。ムカつく。けど、あのとき誰かに慰められても、たぶん余計荒れてたな、って変に納得してる自分もいて、いや、なにこれ。
***
酔いが回ってきて、会話のテンポが高校のときに戻る。くだらないことで言い合って、他愛もない悪口で笑う。そのうち、ふっと相沢が真面目な顔になった。
「なあ、瀬戸ってさ。なんで俺のこと、あんな嫌ってたわけ?」
「え、いや…なんで…」
待って。嫌ってた?…そう思ってたの、あいつの方なんだ。
「俺、ずっと『あ、こいつ俺のこと苦手なんだろうな』って思ってたからさ。隣の席になったとき、担任マジで恨んだもん」
「いや、別に嫌ってたわけじゃ…」
…いや、どうだっけ。ノートぐしゃぐしゃにしてくるし、勝手にお菓子食べるし、消しゴム勝手に使うし。ウザかったのは確か。でも、「嫌い」とは、ちょっと違った気がする。
「なんで、って聞かれるとさ。…逆に聞くけど、なんでそんな私のこと覚えてんの」
「隣だったからだろ?」
即答。あっさり言うな、そういうこと。
「席替えで隣じゃなくなったとき、ちょっとつまんなかったし」
「え、待って。いつの話」
「高3の夏。お前、窓側行ったじゃん。黒板見えねー、とか文句言ってたくせに、すぐ外ばっか見てたろ」
その時期の自分の癖、なんでそんな細かく覚えてるの。…いや、ほんとなんで。
***
「…なんでそんな、細かいとこまで覚えてんの?」
やっと口に出せた疑問に、相沢はグラスの氷をカラカラ鳴らしながら、少しだけ考えてから答えた。
「え、なんでって。好きだったからじゃね?」
「は?」
一瞬、時間止まった。
「いや、過去形で言うなよって顔してるな。…いや、まあ今形でもあるけど」
「待って、なんでさらっと増やすの」
心臓が変な音立ててる。やめて。そういう冗談、昔から一度も言ったことなかったじゃん。なんで今。
「お前さ。いつから俺のこと嫌いじゃなくなった?」
「だから嫌いじゃ…」
あ。
え、待って。いつから「嫌いじゃない」って思い始めたんだっけ。
三者面談のあと、廊下でちょっとだけ励まされたとき?
受験前に、こっそり参考書くれたとき?
卒業式の日、帰り道がたまたま一緒になって、「またどっかで会おうな」って適当なこと言われたとき?
…いや、「またどっかで会おうな」を、十年経っても覚えてる時点で。
「なんで…」
口から勝手に声が漏れた。
「なんで、私、あんたのこと、まだちゃんと『嫌い』って思えてないんだろ」
***
駅までの帰り道、並んで歩く距離がやけに近い。手が触れそうで、でも触れない。
「連絡先、まだ同じ?」
「変わってるわ。十年だよ?」
「じゃ、新しいの教えろよ」
当然みたいにスマホを差し出されて、反射的に自分のも取り出してる。なんで…いや、でも…。
「今度さ。ちゃんと『嫌いじゃない』かどうか、確認させろよ」
「なにそれ」
「いや、俺、十年前からずっと誤解されてたから。今度はちゃんと分かりたい」
その言い方、ずるい。…いや、ほんとずるい。
改札の前で立ち止まって、相沢が手を振る。
「じゃ、また。どっかじゃなくて、ちゃんと決めた場所で」
十年前と似た言葉。でも、意味は全然違う。
改札を抜けてから、やっと気づいた。
あれ、「元・天敵」じゃないんだ。
たぶんずっと、「元・好きだったかもしれない人」で、もしかしたら「今も、ちょっとそうかもしれない人」だ。
…いや。
そうかもしれない、なんてもんじゃない気がしてるくせに。
その自覚だけは、まだ認めないでおくことにした。
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