田舎の元騎士団長はどタイプメイドに振り回される

れおぽん

文字の大きさ
7 / 73
第1部_「触れないための規則(ルール)

第2話B:心地よい距離

しおりを挟む
 なんて静かな朝だろう。  目覚めた瞬間、私は天井のシミを見つめながら、ここが王都のギルドの宿舎ではないことを再確認した。

 怒号も、徹夜明けの同僚の呻き声も、廊下を走る足音も聞こえない。  聞こえるのは小鳥のさえずりと、遠くの小川のせせらぎだけ。  私は大きく伸びをして、キッチンへと向かった。

 旦那様――アルベルト様は、既に食堂にいらっしゃった。  目の下にクマを作り、どこか不機嫌そうな顔でコーヒーを飲んでいる。  昨夜はよく眠れなかったのだろうか。それとも、朝は機嫌が悪いタイプなのか。  どちらにせよ、私には関係のないことだ。

「おはようございます、旦那様」 
「……おはよう。朝食か」

 彼は私と目を合わせず、短く答えた。  その素っ気なさが、私にはありがたかった。  前の職場では、上司の機嫌を取り、笑顔で挨拶し、世間話に付き合うことが「業務」の一部だったからだ。  ここでは、ただスープを出し、パンを焼くだけでいい。

 食事中、重苦しい沈黙が流れる。  普通の女の子なら息が詰まるかもしれない。けれど、私はこの沈黙を愛していた。  余計な音がない空間で、ただ咀嚼音と食器の触れ合う音だけが響く。なんと平和な時間だろう。

 すると、スプーンを置いた彼が、急に改まった口調で切り出した。

「ノア君。仕事の前に、少し話がある」

 来た、と思った。  昨日の今日だ。何か不手際があったのか、それとも追加の要望か。  私は背筋を伸ばし、彼の言葉を待つ。

「これからの共同生活にあたり、いくつか……業務上の規則(ルール)を設けておきたい」

 彼の口から語られた「鉄の掟」は、私の予想を遥かに超えて素晴らしいものだった。

 一つ、書斎への入室禁止。  ――完璧だ。彼は自分の領域を侵されるのを嫌う。つまり、掃除の不備をいちいちチェックしに来たり、背後から監視されたりすることもないということだ。

 一つ、干渉は最低限にすること。自分のことは空気だと思え。  ――心の中で拍手喝采したかった。  「君、彼氏はいるの?」とか「休日は僕と付き合わないか」とか、そういった下心丸出しの誘いを、雇用主自らが封じてくれたのだ。  彼は本当に、仕事をする人間しか求めていないらしい。

 そして最後の一つ。無防備な格好をするな。客が来た時に示しがつかない。

「分かりました。書斎への入室禁止。私語の禁止。服装の注意。……以上ですね」

 私は淡々と復唱した。  最後の指摘は、プロとして恥ずべきことだった。  確かに、昨日の私は少し気が緩んでいた。いくら「私服でいい」と言われても、限度がある。  彼は、この屋敷の品格を重んじる人なのだ。だらしない格好の小娘がウロウロしていては、彼の顔に泥を塗ることになる。

「……ああ、頼む。それだけだ」

 彼はそう言って、逃げるように食事を終えた。  私と目を合わせようともしないその徹底した態度に、私は深い感銘を受けていた。

 冷徹で、合理的で、他人に興味がない。  なんて信頼できる雇用主なのだろう。

 私は空になった皿を下げながら、小さく口元を緩めた。  ここなら、長くやっていけそうだ。  愛想笑いも、女としての媚びも必要ない。  ただ完璧な「機能」として、この屋敷に存在することだけが許されている。

 それが彼にとって「理性を保つための必死の防壁」だとは、夢にも思わずに。  私は彼が望んだ「空気」になるべく、足音を消してキッチンへと戻っていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

テイマーなのに獣人ばかりにモテすぎて困ってます!~彼女はまだツンデレ獣人に番認定されたことに気付いてない~

しましまにゃんこ
恋愛
リリアは、この春、アリシア王国で冒険者になったばかりのテイマーの女の子。早く冒険者として活動したいのに、まだ一匹もテイムすることができずに焦っている。 森に入れば触手に襲われ、街を歩けば獣人に襲われる無自覚天然ドジキャラのリリア。 そんなリリアを溺愛し、陰ながらこっそり見守る黒ヒョウ獣人のロルフは、いつもリリアに振り回されっぱなし。 実は二人の間にはある秘密が!? 剣と魔法、魔法道具が使えるファンタジーな世界で、テイマーとして活躍したい女の子と、好きなのに好きといえない獣人の男の子の、勘違い、溺愛、ジレジレ、時にヤンデレなドタバタ系ラブコメです! 『王女様は聖女様!?おてんば姫の冒険録~全属性の賢者、500年後に転生する!ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しにいきます!』と同じ世界です。今後「王女様~」のほうでも登場予定です。お楽しみに! 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。

契約妹、はじめました!

和島逆
恋愛
「契約結婚、ですか?」 「いいえ。『契約妹』です」 そんな会話から始まった、平民の私と伯爵子息様とのおかしな雇用関係。 エリート魔導技士でもある彼の目的は、重度のシスコン兄を演じて自身の縁談を遠ざけること。報酬は魅力的で、孤児である私にとっては願ってもないオイシイ話! そうして始まった伯爵家での『契約妹』生活は、思った以上に快適で。義父と義母にも気に入られ、雇用主である偽のお兄様までだんだん優しくなってきたような……? このお仕事、どうやら悪くないようです。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

【完結】懸命に働いた結果、無実の罪で魔王への生贄にされた聖女。でも、その『氷華の魔王』様に溺愛され、誰よりも幸福な人生を手に入れました。

小平ニコ
恋愛
主人公マリエラは懸命に聖女の役割を果たしてきたのに、婚約者である王太子ウィルハルドは、お気に入りの宮女のデタラメを真に受けて婚約破棄。そしてマリエラを恐るべき『氷華の魔王』レオナールへの生贄にしてしまう。 だが、冷徹で残忍と噂されるレオナールは、マリエラに対して深い愛情と優しさを注ぎ、マリエラを侮辱したウィルハルドの顎を氷漬けにして黙らせ、衆目の前で大恥をかかせた。 そして、レオナールと共に魔王国グレスウェアに移り住むマリエラ。レオナールの居城での新しい生活は、甘く幸福なものだった。互いに『運命の相手』と認め合い、愛を育み、信頼を深めていくマリエラとレオナール。 しかしレオナールは、生まれついての絶大な魔力ゆえの呪いとして、長く生きられない体だった。ショックに打ちひしがれるマリエラ。だがある日、封印された禁術を使えば、自らの寿命が大幅に減るものの、レオナールに命を分けることができると知るのだった。 その頃、王太子ウィルハルドは自分に恥をかかせた魔王レオナールへの憎しみを滾らせ、魔王国の反王政派と結託してレオナールの暗殺を企てる。 しかしそれは、あまりにも愚かな選択だった。レオナールのマリエラに対する態度があまりにも優しかったから、ウィルハルドは彼を侮り、忘れていたのである。『氷華の魔王』が恐るべき存在であることを……

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...