田舎の元騎士団長はどタイプメイドに振り回される

れおぽん

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第1部_「触れないための規則(ルール)

第16話:帰り道

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 王都を出て、森へと続く旧街道。  街灯などない、真の闇。  雨脚は強くなり、視界は最悪だった。地面はぬかるみ、ブーツに泥が絡みつく。

 森の入り口、木々が鬱蒼と茂る地点に差し掛かった時、俺は足を止めた。  雨音に混じって、わずかな金属音がしたからだ。  そして、肌を刺すような、粘りつく殺気。

「……出てきたらどうだ。こんな雨の中、ご苦労なことだな」

 俺が暗闇に向かって呼びかけると、木々の陰から、あるいは草むらから、ゆらりと影が現れた。  五人、十人……いや、二十人以上か。  全員が黒い装束を纏い、顔を隠している。手には毒を塗った短剣や、鎖鎌。  質の悪い野盗ではない。金で雇われた、殺しのプロフェッショナルたちだ。

「恨みはないが、仕事だ。死んでもらおう、元剣聖」

 リーダー格の男が短く告げる。  同時に、四方八方から殺意が殺到した。

 俺は腰の剣を抜いた。  老いた体に鞭を打ち、魔力を循環させる。  銀色の軌跡が闇を切り裂き、先頭の男の短剣を弾き飛ばす。

 重い。  手首に走る衝撃に、俺は歯を食いしばった。  現役の頃なら、今の打ち込みで武器ごと腕を斬り飛ばせていただろう。だが、今の俺の腕力では弾くのが精一杯だ。  衰えを痛感する暇もなく、次々と刃が迫る。

 二撃、三撃。  右からの刺突を半身で躱し、左からの斬撃を剣の腹で受け流す。  バックステップで距離を取りながら、泥を蹴り上げて目潰しにする。  泥臭い戦い方だ。だが、格好をつけている余裕はない。

「チッ、しぶといジジイだ! 囲め! 消耗させろ!」

 敵は俺の衰えを見抜いている。  波状攻撃。休む間を与えず、少しずつ俺の体力を削り取る作戦だ。  雨が体温を奪い、泥が足かせになる。  息が上がる。肺が焼けるように熱い。

「くっ……!」

 死角からの一撃が、俺の左肩を深々と斬り裂いた。  熱い痛みが走る。コートが裂け、鮮血が噴き出す。  普段なら気配で躱せたはずの間合いだ。反応が遅れている。

(ここで……死ぬわけにはいかない)

 薄れかける意識の中で、屋敷で待つノア君の顔がフラッシュバックした。  『必ず、帰ってきてくださいね』  彼女の言葉が、耳の奥でリフレインする。

 もし俺がここで死んだら、彼女はどうなる?  雇い主を失い、後ろ盾をなくした彼女は、あの商会に連れ去られる。  暗い地下室に閉じ込められ、来る日も来る日も防護服を縫わされる。  あの、少しずつ感情を取り戻し始めた彼女の瞳が、また死んだ魚のように濁ってしまう。

 ――ふざけるな。  そんな結末、俺が許さない。  俺は彼女と約束したのだ。「死ぬまで面倒を見る」と。  こんな泥の中で、名もなき死体になって約束を破るなんて、男の恥だ。

「おおおおおおッ!!」

 俺は喉が裂けんばかりの咆哮を上げた。  老骨が軋むのを無視し、限界を超えて魔力を練り上げる。  「剣聖」の覇気。  物理的な斬撃に、魔力による衝撃波を乗せる奥義。血管が切れそうな負荷がかかるが、出し惜しみはしていられない。

 一閃。  迫りくる三人を、衝撃波ごと薙ぎ払う。  さらに踏み込み、あえて敵の刃を左腕で受ける。  骨が削れる音がした。激痛。  だが、肉を斬らせて骨を断つ。動きの止まったリーダー格の男の懐へ、俺は全体重を乗せて突っ込んだ。

「が、はッ……!?」 「悪いが……家で腹を空かせたメイドが待ってるんでな……! 残業はしない主義だ!」

 俺の剣が、男の鎖骨から心臓へと深々と突き刺さった。  男が絶命し、崩れ落ちる。  指揮官を失った暗殺者たちが怯んだ。その一瞬の隙。

 俺は残りの全魔力を脚力強化に回した。  戦うのではない。逃げるためだ。  敵を全滅させる必要はない。俺が生きて帰りさえすれば、それで勝ちなのだ。

 俺は泥を蹴り、森の中を疾走した。  左腕は感覚がない。脇腹からも出血している。視界が霞む。  心臓が早鐘を打ちすぎて、破裂しそうだ。  それでも、俺は走った。    ここであいつらが俺を襲ったということは、屋敷にも手が回っている可能性がある。  ノア君は一人だ。  戦闘訓練を受けていない彼女が、プロの襲撃者に囲まれたら。

(間に合え、間に合え……!)

 俺は祈るように走り続けた。  自分の命がロウソクのように削れていくのを感じながら、ただ一点、あの古びた屋敷の灯りだけを目指して。
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