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第2部_「隣に立つには、眩しすぎて」
第23話:隣に立つべき人
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「旦那様、どこに行かれたのかしら」
家政婦ギルドを出た私は、夕暮れの王都をきょろきょろと見回しながら歩いていた。 久しぶりに会った同僚たちとの話は楽しかったけれど、やっぱり少し落ち着かなかった。早く旦那様の隣に戻って、あの少し猫背な背中を見つけないと、なんとなく調子が狂う。
「せっかくだし、美味しいお店でも探しておこうかな」
旦那様はああ見えて健啖家だし、私もお腹が空いた。 大通りの掲示板にある地図を見ようと、人混みをかき分けて進んだ、その時だった。
「――おっと。失礼、大丈夫ですか?」
角を曲がってきた長身の男性とぶつかりそうになり、私は慌てて足を止めた。 相手は素早く私の肩を支え、転倒を防いでくれた。洗練された身のこなし。ふわりと香る、高級なコロンの匂い。
「申し訳ありません、不注意で……」
「いや、私の方こそ……ん? その声……まさか、ノアさん?」
頭上から降ってきた驚きの声に、私は顔を上げた。 そこにいたのは、王都の夕日を背負ってもなお輝きを失わない、金髪碧眼の美丈夫だった。
「……レオンハルト様?」
王立騎士団第1番隊副隊長、レオンハルト・ヴァン・アスター。 私が旦那様の屋敷に来る直前まで仕えていた、前の雇い主だった。
***
成り行きで、私たちは近くのオープンテラスのカフェに座ることになった。 彼は非番なのか、ラフなジャケット姿だったが、それでも隠しきれない高貴さと武人としての精悍さが滲み出ている。
「驚いたな。まさかこんなところで会えるなんて。……元気そうでよかった」
「はい。レオンハルト様も、お変わりないようで」
「君がいなくなってから、屋敷の中が火の消えたようでね。母上も『優秀な子を逃した』と嘆いていたよ」
彼は苦笑しながらコーヒーを飲んだ。 私が彼の屋敷を辞めた理由は、彼自身に不満があったからではない。 彼があまりに優良物件すぎたせいで、彼の婚約者を狙うご令嬢たちや、過干渉な彼のお母様からの「あの子、色目を使ってるんじゃないの?」という理不尽な嫌がらせに耐えかねたからだ。 彼自身は、いつも私の仕事を正当に評価してくれる、誠実な紳士だった。
「今は、どうしているんだい? 噂では田舎のほうに行ったと聞いたけれど」
「はい。森の奥の古いお屋敷で、家事代行兼管理人をしております」
「そうか……。君ほどの腕があれば、王都のどの貴族も引く手あまただろうに。よほど、その新しい主人は素晴らしい方なんだろうな」
レオンハルト様が、穏やかな笑みを向けてくる。その言葉に、私は自然と頬が緩むのを感じた。
「はい。……とても、素晴らしい方です。不器用で、優しくて、私のことを一番に考えてくださる方です」
「はは、そうか。君にそこまで言わせるとは、嫉妬してしまうな」
彼は冗談めかして笑った。嫌味のない、爽やかな笑顔。周りの女性客たちが、うっとりとした視線を彼に向けているのが分かる。絵になる人だ。私なんかが向かいに座っているのが申し訳なくなるくらいに。
***
その光景を、通りの反対側から見つめる男がいた。アルベルトである。
(……あそこにいるのは)
人混みの中で、そこだけスポットライトが当たっているかのような一角。 楽しそうに微笑むノア君と、その向かいに座る男。 俺は見覚えがあった。現役時代に何度か顔を合わせたことがある。次代の騎士団長候補と名高い、レオンハルト副隊長だ。 若く、才能に溢れ、家柄も良く、そして誰もが認める美男子。
二人は、まるで絵画のように釣り合っていた。ノア君が、俺の前ではあまり見せないような、年相応の柔らかな表情で話している。相手の男も、彼女に対して敬意と好意を持って接しているのが、遠目にも分かった。
「…………」
俺は、かけようとしていた声を飲み込んだ。足が動かなかった。
もし俺が割って入ったら? 『あ、旦那様!』と彼女は俺を紹介するだろう。 その時、周囲はどう思う? 『なんだあのくたびれた男は』『父親か?』『いや、使用人だろう』。 そしてレオンハルトは、俺を見て気まずそうに、あるいは憐れむように微笑むかもしれない。
――彼女の隣に立つのにふさわしいのは、どちらだ?
残酷な問いが、脳内で反響する。 未来ある天才魔導縫製師の隣には、同じように未来ある若き英雄こそが似合うのではないか。 俺のような、過去の遺物が横にいては、彼女の輝きを濁らせるだけではないのか。
「……俺は、何を考えているんだ」
俺は拳を握りしめ、踵を返した。胸の奥が、焼け付くように痛い。それは単なる嫉妬ではない。もっと根深い、自分の存在価値への疑義だった。
俺は彼女を幸せにできると思っていた。 だが、それは「この森の中だけ」の話だったのかもしれない。 一歩外に出れば、彼女にはもっとふさわしい世界が、ふさわしい隣人が、いくらでもいるのだという現実。
「……戻ろう、宿へ」
俺は逃げるように歩き出した。 背後から聞こえる二人の笑い声が、俺の背中を冷たく突き刺していた。
家政婦ギルドを出た私は、夕暮れの王都をきょろきょろと見回しながら歩いていた。 久しぶりに会った同僚たちとの話は楽しかったけれど、やっぱり少し落ち着かなかった。早く旦那様の隣に戻って、あの少し猫背な背中を見つけないと、なんとなく調子が狂う。
「せっかくだし、美味しいお店でも探しておこうかな」
旦那様はああ見えて健啖家だし、私もお腹が空いた。 大通りの掲示板にある地図を見ようと、人混みをかき分けて進んだ、その時だった。
「――おっと。失礼、大丈夫ですか?」
角を曲がってきた長身の男性とぶつかりそうになり、私は慌てて足を止めた。 相手は素早く私の肩を支え、転倒を防いでくれた。洗練された身のこなし。ふわりと香る、高級なコロンの匂い。
「申し訳ありません、不注意で……」
「いや、私の方こそ……ん? その声……まさか、ノアさん?」
頭上から降ってきた驚きの声に、私は顔を上げた。 そこにいたのは、王都の夕日を背負ってもなお輝きを失わない、金髪碧眼の美丈夫だった。
「……レオンハルト様?」
王立騎士団第1番隊副隊長、レオンハルト・ヴァン・アスター。 私が旦那様の屋敷に来る直前まで仕えていた、前の雇い主だった。
***
成り行きで、私たちは近くのオープンテラスのカフェに座ることになった。 彼は非番なのか、ラフなジャケット姿だったが、それでも隠しきれない高貴さと武人としての精悍さが滲み出ている。
「驚いたな。まさかこんなところで会えるなんて。……元気そうでよかった」
「はい。レオンハルト様も、お変わりないようで」
「君がいなくなってから、屋敷の中が火の消えたようでね。母上も『優秀な子を逃した』と嘆いていたよ」
彼は苦笑しながらコーヒーを飲んだ。 私が彼の屋敷を辞めた理由は、彼自身に不満があったからではない。 彼があまりに優良物件すぎたせいで、彼の婚約者を狙うご令嬢たちや、過干渉な彼のお母様からの「あの子、色目を使ってるんじゃないの?」という理不尽な嫌がらせに耐えかねたからだ。 彼自身は、いつも私の仕事を正当に評価してくれる、誠実な紳士だった。
「今は、どうしているんだい? 噂では田舎のほうに行ったと聞いたけれど」
「はい。森の奥の古いお屋敷で、家事代行兼管理人をしております」
「そうか……。君ほどの腕があれば、王都のどの貴族も引く手あまただろうに。よほど、その新しい主人は素晴らしい方なんだろうな」
レオンハルト様が、穏やかな笑みを向けてくる。その言葉に、私は自然と頬が緩むのを感じた。
「はい。……とても、素晴らしい方です。不器用で、優しくて、私のことを一番に考えてくださる方です」
「はは、そうか。君にそこまで言わせるとは、嫉妬してしまうな」
彼は冗談めかして笑った。嫌味のない、爽やかな笑顔。周りの女性客たちが、うっとりとした視線を彼に向けているのが分かる。絵になる人だ。私なんかが向かいに座っているのが申し訳なくなるくらいに。
***
その光景を、通りの反対側から見つめる男がいた。アルベルトである。
(……あそこにいるのは)
人混みの中で、そこだけスポットライトが当たっているかのような一角。 楽しそうに微笑むノア君と、その向かいに座る男。 俺は見覚えがあった。現役時代に何度か顔を合わせたことがある。次代の騎士団長候補と名高い、レオンハルト副隊長だ。 若く、才能に溢れ、家柄も良く、そして誰もが認める美男子。
二人は、まるで絵画のように釣り合っていた。ノア君が、俺の前ではあまり見せないような、年相応の柔らかな表情で話している。相手の男も、彼女に対して敬意と好意を持って接しているのが、遠目にも分かった。
「…………」
俺は、かけようとしていた声を飲み込んだ。足が動かなかった。
もし俺が割って入ったら? 『あ、旦那様!』と彼女は俺を紹介するだろう。 その時、周囲はどう思う? 『なんだあのくたびれた男は』『父親か?』『いや、使用人だろう』。 そしてレオンハルトは、俺を見て気まずそうに、あるいは憐れむように微笑むかもしれない。
――彼女の隣に立つのにふさわしいのは、どちらだ?
残酷な問いが、脳内で反響する。 未来ある天才魔導縫製師の隣には、同じように未来ある若き英雄こそが似合うのではないか。 俺のような、過去の遺物が横にいては、彼女の輝きを濁らせるだけではないのか。
「……俺は、何を考えているんだ」
俺は拳を握りしめ、踵を返した。胸の奥が、焼け付くように痛い。それは単なる嫉妬ではない。もっと根深い、自分の存在価値への疑義だった。
俺は彼女を幸せにできると思っていた。 だが、それは「この森の中だけ」の話だったのかもしれない。 一歩外に出れば、彼女にはもっとふさわしい世界が、ふさわしい隣人が、いくらでもいるのだという現実。
「……戻ろう、宿へ」
俺は逃げるように歩き出した。 背後から聞こえる二人の笑い声が、俺の背中を冷たく突き刺していた。
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