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1品目:帰国の天才女料理人

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 見慣れた景色に見慣れた地。初めてなのは、世界へ名を馳せたこと。

「やっと帰国だわ。長い旅路も程々にしなきゃね」

 彼女の名は星川沙奈。数々の国にて料理を修行した天才シェフ。中華やトルコ料理、和食、フレンチにイタリア料理、インド料理などそのバリエーションは数知れずだ。

「さて、今日からここで店を構えるから内装もきちんとしなきゃね」

 お店の名前はオールスパイス。その名に込めた意味は、全世界の料理を堪能してもらう為に高級料理から郷土料理を出すというものだ。

 壁は既に色付けされており、厨房には材料とさまざまなスパイスが揃えてあった。

「さてと…まずは装飾もだけど料理の下準備をしてどの料理にも対応しなきゃね」

 星川は、複数の寸胴とスパイスやベーシックスパイスなどを使用して臨機応変の対応が出来る状態へと仕上げる。そんな中1人の男が入った。

「まだ開店前だけどお腹空いてるの?」

「はい…色々とあって…。お金は少ししかありませんのでお水だけお願いします」

「あなた、痩せすぎだよ。お代はいらないから食べて行ってよ」

 1人のヒョロガリ男性の名は山崎晴人。歴史学を専攻する大学生だが、所属していたアルバイト先が潰れてギリギリの生活をしている未来を担う若者の割には心細い。

 山崎は何を注文しようかと迷う中、星川はそんな注文を聞く前に料理を作る。

「何でもいいならお任せということにしていいかな?まだ試作品途中だからさ」

「本当にありがとうございます」

 星川は、多くの国の料理から3カ国の代表する料理を同時並行に進める。

 まず、最初に運ばれたのは丼ものの一種になるカツ丼だ。メッセージを考えるとするなら明るく考えて未来に向けて勝て!という意味だろう。

「これは…本当に良いんですか?」

「もちろんよ。ただ、このカツは少し他の店とは違うカツだよ」

 訳が分からず一口出汁と卵が絡んだカツを頬張る。肉汁が出ており、出汁もいい塩梅で思わず笑顔になった。

「美味しい。でもこれ、出汁は昆布と鰹で取った出汁ですね。カツは普通のトンカツみたいだけど何が違うのでしょうか?」

「ふふーん。このカツはシャリアピンステーキを応用したものだよ。元々は海外のお肉だけどこれを柔らかくするのには酵素を使う。そのために使ったのが、カツ丼に使う玉ねぎだよ」

 この技は星川が考えついたもので、アメリカにいた時に和食好きの外国人から柔らかいカツを食べたいという要望に即席で作ったものだという。

「玉ねぎか…。確かに動物性タンパク質は熱を通すと固くなるからこれは日本人だからこそ出来る技術…」

「まだまだこれからだよ!胃の容量ちゃんと空けといてよね」

 星川はフライパンを振るう。外にいる人たちも、匂いに釣られて出入り口に続々と集まる。

「さて2品目は、ちょっと物足りないかもしれないけどサラサラっと食べれるものかな」

 星川は、付け合わせのようなサラダを山崎の座るテーブルへ運ぶ。見た目はイタリア料理の代表格だった。

「これは…カプレーゼ?でも普通ならモッツァレアチーズを使うのが定石のはず。3種類のチーズでしかも、トマトひとつひとつの下に敷かれてるのはクラッカー?」

「よく見てるね!そうだよ。チーズはモッツァレアチーズの他にナチュラルチーズとゴルゴンゾーラチーズを使用してる。ただ、その下に敷いてあるものはクラッカーではないよ。まぁ食べてみなよ」

 山崎は一口食べると、チーズの香りとトマトの酸味に言葉が出ないほどの旨味に笑顔だ。

「チーズ美味しい!この下に敷いてるものはお米?」

「君よく分かるね!イタリアのカプレーゼと日本の米を融合したものだよ。もちろん、イタリア人にはウケたよ」

 2人は笑い話す。星川の作る料理は国と国の融合で、1つの曲に数々の有名な作曲家が織りなすような美しいものだと山崎は思った。

 3品目の料理が来た時、山崎は今行っている研究を話すことになった。

「最後はデザートだけど、見た目はどら焼きで中身はまた不思議なものにしたから食べてほしい」

「僕、シェフにお願いしたいことがあります」

 食べる前に山崎は星川に願い入った。

「どうしたの?出来立てなんだから食べて話してほしいな」

「いえ、それは承知の上でのことです。ここで食の歴史学を学びたいのでアシスタントとして働かせてください!」

 実に興味深い話で星川は笑顔になる。

 元々1人で完全予約制の店にするはずだったが、そんな1人だけでも時間と労力が費やされる。アルバイトを探している山崎に、星川は救いの手を差し伸べる。

「分かった。君の思い、届いたよ!頑張ろうか!」

 最後のデザートを山崎は口にした時、感動が生まれる。どら焼きのような形をしたデザートの中身はパティシエを極めるフランス人も驚く、ケーキの中身だった。

「これ、モンブランだ。でも日本ではよく甘露煮で栗を煮込まれることが多いはず…だからこれは目新しいって感じには見えない…」

「そう言うんじゃないかなと思ったよ。だから出したの。社会学部歴史専攻コースの山崎晴人。そこに書いてあったから試したの」

 バッグから飛び出ていた学生証を見て星川は彼の名前を覚えたようだ。

 契約を交わす中、全ての料理を把握している星川と楽しいアルバイトが始まる。それも全てのスパイス、オールスパイスで全てを学ぶことを目的に。
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