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7品目:作戦という名のパフェ

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 2人は立川の店から離れて、タクシーに乗り墨田区の山崎が住む自宅へ向かう。彼の住むアパートはごく普通の所で、どんな所でもよくあるような部屋だ。

「ここで晴人君が住んでるのね。意外と居心地良いね。部屋も片付いてるし、荷物も色んな資料が山ほどある」

「その資料は全部世界各国の歴史と文化、地形などを纏めています。中には論文が書けるレベルの内容もありますよ」

 山崎は、自身の専攻する歴史学を星川に話す。お茶を用意しながら2人は談笑する。

「ここへ来たのは良いけど、立川シェフのご飯食べれなかったね…。石橋と何事も無ければ良いけど」

「本当にそうですね。あの言い争いは結構続きそうな気配がします。ご飯なら昨日友人から鰻をもらったので、誰かに調理してもらおうかなと思ってたのですが食べます?」

 星川はその一言にニヤリと笑った。鰻の状態を見ると、水が満たされたバケツの中には2匹の鰻が夜行性だからなのか泳いでいる。

「こりゃまた面白いのをお裾分けしてもらったね。じゃあ、そのまま背開きで蒲焼きにしましょうか。まずはタレ作り」

 山崎の使う冷蔵庫を開けてタレの材料となるものを探す。今回は運良く全て揃うことができた。

「星川シェフ。意外とシンプルなんですね」

「ん?あー、でもこれ実際に言うと和食の味付けってこれがメインだったりするんだよね。魚の煮付けとか、煮物とかにはうってつけだよ」

 冷蔵庫から取り出したのは醤油と味醂、砂糖というシンプルなものだ。和食の味付けとしてはマイナーで、そのまま合わせた時は家庭的な味に、継ぎ足し継がれたものはその旨味は絶大なもの。

「タレって言っても味醂を今回目に入ったから使ってるけど、日本酒などの料理酒とかも使ってる料理人もいるよ。あ、鰻は日本で食べられてると思いがちだけど海外の一部では意外な方法で食べられたりしてるよ。その話はまた違う日にしようかな、長くなるし」

「シェフ。僕は何をすれば良いでしょうか?」

「シェフって呼ばないで。今は、ただの星川紗奈だから紗奈って呼んでほしいな。学生証見たけど、私と同い年じゃないの。敬語なんてもってのほかだよ」

「それは意外でした…」

 驚く山崎だったがすぐに指摘する。

「こらっ!敬語はダメって言ったでしょ」

 トントンと作業を進める星川。背開きにした鰻を串で皮と身の間に数本刺して、鰻の皮目を下にして焼いていく。脂の滴る音に2人は思わず笑みを溢した。

「2匹いることだから、蒲焼と白焼にしちゃおうか。ご飯炊いてもらっても良い?丼にしちゃうよ」

「分かった!」

 米を研いでご飯を炊く山崎は、星川の後ろ姿を見る。山崎の在籍する大学は男が殆どで、彼女なんか夢のまた夢だと言われている。何を思ったのか、山崎は星川の背後を取って優しく抱く。

「どうしたの?急にそんな後ろから抱きつくなんて…」

「星川さんの元で修行しても良い?」

「え?」

 急な一言に困惑する。山崎は続けた。

「僕は出会いを求めて大学へ行ったのですが、こんなにも大変なんだなと思ってずっと浮き沈みを繰り返してました。オールスパイスへ入って手伝うことが出来てるので、僕はとても楽しいです。修行というより、あなたと付き合って守り続けたいんです」

「急な告白は驚きだなぁ~。でも、答えは勿論イエスだよ。私もお店で料理を作る時、山崎君の仕事ぶりと優しさがとても暖かい。一緒にいるだけでとても楽しい。私が料理教えるから、ちゃんと覚えてね。あと、今は敬語ダメだって言ったじゃん…」

 2人は顔を赤らめる。ご飯の炊き上がる音が上がると、星川はご飯を4つのお椀に入れて蒲焼と白焼きを上に乗せる。蒲焼はタレに漬け焼きを繰り返した極上もので、白焼は絶妙な塩加減となっている。

「さて、食べようか。付き合いたて最初のご飯だよ」

「美味しそう!いただきます」

 口いっぱいに頬張る2人。鰻の旨味と脂身の甘さに自然とニヤける。とても美味しかったのか、山崎はご飯を追加して特製のタレのみをかけて食べた。

「本当に美味しい。美味すぎて天国に召されそう…」

「この鰻をあげた人凄いな…。まぁそれは置いといて、最後の〆もあるから胃袋余裕にしといてよね」

 白焼を食べながら、星川は黄金の液体を用意する。香り高いもので鰻には欠かせないものだ。

「これって鰹出汁?てことは…まさか」

「そう、そのまさかだよ。これは愛知県名物のひつまぶしだよ!」

 もはや彼女を止める人は誰もいない。何より、今1番彼女にとって嬉しいものは手に入るのも困難で高価なものを山崎が持っているという事実に嬉しさが爆発している。

 夜も遅くなり、2人は楽しい食事を続けた。お互いに成人を迎えていたのでお酒を交わす。店に残っていた高級ワイン、ボジョレヌーボーだ。

「このワイン美味しい。でも鰻との相性は何とも言えない…」

 イギリスをお題にしたものの残りとして、1本残していた。特にこのワインは解禁時期が決まっている。それを独自に承諾を得た上で、提供をしているという訳ありの1品に値する。

「これ開けていいの?あまりにも希少価値が高いというか…」

「ん?良いの。一緒に飲もう!」

 星川は手慣れた手つきでワインのコルクを開ける。開栓と同時に、葡萄の芳醇な香りに包まれた。

「良い香り…でもそれよりどうします?師匠がやられたら…」

「山崎君も小心者だなぁ。私の師匠、立川さんは早々やられないよ。殺すとかそんなことがなければだけど…あ!良いこと思いついた」

 またもひらめく星川。泥酔した状態から思いつくものは、一品のパフェだ。

「絵で描いてるみたいだけど、すごいカラフル…もしかしてこれって原宿を意識したもの?」

「ご名答!これね、アフォガードだよ。コーヒーを淹れるのが1番だけど、ホットミルクにすると良い感じになるかも…。その分パフェをほろ苦くすれば良いしさ。ちなみに、そのまま食べると苦味があるものとしてるから合うよ!」

 全く分からない山崎。2人はそのまま寝落ちした。

 その翌日、2人は頭ボサボサの状態で店へ行く。山崎は運良く夏休みなので、立ち会うことができた。

「ほろ苦さはこのバニラビーンズ!と言いたいけど、エッセンスを使うよ。甘みもあるけど、少し苦味があるのよね」

 納得した山崎。パフェの題名を決める中、とある手紙が届いた。それは国内で最も大きな大会の招待状で、特別ゲストとしての来場を願っている内容のものだ。

「山崎君!作り方教えるよ。店任せるから、私行ってくる!」

「そんなぁ…お金貰えます?」

「あげるよ!君、そんなヒョロガリじゃ動けないでしょ。石橋も出るみたいだし…」

 波乱の展開が巻き起こる料理の嵐。山崎はただ、星川の無事と店を効率よく回せるかどうかの不安に押しつぶされていた。
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