婚約破棄のショックよりも「本日のメインディッシュ」が気になりますわ

萩月

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王都の片隅、リリアーヌの自室では、呪術的な怪しい煙が立ち上っていた。


「おーほっほっほ! 見ていなさいカナメア! この『枯れ薔薇の秘薬』をスパイスに混ぜて送りつけてやりますわ!」


リリアーヌは、怪しげな商人から高値で買い取った小瓶を掲げ、執念深い笑みを浮かべていた。


「これを食べれば、どんな美食家も食欲を失い、見るも無惨に痩せ細って、最後には食べ物の匂いを嗅ぐだけで吐き気を催すようになる……。あの大食らいの女から食の喜びを奪うことこそ、最高のリベンジですわ!」


「……リリアーヌ様、それは少々やりすぎでは? というか、令嬢がそんな邪悪な顔をしてはいけませんわ」


侍女の冷ややかなツッコミを無視して、リリアーヌは「特製ダイエット・スパイス」という偽のラベルを小瓶に貼り付けた。


数日後。ハルバード領の辺境伯邸に、その「呪いの贈り物」が届いた。


「……ヴィンセント様、見てください! 王都のリリアーヌ様から、私に贈り物が届きましたわ!」


カナメアは届いたばかりの小瓶を、日差しに透かして興味津々に眺めていた。


「リリアーヌからだと? ……嫌な予感しかしない。貴殿を陥れるための毒物ではないのか」


ヴィンセントが警戒して剣の柄に手をかけるが、カナメアはクンクンと鼻を鳴らして小瓶の隙間から漏れる香りを嗅いだ。


「いいえ、毒ではありませんわ。これは……この独特の土のような香りと、鼻に抜ける強烈な苦味……。もしや、南方の砂漠地帯でしか採れない幻の『黒クミン』の変種ではありませんか!?」


「……ダイエット・スパイスと書いてあるが?」


「ダイエット? そんな下らない言葉、私の辞書には載っていませんわ! ですが、このスパイスが持つ『脂肪分解能力』と『消化促進効果』は本物ですわね。……ふふふ、リリアーヌ様、感謝いたしますわ!」


カナメアは不敵な笑みを浮かべると、止めるヴィンセントを振り切って厨房へ直行した。


その日の晩餐、テーブルには山盛りの「ラム肉の脂身ステーキ」が並んでいた。


「カナメア殿、まさかそれを使うつもりか? リリアーヌが善意で何かを送るはずがない」


「ヴィンセント様、美食家とはリスクを恐れぬ開拓者なのです! さあ、この『呪いの粉』をたっぷり振りかけて……いただきます!」


カナメアが一口、肉を頬張った。


ヴィンセントは息を呑んで彼女の様子を見守ったが、カナメアの顔は見る見るうちに法悦の色に染まっていった。


「……っ! 美味しい……! このスパイスの暴力的な苦味が、ラムの濃厚な脂を一瞬で『旨味の塊』へと昇華させていますわ! しかも、食べたそばから胃の中が熱くなって、どんどんお腹が空いてきますわよ!」


「……何だと? 食欲を失うどころか、増進しているのか」


「ええ! リリアーヌ様、私に『無限に食べられる魔法』をかけてくださったのですね! なんて太っ腹な方かしら!」


カナメアは夢中で肉を平らげ、ついにはヴィンセントの皿にまで手を伸ばし始めた。


ヴィンセントも恐る恐るそのスパイスを試してみたが、驚いたことにそれは彼の剛健な胃袋に、かつてないほどの活力を与えた。


「……確かに、これは凄いな。身体の芯から力が湧いてくる。……呪いどころか、これは最高級の滋養強壮剤ではないか」


一方、王都で「そろそろカナメアが衰弱している頃かしら」と期待に胸を膨らませていたリリアーヌの元には、一通の感謝状が届いた。


『親愛なるリリアーヌ様。素晴らしい消化薬をありがとうございます。おかげで一食に牛一頭食べられそうなほど絶好調です。今度、お礼にこのスパイスで煮込んだハチノス(牛の胃袋)を送りつけますわね。カナメアより』


「……キーッ!! なによこれ! なによこれーっ!!」


リリアーヌの絶叫が王宮に響き渡ったが、ハルバード領では今日もカナメアが「呪いのスパイス」を振りかけた特大ステーキを元気に咀嚼していた。


「あー、美味しい! 嫌がらせが美味しいなんて、最高のスパイスですわね!」


「……貴殿のポジティブさには、呪いも呆れて逃げ出すだろうな」


ヴィンセントは呆れながらも、カナメアが差し出した「おかわりの肉」を、幸せな気分で受け取るのだった。
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