16 / 28
16
しおりを挟む
王都の片隅、リリアーヌの自室では、呪術的な怪しい煙が立ち上っていた。
「おーほっほっほ! 見ていなさいカナメア! この『枯れ薔薇の秘薬』をスパイスに混ぜて送りつけてやりますわ!」
リリアーヌは、怪しげな商人から高値で買い取った小瓶を掲げ、執念深い笑みを浮かべていた。
「これを食べれば、どんな美食家も食欲を失い、見るも無惨に痩せ細って、最後には食べ物の匂いを嗅ぐだけで吐き気を催すようになる……。あの大食らいの女から食の喜びを奪うことこそ、最高のリベンジですわ!」
「……リリアーヌ様、それは少々やりすぎでは? というか、令嬢がそんな邪悪な顔をしてはいけませんわ」
侍女の冷ややかなツッコミを無視して、リリアーヌは「特製ダイエット・スパイス」という偽のラベルを小瓶に貼り付けた。
数日後。ハルバード領の辺境伯邸に、その「呪いの贈り物」が届いた。
「……ヴィンセント様、見てください! 王都のリリアーヌ様から、私に贈り物が届きましたわ!」
カナメアは届いたばかりの小瓶を、日差しに透かして興味津々に眺めていた。
「リリアーヌからだと? ……嫌な予感しかしない。貴殿を陥れるための毒物ではないのか」
ヴィンセントが警戒して剣の柄に手をかけるが、カナメアはクンクンと鼻を鳴らして小瓶の隙間から漏れる香りを嗅いだ。
「いいえ、毒ではありませんわ。これは……この独特の土のような香りと、鼻に抜ける強烈な苦味……。もしや、南方の砂漠地帯でしか採れない幻の『黒クミン』の変種ではありませんか!?」
「……ダイエット・スパイスと書いてあるが?」
「ダイエット? そんな下らない言葉、私の辞書には載っていませんわ! ですが、このスパイスが持つ『脂肪分解能力』と『消化促進効果』は本物ですわね。……ふふふ、リリアーヌ様、感謝いたしますわ!」
カナメアは不敵な笑みを浮かべると、止めるヴィンセントを振り切って厨房へ直行した。
その日の晩餐、テーブルには山盛りの「ラム肉の脂身ステーキ」が並んでいた。
「カナメア殿、まさかそれを使うつもりか? リリアーヌが善意で何かを送るはずがない」
「ヴィンセント様、美食家とはリスクを恐れぬ開拓者なのです! さあ、この『呪いの粉』をたっぷり振りかけて……いただきます!」
カナメアが一口、肉を頬張った。
ヴィンセントは息を呑んで彼女の様子を見守ったが、カナメアの顔は見る見るうちに法悦の色に染まっていった。
「……っ! 美味しい……! このスパイスの暴力的な苦味が、ラムの濃厚な脂を一瞬で『旨味の塊』へと昇華させていますわ! しかも、食べたそばから胃の中が熱くなって、どんどんお腹が空いてきますわよ!」
「……何だと? 食欲を失うどころか、増進しているのか」
「ええ! リリアーヌ様、私に『無限に食べられる魔法』をかけてくださったのですね! なんて太っ腹な方かしら!」
カナメアは夢中で肉を平らげ、ついにはヴィンセントの皿にまで手を伸ばし始めた。
ヴィンセントも恐る恐るそのスパイスを試してみたが、驚いたことにそれは彼の剛健な胃袋に、かつてないほどの活力を与えた。
「……確かに、これは凄いな。身体の芯から力が湧いてくる。……呪いどころか、これは最高級の滋養強壮剤ではないか」
一方、王都で「そろそろカナメアが衰弱している頃かしら」と期待に胸を膨らませていたリリアーヌの元には、一通の感謝状が届いた。
『親愛なるリリアーヌ様。素晴らしい消化薬をありがとうございます。おかげで一食に牛一頭食べられそうなほど絶好調です。今度、お礼にこのスパイスで煮込んだハチノス(牛の胃袋)を送りつけますわね。カナメアより』
「……キーッ!! なによこれ! なによこれーっ!!」
リリアーヌの絶叫が王宮に響き渡ったが、ハルバード領では今日もカナメアが「呪いのスパイス」を振りかけた特大ステーキを元気に咀嚼していた。
「あー、美味しい! 嫌がらせが美味しいなんて、最高のスパイスですわね!」
「……貴殿のポジティブさには、呪いも呆れて逃げ出すだろうな」
ヴィンセントは呆れながらも、カナメアが差し出した「おかわりの肉」を、幸せな気分で受け取るのだった。
「おーほっほっほ! 見ていなさいカナメア! この『枯れ薔薇の秘薬』をスパイスに混ぜて送りつけてやりますわ!」
リリアーヌは、怪しげな商人から高値で買い取った小瓶を掲げ、執念深い笑みを浮かべていた。
「これを食べれば、どんな美食家も食欲を失い、見るも無惨に痩せ細って、最後には食べ物の匂いを嗅ぐだけで吐き気を催すようになる……。あの大食らいの女から食の喜びを奪うことこそ、最高のリベンジですわ!」
「……リリアーヌ様、それは少々やりすぎでは? というか、令嬢がそんな邪悪な顔をしてはいけませんわ」
侍女の冷ややかなツッコミを無視して、リリアーヌは「特製ダイエット・スパイス」という偽のラベルを小瓶に貼り付けた。
数日後。ハルバード領の辺境伯邸に、その「呪いの贈り物」が届いた。
「……ヴィンセント様、見てください! 王都のリリアーヌ様から、私に贈り物が届きましたわ!」
カナメアは届いたばかりの小瓶を、日差しに透かして興味津々に眺めていた。
「リリアーヌからだと? ……嫌な予感しかしない。貴殿を陥れるための毒物ではないのか」
ヴィンセントが警戒して剣の柄に手をかけるが、カナメアはクンクンと鼻を鳴らして小瓶の隙間から漏れる香りを嗅いだ。
「いいえ、毒ではありませんわ。これは……この独特の土のような香りと、鼻に抜ける強烈な苦味……。もしや、南方の砂漠地帯でしか採れない幻の『黒クミン』の変種ではありませんか!?」
「……ダイエット・スパイスと書いてあるが?」
「ダイエット? そんな下らない言葉、私の辞書には載っていませんわ! ですが、このスパイスが持つ『脂肪分解能力』と『消化促進効果』は本物ですわね。……ふふふ、リリアーヌ様、感謝いたしますわ!」
カナメアは不敵な笑みを浮かべると、止めるヴィンセントを振り切って厨房へ直行した。
その日の晩餐、テーブルには山盛りの「ラム肉の脂身ステーキ」が並んでいた。
「カナメア殿、まさかそれを使うつもりか? リリアーヌが善意で何かを送るはずがない」
「ヴィンセント様、美食家とはリスクを恐れぬ開拓者なのです! さあ、この『呪いの粉』をたっぷり振りかけて……いただきます!」
カナメアが一口、肉を頬張った。
ヴィンセントは息を呑んで彼女の様子を見守ったが、カナメアの顔は見る見るうちに法悦の色に染まっていった。
「……っ! 美味しい……! このスパイスの暴力的な苦味が、ラムの濃厚な脂を一瞬で『旨味の塊』へと昇華させていますわ! しかも、食べたそばから胃の中が熱くなって、どんどんお腹が空いてきますわよ!」
「……何だと? 食欲を失うどころか、増進しているのか」
「ええ! リリアーヌ様、私に『無限に食べられる魔法』をかけてくださったのですね! なんて太っ腹な方かしら!」
カナメアは夢中で肉を平らげ、ついにはヴィンセントの皿にまで手を伸ばし始めた。
ヴィンセントも恐る恐るそのスパイスを試してみたが、驚いたことにそれは彼の剛健な胃袋に、かつてないほどの活力を与えた。
「……確かに、これは凄いな。身体の芯から力が湧いてくる。……呪いどころか、これは最高級の滋養強壮剤ではないか」
一方、王都で「そろそろカナメアが衰弱している頃かしら」と期待に胸を膨らませていたリリアーヌの元には、一通の感謝状が届いた。
『親愛なるリリアーヌ様。素晴らしい消化薬をありがとうございます。おかげで一食に牛一頭食べられそうなほど絶好調です。今度、お礼にこのスパイスで煮込んだハチノス(牛の胃袋)を送りつけますわね。カナメアより』
「……キーッ!! なによこれ! なによこれーっ!!」
リリアーヌの絶叫が王宮に響き渡ったが、ハルバード領では今日もカナメアが「呪いのスパイス」を振りかけた特大ステーキを元気に咀嚼していた。
「あー、美味しい! 嫌がらせが美味しいなんて、最高のスパイスですわね!」
「……貴殿のポジティブさには、呪いも呆れて逃げ出すだろうな」
ヴィンセントは呆れながらも、カナメアが差し出した「おかわりの肉」を、幸せな気分で受け取るのだった。
11
あなたにおすすめの小説
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
大嫌いな従兄と結婚するぐらいなら…
みみぢあん
恋愛
子供の頃、両親を亡くしたベレニスは伯父のロンヴィル侯爵に引き取られた。 隣国の宣戦布告で戦争が始まり、伯父の頼みでベレニスは病弱な従妹のかわりに、側妃候補とは名ばかりの人質として、後宮へ入ることになった。 戦争が終わりベレニスが人質生活から解放されたら、伯父は後継者の従兄ジャコブと結婚させると約束する。 だがベレニスはジャコブが大嫌いなうえ、密かに思いを寄せる騎士フェルナンがいた。
悪役令嬢まさかの『家出』
にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。
一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。
ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。
帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる