11 / 28
11
領都の役所に、一通の封筒が届けられた。
差出人はゼノス・ガルシア。
中身は香りのついた招待状……ではなく、一分の隙もなく書式が整えられた『視察兼・夕食会に関する提案書』だった。
キサキはそれを受け取るなり、コンマ二秒で目を通し、ニヤリと口角を上げた。
「……面白いわ。ゼノス閣下、私を誘うのに『領地間の物流拠点最適化に関する意見交換』という名目を使うなんて。しかも、場所は最近私が気になっていた、移動時間五分の新設レストランですわ」
傍らでその様子を見ていたマーサが、深いため息をついた。
「お嬢様、それは世間一般では『デート』と呼ぶのですよ。閣下も、素直に『貴女と食事がしたい』と言えばいいのに……」
「マーサ、そんな情緒的な誘い文句は、目的が不明確です。閣下のように『目的・場所・期待される成果』を明示してくださる方が、こちらもスケジュールを組みやすいのですわ」
キサキは即座に承諾の返信(と言っても、日付にチェックを入れて送り返すだけだが)を出し、指定された時刻の十秒前にレストランへと現れた。
そこは、ゼノスが「王国一の回転率を誇る」と断言した、知る人ぞ知る効率主義者のための店だった。
ゼノスはすでに席に座り、メニュー表のレイアウトを分析していた。
「キサキ殿、定刻通りだ。この店の導線設計を見たか? 厨房から客席までが最短距離で結ばれ、ウェイターの歩行速度は時速六キロで維持されている」
「ええ、閣下。入り口の回転ドアの速度も、客の滞留を防ぐために通常より三割増しになっていましたわ。素晴らしい判断です」
二人は向かい合って座るなり、メニューを広げることもなく、同時に口を開いた。
「「日替わりの高タンパク・低糖質コース、水分補給は硬水で」」
声が完璧に重なる。
二人は一瞬目を見開き、そして満足げに頷き合った。
注文を決める時間に三十秒以上かけるのは、彼らにとって恥辱でしかなかった。
「……さて、キサキ殿。本題に入ろう。物流拠点の件だが……」
「その前に、閣下。一つ確認を。本日のこの会合、閣下の中での『優先順位』はどの程度ですの?」
キサキがグラスの水を一口含み、鋭い視線を送る。
ゼノスは眼鏡をクイと押し上げ、真剣な面持ちで答えた。
「……極めて高い。実を言えば、今夜は帝国の予算会議があったのだが、それを三十分で終わらせて飛んできた。君と過ごす一分間は、無能な官僚たちと過ごす三時間よりも、はるかに私の脳を活性化させてくれる」
「……あら。それは、最大級の賛辞ですわね。私も、閣下のその『無駄のなさ』には、時折胸が……いえ、計算回路が高鳴るのを感じますわ」
二人の間に、ほんのわずかな沈黙が流れる。
普通のカップルなら、ここで見つめ合って手を取る場面だろう。
だが、ゼノスが取った行動は違った。
「キサキ殿、君の手を……貸してくれないか」
「……? はい、構いませんが」
キサキが差し出した白い手。
ゼノスはその指先をそっと取り、まじまじと観察した。
「……やはり。君の指のタコ、ペンの持ちすぎによるものだな。君の執筆速度をさらに上げるために、指の筋肉の負担を軽減する特注の魔法具を開発した。これを、受け取ってほしい」
ゼノスがポケットから取り出したのは、美しい宝石があしらわれた……指輪、ではなく、指の関節をサポートする「超高性能・筆記用サポーター」だった。
「……閣下! これは、最新の魔導工学に基づいた圧力分散設計ではありませんか! これを装着すれば、私の事務処理速度はさらに五パーセント向上しますわ!」
キサキは目を輝かせ、即座にサポーターを装着した。
その顔には、最高級のダイヤモンドを贈られた以上の法悦が浮かんでいる。
「喜んでくれて何よりだ。君のポテンシャルを最大限に引き出すことこそが、私の……個人的な幸福に直結する」
「閣下……。貴方って、なんて素敵な投資をしてくださるのかしら。お礼に、後で私が作成した『国家予算の三割カット案』を共有させていただきますわね。きっと、今夜は興奮で眠れなくなりますわよ」
「それは楽しみだ。君の作成するグラフの美しさには、いつも惚れ惚れしている」
二人は微笑み合い、運ばれてきた料理を「栄養摂取効率」を最大限に高めたフォームで、無言で食べ進めた。
「……閣下。一つだけ、予定外の質問をしてもよろしいかしら」
「なんだ、キサキ殿」
「今、私の心拍数が、通常の安息時よりも十五パーセント上昇しています。これは、料理に含まれる香辛料の影響でしょうか? それとも……」
キサキが真っ直ぐにゼノスを見つめる。
ゼノスは、フォークを置き、キサキの瞳をじっと見返した。
「……私のデータによれば、それは『恋』という名のバグ……あるいは、魂の同期(シンクロ)現象に分類される。実は、私も同じ症状が出ている。だが、これは極めて効率的なバグだ」
「効率的な、バグ?」
「ああ。君を想うと、私の仕事へのモチベーションが四割向上する。君にふさわしい男であろうとすることで、私の人生のクオリティは極限まで高められている。……キサキ、私は君というリソースを、生涯かけて独占したいと考えている」
それは、世界で最も無機質で、しかし世界で最も誠実な告白だった。
キサキは一瞬、フリーズしたかのように固まったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「……承知しました。その提案、前向きに検討させていただきますわ。ただし、独占契約を結ぶからには、閣下の生活習慣も私の管理下で最適化させていただきますけれど?」
「望むところだ。君による徹底的な管理こそ、私の望む報酬だ」
二人は、誰にも邪魔されない効率的な夜の中で、確かな「愛」という名のシナジーを確認し合った。
アラルド皇太子が見たら腰を抜かすような、理性的すぎる、しかし情熱的なデートは、定刻通りに終了したのである。
差出人はゼノス・ガルシア。
中身は香りのついた招待状……ではなく、一分の隙もなく書式が整えられた『視察兼・夕食会に関する提案書』だった。
キサキはそれを受け取るなり、コンマ二秒で目を通し、ニヤリと口角を上げた。
「……面白いわ。ゼノス閣下、私を誘うのに『領地間の物流拠点最適化に関する意見交換』という名目を使うなんて。しかも、場所は最近私が気になっていた、移動時間五分の新設レストランですわ」
傍らでその様子を見ていたマーサが、深いため息をついた。
「お嬢様、それは世間一般では『デート』と呼ぶのですよ。閣下も、素直に『貴女と食事がしたい』と言えばいいのに……」
「マーサ、そんな情緒的な誘い文句は、目的が不明確です。閣下のように『目的・場所・期待される成果』を明示してくださる方が、こちらもスケジュールを組みやすいのですわ」
キサキは即座に承諾の返信(と言っても、日付にチェックを入れて送り返すだけだが)を出し、指定された時刻の十秒前にレストランへと現れた。
そこは、ゼノスが「王国一の回転率を誇る」と断言した、知る人ぞ知る効率主義者のための店だった。
ゼノスはすでに席に座り、メニュー表のレイアウトを分析していた。
「キサキ殿、定刻通りだ。この店の導線設計を見たか? 厨房から客席までが最短距離で結ばれ、ウェイターの歩行速度は時速六キロで維持されている」
「ええ、閣下。入り口の回転ドアの速度も、客の滞留を防ぐために通常より三割増しになっていましたわ。素晴らしい判断です」
二人は向かい合って座るなり、メニューを広げることもなく、同時に口を開いた。
「「日替わりの高タンパク・低糖質コース、水分補給は硬水で」」
声が完璧に重なる。
二人は一瞬目を見開き、そして満足げに頷き合った。
注文を決める時間に三十秒以上かけるのは、彼らにとって恥辱でしかなかった。
「……さて、キサキ殿。本題に入ろう。物流拠点の件だが……」
「その前に、閣下。一つ確認を。本日のこの会合、閣下の中での『優先順位』はどの程度ですの?」
キサキがグラスの水を一口含み、鋭い視線を送る。
ゼノスは眼鏡をクイと押し上げ、真剣な面持ちで答えた。
「……極めて高い。実を言えば、今夜は帝国の予算会議があったのだが、それを三十分で終わらせて飛んできた。君と過ごす一分間は、無能な官僚たちと過ごす三時間よりも、はるかに私の脳を活性化させてくれる」
「……あら。それは、最大級の賛辞ですわね。私も、閣下のその『無駄のなさ』には、時折胸が……いえ、計算回路が高鳴るのを感じますわ」
二人の間に、ほんのわずかな沈黙が流れる。
普通のカップルなら、ここで見つめ合って手を取る場面だろう。
だが、ゼノスが取った行動は違った。
「キサキ殿、君の手を……貸してくれないか」
「……? はい、構いませんが」
キサキが差し出した白い手。
ゼノスはその指先をそっと取り、まじまじと観察した。
「……やはり。君の指のタコ、ペンの持ちすぎによるものだな。君の執筆速度をさらに上げるために、指の筋肉の負担を軽減する特注の魔法具を開発した。これを、受け取ってほしい」
ゼノスがポケットから取り出したのは、美しい宝石があしらわれた……指輪、ではなく、指の関節をサポートする「超高性能・筆記用サポーター」だった。
「……閣下! これは、最新の魔導工学に基づいた圧力分散設計ではありませんか! これを装着すれば、私の事務処理速度はさらに五パーセント向上しますわ!」
キサキは目を輝かせ、即座にサポーターを装着した。
その顔には、最高級のダイヤモンドを贈られた以上の法悦が浮かんでいる。
「喜んでくれて何よりだ。君のポテンシャルを最大限に引き出すことこそが、私の……個人的な幸福に直結する」
「閣下……。貴方って、なんて素敵な投資をしてくださるのかしら。お礼に、後で私が作成した『国家予算の三割カット案』を共有させていただきますわね。きっと、今夜は興奮で眠れなくなりますわよ」
「それは楽しみだ。君の作成するグラフの美しさには、いつも惚れ惚れしている」
二人は微笑み合い、運ばれてきた料理を「栄養摂取効率」を最大限に高めたフォームで、無言で食べ進めた。
「……閣下。一つだけ、予定外の質問をしてもよろしいかしら」
「なんだ、キサキ殿」
「今、私の心拍数が、通常の安息時よりも十五パーセント上昇しています。これは、料理に含まれる香辛料の影響でしょうか? それとも……」
キサキが真っ直ぐにゼノスを見つめる。
ゼノスは、フォークを置き、キサキの瞳をじっと見返した。
「……私のデータによれば、それは『恋』という名のバグ……あるいは、魂の同期(シンクロ)現象に分類される。実は、私も同じ症状が出ている。だが、これは極めて効率的なバグだ」
「効率的な、バグ?」
「ああ。君を想うと、私の仕事へのモチベーションが四割向上する。君にふさわしい男であろうとすることで、私の人生のクオリティは極限まで高められている。……キサキ、私は君というリソースを、生涯かけて独占したいと考えている」
それは、世界で最も無機質で、しかし世界で最も誠実な告白だった。
キサキは一瞬、フリーズしたかのように固まったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「……承知しました。その提案、前向きに検討させていただきますわ。ただし、独占契約を結ぶからには、閣下の生活習慣も私の管理下で最適化させていただきますけれど?」
「望むところだ。君による徹底的な管理こそ、私の望む報酬だ」
二人は、誰にも邪魔されない効率的な夜の中で、確かな「愛」という名のシナジーを確認し合った。
アラルド皇太子が見たら腰を抜かすような、理性的すぎる、しかし情熱的なデートは、定刻通りに終了したのである。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
何もしなかっただけです
希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。
それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。
――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。
AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです
歩人
ファンタジー
「花を飾るだけの令嬢は不要だ」——王城の庭園を十年守った伯爵令嬢フローラは追放された。
翌月、王城の庭園が一夜にして枯れ果てる。さらに隣国への外交花束を用意できず国際問題に——
フローラの花束に込められた花言葉が、実は外交メッセージそのものだったのだ。
一方、辺境の荒野に降り立ったフローラが地面に触れると花が芽吹き始める。
荒野を花畑に変えていくスローライフの中で、花の感情が色で見える加護が目覚めて——。
[完結]貴方なんか、要りません
シマ
恋愛
私、ロゼッタ・チャールストン15歳には婚約者がいる。
バカで女にだらしなくて、ギャンブル好きのクズだ。公爵家当主に土下座する勢いで頼まれた婚約だったから断われなかった。
だから、条件を付けて学園を卒業するまでに、全てクリアする事を約束した筈なのに……
一つもクリア出来ない貴方なんか要りません。絶対に婚約破棄します。
捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。
彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。
さて、どうなりますでしょうか……
別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。
突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか?
自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。
私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。
それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。
7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。