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「……うそ、うそよ! わたくしを誰だと思っているの! この国の希望、聖女リリィよ!」
リリィは絶叫すると、その場から逃げ出そうと踵を返した。
その足取りは、いつものあざとい小走りではなく、必死さが滲む全力疾走だ。
だが、キサキは一歩も動かずに、懐の時計の蓋をカチリと開けた。
「……逃走開始。推定速度、時速八キロ。……バーンズ、例の『障害物』を起動させなさい」
「了解ですぞ、お嬢様!」
バーンズが床のレバーを引いた瞬間、廊下の先にあった豪華な装飾壁が、凄まじい速度でスライドした。
そこから現れたのは、巨大な「領地特産・超高速回転脱穀機」の山だった。
「ひいいっ!? な、なによこれ! 道がないわ!」
「リリィ様。貴女が逃げようとしたその隠し通路は、三分前に私が『公文書保管庫』への最短ルートとして改修命令を出しましたわ。現在は行き止まりです」
キサキは冷徹に言い放ち、逃げ場を失って震えるリリィに歩み寄った。
「貴女の逃走ルート、および逃走にかかる時間は、私のシミュレーションによれば三十秒。それに対し、私が警備兵を配置し、物理的な壁を構築するのにかかった時間は二十五秒です。……五秒の差で、貴女の負けですわ」
「な……なんなのよ貴女……! どうしてそこまで……!」
「無駄だからですわ、リリィ様。貴女のような不確定要素が、この王宮をこれ以上うろつくこと。それは、システム内にウイルスを放置しておくようなものです。私は、一秒でも早く貴女を『隔離』し、王国の計算機能を正常化させたいだけですの」
リリィは地べたにへたり込み、ボロボロと涙をこぼした。
しかし、その涙に騙される者は、もうこの場には一人もいない。
「アラルド様……助けて、アラルド様ぁ……。リリィ、怖いですぅ……」
リリィが最後の望みをかけてアラルドに手を伸ばす。
アラルドは、幽霊でも見るような目で彼女を見下ろし、小さく首を振った。
「……リリィ。私は、お前の『愛』が本物だと思っていた。だが、お前が愛していたのは、私の地位と、そこから流れてくる金だけだったのだな。……キサキが言っていた通りだ。お前は……極めてコストパフォーマンスの悪い、偽物だった」
「殿下。感傷に浸る時間は五秒までですわ。……陛下、断罪の最終宣告をお願いします。時間が押しておりますの」
キサキに促され、国王が重い腰を上げた。
「……聖女リリィ。公金横領、および国家運営妨害の罪により、即座にその地位を剥奪する。身ぐるみ剥がした上で、北部の極寒の地にある『強制労働キャンプ』……いや、キサキの言う『更生プログラム施設』へ送致とする!」
「そ、そんなぁ! あんな寒いところ、リリィの肌が荒れちゃうわ!」
「安心なさい、リリィ様。貴女には、凍った大地を効率的に耕すための『超高速・防寒作業着』を支給しますわ。美しさを維持する余裕などないほど、充実した労働を提供して差し上げます」
キサキがパチンと指を鳴らすと、訓練された兵士たちが一斉にリリィを取り押さえた。
彼らの動きは、かつての卒業パーティーでの「もたもたした断罪」とは似ても似つかない、電光石火の速さだった。
「……連れて行きなさい。移送時間は、予定通り十分以内で」
「嫌ぁぁぁ! リリィのキラキラした毎日がぁぁぁ!」
断末魔のような叫び声と共に、聖女リリィは王宮から「完全に排除」された。
静寂が戻ったホールで、キサキはふぅ、と溜息を一つ吐き、乱れた髪を整えた。
「……よし。これで大きなバグが一つ片付きましたわ。ゼノス閣下、お待たせしました。次は、アラルド殿下の『無駄遣い履歴』の最終チェックに移りましょうか」
「ああ、キサキ。君のあの『壁の移動』。あれは芸術的だったよ。帝国の防衛システムにも取り入れたいな」
二人は、恋バナでもするように、さらなる効率化の相談を始めた。
その様子を見ていたアラルドは、ふらふらとキサキに近寄った。
「……キサキ。私は、お前に謝らなければならない。私は……お前の本当の価値を分かっていなかった。私がバカだったんだ。どうか、もう一度……」
アラルドがキサキの手を取ろうとした、その瞬間。
ゼノスが音もなく割り込み、アラルドの手をバインダーでピシャリと叩いた。
「殿下。定義の再確認を。彼女は今、我が帝国の特別顧問であり、私の『最優先・共同経営者』だ。貴方の個人的な謝罪という名の『情緒的ノイズ』を彼女に流し込むのは、外交問題に発展する可能性がある。控えていただこうか」
「な……ゼノス……!」
「殿下。謝罪は言葉ではなく、今後の王国の『黒字化』という結果で示してください。それが私に対する、唯一の賠償ですわ」
キサキは冷淡に言い放つと、ゼノスと視線を合わせた。
「……さて、閣下。王都での滞在予定時間は、あと三時間です。それまでに、この国の次期予算案の骨子を叩き台にしますわよ。一分たりとも無駄にはできませんわ!」
「承知した。私の脳のリソースを、全て君に捧げよう」
二人は、呆然とする王族たちを置き去りにして、風のような速さで事務室へと向かった。
婚約破棄から始まった断罪劇は、こうして「効率の女神」による完全なる勝利、そして「超高速な再建」へと、その形を変えて幕を閉じたのである。
リリィは絶叫すると、その場から逃げ出そうと踵を返した。
その足取りは、いつものあざとい小走りではなく、必死さが滲む全力疾走だ。
だが、キサキは一歩も動かずに、懐の時計の蓋をカチリと開けた。
「……逃走開始。推定速度、時速八キロ。……バーンズ、例の『障害物』を起動させなさい」
「了解ですぞ、お嬢様!」
バーンズが床のレバーを引いた瞬間、廊下の先にあった豪華な装飾壁が、凄まじい速度でスライドした。
そこから現れたのは、巨大な「領地特産・超高速回転脱穀機」の山だった。
「ひいいっ!? な、なによこれ! 道がないわ!」
「リリィ様。貴女が逃げようとしたその隠し通路は、三分前に私が『公文書保管庫』への最短ルートとして改修命令を出しましたわ。現在は行き止まりです」
キサキは冷徹に言い放ち、逃げ場を失って震えるリリィに歩み寄った。
「貴女の逃走ルート、および逃走にかかる時間は、私のシミュレーションによれば三十秒。それに対し、私が警備兵を配置し、物理的な壁を構築するのにかかった時間は二十五秒です。……五秒の差で、貴女の負けですわ」
「な……なんなのよ貴女……! どうしてそこまで……!」
「無駄だからですわ、リリィ様。貴女のような不確定要素が、この王宮をこれ以上うろつくこと。それは、システム内にウイルスを放置しておくようなものです。私は、一秒でも早く貴女を『隔離』し、王国の計算機能を正常化させたいだけですの」
リリィは地べたにへたり込み、ボロボロと涙をこぼした。
しかし、その涙に騙される者は、もうこの場には一人もいない。
「アラルド様……助けて、アラルド様ぁ……。リリィ、怖いですぅ……」
リリィが最後の望みをかけてアラルドに手を伸ばす。
アラルドは、幽霊でも見るような目で彼女を見下ろし、小さく首を振った。
「……リリィ。私は、お前の『愛』が本物だと思っていた。だが、お前が愛していたのは、私の地位と、そこから流れてくる金だけだったのだな。……キサキが言っていた通りだ。お前は……極めてコストパフォーマンスの悪い、偽物だった」
「殿下。感傷に浸る時間は五秒までですわ。……陛下、断罪の最終宣告をお願いします。時間が押しておりますの」
キサキに促され、国王が重い腰を上げた。
「……聖女リリィ。公金横領、および国家運営妨害の罪により、即座にその地位を剥奪する。身ぐるみ剥がした上で、北部の極寒の地にある『強制労働キャンプ』……いや、キサキの言う『更生プログラム施設』へ送致とする!」
「そ、そんなぁ! あんな寒いところ、リリィの肌が荒れちゃうわ!」
「安心なさい、リリィ様。貴女には、凍った大地を効率的に耕すための『超高速・防寒作業着』を支給しますわ。美しさを維持する余裕などないほど、充実した労働を提供して差し上げます」
キサキがパチンと指を鳴らすと、訓練された兵士たちが一斉にリリィを取り押さえた。
彼らの動きは、かつての卒業パーティーでの「もたもたした断罪」とは似ても似つかない、電光石火の速さだった。
「……連れて行きなさい。移送時間は、予定通り十分以内で」
「嫌ぁぁぁ! リリィのキラキラした毎日がぁぁぁ!」
断末魔のような叫び声と共に、聖女リリィは王宮から「完全に排除」された。
静寂が戻ったホールで、キサキはふぅ、と溜息を一つ吐き、乱れた髪を整えた。
「……よし。これで大きなバグが一つ片付きましたわ。ゼノス閣下、お待たせしました。次は、アラルド殿下の『無駄遣い履歴』の最終チェックに移りましょうか」
「ああ、キサキ。君のあの『壁の移動』。あれは芸術的だったよ。帝国の防衛システムにも取り入れたいな」
二人は、恋バナでもするように、さらなる効率化の相談を始めた。
その様子を見ていたアラルドは、ふらふらとキサキに近寄った。
「……キサキ。私は、お前に謝らなければならない。私は……お前の本当の価値を分かっていなかった。私がバカだったんだ。どうか、もう一度……」
アラルドがキサキの手を取ろうとした、その瞬間。
ゼノスが音もなく割り込み、アラルドの手をバインダーでピシャリと叩いた。
「殿下。定義の再確認を。彼女は今、我が帝国の特別顧問であり、私の『最優先・共同経営者』だ。貴方の個人的な謝罪という名の『情緒的ノイズ』を彼女に流し込むのは、外交問題に発展する可能性がある。控えていただこうか」
「な……ゼノス……!」
「殿下。謝罪は言葉ではなく、今後の王国の『黒字化』という結果で示してください。それが私に対する、唯一の賠償ですわ」
キサキは冷淡に言い放つと、ゼノスと視線を合わせた。
「……さて、閣下。王都での滞在予定時間は、あと三時間です。それまでに、この国の次期予算案の骨子を叩き台にしますわよ。一分たりとも無駄にはできませんわ!」
「承知した。私の脳のリソースを、全て君に捧げよう」
二人は、呆然とする王族たちを置き去りにして、風のような速さで事務室へと向かった。
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