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王宮の時計塔が、深夜零時を告げる鐘を鳴らした。
本来であれば、王宮中が寝静まっている時間だが、執務室の窓からは煌々と明かりが漏れている。
キサキは最後の一枚の書類に署名をし、ふぅ、と長く、しかし効率的な溜息を吐いた。
「……終わりましたわ。王国の予算再建計画、および行政組織の最適化。予定より三時間と十二分の前倒し完了です」
「お疲れ様、キサキ。君のペン捌きは、もはや光速の領域に達していたな。見惚れてしまって、私の確認作業がコンマ五秒ほど遅れたよ」
ゼノスが温かいハーブティーをキサキの前に置いた。
キサキはそのカップを手に取り、立ち上る湯気を眺めながら、隣に座るゼノスを見つめた。
「ゼノス閣下。明日には、私たちはこの国を去ります。私は領地へ、貴方は帝国へ。……この二週間の共同作業(プロジェクト)、私にとっては人生で最も『高密度』な時間でしたわ」
「……同感だ。これほどまでに言葉が通じ、思考の同期が取れる相手と出会える確率は、天文学的な数字だろう。キサキ、私は今、かつてないほどの『喪失感』を予見している」
ゼノスが眼鏡を外し、机の上に置いた。
その瞳は、いつもの冷徹な色を潜め、熱を帯びた真剣な光を放っている。
「喪失感、ですか? 閣下ともあろう方が、非生産的な感情に振り回されるなんて」
「ああ、非生産的だ。だが、論理的な帰結でもある。君という『最高効率のエンジン』を失った私の日常は、明日からただの鈍行列車に成り下がるだろう。……それは、私にとって耐え難い損失だ」
ゼノスは椅子から立ち上がり、キサキの正面に立った。
そして、彼はゆっくりと膝をついた。
「キサキ。私は、君に新たな提案がある。……いや、これは私の一生をかけた、最大かつ唯一の『投資要請』だ」
キサキの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
彼女は自分の左胸を抑え、冷静を装って口を開いた。
「……伺いましょう。アジェンダは何かしら?」
「私の人生に、君の効率を永続的に組み込みたい。ガルシア帝国の宰相夫人という椅子ではない。私の魂の隣に、君の論理を配置してほしいんだ」
ゼノスは懐から、一つの小さな箱を取り出した。
中には、装飾を極限まで削ぎ落とし、機能美だけを追求した最高純度のダイヤモンドリングが収められていた。
「ゼノス閣下……これは」
「結婚という名の、生涯無制限の業務提携だ。君の時間を、私の人生という国家運営に全投入してほしい。その対価として、私は私の全て……地位、資産、そしてこの心臓の拍動の一つひとつに至るまで、君の管理下に置くことを誓う」
ゼノスの言葉は、甘い愛の囁きというよりは、血で書かれた契約書のように重かった。
「……私の管理下に? それはつまり、貴方の睡眠時間も、食事の栄養バランスも、歩行ルートも、全て私が最適化して良いということ?」
「もちろんだ。君による徹底的な管理こそ、私の魂が求めている究極の秩序だ。……キサキ、私は君なしでは、もう満足に書類を読むことすらできない体になってしまった。君の効率が、私の人生に不可欠なんだ」
キサキは指輪を見つめ、それからゼノスの顔をじっと見つめた。
彼女の脳内では、今この瞬間に、彼と結婚した場合の生涯幸福指数のシミュレーションが、天を衝くような勢いで実行されていた。
「……閣下。貴方の提案は、極めて魅力的ですわ。私にとっても、貴方ほど私のスペックを引き出してくれるハードウェアは、世界中に他に存在しませんもの」
「では……」
「ええ。受理します。この契約、今この瞬間をもって締結(エンゲージ)といたしましょう。……ただし、ゼノス様」
キサキはゼノスの手を取り、彼を立たせた。
そして、彼の手の中に自分の手を重ねる。
「契約の更新は毎日行いますわよ? 私を飽きさせるような非効率な振る舞いを見せたら、即座に違約金を請求しますから」
「望むところだ。毎日が、君へのプレゼンテーションになるだろう。……ああ、心拍数が毎分百二十を超えた。この高揚感、計算では導き出せないな」
「……ふふ。私もですわ。ですが、これによる生産性の向上は計り知れませんわね」
ゼノスは、キサキの細い指に、一点の曇りもない指輪を嵌めた。
それは、世界で最も合理的な、しかし世界で最も純粋な「愛の証」だった。
「愛しているよ、キサキ。君という名の奇跡に、私は一生をかけて報いよう」
「私もですわ、ゼノス。……さあ、婚約の儀式(キス)は三秒以内で済ませましょう。明日からの引っ越し作業のスケジュールを組まなくてはいけませんもの!」
「……はは、君らしいな。三秒と言わず、一秒で終わらせて、すぐに作業に取り掛かろう」
二人は、窓の外に広がる王都の夜景を背に、最短距離で唇を重ねた。
恋愛という名の不確かな感情を、彼らなりの「最高効率」で形にした瞬間だった。
キサキとゼノス。
最強の二人が結ばれたことで、世界の歴史がかつてない速度で動き出そうとしていた。
本来であれば、王宮中が寝静まっている時間だが、執務室の窓からは煌々と明かりが漏れている。
キサキは最後の一枚の書類に署名をし、ふぅ、と長く、しかし効率的な溜息を吐いた。
「……終わりましたわ。王国の予算再建計画、および行政組織の最適化。予定より三時間と十二分の前倒し完了です」
「お疲れ様、キサキ。君のペン捌きは、もはや光速の領域に達していたな。見惚れてしまって、私の確認作業がコンマ五秒ほど遅れたよ」
ゼノスが温かいハーブティーをキサキの前に置いた。
キサキはそのカップを手に取り、立ち上る湯気を眺めながら、隣に座るゼノスを見つめた。
「ゼノス閣下。明日には、私たちはこの国を去ります。私は領地へ、貴方は帝国へ。……この二週間の共同作業(プロジェクト)、私にとっては人生で最も『高密度』な時間でしたわ」
「……同感だ。これほどまでに言葉が通じ、思考の同期が取れる相手と出会える確率は、天文学的な数字だろう。キサキ、私は今、かつてないほどの『喪失感』を予見している」
ゼノスが眼鏡を外し、机の上に置いた。
その瞳は、いつもの冷徹な色を潜め、熱を帯びた真剣な光を放っている。
「喪失感、ですか? 閣下ともあろう方が、非生産的な感情に振り回されるなんて」
「ああ、非生産的だ。だが、論理的な帰結でもある。君という『最高効率のエンジン』を失った私の日常は、明日からただの鈍行列車に成り下がるだろう。……それは、私にとって耐え難い損失だ」
ゼノスは椅子から立ち上がり、キサキの正面に立った。
そして、彼はゆっくりと膝をついた。
「キサキ。私は、君に新たな提案がある。……いや、これは私の一生をかけた、最大かつ唯一の『投資要請』だ」
キサキの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
彼女は自分の左胸を抑え、冷静を装って口を開いた。
「……伺いましょう。アジェンダは何かしら?」
「私の人生に、君の効率を永続的に組み込みたい。ガルシア帝国の宰相夫人という椅子ではない。私の魂の隣に、君の論理を配置してほしいんだ」
ゼノスは懐から、一つの小さな箱を取り出した。
中には、装飾を極限まで削ぎ落とし、機能美だけを追求した最高純度のダイヤモンドリングが収められていた。
「ゼノス閣下……これは」
「結婚という名の、生涯無制限の業務提携だ。君の時間を、私の人生という国家運営に全投入してほしい。その対価として、私は私の全て……地位、資産、そしてこの心臓の拍動の一つひとつに至るまで、君の管理下に置くことを誓う」
ゼノスの言葉は、甘い愛の囁きというよりは、血で書かれた契約書のように重かった。
「……私の管理下に? それはつまり、貴方の睡眠時間も、食事の栄養バランスも、歩行ルートも、全て私が最適化して良いということ?」
「もちろんだ。君による徹底的な管理こそ、私の魂が求めている究極の秩序だ。……キサキ、私は君なしでは、もう満足に書類を読むことすらできない体になってしまった。君の効率が、私の人生に不可欠なんだ」
キサキは指輪を見つめ、それからゼノスの顔をじっと見つめた。
彼女の脳内では、今この瞬間に、彼と結婚した場合の生涯幸福指数のシミュレーションが、天を衝くような勢いで実行されていた。
「……閣下。貴方の提案は、極めて魅力的ですわ。私にとっても、貴方ほど私のスペックを引き出してくれるハードウェアは、世界中に他に存在しませんもの」
「では……」
「ええ。受理します。この契約、今この瞬間をもって締結(エンゲージ)といたしましょう。……ただし、ゼノス様」
キサキはゼノスの手を取り、彼を立たせた。
そして、彼の手の中に自分の手を重ねる。
「契約の更新は毎日行いますわよ? 私を飽きさせるような非効率な振る舞いを見せたら、即座に違約金を請求しますから」
「望むところだ。毎日が、君へのプレゼンテーションになるだろう。……ああ、心拍数が毎分百二十を超えた。この高揚感、計算では導き出せないな」
「……ふふ。私もですわ。ですが、これによる生産性の向上は計り知れませんわね」
ゼノスは、キサキの細い指に、一点の曇りもない指輪を嵌めた。
それは、世界で最も合理的な、しかし世界で最も純粋な「愛の証」だった。
「愛しているよ、キサキ。君という名の奇跡に、私は一生をかけて報いよう」
「私もですわ、ゼノス。……さあ、婚約の儀式(キス)は三秒以内で済ませましょう。明日からの引っ越し作業のスケジュールを組まなくてはいけませんもの!」
「……はは、君らしいな。三秒と言わず、一秒で終わらせて、すぐに作業に取り掛かろう」
二人は、窓の外に広がる王都の夜景を背に、最短距離で唇を重ねた。
恋愛という名の不確かな感情を、彼らなりの「最高効率」で形にした瞬間だった。
キサキとゼノス。
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