お見通しですわ。婚約破棄、承りましたわ。

萩月

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結婚から一年。ガルシア帝国の中心部に建てられた「宰相夫妻官邸」の朝は、一秒の狂いもなく始まる。

午前六時零分零秒。
キサキとゼノスは同時に目を開け、羽毛布団を左右対称に跳ね除けた。

「おはよう、ゼノス様。今日の睡眠効率は九十八パーセント。完璧なリカバリーですわ」

「おはよう、キサキ。私の脳内キャッシュもクリアだ。今なら帝国の全予算書を一時間で暗記できる自信があるよ」

二人は並んで洗面台に向かい、電動歯ブラシを同じリズムで動かす。
鏡に映る二人の姿は、帝国の国民から「歩く精密機械」「美しき合理主義者ペア」と称えられ、今や憧れの的となっていた。

朝食のテーブルには、キサキが開発した「完全栄養リゾット・バージョン五・二」が並んでいる。

「……ゼノス様、見てください。今朝の新聞の片隅に、元婚約者の近況が載っていましたわ」

「ああ、あの『非効率の権化』たちか。まだ生き残っていたのか」

ゼノスが差し出された新聞に目を落とす。
そこには、辺境の開拓地で真っ黒に日焼けし、軍隊のような規律でクワを振るアラルドの姿があった。
リリィもまた、泣き言を言う暇もないほどの「超高速・洗濯マニュアル」に従い、一日数千枚のシーツを洗わされているという。

「……ふむ。アラルドも、以前よりは一分あたりの心拍数が落ち着いているようだ。無駄なプライドを捨て、物理的な労働にリソースを集中させた結果だろうな」

「ええ。リリィ様も、肌のコンディションは最悪のようですが、体幹は鍛えられているようですわ。人間、適度な負荷(ストレス)と明確なノルマがある方が、かえって健康になれるという私の理論の証明ですわね」

キサキは満足げにリゾットを飲み込むと、食器を音もなく片付けた。
彼女にとって、かつての断罪劇はもはや「適切に処理された過去のログ」に過ぎない。

「さて、ゼノス様。今日の予定ですが……。午前中は帝国の新通貨導入に関する会議が三件。午後は、物流ドローンの最短経路テスト。そして……」

キサキは少しだけ言葉を切り、ゼノスの瞳を真っ直ぐに見つめた。

「夜の八時から十時までは、我々の『愛の再定義』に関する定期協議(プライベートタイム)となっております。よろしいかしら?」

「もちろんだ、キサキ。その二時間のために、私は今日一日の業務効率をさらに二割引き上げるつもりだよ。君と過ごす非公式な時間こそ、私の全人生における最大の『純利益』だからな」

ゼノスは立ち上がり、キサキの手を取ってその甲に軽く唇を寄せた。
所要時間零・三秒。だが、そこにはどんな詩人が綴る言葉よりも深い熱情が込められていた。

「キサキ。君と出会い、婚約破棄という名の『不純物の除去』が行われたことに、私は心から感謝している。君のいない世界は、私にとってただのバグだらけのプログラムだった」

「……ゼノス様。貴方のその、論理的でありながら甘い計算式。一生かけても解き明かせそうにありませんわ。……でも、それが私の探求心を刺激し、幸福度を最大化させてくれるのです」

二人は手を取り合い、官邸の玄関へと向かった。
そこには、世界で最も効率的で、一秒の無駄もなく、そして誰よりも深い絆で結ばれた二人の日常が待っている。

「さあ、行きましょう。世界から一秒の無駄を駆逐するために!」

「ああ。私たちの『永遠』という名のプロジェクトは、まだ始まったばかりだ」

二人の背中が、朝日を浴びて輝く。
かつて「悪役令嬢」と呼ばれた少女は、今、最愛のパートナーと共に、光速の先にある幸福へと突き進んでいく。

その歩みに、一秒の迷いも、一ミリの無駄も存在しなかった。
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