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別荘に到着した頃には、東の空が白み始めていた。
私たちは、ドレスの裾を泥で汚し、髪を振り乱しながらも、まるで凱旋した将軍のような足取りで玄関をくぐった。
「……お帰りなさいませ、皆様。……随分と、爽やかなお顔をされていますね」
眠い目をこすりながら迎えてくれたマーサが、私たちの姿を見てふっと微笑んだ。
「マーサ! 今すぐ、あのカレーを温めて頂戴! 私の魂が、スパイスという名の救済を求めて叫んでいますわ!」
「お姉様、私の分はご飯多めでお願いしますわよ! もう、胃袋と背中がくっついて、自分がペラペラの紙に転生したかと思いましたわ!」
「……転生はしないと言っているだろう。ほら、座れ。私が温めてやる」
ゼクスが手際よく上着を脱ぎ、キッチンのコンロに火をつけた。
数分後、静かな別荘の食堂に、あの懐かしくて暴力的なスパイスの香りが立ち込めた。
「「いただきますわ!!」」
私とリリアーナは、ドレス姿であることも忘れ、猛然とカレーを口に運んだ。
「……んん~!! これですわ! 王宮の、あの味のしない高級料理より、この五臓六腑に染み渡る激辛ルーこそが私の求めていたものですわ!」
「本当ですわ、お姉様……! 自由の味がしますわ! あ、ゼクス様、この福神漬け代わりのピクルスも最高ですわ!」
「……。……ゆっくり食え。これからは毎日、これが食べられるんだからな」
ゼクスは自分の分の皿を置き、私の隣に腰を下ろした。
「……ねえ、ゼクス様。本当に良かったんですの? 将来有望な騎士団長の座を捨てて、こんな我儘な令嬢の『飼い犬』……いえ、専属騎士になるなんて」
私は、スプーンを止めて彼を見た。
ゼクスは少しだけ困ったように笑い、私の頭を無造作に撫でた。
「……言っただろう。私は不条理が嫌いなんだ。……あんな王子の下で、君という面白い女を遠くから見ているだけなんて、それこそ騎士としての最大の不覚だ」
「……。……面白い女、ですか。相変わらず一言多いですわね」
「……。……訂正しよう。……愛すべき、私の主君だ」
ゼクスが耳を赤くして囁くと、向かい側でリリアーナが「ひゃあー!」と奇声を上げた。
「お姉様、聞きました!? これ、事実上の勝利宣言ですわよ! さあ、マーサ! もっとお米を持ってきて! この甘い空気には、炭水化物が必要ですわ!」
「……リリアーナ嬢。君は、もう少し空気を読むということを覚えろ」
「嫌ですわ! 空気なんて吸ってもお腹は膨らみませんもの!」
賑やかな笑い声が、朝の光に包まれた食堂に響く。
……それから、数ヶ月後。
王宮では、ヴィルフレド王子が「僕を捨てた二人の女に捧げる、鎮魂のレクイエム」という全百番に及ぶ曲を制作し、側近たちが次々と過労で倒れるという珍事が発生していたが、それは私たちの知ったことではなかった。
私は侯爵家の籍を抜け、この別荘を拠点として、リリアーナと共に「美味しいもの巡り」の旅を計画していた。
もちろん、護衛兼シェフのゼクスを連れて。
「……さあ、リリアーナ。準備はよろしくて?」
私は、旅装束に身を包み、馬車の前で親友に手を差し出した。
「ええ、お姉様! 新しい人生という名のメインディッシュ、完食して差し上げますわ!」
パァン!!
青空の下、私たちの手が力強く重なり、小気味よい音が響き渡った。
「……。……お前たち。ハイタッチをするのはいいが、忘れ物はないな? スパイスの予備は持ったか?」
馬車の御者台に座るゼクスが、呆れ顔で私たちを見下ろしている。
「もちろんですわ! 私たちの行く道に、刺激が足りないなんて許されませんもの!」
私はゼクスの隣に飛び乗り、彼の腕をギュッと抱きしめた。
「……さあ、出発ですわ! 自由と、カレーの香る地平線へ!」
馬車が走り出す。
悪役令嬢と、その親友のヒロイン。そして、彼女たちに胃袋から捕らえられた最強の騎士。
私たちの物語は、これからが本番なのだ。
前世の話? そんなの、今の幸せに比べればスパイスの一粒にも満たないわ。
だって、今この瞬間が、私にとって最高の「ハッピーエンド」なんだから。
私たちは、ドレスの裾を泥で汚し、髪を振り乱しながらも、まるで凱旋した将軍のような足取りで玄関をくぐった。
「……お帰りなさいませ、皆様。……随分と、爽やかなお顔をされていますね」
眠い目をこすりながら迎えてくれたマーサが、私たちの姿を見てふっと微笑んだ。
「マーサ! 今すぐ、あのカレーを温めて頂戴! 私の魂が、スパイスという名の救済を求めて叫んでいますわ!」
「お姉様、私の分はご飯多めでお願いしますわよ! もう、胃袋と背中がくっついて、自分がペラペラの紙に転生したかと思いましたわ!」
「……転生はしないと言っているだろう。ほら、座れ。私が温めてやる」
ゼクスが手際よく上着を脱ぎ、キッチンのコンロに火をつけた。
数分後、静かな別荘の食堂に、あの懐かしくて暴力的なスパイスの香りが立ち込めた。
「「いただきますわ!!」」
私とリリアーナは、ドレス姿であることも忘れ、猛然とカレーを口に運んだ。
「……んん~!! これですわ! 王宮の、あの味のしない高級料理より、この五臓六腑に染み渡る激辛ルーこそが私の求めていたものですわ!」
「本当ですわ、お姉様……! 自由の味がしますわ! あ、ゼクス様、この福神漬け代わりのピクルスも最高ですわ!」
「……。……ゆっくり食え。これからは毎日、これが食べられるんだからな」
ゼクスは自分の分の皿を置き、私の隣に腰を下ろした。
「……ねえ、ゼクス様。本当に良かったんですの? 将来有望な騎士団長の座を捨てて、こんな我儘な令嬢の『飼い犬』……いえ、専属騎士になるなんて」
私は、スプーンを止めて彼を見た。
ゼクスは少しだけ困ったように笑い、私の頭を無造作に撫でた。
「……言っただろう。私は不条理が嫌いなんだ。……あんな王子の下で、君という面白い女を遠くから見ているだけなんて、それこそ騎士としての最大の不覚だ」
「……。……面白い女、ですか。相変わらず一言多いですわね」
「……。……訂正しよう。……愛すべき、私の主君だ」
ゼクスが耳を赤くして囁くと、向かい側でリリアーナが「ひゃあー!」と奇声を上げた。
「お姉様、聞きました!? これ、事実上の勝利宣言ですわよ! さあ、マーサ! もっとお米を持ってきて! この甘い空気には、炭水化物が必要ですわ!」
「……リリアーナ嬢。君は、もう少し空気を読むということを覚えろ」
「嫌ですわ! 空気なんて吸ってもお腹は膨らみませんもの!」
賑やかな笑い声が、朝の光に包まれた食堂に響く。
……それから、数ヶ月後。
王宮では、ヴィルフレド王子が「僕を捨てた二人の女に捧げる、鎮魂のレクイエム」という全百番に及ぶ曲を制作し、側近たちが次々と過労で倒れるという珍事が発生していたが、それは私たちの知ったことではなかった。
私は侯爵家の籍を抜け、この別荘を拠点として、リリアーナと共に「美味しいもの巡り」の旅を計画していた。
もちろん、護衛兼シェフのゼクスを連れて。
「……さあ、リリアーナ。準備はよろしくて?」
私は、旅装束に身を包み、馬車の前で親友に手を差し出した。
「ええ、お姉様! 新しい人生という名のメインディッシュ、完食して差し上げますわ!」
パァン!!
青空の下、私たちの手が力強く重なり、小気味よい音が響き渡った。
「……。……お前たち。ハイタッチをするのはいいが、忘れ物はないな? スパイスの予備は持ったか?」
馬車の御者台に座るゼクスが、呆れ顔で私たちを見下ろしている。
「もちろんですわ! 私たちの行く道に、刺激が足りないなんて許されませんもの!」
私はゼクスの隣に飛び乗り、彼の腕をギュッと抱きしめた。
「……さあ、出発ですわ! 自由と、カレーの香る地平線へ!」
馬車が走り出す。
悪役令嬢と、その親友のヒロイン。そして、彼女たちに胃袋から捕らえられた最強の騎士。
私たちの物語は、これからが本番なのだ。
前世の話? そんなの、今の幸せに比べればスパイスの一粒にも満たないわ。
だって、今この瞬間が、私にとって最高の「ハッピーエンド」なんだから。
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