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夜風が、火照った頬に心地いい。
領主館のテラスから離れ、私たちは静かな庭園を馬車へと向かって歩いていた。
「……ふぅ。疲れましたけれど、最高の夜でしたわね。冤罪は晴れ、新作スイーツは全種類制覇し、ついでに元婚約者のプライドも粉砕できましたもの」
私は、隣を歩く巨大な影を見上げて笑った。
ギルバート様は、相変わらず眉間に深い皺を寄せたまま、どこか考え込むように黙り込んでいる。
「……ギルバート様? もしや、最後のアイスクリームに満足いかなかったかしら? 確かに、もう少しバニラビーンズの香りが強くても良かったですわね」
「……アイスの話ではない」
ギルバート様がぴたりと足を止めた。
私も釣られて立ち止まる。
シャンデリアの光が届かない木陰。月明かりだけが、彼の彫りの深い横顔を照らしていた。
「……ジョアン。……貴様は、これからどうするつもりだ」
「どうする、と言われましても。……そうね、まずは別荘の庭をハッピーな花園にして、秋にはあの林檎でジャムを……」
「……そうではない。……貴様の『ハッピーエンド』には、誰の隣がふさわしいと考えているのだ」
重厚な、心臓の奥まで響くような問いかけ。
私は、手に持っていた扇を握りしめた。
……鈍感な私でも、流石にこの空気感は察知できる。
これは、物語において最も重要な、分岐点の香りがするわ。
「……ギルバート様。……私、ハッピーエンド至上主義だと言いましたわよね。……でも、それは一人の力で掴み取るものだと思っていましたの」
「……一人では、半分しか味わえないものもある」
ギルバート様が一歩、私に歩み寄った。
その距離、わずか数十センチ。
大将軍の放つ威圧感は、今や熱を帯びた、切ないほどの「執着」へと変わっていた。
「……俺は、戦場こそが自分の終着点だと思っていた。……甘い菓子で自分を騙し、明日死んでも悔いはないと、そう言い聞かせて生きてきた」
「……」
「……だが。……お前が現れてから、俺の計算が狂った。……市場でクレープを分け合い、別荘でくだらん言い合いをしながら茶を飲む。……そんな時間が、何よりも、……戦功よりも重くなってしまったのだ」
ギルバート様の大きな手が、私の頬をそっと撫でた。
その指先は、剣を握るためのタコで硬いけれど、驚くほど震えていた。
「……ジョアン。……俺の『ハッピーエンド』には、お前が必要だ」
心臓が、跳ねた。
塩キャラメルアイスが溶けるよりも速く、私の胸の中にあった「防壁」が崩れ去っていく。
「……それ、ずるいですわ。……私に、新しいページを書き加えろと仰るの?」
「……ああ。……お前の物語の隣に、俺を置いてはくれないか。……契約ではない。……一人の男としての、願いだ」
彼の瞳の中に、私が映っている。
「怖い顔の大将軍」ではない、一人の不器用で、真っ直ぐな、愛すべき男性の瞳。
(……ああ。これですわ。……これこそが、私が求めていた、真の完結編の幕開け……!)
私は溢れ出しそうな涙を堪え、思い切り、最高の笑顔を作った。
「……ギルバート様。……その願い、受けて立ってあげてもよろしいですわよ」
「……本当か?」
「ええ。ただし! 私のハッピーエンドは、朝食のフレンチトーストから、夜寝る前のホットミルクまで、相当ハードなスケジュールですわよ。……ついてこられますかしら?」
「望むところだ。一生、かけてな」
ギルバート様の顔に、これまでに見たことのない、穏やかで、そして少しだけ照れくさそうな「慈愛の微笑み」が浮かんだ。
それは、どんなスイーツよりも甘く、私の心をハッピーで満たしてくれた。
「……ふふ。……やったわ! ハッピーエンド、二部作決定ですわね!」
「……二部どころか、百部作くらいまで付き合うつもりだ」
月夜の下、私たちは再び歩き出した。
婚約破棄から始まった私の逃走劇は、今、人生で最高のパートナーと共に、新しい物語へと進み始めていた。
領主館のテラスから離れ、私たちは静かな庭園を馬車へと向かって歩いていた。
「……ふぅ。疲れましたけれど、最高の夜でしたわね。冤罪は晴れ、新作スイーツは全種類制覇し、ついでに元婚約者のプライドも粉砕できましたもの」
私は、隣を歩く巨大な影を見上げて笑った。
ギルバート様は、相変わらず眉間に深い皺を寄せたまま、どこか考え込むように黙り込んでいる。
「……ギルバート様? もしや、最後のアイスクリームに満足いかなかったかしら? 確かに、もう少しバニラビーンズの香りが強くても良かったですわね」
「……アイスの話ではない」
ギルバート様がぴたりと足を止めた。
私も釣られて立ち止まる。
シャンデリアの光が届かない木陰。月明かりだけが、彼の彫りの深い横顔を照らしていた。
「……ジョアン。……貴様は、これからどうするつもりだ」
「どうする、と言われましても。……そうね、まずは別荘の庭をハッピーな花園にして、秋にはあの林檎でジャムを……」
「……そうではない。……貴様の『ハッピーエンド』には、誰の隣がふさわしいと考えているのだ」
重厚な、心臓の奥まで響くような問いかけ。
私は、手に持っていた扇を握りしめた。
……鈍感な私でも、流石にこの空気感は察知できる。
これは、物語において最も重要な、分岐点の香りがするわ。
「……ギルバート様。……私、ハッピーエンド至上主義だと言いましたわよね。……でも、それは一人の力で掴み取るものだと思っていましたの」
「……一人では、半分しか味わえないものもある」
ギルバート様が一歩、私に歩み寄った。
その距離、わずか数十センチ。
大将軍の放つ威圧感は、今や熱を帯びた、切ないほどの「執着」へと変わっていた。
「……俺は、戦場こそが自分の終着点だと思っていた。……甘い菓子で自分を騙し、明日死んでも悔いはないと、そう言い聞かせて生きてきた」
「……」
「……だが。……お前が現れてから、俺の計算が狂った。……市場でクレープを分け合い、別荘でくだらん言い合いをしながら茶を飲む。……そんな時間が、何よりも、……戦功よりも重くなってしまったのだ」
ギルバート様の大きな手が、私の頬をそっと撫でた。
その指先は、剣を握るためのタコで硬いけれど、驚くほど震えていた。
「……ジョアン。……俺の『ハッピーエンド』には、お前が必要だ」
心臓が、跳ねた。
塩キャラメルアイスが溶けるよりも速く、私の胸の中にあった「防壁」が崩れ去っていく。
「……それ、ずるいですわ。……私に、新しいページを書き加えろと仰るの?」
「……ああ。……お前の物語の隣に、俺を置いてはくれないか。……契約ではない。……一人の男としての、願いだ」
彼の瞳の中に、私が映っている。
「怖い顔の大将軍」ではない、一人の不器用で、真っ直ぐな、愛すべき男性の瞳。
(……ああ。これですわ。……これこそが、私が求めていた、真の完結編の幕開け……!)
私は溢れ出しそうな涙を堪え、思い切り、最高の笑顔を作った。
「……ギルバート様。……その願い、受けて立ってあげてもよろしいですわよ」
「……本当か?」
「ええ。ただし! 私のハッピーエンドは、朝食のフレンチトーストから、夜寝る前のホットミルクまで、相当ハードなスケジュールですわよ。……ついてこられますかしら?」
「望むところだ。一生、かけてな」
ギルバート様の顔に、これまでに見たことのない、穏やかで、そして少しだけ照れくさそうな「慈愛の微笑み」が浮かんだ。
それは、どんなスイーツよりも甘く、私の心をハッピーで満たしてくれた。
「……ふふ。……やったわ! ハッピーエンド、二部作決定ですわね!」
「……二部どころか、百部作くらいまで付き合うつもりだ」
月夜の下、私たちは再び歩き出した。
婚約破棄から始まった私の逃走劇は、今、人生で最高のパートナーと共に、新しい物語へと進み始めていた。
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