婚約破棄? 喜んで! …その前に訂正を求めますわ!

萩月

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王宮の謁見の間。そこには重苦しい空気が漂っていました。


私の前には、この国の頂点に立つ国王陛下と、眉間に皺を寄せた重鎮たちが並んでいます。
そして、私の手元にはカイル殿下と一晩で練り上げた「物流改革および税制最適化案」の分厚い束。


「……ミルム・ファン・アトラス。お前がカイル殿下と共に、我が国の積年の課題に対する解決策を提示したいというのは本当か?」


国王陛下の問いに、私は淀みなく答えました。


「はい、陛下。現在の徴税システムにおける漏損率は $12\%$ を超えています。これを私の提案する新アルゴリズムに置き換えるだけで、増税なしに国庫収入を初年度で $15\%$ 増加させることが可能ですわ」


「馬鹿な! そんな魔法のような話があるものか!」


叫び声を上げて割り込んできたのは、案の定、セドリック殿下でした。
彼はリリィ様を伴い、滑稽なほど鼻を高くして私を指差しました。


「父上、騙されてはいけません! 女が、それもただの公爵令嬢が政治や経済の深淵を理解できるはずがない! 彼女はただ、カイルに教わった難しい言葉を並べて、賢く見せかけているだけです!」


「……殿下。貴方のその『性別による能力の決めつけ』は、統計学的な根拠に基づいた発言ですか? それとも、単なる個人的な劣等感の裏返しですの?」


私は冷ややかに言い放ちました。


「なっ……劣等感だと!?」


「ええ。貴方が三日かけても読み解けなかった予算書を、私が一分で修正してしまったことに対する、非論理的な防衛本能ですわ。……陛下、時間の無駄ですわね。口頭での説明より、実演をご覧いただいた方が早いかと」


私は執事に合図をし、王宮の事務局から「未処理の書類の山」を持ってこさせました。


「陛下、ここに三ヶ月間放置されているという、地方領主たちからの陳情書と収支報告書があります。これらすべてを、私が今ここで『爆速』で処理してみせましょう」


「……三ヶ月分を、今ここでか?」


国王が驚愕する中、私はペンを両手に持ち……いえ、片手で十分ですわね。
計算機を傍らに置き、猛烈な勢いで書類を裁き始めました。


「第一項、農地開拓の補助金申請。昨年の収穫予測との乖離が $5\%$ 以上あるため却下。再計算を命じなさい。……第二項、街道整備の予算。資材価格の中間搾取が疑われます。この業者の過去三年の取引履歴を監査に回して。……第三項……」


ペンが紙の上を走る音だけが、静まり返った広間に響きます。
私の脳内では、数字が立体的な図形となって組み合わさり、最適解が次々と弾き出されていきました。


「……ふふ、ミルム。少し速度が落ちているよ。左のページの減価償却費、複利計算を忘れていないかな?」


カイル殿下が楽しそうに横から茶化してきました。


「殿下、私を誰だと思っていらして? そんな初歩的なミス、私の辞書には存在しませんわ。……はい、終わり。全八十二通、処理完了です」


時計を確認したカイル殿下が、優雅に拍手をしました。


「三分十二秒。一通あたり約二.三秒。……素晴らしい。我が国の官僚たちの生産性を、一人で数千倍に跳ね上げたね」


会場は、水を打ったような静寂に包まれました。
セドリック殿下は口を金魚のように開けたまま固まり、リリィ様は「な、何が起きたんですの……?」と怯えています。


「……陛下、これらが私の『政治への理解度』の証明です。感情や性別は、計算結果に一ミリの干渉もいたしません。……さて、先ほどの物流改革案、ご採用いただけますかしら?」


国王陛下は、呆然と処理された書類の山を見つめた後、深く溜息をつき……そして、大笑いしました。


「……わははは! 素晴らしい! セドリック、お前はとんでもない逸材を手放したようだな! ミルム、お前の提案、全面的に採用しよう。いや、むしろお前を正式に『王宮特別財務補佐官』に任命したいほどだ!」


「光栄ですが陛下、私は現在『メンテナンス中』の身ですので、まずは顧問契約からお願いしたく存じますわ」


私は優雅にカーテシーをしました。
セドリック殿下は、自分の面目が完全に潰されたことに気づき、顔を真っ赤にして叫びました。


「そんなの認めないぞ! インチキだ! 何か魔法を使ったに決まっている!」


「殿下。……魔法より強力な武器があることを、そろそろ学んではいかが? それは『脳』という名の臓器を、正しく使うことですわよ」


私は勝ち誇ることすらなく、淡々と事実を告げました。
無能な声は、もはや私の足を止める重りにはならないのです。


(さて、これで当面のリソースは確保できましたわ。次はカイル殿下との『技術提携』の中身を、より私に有利な条件に書き換えなくては)


私は、悔しさに震える元婚約者を一瞥もせず、新しい契約書への期待に胸を膨らませたのでした。
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