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チュン、チュン……。
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日。
私は、これまでで一番心地よい目覚めを迎えていた。
「……ん」
「おはよう、エマール」
すぐ耳元で、甘く低い声が響く。
目を開けると、そこには、枕に頬杖をつき、愛おしそうに私を見つめるクラウス様の顔があった。
朝の光に透ける銀髪、乱れた寝間着の襟元から覗く鎖骨。
その破壊力は、昨晩のドレス姿の私など霞むほどだった。
「……おはようございます、閣下」
私は反射的にシーツを引き上げた。
昨夜の記憶が、鮮烈に蘇る。
パーティーの後、部屋に連れ込まれ、そこで行われた『愛の決算報告会』……もとい、甘い時間の数々。
(……思い出すだけで、体温が二度上昇するわ)
「昨夜はよかった。君の『計算能力』が、あんなところでも発揮されるとはな」
クラウス様が意地悪く笑う。
「……忘れてください。あれは、興奮状態における脳内物質の過剰分泌による……」
「回数を数えるのはやめろと言っただろう?」
「くっ……職業病です」
私が赤くなると、クラウス様は優しく額にキスをした。
「さて。名残惜しいが、起きようか。……『ゴミ出し』の時間だ」
「……ゴミ出し?」
「ああ。昨日、君が契約書を書かせた『大型粗大ゴミ』二名の出荷作業だ」
ああ、そうだった。
あの二人のことを、幸せすぎて完全に忘却(デリート)していた。
私は瞬時に「乙女モード」から「経理モード」へと切り替えた。
「そうですね。延滞料金が発生する前に、さっさと出荷しましょう」
◇
辺境伯邸の裏門。
そこには、ボロボロの服を着たまま、寒さに震えるレイド王子とシルフィの姿があった。
「さ、寒い……! なんだこの小屋は! 隙間風が入ってきて一睡もできなかったぞ!」
「お腹すいたぁ……。昨日の夜ご飯、パンの耳と水だけってどういうことよぉ……」
二人は目の下にクマを作り、ブツブツと文句を垂れている。
そこへ、私とクラウス様が、完璧に整えられた身なりで現れた。
「あら、おはようございます、レイド殿下、シルフィ様。顔色が優れませんね。栄養バランスの乱れは、思考力の低下を招きますよ?」
「エマール! 貴様ぁ……!」
レイド王子が私を睨みつける。
「よくもあんな小屋に押し込めやがって! 僕は王子だぞ! もっとマシな部屋があっただろう!」
「当家の客室(ゲストルーム)は、一泊あたり金貨三枚の維持費がかかります。現在の貴殿らの支払い能力(与信枠)では、物置小屋(フリースペース)が限界でした」
私は手元のバインダーを確認しながら、淡々と答えた。
「さて、契約通り、王都までの移動手段をご用意いたしました」
「ふん! やっとか! まあ、昨日の非礼を詫びて、最上級の馬車を用意したんだろうな?」
レイド王子が鼻を鳴らす。
「ふかふかのクッションに、温かいスープ! 早く乗せてよ!」
シルフィも期待に目を輝かせる。
私はニッコリと微笑み、背後に控えていた使用人に合図を送った。
「どうぞ、こちらです」
ガラガラガラガラ……。
重苦しい音と共に現れたのは、一台の荷馬車だった。
屋根はない。
クッションもない。
あるのは、荷台に積まれた大量の木箱と、それを引く一頭の老ロバだけだ。
そして何より――
「……く、くさっ!?」
レイド王子が鼻をつまんだ。
「なんだこの強烈な臭いは!?」
「説明いたします。これは、領内で生産された特産の『干し魚』を王都へ出荷する定期便です」
「ほ、干し魚ぁ!?」
「はい。帰りの便(空車)を手配するとコストがかかりますが、この出荷便の荷台の隙間に同乗させていただく形であれば、運賃は『タダ』になります」
私はVサイン(勝利ではなく、二名分の意味)を出した。
「いわゆる『相乗りエコノミープラン』です。感謝してください」
「ふざけるなあああッ!!」
レイド王子が絶叫した。
「王子の僕が、魚と一緒に運ばれるだと!? しかも干物!? 服に臭いがつくじゃないか!」
「嫌ぁぁぁ! 私、魚くさいの嫌いぃぃ! 髪に変な虫がつくぅぅ!」
シルフィが地団駄を踏んで拒否する。
しかし、私は冷たく言い放った。
「選ぶ権利はありません。契約書第5条。『債務者の移動手段は、債権者(私)が最も経済的と判断する方法によるものとする』。……サインしましたよね?」
「うっ……!」
「嫌なら歩いて帰りますか? 王都まで徒歩で二週間。靴底がすり減るコストと、野宿での食費、そして野犬に襲われるリスクを計算しましたが……生存確率は30%未満です」
「さ、30%……」
「この馬車なら、生存確率は98%です。残り2%は、魚の臭いで気絶するリスクですが」
私は御者台に座っている、屈強なおじさんに声をかけた。
「親方、お願いします。この二つの『荷物』、王城の裏口で降ろしてください」
「へいよ! 暴れたら縛っていいんですかい?」
「ええ、構いません。商品(魚)を傷つけないよう、厳重に固定してください」
「分かった!」
「ひぃぃっ! やめろ! 触るな!」
「嫌よぉぉ! 助けてぇぇ!」
抵抗する二人は、親方と護衛たちによって、あっという間に荷台へと放り込まれた。
干し魚の木箱の間に挟まれ、身動きが取れなくなる。
「うっ……くさ……! オエッ……」
「もうお嫁にいけないぃ……」
情けない声を上げる二人に、私は最後の手土産を手渡した。
「はい、お弁当です」
「お、お弁当……?」
シルフィが少しだけ期待した顔をする。
渡したのは、カチカチに乾燥した黒パンと、水筒が一つ。
「保存食です。噛めば噛むほど味が出ますし、顎(あご)の運動になって小顔効果も期待できます」
「石じゃないのこれぇぇぇ!!」
「では、道中お気をつけて。……あ、そうだ」
私は思い出したように付け加えた。
「レイド殿下。王都に着いたら、財務大臣によろしくお伝えください。『借金の返済が一日でも遅れた場合、担保として設定された王家の離宮を差し押さえる』と」
「な、なんだと!?」
「契約書の裏面に、極小文字で記載してあります。虫眼鏡でご確認ください」
「き、貴様……悪魔か……!」
「いいえ。元・婚約者にして、現・債権者です」
私は優雅にカーテシー(お辞儀)をした。
「出発!」
親方が鞭を振るう。
ロバが嘶(いなな)き、荷馬車がゆっくりと動き出した。
「待ってくれぇぇ! エマール! やっぱりやり直そう! 愛してるんだぁぁ!」
「くさいぃぃ! 誰か助けてぇぇ!」
ドナドナと運ばれていく元王子と元ヒロイン。
その悲痛な叫び声は、魚の生臭い風と共に、地平線の彼方へと消えていった。
◇
「……ふっ、はははは!」
馬車が見えなくなった瞬間、隣に立っていたクラウス様が爆笑した。
「最高だ、エマール! あいつらの顔、見たか? 干し魚に挟まれた王子なんて、歴史書にも載っていないぞ!」
「貴重なサンプル(事例)になりましたね。ただ、魚に臭いが移らないかだけが心配です。商品価値が下がりますので」
私が真顔で言うと、クラウス様は涙を拭いながら私を抱き寄せた。
「君は本当にブレないな。……だが、これでやっと静かになった」
「ええ。騒音公害も解消されました」
「王都に着けば、あいつらを待っているのは地獄だ。借金の返済と、王家からの叱責。二度と君の前に現れる余裕はないだろう」
クラウス様は、私の髪を優しく撫でた。
「怖かったか? エマール」
「え?」
「あいつらが来て、また連れ戻されるんじゃないかと」
「……」
私は少し考え、首を横に振った。
「いいえ。怖くはありませんでした。だって……」
私はクラウス様の胸に手を当てた。
「私の計算では、貴方様が私を手放す確率は0%でしたから」
「……ああ。その通りだ」
クラウス様は私の手を握りしめ、手のひらにキスをした。
「どんな数字を使っても、私の君への愛は測定不能(オーバーフロー)だ。……部屋に戻ろう、エマール。まだ朝の『業務』が残っている」
「……業務?」
「君という資産の、独占的運用の続きだ」
「か、閣下! 昼から公務があります! スケジュール管理を守ってください!」
「私が領主だ。スケジュールは変更可能だ」
「職権乱用です!」
文句を言いながらも、私の顔が緩んでしまうのは止められなかった。
こうして、厄介な「不良債権」を処理し、私の辺境での生活は、より強固なものとなった。
---
平和になったのも束の間。
今度は隣国から、一癖も二癖もある「怪しい商人」がやってくる?
「このツボ、百年に一度の秘宝デース!」
「……原価、銅貨三枚ですね。不当表示で通報しますよ?」
エマールの電卓が、国境を越えて火を噴く!
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日。
私は、これまでで一番心地よい目覚めを迎えていた。
「……ん」
「おはよう、エマール」
すぐ耳元で、甘く低い声が響く。
目を開けると、そこには、枕に頬杖をつき、愛おしそうに私を見つめるクラウス様の顔があった。
朝の光に透ける銀髪、乱れた寝間着の襟元から覗く鎖骨。
その破壊力は、昨晩のドレス姿の私など霞むほどだった。
「……おはようございます、閣下」
私は反射的にシーツを引き上げた。
昨夜の記憶が、鮮烈に蘇る。
パーティーの後、部屋に連れ込まれ、そこで行われた『愛の決算報告会』……もとい、甘い時間の数々。
(……思い出すだけで、体温が二度上昇するわ)
「昨夜はよかった。君の『計算能力』が、あんなところでも発揮されるとはな」
クラウス様が意地悪く笑う。
「……忘れてください。あれは、興奮状態における脳内物質の過剰分泌による……」
「回数を数えるのはやめろと言っただろう?」
「くっ……職業病です」
私が赤くなると、クラウス様は優しく額にキスをした。
「さて。名残惜しいが、起きようか。……『ゴミ出し』の時間だ」
「……ゴミ出し?」
「ああ。昨日、君が契約書を書かせた『大型粗大ゴミ』二名の出荷作業だ」
ああ、そうだった。
あの二人のことを、幸せすぎて完全に忘却(デリート)していた。
私は瞬時に「乙女モード」から「経理モード」へと切り替えた。
「そうですね。延滞料金が発生する前に、さっさと出荷しましょう」
◇
辺境伯邸の裏門。
そこには、ボロボロの服を着たまま、寒さに震えるレイド王子とシルフィの姿があった。
「さ、寒い……! なんだこの小屋は! 隙間風が入ってきて一睡もできなかったぞ!」
「お腹すいたぁ……。昨日の夜ご飯、パンの耳と水だけってどういうことよぉ……」
二人は目の下にクマを作り、ブツブツと文句を垂れている。
そこへ、私とクラウス様が、完璧に整えられた身なりで現れた。
「あら、おはようございます、レイド殿下、シルフィ様。顔色が優れませんね。栄養バランスの乱れは、思考力の低下を招きますよ?」
「エマール! 貴様ぁ……!」
レイド王子が私を睨みつける。
「よくもあんな小屋に押し込めやがって! 僕は王子だぞ! もっとマシな部屋があっただろう!」
「当家の客室(ゲストルーム)は、一泊あたり金貨三枚の維持費がかかります。現在の貴殿らの支払い能力(与信枠)では、物置小屋(フリースペース)が限界でした」
私は手元のバインダーを確認しながら、淡々と答えた。
「さて、契約通り、王都までの移動手段をご用意いたしました」
「ふん! やっとか! まあ、昨日の非礼を詫びて、最上級の馬車を用意したんだろうな?」
レイド王子が鼻を鳴らす。
「ふかふかのクッションに、温かいスープ! 早く乗せてよ!」
シルフィも期待に目を輝かせる。
私はニッコリと微笑み、背後に控えていた使用人に合図を送った。
「どうぞ、こちらです」
ガラガラガラガラ……。
重苦しい音と共に現れたのは、一台の荷馬車だった。
屋根はない。
クッションもない。
あるのは、荷台に積まれた大量の木箱と、それを引く一頭の老ロバだけだ。
そして何より――
「……く、くさっ!?」
レイド王子が鼻をつまんだ。
「なんだこの強烈な臭いは!?」
「説明いたします。これは、領内で生産された特産の『干し魚』を王都へ出荷する定期便です」
「ほ、干し魚ぁ!?」
「はい。帰りの便(空車)を手配するとコストがかかりますが、この出荷便の荷台の隙間に同乗させていただく形であれば、運賃は『タダ』になります」
私はVサイン(勝利ではなく、二名分の意味)を出した。
「いわゆる『相乗りエコノミープラン』です。感謝してください」
「ふざけるなあああッ!!」
レイド王子が絶叫した。
「王子の僕が、魚と一緒に運ばれるだと!? しかも干物!? 服に臭いがつくじゃないか!」
「嫌ぁぁぁ! 私、魚くさいの嫌いぃぃ! 髪に変な虫がつくぅぅ!」
シルフィが地団駄を踏んで拒否する。
しかし、私は冷たく言い放った。
「選ぶ権利はありません。契約書第5条。『債務者の移動手段は、債権者(私)が最も経済的と判断する方法によるものとする』。……サインしましたよね?」
「うっ……!」
「嫌なら歩いて帰りますか? 王都まで徒歩で二週間。靴底がすり減るコストと、野宿での食費、そして野犬に襲われるリスクを計算しましたが……生存確率は30%未満です」
「さ、30%……」
「この馬車なら、生存確率は98%です。残り2%は、魚の臭いで気絶するリスクですが」
私は御者台に座っている、屈強なおじさんに声をかけた。
「親方、お願いします。この二つの『荷物』、王城の裏口で降ろしてください」
「へいよ! 暴れたら縛っていいんですかい?」
「ええ、構いません。商品(魚)を傷つけないよう、厳重に固定してください」
「分かった!」
「ひぃぃっ! やめろ! 触るな!」
「嫌よぉぉ! 助けてぇぇ!」
抵抗する二人は、親方と護衛たちによって、あっという間に荷台へと放り込まれた。
干し魚の木箱の間に挟まれ、身動きが取れなくなる。
「うっ……くさ……! オエッ……」
「もうお嫁にいけないぃ……」
情けない声を上げる二人に、私は最後の手土産を手渡した。
「はい、お弁当です」
「お、お弁当……?」
シルフィが少しだけ期待した顔をする。
渡したのは、カチカチに乾燥した黒パンと、水筒が一つ。
「保存食です。噛めば噛むほど味が出ますし、顎(あご)の運動になって小顔効果も期待できます」
「石じゃないのこれぇぇぇ!!」
「では、道中お気をつけて。……あ、そうだ」
私は思い出したように付け加えた。
「レイド殿下。王都に着いたら、財務大臣によろしくお伝えください。『借金の返済が一日でも遅れた場合、担保として設定された王家の離宮を差し押さえる』と」
「な、なんだと!?」
「契約書の裏面に、極小文字で記載してあります。虫眼鏡でご確認ください」
「き、貴様……悪魔か……!」
「いいえ。元・婚約者にして、現・債権者です」
私は優雅にカーテシー(お辞儀)をした。
「出発!」
親方が鞭を振るう。
ロバが嘶(いなな)き、荷馬車がゆっくりと動き出した。
「待ってくれぇぇ! エマール! やっぱりやり直そう! 愛してるんだぁぁ!」
「くさいぃぃ! 誰か助けてぇぇ!」
ドナドナと運ばれていく元王子と元ヒロイン。
その悲痛な叫び声は、魚の生臭い風と共に、地平線の彼方へと消えていった。
◇
「……ふっ、はははは!」
馬車が見えなくなった瞬間、隣に立っていたクラウス様が爆笑した。
「最高だ、エマール! あいつらの顔、見たか? 干し魚に挟まれた王子なんて、歴史書にも載っていないぞ!」
「貴重なサンプル(事例)になりましたね。ただ、魚に臭いが移らないかだけが心配です。商品価値が下がりますので」
私が真顔で言うと、クラウス様は涙を拭いながら私を抱き寄せた。
「君は本当にブレないな。……だが、これでやっと静かになった」
「ええ。騒音公害も解消されました」
「王都に着けば、あいつらを待っているのは地獄だ。借金の返済と、王家からの叱責。二度と君の前に現れる余裕はないだろう」
クラウス様は、私の髪を優しく撫でた。
「怖かったか? エマール」
「え?」
「あいつらが来て、また連れ戻されるんじゃないかと」
「……」
私は少し考え、首を横に振った。
「いいえ。怖くはありませんでした。だって……」
私はクラウス様の胸に手を当てた。
「私の計算では、貴方様が私を手放す確率は0%でしたから」
「……ああ。その通りだ」
クラウス様は私の手を握りしめ、手のひらにキスをした。
「どんな数字を使っても、私の君への愛は測定不能(オーバーフロー)だ。……部屋に戻ろう、エマール。まだ朝の『業務』が残っている」
「……業務?」
「君という資産の、独占的運用の続きだ」
「か、閣下! 昼から公務があります! スケジュール管理を守ってください!」
「私が領主だ。スケジュールは変更可能だ」
「職権乱用です!」
文句を言いながらも、私の顔が緩んでしまうのは止められなかった。
こうして、厄介な「不良債権」を処理し、私の辺境での生活は、より強固なものとなった。
---
平和になったのも束の間。
今度は隣国から、一癖も二癖もある「怪しい商人」がやってくる?
「このツボ、百年に一度の秘宝デース!」
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