断罪された悪役令嬢、行き先は推しの住む辺境ですが、何か問題でも?

萩月

文字の大きさ
8 / 28

8

しおりを挟む
「……お嬢様、本気なのですか? その格好で」

翌朝、夜明けと共に目を覚ましたアンナが、絶望に満ちた声を上げました。

私が身に纏っているのは、城の侍女長から渡された地味な灰色の掃除婦用ドレス……を、自分なりに改造したものです。

具体的には、膝まであったスカートを大胆にカットし、動きやすいように膝丈に。さらに袖をバッサリと切り落とし、肩の可動域を最大限に広げた「戦闘型クリーナースタイル」です。

「何を言っているのアンナ。掃除は全身運動よ? 布の面積は抵抗でしかないわ。見て、この二の腕の自由度を! これならどんな高い場所の埃も、一撃で粉砕できるわ!」

私はシュッシュッ、と空を突くような動きでシャドー掃除を披露しました。

「粉砕しないでください、城が壊れます。そもそも令嬢が肩を出すなんて、王都なら一発で社交界から追放ですよ」

「もう追放されてるから無敵ですわ! さあ、行くわよアンナ! 筋肉の聖地が私を呼んでいるわ!」

私はバケツと雑巾を両手に持ち、鼻歌を歌いながら廊下へ飛び出しました。

外はまだ薄暗く、北の地の冷気が城内を支配しています。しかし、私の心臓はアレクセイ様の顔を思い浮かべるだけで、ボイラー室のように熱くなっていました。

(まずは中庭からね。あそこには、朝稽古に励む騎士さんたちがいるはず……!)

案の定、中庭からは「オイッ!」「ハッ!」という、野太い掛け声が響いてきました。

私は物陰からそっと中庭を覗き込みました。そこには、上半身裸で雪を蹴散らしながら、巨大な木剣を振り回す男たちの姿が。

「……はわわぁぁ……。神殿だわ。ここは神殿ですわ、アンナ!」

「お嬢様、拝むのをやめてください。通報されます」

湯気のように立ち上る汗。寒さで赤らんだ背中。そして、重い剣を振るたびにうねる広背筋。

王都の騎士たちが「いかに優雅に舞うか」を競っている一方で、ここの騎士たちは「いかに生き残り、守るか」だけに特化した、実戦仕様の肉体。

「あの方たちの三角筋……素晴らしいわ。まるで北の険しい岩山を凝縮したような造形美……。ああ、あそこの隙間に挟まって冬眠したい……」

「表現が犯罪的です。早く掃除を始めてください。試用期間なんですよ?」

アンナに尻を叩かれ、私はようやく正気に戻りました。

「そうね、まずはこの聖地をピカピカに清めるのが私の使命だわ!」

私はバケツに汲んだ水を、まだ凍りついている廊下の床にぶちまけました。

そして、雑巾を両手に構えると――。

「メリー・バートン、行きますわよ! 超高速・雑巾がけアタック!!」

私は低く屈み、凄まじい脚力で床を蹴りました。

ズザザザザァァァーッ!!

私の体は一本の矢となり、廊下を爆走します。

「な、なんだ!? 今、何か茶色い影が通り過ぎたぞ!?」

朝稽古を終えて休憩していた騎士さんたちが、目を見開いて立ち上がりました。

「……あ、あれは、昨日やってきた追放令嬢……か?」

「速い! 速すぎる! あんなフォームの雑巾がけ、見たことがないぞ!」

私は騎士さんたちの驚愕をエネルギーに変え、さらに加速しました。

右へ、左へ。

往復するたびに、数十年分の煤に覆われていた石畳が、鏡のように光り輝き始めます。

「ふーっ! いい汗をかいたわ! 見てアンナ、床が私の笑顔を反射しているわ!」

わずか十分で、城の一階廊下の半分を磨き終えた私は、額の汗を拭いました。

その時でした。

「……朝から何の騒ぎだ」

背筋を凍らせるような、けれど聞き惚れるほど魅力的な低音が、頭上から降ってきました。

私が顔を上げると、そこには不機嫌そうに腕を組んだアレクセイ様が立っていました。

黒いマントを羽織り、寝起きなのか少し乱れた髪。その隙間から覗く鋭い瞳。

「あ、アレクセイ様! ごきげんよう! 見てください、この床! 今ならここでスケートも可能ですよ!」

「……貴様、その格好はなんだ。腕と足をそんなに露出して……」

アレクセイ様の視線が、私の改造ドレスに注がれました。

私は得意げに上腕二頭筋をピクッと動かしました。

「効率を求めた結果ですわ! 閣下もトレーニングの際は似たような格好をされるのでしょう? 掃除もまた、己との戦い……いわば『内なる魔物』を退治する神聖な儀式なのです!」

「……何を言っているのか、一言も理解できん。だが……」

アレクセイ様は私の磨き上げた床に視線を落とし、小さく目を見開きました。

「……これだけの広さを、一人でやったのか? この短時間で」

「はい! 愛と筋肉があれば、これくらい朝飯前ですわ! あ、朝飯と言えば、閣下は何を召し上がるのですか? やはり赤身の肉と卵ですか?」

「……。エドワード、この女を食堂へ連れて行け。そして、その露出の多い布を何とかさせろ。目の毒だ」

アレクセイ様は顔を背け、足早に去っていきました。

(……あれ? 今、閣下の耳が少し赤かったような……?)

「お嬢様、今のをポジティブに解釈するとしたら『恥ずかしがっている』になりますが、現実的には『呆れて血圧が上がった』でしょうね」

アンナの冷静な分析を無視し、私は光り輝く床にダイブしました。

「閣下に『目の毒』と言われましたわ……! これって、私の肉体を意識してくださっている証拠じゃありませんか!?」

「絶対に違います。早く着替えてください」

私の北の地での第一歩は、驚異的な清掃スピードと、圧倒的な困惑を城内に振りまくことから始まったのでした。

「よーし、次は食堂のテーブルを、顔が映るまで磨き上げて見せますわよー!」

「やめてください、騎士さんたちが自分の顔を見ながら食事する羽目になります!」

私の声は、今日も元気に筋肉の聖地に響き渡るのでした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜

白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。  私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。  けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?  関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。  竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。 『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』 ❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。 *乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。 *表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。 *いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。 *他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

処理中です...