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「……お嬢様、本気なのですか? その格好で」
翌朝、夜明けと共に目を覚ましたアンナが、絶望に満ちた声を上げました。
私が身に纏っているのは、城の侍女長から渡された地味な灰色の掃除婦用ドレス……を、自分なりに改造したものです。
具体的には、膝まであったスカートを大胆にカットし、動きやすいように膝丈に。さらに袖をバッサリと切り落とし、肩の可動域を最大限に広げた「戦闘型クリーナースタイル」です。
「何を言っているのアンナ。掃除は全身運動よ? 布の面積は抵抗でしかないわ。見て、この二の腕の自由度を! これならどんな高い場所の埃も、一撃で粉砕できるわ!」
私はシュッシュッ、と空を突くような動きでシャドー掃除を披露しました。
「粉砕しないでください、城が壊れます。そもそも令嬢が肩を出すなんて、王都なら一発で社交界から追放ですよ」
「もう追放されてるから無敵ですわ! さあ、行くわよアンナ! 筋肉の聖地が私を呼んでいるわ!」
私はバケツと雑巾を両手に持ち、鼻歌を歌いながら廊下へ飛び出しました。
外はまだ薄暗く、北の地の冷気が城内を支配しています。しかし、私の心臓はアレクセイ様の顔を思い浮かべるだけで、ボイラー室のように熱くなっていました。
(まずは中庭からね。あそこには、朝稽古に励む騎士さんたちがいるはず……!)
案の定、中庭からは「オイッ!」「ハッ!」という、野太い掛け声が響いてきました。
私は物陰からそっと中庭を覗き込みました。そこには、上半身裸で雪を蹴散らしながら、巨大な木剣を振り回す男たちの姿が。
「……はわわぁぁ……。神殿だわ。ここは神殿ですわ、アンナ!」
「お嬢様、拝むのをやめてください。通報されます」
湯気のように立ち上る汗。寒さで赤らんだ背中。そして、重い剣を振るたびにうねる広背筋。
王都の騎士たちが「いかに優雅に舞うか」を競っている一方で、ここの騎士たちは「いかに生き残り、守るか」だけに特化した、実戦仕様の肉体。
「あの方たちの三角筋……素晴らしいわ。まるで北の険しい岩山を凝縮したような造形美……。ああ、あそこの隙間に挟まって冬眠したい……」
「表現が犯罪的です。早く掃除を始めてください。試用期間なんですよ?」
アンナに尻を叩かれ、私はようやく正気に戻りました。
「そうね、まずはこの聖地をピカピカに清めるのが私の使命だわ!」
私はバケツに汲んだ水を、まだ凍りついている廊下の床にぶちまけました。
そして、雑巾を両手に構えると――。
「メリー・バートン、行きますわよ! 超高速・雑巾がけアタック!!」
私は低く屈み、凄まじい脚力で床を蹴りました。
ズザザザザァァァーッ!!
私の体は一本の矢となり、廊下を爆走します。
「な、なんだ!? 今、何か茶色い影が通り過ぎたぞ!?」
朝稽古を終えて休憩していた騎士さんたちが、目を見開いて立ち上がりました。
「……あ、あれは、昨日やってきた追放令嬢……か?」
「速い! 速すぎる! あんなフォームの雑巾がけ、見たことがないぞ!」
私は騎士さんたちの驚愕をエネルギーに変え、さらに加速しました。
右へ、左へ。
往復するたびに、数十年分の煤に覆われていた石畳が、鏡のように光り輝き始めます。
「ふーっ! いい汗をかいたわ! 見てアンナ、床が私の笑顔を反射しているわ!」
わずか十分で、城の一階廊下の半分を磨き終えた私は、額の汗を拭いました。
その時でした。
「……朝から何の騒ぎだ」
背筋を凍らせるような、けれど聞き惚れるほど魅力的な低音が、頭上から降ってきました。
私が顔を上げると、そこには不機嫌そうに腕を組んだアレクセイ様が立っていました。
黒いマントを羽織り、寝起きなのか少し乱れた髪。その隙間から覗く鋭い瞳。
「あ、アレクセイ様! ごきげんよう! 見てください、この床! 今ならここでスケートも可能ですよ!」
「……貴様、その格好はなんだ。腕と足をそんなに露出して……」
アレクセイ様の視線が、私の改造ドレスに注がれました。
私は得意げに上腕二頭筋をピクッと動かしました。
「効率を求めた結果ですわ! 閣下もトレーニングの際は似たような格好をされるのでしょう? 掃除もまた、己との戦い……いわば『内なる魔物』を退治する神聖な儀式なのです!」
「……何を言っているのか、一言も理解できん。だが……」
アレクセイ様は私の磨き上げた床に視線を落とし、小さく目を見開きました。
「……これだけの広さを、一人でやったのか? この短時間で」
「はい! 愛と筋肉があれば、これくらい朝飯前ですわ! あ、朝飯と言えば、閣下は何を召し上がるのですか? やはり赤身の肉と卵ですか?」
「……。エドワード、この女を食堂へ連れて行け。そして、その露出の多い布を何とかさせろ。目の毒だ」
アレクセイ様は顔を背け、足早に去っていきました。
(……あれ? 今、閣下の耳が少し赤かったような……?)
「お嬢様、今のをポジティブに解釈するとしたら『恥ずかしがっている』になりますが、現実的には『呆れて血圧が上がった』でしょうね」
アンナの冷静な分析を無視し、私は光り輝く床にダイブしました。
「閣下に『目の毒』と言われましたわ……! これって、私の肉体を意識してくださっている証拠じゃありませんか!?」
「絶対に違います。早く着替えてください」
私の北の地での第一歩は、驚異的な清掃スピードと、圧倒的な困惑を城内に振りまくことから始まったのでした。
「よーし、次は食堂のテーブルを、顔が映るまで磨き上げて見せますわよー!」
「やめてください、騎士さんたちが自分の顔を見ながら食事する羽目になります!」
私の声は、今日も元気に筋肉の聖地に響き渡るのでした。
翌朝、夜明けと共に目を覚ましたアンナが、絶望に満ちた声を上げました。
私が身に纏っているのは、城の侍女長から渡された地味な灰色の掃除婦用ドレス……を、自分なりに改造したものです。
具体的には、膝まであったスカートを大胆にカットし、動きやすいように膝丈に。さらに袖をバッサリと切り落とし、肩の可動域を最大限に広げた「戦闘型クリーナースタイル」です。
「何を言っているのアンナ。掃除は全身運動よ? 布の面積は抵抗でしかないわ。見て、この二の腕の自由度を! これならどんな高い場所の埃も、一撃で粉砕できるわ!」
私はシュッシュッ、と空を突くような動きでシャドー掃除を披露しました。
「粉砕しないでください、城が壊れます。そもそも令嬢が肩を出すなんて、王都なら一発で社交界から追放ですよ」
「もう追放されてるから無敵ですわ! さあ、行くわよアンナ! 筋肉の聖地が私を呼んでいるわ!」
私はバケツと雑巾を両手に持ち、鼻歌を歌いながら廊下へ飛び出しました。
外はまだ薄暗く、北の地の冷気が城内を支配しています。しかし、私の心臓はアレクセイ様の顔を思い浮かべるだけで、ボイラー室のように熱くなっていました。
(まずは中庭からね。あそこには、朝稽古に励む騎士さんたちがいるはず……!)
案の定、中庭からは「オイッ!」「ハッ!」という、野太い掛け声が響いてきました。
私は物陰からそっと中庭を覗き込みました。そこには、上半身裸で雪を蹴散らしながら、巨大な木剣を振り回す男たちの姿が。
「……はわわぁぁ……。神殿だわ。ここは神殿ですわ、アンナ!」
「お嬢様、拝むのをやめてください。通報されます」
湯気のように立ち上る汗。寒さで赤らんだ背中。そして、重い剣を振るたびにうねる広背筋。
王都の騎士たちが「いかに優雅に舞うか」を競っている一方で、ここの騎士たちは「いかに生き残り、守るか」だけに特化した、実戦仕様の肉体。
「あの方たちの三角筋……素晴らしいわ。まるで北の険しい岩山を凝縮したような造形美……。ああ、あそこの隙間に挟まって冬眠したい……」
「表現が犯罪的です。早く掃除を始めてください。試用期間なんですよ?」
アンナに尻を叩かれ、私はようやく正気に戻りました。
「そうね、まずはこの聖地をピカピカに清めるのが私の使命だわ!」
私はバケツに汲んだ水を、まだ凍りついている廊下の床にぶちまけました。
そして、雑巾を両手に構えると――。
「メリー・バートン、行きますわよ! 超高速・雑巾がけアタック!!」
私は低く屈み、凄まじい脚力で床を蹴りました。
ズザザザザァァァーッ!!
私の体は一本の矢となり、廊下を爆走します。
「な、なんだ!? 今、何か茶色い影が通り過ぎたぞ!?」
朝稽古を終えて休憩していた騎士さんたちが、目を見開いて立ち上がりました。
「……あ、あれは、昨日やってきた追放令嬢……か?」
「速い! 速すぎる! あんなフォームの雑巾がけ、見たことがないぞ!」
私は騎士さんたちの驚愕をエネルギーに変え、さらに加速しました。
右へ、左へ。
往復するたびに、数十年分の煤に覆われていた石畳が、鏡のように光り輝き始めます。
「ふーっ! いい汗をかいたわ! 見てアンナ、床が私の笑顔を反射しているわ!」
わずか十分で、城の一階廊下の半分を磨き終えた私は、額の汗を拭いました。
その時でした。
「……朝から何の騒ぎだ」
背筋を凍らせるような、けれど聞き惚れるほど魅力的な低音が、頭上から降ってきました。
私が顔を上げると、そこには不機嫌そうに腕を組んだアレクセイ様が立っていました。
黒いマントを羽織り、寝起きなのか少し乱れた髪。その隙間から覗く鋭い瞳。
「あ、アレクセイ様! ごきげんよう! 見てください、この床! 今ならここでスケートも可能ですよ!」
「……貴様、その格好はなんだ。腕と足をそんなに露出して……」
アレクセイ様の視線が、私の改造ドレスに注がれました。
私は得意げに上腕二頭筋をピクッと動かしました。
「効率を求めた結果ですわ! 閣下もトレーニングの際は似たような格好をされるのでしょう? 掃除もまた、己との戦い……いわば『内なる魔物』を退治する神聖な儀式なのです!」
「……何を言っているのか、一言も理解できん。だが……」
アレクセイ様は私の磨き上げた床に視線を落とし、小さく目を見開きました。
「……これだけの広さを、一人でやったのか? この短時間で」
「はい! 愛と筋肉があれば、これくらい朝飯前ですわ! あ、朝飯と言えば、閣下は何を召し上がるのですか? やはり赤身の肉と卵ですか?」
「……。エドワード、この女を食堂へ連れて行け。そして、その露出の多い布を何とかさせろ。目の毒だ」
アレクセイ様は顔を背け、足早に去っていきました。
(……あれ? 今、閣下の耳が少し赤かったような……?)
「お嬢様、今のをポジティブに解釈するとしたら『恥ずかしがっている』になりますが、現実的には『呆れて血圧が上がった』でしょうね」
アンナの冷静な分析を無視し、私は光り輝く床にダイブしました。
「閣下に『目の毒』と言われましたわ……! これって、私の肉体を意識してくださっている証拠じゃありませんか!?」
「絶対に違います。早く着替えてください」
私の北の地での第一歩は、驚異的な清掃スピードと、圧倒的な困惑を城内に振りまくことから始まったのでした。
「よーし、次は食堂のテーブルを、顔が映るまで磨き上げて見せますわよー!」
「やめてください、騎士さんたちが自分の顔を見ながら食事する羽目になります!」
私の声は、今日も元気に筋肉の聖地に響き渡るのでした。
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