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When a Man Loves a Women ~男が女を愛する時

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 リュウセイは思わず固まった。
 好きか、嫌いか、と言われれば迷わず好き、なのだが。

「うん……そう言われると、好き、なんだと思うんだが……」
「だが?」

 ユキナが大きなアーモンド形の瞳をくりくりと動かしながら彼を見つめると彼はなんとなく目を背けた。

「なんか納得できねえんだ。 うまく言えないんだが……無理やり好きにさせられてるような、そんな気がしてな」
「うん。 そうだよね……それはね、あたしの魅了チャームの力が効いてるせいだと思う。
「魅了?」
「うん。 あたしたちヴァンパイアには相手を魅了してしまう力があるんだ。 自分より格下のヴァンパイアや人間、他の種族でもね」

 彼女は言いながら自分の髪の毛の先を指先で弄んで少し憂鬱そうな顔をした。
 そしてリュウセイの目を見ると言葉を続ける。

「あなたにもあるはずよ? あなた、正直……モテたでしょ?」

 そう問われるとリュウセイにも思い当たる節があって、彼は頭を抱えた。
 最近でも職場の女性たち数人に妙にちやほやされていて毎日かわすのに必死だったのだ。

「あ、あれは……そうだったのか……」

 リュウセイが唸るとユキナは少しだけ笑った。

「い、いやでもさ……それはそれとして、年の差とか、お前の気持ちはどうなんだとかあるじゃないか!」

 彼がそう返すと彼女はまた大きな目を見開いて彼を見つめた。

「年の差なんてどうでもいいよ。 だってあたしたちヴァンパイアだもん。 鏡見てわかったでしょ? あたしたちはある程度の年齢になるとあまり年を取らないんだよ。 あたしだって見た目はこうだけど実際は何歳だか」
「え? お前……実はけっこういい歳とかなの?」

 リュウセイが驚いて聞き返すとユキナは彼の眼前にびし、と指を差した。

「お前って言うなってば」
「ご、ごめん……」

 彼が謝ると彼女はぷっ、と吹き出した。

「それは冗談よ! あたしは見た目通りの十六歳!」
「わ、若ぇ……」

 ユキナはそして少し困ったような顔になった。

「正直に言うとね、あたしにもわかんないんだよ。 会った瞬間なんかびびっと来たっていうかなんか……」
「な、なんだよそれ」

 リュウセイが呆れたように言うとユキナも首を捻った。

「あたし、なんでこんなオジサンが気になるんだろうって思って。 それでこうして直接会いに来たの」

 彼女がそう言うとリュウセイは顔を上げた。

「待て。 その言い方だとこうして会う前から俺を知ってた、っていう風に聞こえるぞ?」
「知ってたよ?」

 彼女はそう言ってまた頬杖をつくとにんまりと笑った。

「お祖母ちゃんが部下に調査させてたって言ったでしょ? それであたしは気になったからこうしてあなたの近くに来てここ一週間くらいあなたをずっと見てたの」
「ま、マジか……!」

 リュウセイが驚くといきなりユキナは立ち上がって彼の胸に抱きついた。

「お、おい! ユキナ!」

 彼が真っ赤になって驚きながら彼女の名を呼ぶとユキナはそのまま彼の胸にその顔を押し付けた。

「やっぱりだ……」
「な、なにが?」

 リュウセイが問いかけると彼女は彼の体から離れて、また椅子に座った。

「昨夜もね」
「うん?」

 彼女が何を言い出すのかわからずリュウセイは怪訝そうな顔になった。

「寝込んだあなたを運んでて、我慢できなくなって一緒にお布団に入っちゃったの!」

 ユキナはなぜか目を輝かせてそう言った。

「え? いや、だからなんで??」

 すると彼女はにっこりとまるで大輪の花が咲いたかのような笑顔になった。

「あなた、すっごくいいニオイがするんだよ!!」
「に、ニオイ!?」

 彼はそういうと手を上げながら自分の体のニオイを嗅いでみた。

「か、加齢臭がするようなトシじゃないと思うんだが……」

 リュウセイが情けない顔で言うと、ユキナは首を横に振った。

「そういうんじゃないんだよ。 たぶん、あたしたち一族にしかわからないニオイなんだ」

 彼女はそう言いながらまたリュウセイに抱きついた。

「あたしのニオイも嗅いでみて?」
「え? あ、ああ……わ、わかった」

 リュウセイは真っ赤な顔で目を固く閉じながらそっと彼女の首筋あたりのニオイを嗅いでみる。

「くすぐったい!」

 ユキナが笑いながら声をあげるが、彼はそのままニオイを嗅いでみた。
 若い女の子特有の甘い匂いの奥底からそれは表れた。
 突然、なんとも表現のしがたい本能がかきたてられてぞわぞわと落ち着かない気持ちになる。
 なんとも言えない説明のしようのない気分になった。
 それはまるで七色の芳香を嗅ぎ分けてニオイのする方へと招かれているような、なんとも気持ちのいい香りだ。
 本人の意識するよりはるか深い所から何かが呼び覚まされていくような、そんな気持ちになる。

 (こ、これか……!)

 リュウセイは夢中になってそのニオイを手繰り寄せるように嗅いで、ふとハッと気づいたように顔を上げた。
 するとユキナが真っ赤な顔をしながら上目遣いで彼を見ている。

「わ、わかった?」
「ああ……なるほどな……なんか、本能的に……そそられるニオイがする……」
「あなたは、それが強いんだよ」

 彼女はそう言って体を離すと、真っ赤な顔のまま、彼をじっと見つめた。

「あたし、あなたのこのニオイ嗅いだら、ああこの人だ! って思ったの」

 そして何かを決意するようにきゅっと唇を引き締めるとこう言った。

「あたし、あなたが好き! どうしてかわかんないけど好きになった! ……色々他にも事情はあるけど、そんなの関係なくて……それがあたしの正直な気持ち!!」

 そう吐き捨てるように言うと彼女は真っ赤な顔を隠すように両手で抑えて椅子にぼすん、と乱暴に腰かけた。

「あ、ああ……その……光栄でございます……というか……」

 リュウセイがどぎまぎしながら答えると、彼女は顔を上げた。

「畏怖とか尊敬とか感じるなぁ!」
「ご、ごめん……。 その、なんだ……うん、俺も……たぶんユキナが好きだ……」

 リュウセイがしどろもどろになりながら小さな声でそう言うと、また彼女は大輪の花が咲いたようなそれはそれは美しい笑顔を見せた。
 そして彼女は腰に手を当てると叫んだ。

「よし! 結婚だ!!」
「待て待て待てぇぇ!!」

 リュウセイが慌てて手を振ると彼女は不思議そうに彼を見た。

「そんないきなりじゃなくて……もっとこうお互いをよく知ってから……とかそういう……」

 彼が必死にそう言いながら手を振っていると、ユキナは少し困ったような顔になった。

「それが、そんなに余裕はないんだ。 さっきも言ったけど色々事情があって……」
「その事情ってのは?」
「うん……まぁ、話がややこしいから道中話しながら行く事にするよ」
「道中???」

 リュウセイが目を瞬かせるとユキナは頷いた。

「これから鳥取の猫の血族本家屋敷に行くよ!」
「な、なにぃぃぃ!? いや、待て……俺、とりあえず仕事に行かなくちゃ……」

 するとユキナは真顔になった。

「もう仕事になんか行かなくていいよ」
「そういうわけにもいかないだろ……」

 リュウセイが困った顔で言う。

「いえ、仕事だけじゃない。 あなたはもう……人間ヒトの世界には戻れない。 これからはあたしと一緒に吸血鬼ヴァンパイアとして生きていくしかないのよ」

 彼女はきっぱりとそう言って彼を見た。

「選びなさい。 あたしと来るか。 このまま全てを忘れてヒトの世界に戻るか……それくらいは選ばせてあげる」
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