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Night Began to Fall ~夜のとばりに
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「リュウセイ! 大丈夫? しっかりして!」
ユキナがリュウセイに駆け寄って、助け起こすと彼は冷や汗をかいて真っ青な顔でなんとか顔を上げた。
「あ、ああ……だ、大丈夫だ……」
彼が苦しそうに言うとユキナが彼に肩を貸すようにゆっくりと歩かせて車へと連れていった。
「大丈夫……大丈夫だよ」
彼女はリュウセイに抱きつくようにして落ち着かせようとそう言い続けた。
「もう一晩以上経ったから平気かな……」
ユキナは独り言のように呟いてシャツのポケットに手を入れた。
「リュウセイ、これを飲んで」
彼女の手のひらの上に載っていたのは、あの血の錠剤だった。
リュウセイはその鉄臭い錠剤を貪るように飲んで、シートを倒して横になった。
「少し目を瞑って休んで? それから出発しよ?」
心配そうに言う彼女にリュウセイな真っ青な顔のまま少し笑顔を見せた。
「悪いな……気を遣わせて……。 ありがとな、ユキナ」
そう彼が礼を言うと、彼女は優し気な笑顔を浮かべて首を横に振った。
そして自分のハンカチをミネラルウォーターで湿らすと彼の額へと載せた。
「大丈夫。 大丈夫だよ。 あたしが一緒にいるから」
そう言いながら彼女は彼の頭を撫でた。
リュウセイはなんだか子供になったような気分で照れ臭くなりながらも、安心感を覚えて目を閉じた。
普通ならこんな年の離れた少女にこんな事をされたら拒否反応を感じるはずなのだが、まるでそんな気持ちは感じなかった。
幼い頃、病気になった時、母親に看病して貰った事を思い出した。
安心感を覚えたせいか彼はそのまま眠気に襲われるとすぅっと意識が遠のくのを感じた。
彼が目覚めると、ほんの少し日が傾いていた。
何時だろうかと彼は右腕の腕時計に目を落とした。
午後三時。
隣を見ると助手席でユキナがシュレを抱いたまま寝こけていた。
できれば暗くなる前に大阪に到着して宿を取りたいと思っていたので、彼はユキナを起こさないようにそっとクルマを出した。
(三時間以上も眠っちまったのか……)
彼は午前中に出てきた意味がなくなってしまったなぁ、と少し悔やみながらひたすらにクルマを走らせた。
薬と眠った効果なのか、すこぶる体の調子がいい。
全身の感覚が研ぎ澄まされているようだった。
(これがヴァンパイアの感覚か……)
彼は自分でも気づかぬうちに目を赤く輝かせていた。
由比のサービスエリアを出て、一時間ちょっと経った頃、ユキナは目を覚ました。
「あれぇ? リュウセイいつ起きたのぉ?」
彼女は少し寝ぼけた様子で言いながら目を擦った。
「ていうか、あたしいつから寝てたんだろ?」
そして彼女は窓の外を眺めた。
「もうすっかり夕方だねぇ。 夜までに大阪に着ける?」
「どうかな? あまり遅くなると宿が取れないかもしれないから……様子を見てダメそうなら適当なところで下りようかと思ってる」
「そっかぁ」
彼女は答えながら後ろの貨物室の小さな冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。
「とりあえずリュウセイ、体の調子が戻ったみたいで良かったよ。 ……ほんとにもう! コハクのヤツ! 本家に行ったらお祖母ちゃんに言いつけてお仕置きしてもらおうかな」
「まぁでも、あいつもユキナに睨まれて懲りたんじゃないか?」
「このままじゃなんかあたしの気が済まないの!」
「そっか」
鼻息荒いユキナの様子にリュウセイは苦笑しながらもクルマを走らせる。
「ねぇ、リュウセイ。 多少遅くなってもいいから大阪まで行って?」
「なんでだ?」
「大阪まで行けばあたしの知り合いがやってる貸別荘があるから……そこなら遅くなっても大丈夫」
「なるほどな」
そしてリュウセイは少し考えてこう尋ねた。
「もしかして、その貸別荘やってる人って……」
「うん。 血族の人だよ」
「……やっぱりか」
二人は少し笑った。
意外とヴァンパイアは普通に人間社会に溶け込んでいるのだな、とリュウセイは感心した。
当たり前だが、今までそんな事を考えた事もなかったのだ。
それから数時間、クルマを飛ばして夜には大阪に着く事ができた。
大阪を北上するようにとユキナに言われ、豊中インターから箕面方面へとリュウセイはクルマを向けた。
少し山奥の貸別荘へと到着した頃には二十二時を回っていた。
貸別荘の主人はユキナを見ると大層驚いて、ペコペコと何度も頭を下げながら鍵を渡してくれた。
「あぁ、やっぱり格下っていうのはああなるもんなのか?」
リュウセイが聞くとユキナは少し情けない顔になって言う。
「うん。 あたしとしてもあまり気持ちのいいものじゃないんだけど……こればっかりはコントロールできるものじゃないから」
そしてリュウセイの顔を見上げた。
「前も言ったけど、あなたはかなり優秀よ? だってあたしとこうして普通に話せているんだもん」
「そうなのかな? 俺にはよくわからないんだが……?」
「うん! そうなの!」
ユキナは嬉しそうに言って、シュレの入ったケージを抱えて真っ暗な山道を平然と歩いていく。
リュウセイもこの暗闇が全然苦でもなく見える事に少し驚きながら着替えの入ったカバンを担いで彼女の後についていった。
そのうち小さめだが割とおしゃれな感じの木造のバンガロー風の建物に着くと中に入ってユキナは内側から鍵をかけた。
「はい、シュレちゃんお待たせ~」
彼女がケージの蓋を開けるとシュレは注意深く周囲の匂いを嗅ぎながらそろそろと部屋の中に出た。
「ありがとう、ユキナ様~。 これでゆっくり体が伸ばせるよ~」
シュレが伸びをしながら言うとリュウセイが苦笑した。
「なんだよ、ユキナは様付けなのか?」
「そりゃだってごしゅじんよりも偉いもん」
「なんだ、シュレにもわかるのか?」
「うん……でも、ほんのちょっとだけ」
シュレのその言葉を聞いて思わずリュウセイとユキナは顔を見合わせた。
ユキナは眉を寄せてうーん、と唸った。
「リュウセイは能力が高い、とは思ってたけど……あたしとちょっとだけしか変わらない? それってすごい事よ?」
「そ、そうなのか?」
ユキナは両手を腰に当てて彼の顔を覗き込むようにした。
「言ったでしょ? 今はあたしが一番能力が高いんだよ。 そのあたしとちょっとだけしか変わらないって……それは他の当主候補にとっては脅威じゃない?」
「ああ……たしかに!」
彼女は腕を組んでうーん、と唸った。
「これは……結局あなたは跡目争いの中心に巻き込まれる運命だわね……」
「なんか、ぞっとしねえな……」
「あたしだって!」
そして二人は情けない声で笑った。
「まぁ、今そんな事考えても仕方ない! あたしお風呂入ってくる! 少し頭を整理してこれからの事を考えよう」
彼女はそう言って、途中で買った着替えの入ったバッグを抱えていそいそと風呂場へ向かっていった。
リュウセイは彼女を見送りながら荷物の中から缶コーヒーを取り出して、プルタブを開けた。
「ねえ、ごしゅじん」
シュレが彼を見上げるのを見て、リュウセイはコーヒーをテーブルに置くとその頭を撫でた。
「おお、なんだ飯か?」
「うん。 ぼくお腹空いちゃった!」
リュウセイはよしよし、と言って荷物から猫用の器を出して、キャットフードを持って床に置いた。
「なんか、言葉がわかろうがわかるまいが……俺は案外お前の気持ちはわかってたのかな?」
「うん! ぼくの事わかってくれてたよ! だからごしゅじん大好き!」
「そうか……」
彼はまた猫の頭を撫でるともう一つ器を出して、そこにミネラルウォーターを注いでさっきの器の隣に置いた。
「いっぱい食べてゆっくり休めよ? 明日もまだ道中長いからな」
「はぁい!」
シュレは器に顔を突っ込んだまま返事をした。
リュウセイはその姿を眺めて少し笑いながら椅子に座ると缶コーヒーを口に運んだ。
そしてポケットからタバコを取り出すと口に咥えてジッポーライターで火をつけて煙を吐き出した。
意外とこの状況でも落ち着いてる自分に正直驚きを隠せない気分だった。
ユキナがリュウセイに駆け寄って、助け起こすと彼は冷や汗をかいて真っ青な顔でなんとか顔を上げた。
「あ、ああ……だ、大丈夫だ……」
彼が苦しそうに言うとユキナが彼に肩を貸すようにゆっくりと歩かせて車へと連れていった。
「大丈夫……大丈夫だよ」
彼女はリュウセイに抱きつくようにして落ち着かせようとそう言い続けた。
「もう一晩以上経ったから平気かな……」
ユキナは独り言のように呟いてシャツのポケットに手を入れた。
「リュウセイ、これを飲んで」
彼女の手のひらの上に載っていたのは、あの血の錠剤だった。
リュウセイはその鉄臭い錠剤を貪るように飲んで、シートを倒して横になった。
「少し目を瞑って休んで? それから出発しよ?」
心配そうに言う彼女にリュウセイな真っ青な顔のまま少し笑顔を見せた。
「悪いな……気を遣わせて……。 ありがとな、ユキナ」
そう彼が礼を言うと、彼女は優し気な笑顔を浮かべて首を横に振った。
そして自分のハンカチをミネラルウォーターで湿らすと彼の額へと載せた。
「大丈夫。 大丈夫だよ。 あたしが一緒にいるから」
そう言いながら彼女は彼の頭を撫でた。
リュウセイはなんだか子供になったような気分で照れ臭くなりながらも、安心感を覚えて目を閉じた。
普通ならこんな年の離れた少女にこんな事をされたら拒否反応を感じるはずなのだが、まるでそんな気持ちは感じなかった。
幼い頃、病気になった時、母親に看病して貰った事を思い出した。
安心感を覚えたせいか彼はそのまま眠気に襲われるとすぅっと意識が遠のくのを感じた。
彼が目覚めると、ほんの少し日が傾いていた。
何時だろうかと彼は右腕の腕時計に目を落とした。
午後三時。
隣を見ると助手席でユキナがシュレを抱いたまま寝こけていた。
できれば暗くなる前に大阪に到着して宿を取りたいと思っていたので、彼はユキナを起こさないようにそっとクルマを出した。
(三時間以上も眠っちまったのか……)
彼は午前中に出てきた意味がなくなってしまったなぁ、と少し悔やみながらひたすらにクルマを走らせた。
薬と眠った効果なのか、すこぶる体の調子がいい。
全身の感覚が研ぎ澄まされているようだった。
(これがヴァンパイアの感覚か……)
彼は自分でも気づかぬうちに目を赤く輝かせていた。
由比のサービスエリアを出て、一時間ちょっと経った頃、ユキナは目を覚ました。
「あれぇ? リュウセイいつ起きたのぉ?」
彼女は少し寝ぼけた様子で言いながら目を擦った。
「ていうか、あたしいつから寝てたんだろ?」
そして彼女は窓の外を眺めた。
「もうすっかり夕方だねぇ。 夜までに大阪に着ける?」
「どうかな? あまり遅くなると宿が取れないかもしれないから……様子を見てダメそうなら適当なところで下りようかと思ってる」
「そっかぁ」
彼女は答えながら後ろの貨物室の小さな冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。
「とりあえずリュウセイ、体の調子が戻ったみたいで良かったよ。 ……ほんとにもう! コハクのヤツ! 本家に行ったらお祖母ちゃんに言いつけてお仕置きしてもらおうかな」
「まぁでも、あいつもユキナに睨まれて懲りたんじゃないか?」
「このままじゃなんかあたしの気が済まないの!」
「そっか」
鼻息荒いユキナの様子にリュウセイは苦笑しながらもクルマを走らせる。
「ねぇ、リュウセイ。 多少遅くなってもいいから大阪まで行って?」
「なんでだ?」
「大阪まで行けばあたしの知り合いがやってる貸別荘があるから……そこなら遅くなっても大丈夫」
「なるほどな」
そしてリュウセイは少し考えてこう尋ねた。
「もしかして、その貸別荘やってる人って……」
「うん。 血族の人だよ」
「……やっぱりか」
二人は少し笑った。
意外とヴァンパイアは普通に人間社会に溶け込んでいるのだな、とリュウセイは感心した。
当たり前だが、今までそんな事を考えた事もなかったのだ。
それから数時間、クルマを飛ばして夜には大阪に着く事ができた。
大阪を北上するようにとユキナに言われ、豊中インターから箕面方面へとリュウセイはクルマを向けた。
少し山奥の貸別荘へと到着した頃には二十二時を回っていた。
貸別荘の主人はユキナを見ると大層驚いて、ペコペコと何度も頭を下げながら鍵を渡してくれた。
「あぁ、やっぱり格下っていうのはああなるもんなのか?」
リュウセイが聞くとユキナは少し情けない顔になって言う。
「うん。 あたしとしてもあまり気持ちのいいものじゃないんだけど……こればっかりはコントロールできるものじゃないから」
そしてリュウセイの顔を見上げた。
「前も言ったけど、あなたはかなり優秀よ? だってあたしとこうして普通に話せているんだもん」
「そうなのかな? 俺にはよくわからないんだが……?」
「うん! そうなの!」
ユキナは嬉しそうに言って、シュレの入ったケージを抱えて真っ暗な山道を平然と歩いていく。
リュウセイもこの暗闇が全然苦でもなく見える事に少し驚きながら着替えの入ったカバンを担いで彼女の後についていった。
そのうち小さめだが割とおしゃれな感じの木造のバンガロー風の建物に着くと中に入ってユキナは内側から鍵をかけた。
「はい、シュレちゃんお待たせ~」
彼女がケージの蓋を開けるとシュレは注意深く周囲の匂いを嗅ぎながらそろそろと部屋の中に出た。
「ありがとう、ユキナ様~。 これでゆっくり体が伸ばせるよ~」
シュレが伸びをしながら言うとリュウセイが苦笑した。
「なんだよ、ユキナは様付けなのか?」
「そりゃだってごしゅじんよりも偉いもん」
「なんだ、シュレにもわかるのか?」
「うん……でも、ほんのちょっとだけ」
シュレのその言葉を聞いて思わずリュウセイとユキナは顔を見合わせた。
ユキナは眉を寄せてうーん、と唸った。
「リュウセイは能力が高い、とは思ってたけど……あたしとちょっとだけしか変わらない? それってすごい事よ?」
「そ、そうなのか?」
ユキナは両手を腰に当てて彼の顔を覗き込むようにした。
「言ったでしょ? 今はあたしが一番能力が高いんだよ。 そのあたしとちょっとだけしか変わらないって……それは他の当主候補にとっては脅威じゃない?」
「ああ……たしかに!」
彼女は腕を組んでうーん、と唸った。
「これは……結局あなたは跡目争いの中心に巻き込まれる運命だわね……」
「なんか、ぞっとしねえな……」
「あたしだって!」
そして二人は情けない声で笑った。
「まぁ、今そんな事考えても仕方ない! あたしお風呂入ってくる! 少し頭を整理してこれからの事を考えよう」
彼女はそう言って、途中で買った着替えの入ったバッグを抱えていそいそと風呂場へ向かっていった。
リュウセイは彼女を見送りながら荷物の中から缶コーヒーを取り出して、プルタブを開けた。
「ねえ、ごしゅじん」
シュレが彼を見上げるのを見て、リュウセイはコーヒーをテーブルに置くとその頭を撫でた。
「おお、なんだ飯か?」
「うん。 ぼくお腹空いちゃった!」
リュウセイはよしよし、と言って荷物から猫用の器を出して、キャットフードを持って床に置いた。
「なんか、言葉がわかろうがわかるまいが……俺は案外お前の気持ちはわかってたのかな?」
「うん! ぼくの事わかってくれてたよ! だからごしゅじん大好き!」
「そうか……」
彼はまた猫の頭を撫でるともう一つ器を出して、そこにミネラルウォーターを注いでさっきの器の隣に置いた。
「いっぱい食べてゆっくり休めよ? 明日もまだ道中長いからな」
「はぁい!」
シュレは器に顔を突っ込んだまま返事をした。
リュウセイはその姿を眺めて少し笑いながら椅子に座ると缶コーヒーを口に運んだ。
そしてポケットからタバコを取り出すと口に咥えてジッポーライターで火をつけて煙を吐き出した。
意外とこの状況でも落ち着いてる自分に正直驚きを隠せない気分だった。
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