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第二章 魔法少年唯一無二(オンリーワン)

白き少年のテロル 04

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 朝になってピクニックへと向かう待ち合わせ場所へとトリガーはバレッタの手を引いて急いだ。
 バレッタが寝ぼけていてなかなか起きなかったので少し遅れてしまったのだ。

「トリガー! バレッタ! 二人とも遅いですわ!」

 スピカがバスケットをぶら下げてふくれ面で叫んだ。

「すいません、スピカ姫様……バレッタがなかなか起きなくて」

 トリガーはまだ眠そうなバレッタの手を引いて情けない顔で笑った。
 バレッタの手には黄緑色のうさぎがしっかりと抱きしめられている。

 キルカはうれしそうににこにこしながら、こちらもバスケットを携えていた。
 ルーはスピカの隣で静かに本を読んでいる。
 ……みんないつも通りの様子だ。

 朝の清々しい空気を吸いながら、トリガーはふう、と息をついた。
 苦しかった旅の日々を想えば、この王宮でのひとときのなんと平和で幸せな事か。
 それでもラムとリズを連れてこられた、それは本当によかったと思う。
 それは彼にとってはとても誇らしく感じられた。

「二人とも昨夜はよく眠れた?」

 トリガーは横にいるラムとリズに聞いてみた。
 ラムは少しはにかんで、でもキツネのように目を細めて笑顔になった。

「ええ。 それはもう! 砂漠に比べたらとても快適よ!」

「そりゃそうだね!」

 二人は笑った。

「リズもね! ふかふかのベッドですごく気持ちよく眠れたよ!」

「そうか、よかったね」

 トリガーはリズにも微笑みかけて、リズとバレッタの手を引いて皆の側へと寄っていった。
 とても天気がいい。
 絶好のピクニック日和だ。

 やがてキルカとスピカ付きの侍女のダニエラが大きなバスケットを抱えてやってくると、出発しよう、ということになった。

「リカルドも来ると言っていましたのに? 遅いですわね?」

 スピカが不満げに顔をしかめると、キルカがスピカの前に指を出した。

「リカルドさんは少し遅れてくるって言ってたの。 わたしたちだけで先に行くことにするの」

「わかりましたわ、お姉さま」

 スピカはすぐに機嫌を直してスキップしそうな足取りで歩きだした。

 山、というほどの場所ではなく、王宮のすぐ裏手の道から少し行った所に小高い丘がある。
 彼女たちはそこがいたくお気に入りで、時々こうしてピクニックと称してはそこへ行っておしゃべりをしたりお菓子を食べたりして楽しむのだ。
 丘の上にちょっとしたお花畑のような場所があって、この時期のティアマトではそこでは野に咲く花たちが満開でそれはそれはとても美しい。
 いつもお付きのダニエラ、護衛のリカルドとともにそこへ行って彼女たちは思い思いに時間を過ごす。

「あっ……」

 本を読みながら歩いていたルーが石につまづいて転びかけると、すかさずトリガーが彼女の腕を掴んで彼女の体を受け止めた。

「だいじょうぶ?」

「あ……うん……ありがとう……トリガー」

 ルーは顔を真っ赤にして本で顔を隠すようにして頭を下げた。

「危ないから歩きながら本読むのはやめたほうがいいよ?」

 トリガーが優しく言うと彼女は俯いてさらに真っ赤になった。

「うん……」

「さぁ、急ごう」

「うん」

 彼は彼女の手を取ってまた歩き出した。

「おにいちゃん、早く早くっす~!」

 バレッタが前で手を振っている。

 丘の上にあるお花畑に到着するとダニエラが魔法で日傘のついた白い丸いテーブルと椅子を出してお茶の用意を始める。
 キルカとスピカはそこに座って持ってきたバスケットを開けるとお菓子を取り出して並べ始めた。
 隣に座ったルーはおとなしく本を読んでいる。

 バレッタとリズはお花畑を駆けまわって、いきなり座ると花冠を作り始めた。
 ラムとトリガーは座ってみんなの様子を眺めている。

「姫様たち。 さぁ、お茶を……」

 遠くで何か銃声のような音が聞こえた。
 ダニエラは紅茶のポットを持ったまま、ゆっくりと倒れていった。

「ダニエラ! どうしましたの!?」

「……姫……様……逃げ……て……」

 ダニエラは息も絶え絶えに言うと、そのまま血の塊を吐き出して目を開けたまま動かなくなった。
 みるみるうちに彼女のメイド服の胸の辺りに赤い染みが広がっていく。

 スピカが悲鳴を上げて立ち上がろうとしたのをキルカが手で制した。
 そして彼女は普段の彼女からは想像もできないような大きな鋭い声で叫んだ。

「みんな! 伏せるの! 早くなの!!」

 その場にいた少女たちはみんな地に伏せて恐る恐る周囲の様子を窺った。

「みんな……ゆっくりでいいからわたしの近くへくるの」

 キルカは独り椅子に座ったまま、そう言って少し遠くにある小さな森を鋭い目で見つめた。
 
 その時、銃声がもう一発鳴り響いた。

 だがその弾丸はキルカの眼前で停止している。
 ゆっくりとくるくる回りながら、それは回転をだんだんと緩めて、完全に停止すると、ぽとり、と地面へと落ちた。

「ラム! 姫様たちをお守りして!!」

 トリガーが叫ぶと、赤い髪の魔法少女はハッとして慌ててキルカとスピカ、ルーの近くへ行くとそこに地面を盛り上がらせて壁を作った。

「ありがとうなの、ラム。 でもわたしはだいじょうぶ。 スピカとルーをお願いなの」

 キルカはそう言って立ち上がると壁から出て行こうとした。

「キルカ姫様! ダメです!」

 ラムが涙声で叫んだがキルカは首を振った。

「わたしはだいじょうぶなの」

 彼女は落ち着いた様子で言って、ラムの創った壁から出ると背後に手をかざした。
 すると背後の空間がパリン、とガラスが割れるような音を立て、そこヒビが入って、短い柄のようなものがそのヒビの割れた隙間からせり出てきた。
 キルカはそれを掴むと僅かに躊躇しながらも一気に引き抜いた。
 それは真っ黒な小さなナイフの形をしている。

 それは彼女の魔導杖ロッド、『魔力喰らいマギカ・イーター』の萌芽して間もない姿だった。
 彼女もまだ生まれてそれほど時間の経っていないそれの扱いがわかっているわけではないが、この場では魔導杖を使う以外の選択肢はなかった。
 今この場にいる幼い魔法少女たちの中で、魔導杖を持っているのは彼女だけだ。
 キルカはその顔に不安げな表情を貼り付けながら、その小さな刃を森の方へと向けた。

「みんな。 わたしの後ろに来るの」

 彼女は必死に余裕を見せて、皆に大丈夫だと思わせるためにやや青ざめた顔に僅かに笑みを浮かべて言った。
 キルカの魔導杖から、なんとなく不穏な魔気マギカ・エクーラが立ち上り始め、彼女の後ろへ入ったリズとルーが、ふらついてその場に倒れた。

 キルカはまだ知らなかった。
 彼女の魔導杖が『魔力喰らい』である事を。
 その魔導杖を発動させると近くにいる魔法少女は魔力を吸われてしまうのだ。
 彼女はそのまま森に向けて魔導杖を構えて振り下ろした。
 地面を黒い炎が走り森へ向かうと森で爆発が起きた。

 数人の男たちの叫び声が聞こえて、無事だった男たちはこちらへ向けて走りだした。
 森に潜んでいた狙撃手スナイパーは舌打ちをしながらスナイパーライフルを放り投げてハンドガンを抜いて走りながらキルカたちに向けてそれを撃った。

「チッ、魔法少女バケモンめ。 あんなガキでもさすがは王女って事か。 なんて魔法力だツ!」

 その男の横でもう一人の男が同様に走り出して顔を上げた。

「どうせガキばっかだ。 護衛らしい魔法少女は片づけたしな。 近づいてみんなっちまおう!」

「ああ……」

 狙撃手は短く応えて噛んでいた噛みタバコを、地面へペッと吐き捨ててハンドガンを連射した。

 彼らはAMGG反魔法少女組織の特務部隊のメンバーだった。
 この丘にティアマトの王女が来るという情報を入手して、何日もこの場所に隠れてチャンスを窺っていたのだ。
 どういう手段を使ったのかはわからないが、まさかティアマト王宮のここまで近くにAMGGが入り込むなど普通に考えればあり得ない。
 おそらくは王宮に内通者がいるのだろう。
 彼らにとってみれば魔法王国はまさに目の上のたんこぶである。
 邪魔な事この上ないのだ。
 その王国の王女を殺して見せしめとする事には大きな意味があった。
 王国の血族といえども魔法少女など恐るるに足らず、一気に駆逐して人間の世界を取り戻す……そんなプロパガンダにでも使おう、彼らの考えはそんな所だろう。
 迷彩の装備を付けているが目を凝らせばその数は五人。
 相手が魔法少女とはいえ、たかが七人の子供を殺すには多すぎる人数だ。

「よし! 出るぞ!」

 狙撃手がハンドガンを手に走りながら、他の生き残った仲間へと手で行け、と指示を出す。
 彼らはARアサルトライフルを構えて駆け出した。

 キルカは額に汗を浮かべながら必死に魔法防壁を作って弾丸を避け続けている。

「トリガーおにいちゃん……力が入らなくて立てないよ!」

 リズは地面に這いつくばって泣き叫んだ。

「リズ……だいじょうぶ。 ゆっくり、ゆっくりこっちへ来るんだ!」

 トリガーは彼女に手を伸ばして、額に汗を浮かべながらも笑顔を作ってみせた。
 彼の後ろではバレッタが頭を抱えて震えながら泣いている。

 (ちくしょう! なんで……なんでこんな事が起きるんだ! この子たちが一体何をしたというんだ!)

 トリガーは心の中で血の涙を流して叫んだ。
 こんな不条理が許されてたまるか!
 こんなおかしな世界があるものか、と。

 (誰だ? 私を呼ぶのは?)

 ふと彼の頭にそんな声が聞こえた。

「だ、誰!?」

 彼が思わず声を出して目を離した瞬間に彼の背中からバレッタがそっと抜け出した。

「ば、バレッタ……いや、ベッキー!! 出ちゃダメだ!!」

 すぐに叫んだが彼女は数歩先へと駆け出した。

「あたしの……あたしのうさちゃん!!」

 彼女が手を伸ばした先にはトリガーが贈ったうさぎのぬいぐるみが転がっていた。

 そこへ駈け込んでくるテロリストたち。
 トリガーの目にはその銃口の一つがバレッタへと向けられているのが映っていた。
 頼みのキルカを見ると、彼女は疲れ切った表情でがくり、と膝を突いた。
 肩で息をしながら、その手に持っていた魔導杖が光の粒になって消え失せた。
 ……魔力を使いすぎたのだ。

 トリガーは魔法防壁が消えた事に気づいて慌てて妹の名を呼んだ。

「ベッキー!!」

 彼はそのまま飛び出してバレッタに抱き着いて転がった。
 銃声が響いて、彼は背中に何か衝撃を受けたのを感じた。

「げふ……!」

 トリガーはそのまま大量の血を吐き出しながら、美しい青空を仰いだ。
 こんな出来事のさなかでも空はただただ青かった。

 身体がただただ熱くて、動く事ができない。
 彼の目の前ではバレッタが目を大きく広げて涙をいっぱいに溜めていた。

「お兄ちゃん!! いやぁぁぁ!!」
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