魔法少女はそこにいる。

五月七日ヤマネコ

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第二章 魔法少年唯一無二(オンリーワン)

唯一無二の少年 02

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「キルカに会わせてもらえるのか?」

 スピカと共に第一生徒会室へと向かう廊下でイクローは尋ねた。

「ええ、もちろん。 でもどうしてそんなにお姉さまにお会いになりたいのかしら?」

 彼女は少し不思議そうに小首を傾げた。

「い、いや……そんなに強い魔法少女ってどんな子なのかなって思ってさ」

 イクローが答えるとスピカは少し笑った。

「お気持ちはわからなくもありませんけれど……普段のお姉さまを見たらイメージが違いすぎてがっかりするかも知れませんわよ?」

「そうなのか?」

 彼の返事にスピカはおかしそうにさらに笑った。

「ほら、第一生徒会室はあそこですわ」

 彼女に連れられて廊下の奥のやたら重厚そうなドアの前に案内されて二人は室内へと入っていった。

「あ、副会長お帰りなさい!」

 中には金髪で薄いグリーンの瞳をした少女がいて、そうスピカに声をかけた。

「あ、アオイさん。 こちらは……」

 彼女がイクローを紹介するとアオイと呼ばれた少女はくすっと笑った。

「知ってますよ。 圓道えんどうイクローさんでしょう?」

 イクローは目を丸くして彼女を見た。

「なんで俺を知ってるんだ?」

 彼女はくすくすとおかしそうに笑って言った。

「学校でただ一人の男子生徒なんですから! 知らない子なんてこの学校にはいませんよ!」

「ああ……そりゃそうか」

 イクローも頭を掻いて笑い返した。
 そして彼女はぺこり、と頭を下げた。

「私は一年の大滝アオイです。 よろしくお願いしますね」

 猫みたいな子だな、とイクローは思った。
 僅かにつり目気味なのだが笑うと目じりが下がって愛嬌のある顔になる。
 金髪のショートヘアだがもみあげあたりだけ長く伸ばしていて耳が隠れていた。
 頭の上にはまるで猫耳のような髪の毛の房が二つ。
 背は普通、一六〇センチくらいか。
 割と胸は大き目で手足が長くてスタイルのいい子だった。

「ああ、改めて圓道イクローだ。 よくわかんないんだけど俺どうやらこの生徒会に所属する事になったらしいからさ……そういうわけでよろしくな」

 彼は笑顔で彼女に握手を求めた。
 彼の手を握り返した瞬間、アオイは一瞬ビクッと体を震わせて、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いだ。

「この人だ……間違いない」

 イクローは少し怪訝そうな顔でアオイをうん? という顔で見た。

 (わたし……この人を助けるためにここへ来た……そんな気がする)

 彼女はなぜかそう思った。

「そういやアオイ、って呼んでいいかな? 君って名前からすると日本人なのか?」

「ああ、はい! 構いませんよ!」

 彼女は元気に応えてから髪の毛を引っ張った。

「そうなんです。 この髪と瞳のせいで誰も日本人だと思ってくれないんですけどね」

 少し自嘲的にそう言って彼女は笑った。

「まぁ、魔法少女の髪の色に人種もへったくれも関係ないけどな」

「それはそうなんですけど……ちょっとさみしいです。 もちろんイクローさんも日本人ですよね?」

「ああ。俺はごく普通に日本人だぜ。髪も目も真っ黒だ」

 この学園は魔導都市プラハにある。
 世界中から魔法少女が集められてここに入れられるのだ。
 それでもここに通えない魔法少女も多くいて、彼女らは人間たちに迫害を受ける事が多いと。
 この学園に入れられるとほぼ軟禁状態に近いのだが、それでも魔法少女にとってはここが一番平和に暮らせる場所なのだ。

 その中では割と日本人は少ないので、二人は珍しい部類といえた。

 二人が談笑していると、スピカが少し安心したような顔をして言う。

「なんかすぐ馴染めそうでよかった。 イクロー、あなた不愛想で目つきが悪いから心配でしたの」

「なんだよ、それは。 ひでえ言われようだな」

 そしてスピカははっと何かに気づいたような顔でアオイに問いかけた。

「そういえばアオイさん。 バレッタを見かけませんでしたか?」

「あ、いえ。 今日は別々に資料を運んでいたので……」

「もう、あの子ったらどこで道草を食っているのかしら。 わたくしちょっと探して参りますわ。 ……アオイさん、イクローにお茶でも出して差し上げておいてくださいな。 イクロー、すみませんけれど、少しお待ちいただけるかしら?」

 スピカが早口でそう言うのをアオイとイクローは目をぱちくりしながら聞いて、うんうん、と頷いた。
 するとスピカはすみませんわね、と口にしながらカツカツと靴を鳴らして見る間に生徒会室を出ていってしまった。

「なぁ。スピカっていつもああなのか?」

 イクローがアオイに尋ねると彼女は苦笑した。

「そうですねぇ。 いつも何か忙しそうにしてらっしゃいますねぇ」

 そう応えるとイクローはそうか、と言って笑った。
 意外とよく笑う。 思ったよりも人当りのいい少年らしいと、アオイは少し好感を持った。
 だが気になるのはどこか彼には影があるように感じる事だった。

 (この人には何かあるな……)

 アオイはそう思いながら、改めて彼をしげしげと眺めた。
 なんだろう? 愛想よくふるまってはいるけれど、どこか壁を作ってそれ以上他人を踏み込ませない、どこかそんな強固な意志のようなものを感じるのだ。

「イクローさん、何がいいですか? といってもコーヒーと紅茶くらいしかありませんけど」

 アオイがお湯を沸かす準備をしながら尋ねるとイクローは、うーん、と少し思案するようにした。

「俺なんか冷たいものがいいんだけど、何かあるかい?」

 それを聞いて、今度はアオイが少し思案してから、思い出したようにぱっと明るい顔になった。

「魔導コーラでよければいっぱいありますけど?」

「ああ、それでいいや。 俺あれ好きなんだよな」

 イクローは明るくそう答えた。

 魔導コーラとはここでは世界的に流通している飲み物である。
 普通のコーラと何が違うのかというとわずかに魔力が注入されていて、魔法少女などが飲むとほんの少し魔力が回復する、と言われている。
 この学園のあちこちに魔導コーラの自販機が置いてあって、なんとそれらはすべて無料で飲めるようになっていた。

「そういえばイクローさん知ってます?」

 アオイが冷蔵庫から魔導コーラの缶を取り出しながら言う。

「ん? なにを?」

 彼が不思議そうな顔で聞き返すとアオイは少し笑う。

「魔導コーラを作ってる会社の社長さんがこの学園の理事長なんですよ」

「えっ? マジで? それで自販機がいっぱい置いてあるのか」

 イクローが意外そうにそう言うと、アオイは頷いて見せた。



 その時、生徒会室のドアが思い切りバーンと音を立てて開くと、大きな箱が入ってきた。

「どいて、どいてっす~」

 ふらふらと大きな箱が歩きながら叫んだ。

「ば、バレッタちゃん?」

 アオイが叫ぶのと同時に箱がぐらり、と揺れた。

「あぶねえ!」

 イクローが慌てて箱を受け止めようと手を伸ばすが間に合わず、箱の中身の資料はイクローと箱を担いでいたバレッタに降り注いだ。

「いててて……」

 イクローが起き上がると何がどうなったのか彼の腰をまたぐような形で大きめの形のいいお尻がのっかっていた。
 白とオレンジの縞々模様のパンツが丸見えである。
 イクローは少し顔を赤らめながらそっと彼女のめくれあがったスカートを直すと声をかけた。

「おい、大丈夫か?」

「すいません~。 なんとかだいじょぷっす~」

 若草色のショートカットの髪の少女はでへへ、とだらしなく笑いながら頭を掻いた。
 背は小さいのにムチムチしていて胸がとても大きい。
 太っているというわけでもなく健康的な愛らしい少女だった。
 なぜだかアオイと同じようにもみあげを伸ばしているが、彼女は魔法少女特有のその先の尖った耳を出していた。

 バレッタはイクローの顔をじっと見ると、急に真顔になった。

「お、お兄ちゃん……?」

 彼女はそう口走って、ぶんぶんと首を横に振った。

「え?」

「いえいえ、なんでも……なんでもないっす!」

 アオイは二人のやり取りを聞いて思い出す。
 そういえばバレッタには兄がいると聞いた事があったなと。
 イクローはそのお兄さんに少し似てるのかな、などと思いながら飛び散らかった資料を拾い集めて箱に戻していく。

「あ、そういえばバレッタちゃん」

「なんすか? アオイちゃん」

 どんぐりみたいな目をくりくりと動かして彼女が不思議そうにアオイを見る。

「スピカ副会長が探しに行ったんだけど、会わなかった?」

 アオイがそういうとバレッタは一瞬のうちに青ざめた。

「マジすか……。 またあたしスピカ様に怒られるフラグじゃないすか……」

 バレッタはそう言ってがっくりとうなだれながら資料を半べそをかきながら片づけ始めた。
 どうにもバレッタはスピカが苦手なのだ。
 何をするにもおおざっぱな彼女は神経質なスピカに怒られてばかりなのだ。

 資料をやっと片づけ終わって、三人は魔導コーラを飲みながら額の汗をぬぐった。

「ああ、お前がバレッタか。 なんか色んな人からお前の噂は聞いてるよ」

 イクローが少し驚いたようにそう言うと、バレッタは照れ臭そうに歯を出して笑った。
 彼が転校してきからあちこちで彼女の噂を耳にするのだ。
 とても凄い魔法少女がいる――それはそんな内容だ。

「そうっすか? あたしも有名になったもんすねぇ。 あ、改めまして……バレッタ・パッラ・ベレッタっす!」

 彼女はそう自己紹介をしてぺこり、と頭を下げた。

 実際のところ、彼女は学園内ではかなりの有名人である。
 珍しい二重属性持ち、一般の魔法少女としては驚くべき称号数、そして数少ない銃器の形をした魔導杖ロッド持ち。
 そして最強と言われるキルカのお付き。
 有名にならない理由を探すほうが難しいくらいだ。
 学園内で定期的に行われる魔法対抗戦マギエ・ルードゥスに於いても一年生でありながら毎回好成績を修める活躍ぶりでそれはもう彼女はある意味においてこの学園の人気者である。



 そうして彼らが寛いでいると、またもや生徒会室の重厚なドアがバーンッ! と乱暴に開いた。
 見ればものすごい剣幕のスピカが立っている。
 今にも頭から湯気が出そうな勢いである。

「バレッタ!! あなた今までどこで何をしていらしたの!!」

「ひっ! 申し訳ありません! スピカ様ぁ!!」

 スピカはそのままつかつかとバレッタに歩みよって、両手を腰に当てて彼女を睨みつけた。

「で、でもスピカ様! あたしスピカ様が出てお行きになったあとすぐこちらに戻ってきたんすよ! 本当っす!」

 バレッタが半泣きで訴えるとスピカは顔をしかめてからアオイを見た。

 アオイは無言でぶんぶんと何度も頷いて見せる。

 するとスピカの顔からスッと怒りが消えて、彼女はため息をついた。

「まぁ、入れ違いになってしまったのなら仕方ありませんわね。 バレッタ……怒ってすみませんでしたわ」

 彼女はそう言って少し情けない顔で微笑んだ。

「へぇ~……」

 イクローが感心したようにそう声を漏らすとスピカはキッと彼を睨みつけた。

「なんですの? イクロー。 私に何か言いたい事でもございまして?」

「いやさ。 スピカってただ怒ってるんじゃなくてちゃんと自分の非は認めて、下の者にも謝れるヤツなんだなぁって思ってさ」

 彼が言うとスピカの顔が真っ赤に染まった。

「なっ、なにをおっしゃいますの。 そんなのは上に立つ人間としては当たり前の事ですわ! わたくしだって別にバレッタを怒りたくて怒っているのではありませんわ」

 彼女はそうまくしたてると会長室のドアの前まで行って、イクローを手招きした。

「ではお姉さま……いえ会長にご紹介しますわ。 イクロー、こちらにいらして」

「ああ、わかった。 いよいよだな!」

 イクローはなぜか嬉しそうに言って、少し気合の入った顔になると会長室へと向かった。

 アオイはその姿に少し奇妙なものを感じながらそれを眺めていた。
 傍らではバレッタが不思議そうに彼女を見ている。

「ああ、そうですわ」

 スピカがくるり、とアオイたちに向き直った。

「アオイさん、バレッタ」

 そう声をかけられて二人は思わず背筋を伸ばして、はい!、と返事をした。

「お二人はイクローをどう思いました?」

 意外なその問いに二人は顔を見あわせた。

「ええと……割と話しやすくていい方だと思いました」

 アオイは素直にそう答えた。

「あたしは断然お気に入りっすね!」

 意外な事にバレッタはそう叫んだ。

「あたしのパンツをずっと眺めてるようなヘンタイだったら蹴っ飛ばしてやろうと思ったんすが、この人は紳士でしたっす!!」

「ちょ! お前知ってたのか!」

 イクローが焦って叫ぶとバレッタはけらけらと笑った。

「だからこの人は信用していいっす! あたしの中で評価うなぎのぼりっす!」

「なんのお話ですの?」

 スピカが目をぱちくりさせてイクローに尋ねると彼はがっくりとうなだれた。

「なんでもねえよ……。 いいから早くキルカを紹介してくれ……」

 そして会長室のドアをスピカがノックする。

「お姉さま、いえ会長。 スピカですわ。 中に入ってもよろしいかしら?」

「どうぞなの」

 中からとても可愛らしい少女の声が聞こえた。

 二人が中に入ると、奥の大きな机の向こうに小さな少女がちんまりと座っていた。
 イクローは彼女を見ながら、あれ? ここって高等部だよな? とちょっと考えた。
 そのくらい彼女は幼かった。
 見た目でいえば十一~二歳くらいにしか見えない。

 だがイクローと目が合うと彼女は意味深な笑みを浮かべた。

「イキロ。 来たのね。 待っていたの。 ……わたしはこの日をずっとずっと待っていたの」

 彼女の言葉を聞いてなぜか彼は眩暈のような感覚を覚えた。

 イキロ、その呼び方が自分に対してのモノだとはっきりわかる。
 そしてそれにまったく違和感を感じないのだ。

 大げさな言い方をすれば……遥か遠い記憶に訴えかけてくるようなそんな気持ちになっている。

「お姉さま?」

 スピカが怪訝そうな顔で彼女を呼んだ。

 キルカはふんわりとした笑顔を浮かべてイクローに手を差し出した。

「わかっているの。 全部、わかっているのよ。 ……これからはわたしが一緒なのよ、イキロ」

 イクローは夢遊病者のように彼女の手を取って、溢れてくる感情を抑えきれなくなった。

「ああ……キルカ。 ずっと……ずっと一緒だ」

 彼はそう口にして、どうしても感情の奔流を抑えきれなくなり、その場に膝をつくと涙を流し始めた。
 キルカは目を閉じてそっと彼の頭を抱くようにした。

「つらかったのね。 イキロ。 でも大丈夫……。 わたしが今ここにいるのだから」

 そんな二人の姿を見て、スピカは呆気にとられたように口元を手で押さえた。

「こ、これはなんですの? お姉さま?」

 キルカはスピカを見つめると、またふんわりと微笑した。

「スピカ。 これは始まりなのよ。 ……終わりの始まり」

「お姉さま? 私……お姉さまが何をおっしゃっているのか……」

 スピカは手で口を押えたまま、よろけて壁に背を付いた。

「大丈夫、あなたにもすぐわかるの」

 キルカはただそう言って、愛おし気にイクローの髪をそっと撫でた。



 生徒会から寮への帰り道。
 ずっとスピカは難しい顔をして、何かおかしなモノを見るような目でキルカとイクローを見ながら歩いていた。

「スピカ様? どうしたっすか?」

 バレッタが大きなどんぐり眼をくりくりと動かして彼女の顔を覗き込むようにした。

「い、いいえ……なんでもありませんわ」

 スピカは少し青ざめた顔でそう答えてハンカチを取り出すと口をそれで押えた。

「? なら……いいんすけど」

 バレッタは不思議そうな顔をしてイクローの元へとてとてと走っていった。

「センパイ!」

「なんだ?」

 彼女が呼び掛けて彼が返事をすると、彼女は、にぱ、としか表現のできない顔で笑った。

「なんなんすかね? あたし不思議で仕方ないんすよ」

 バレッタは顎に手を当てて困ったような顔をした。

「なにが?」

 イクローも怪訝そうな顔で尋ねる。

「いやね、あたし……なんかセンパイの事をずっと昔から知ってるような気がするんす。 なんでかわかjんないすけど……見た目は全然似てないのに、お兄ちゃんに会ったみたいな気がするんすよ」

「お前、兄貴がいるのか?」

 バレッタは少し寂しそうな顔で頷いた。

「はいっす。 ……今はどこで何をしているのかもわかんないんすけど……」

 彼女の言葉を聞いてスピカが大きく目を見開いてキルカを見た。
 キルカは何やら嬉しそうににこにことしながら二人の様子を面白そうに見ている。

 (何なのかしら? この変な感じは一体?)

 ふらっとよろけた彼女の体をアオイが慌てて受け止めた。

「ふ、副会長? お加減でも悪いんですか?」

 心配そうな彼女の顔を見てスピカはハンカチで額の脂汗を拭うと無理やり笑顔を作った。

「本当に……大丈夫ですわ。 ちょっと疲れたのかしら?」

 そう答えながら彼女はなんとも言えない違和感を感じてより困惑した顔になった。
 アオイは心配そうにしながら頭の上に載った小さな子猫を手に抱きかかえると見つめ合って頷き合った。
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