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第2章
『難破船』
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ようやく夏が終わる……今年は荒れ狂う嵐のような夏だった。
生まれたばかりの息子の遼一と共に退院した妻の遼は、目の下にクマを作りながら、それでも嬉しそうに子育てに家事をしている。
自分も手伝うのだが、それよりも大変なことがあり、招き入れたくもない客が自分の愛着のある店にいることを、腹立たしいのと怒鳴りつけたい思いでカウンターの奥で見つめていた。
案内してきた悪友の雄堯も実際、どうして自分が彰一の元に案内しろと命令されなければいけないのだと内心悪態をついていた。
それだけ、大らかと言うよりも少々繊細さのかける大雑把な雄堯ですら腹が立つ程、横柄な女達だった。
「ボロい店ね」
「狭いし」
「これで生活できるのかしら」
一人は晩夏と言うより初秋だと言うのに悪趣味な白いレースにギャザー、フリルのフリフリドレスを着た女。
そして、もう一人は整形しすぎて顔面崩壊した顔をサングラスとマスク、大きなつばの帽子で隠したコートの女。
最後は、ー金糸のゴテゴテとした振袖姿……。
「歳考えろよ、ババァ」
と、雄堯は小声で悪態を吐く。
ちなみに彰一の異母姉達で、共に60代である。
彰一は無表情になり、グラスの手入れを始めつつ、
「雄堯。モスコー・ミュールでいいか?」
「あぁ、頼むわ」
3人を無視し、カウンター席に座る。
おしぼりに手を伸ばそうとすると、
「彰一!」
「仮にも客商売なら」
「あたくし達を、無視しないで頂戴?」
キンキンと響く声に、彰一はCDのデッキの音量を上げる。
今日は、加藤登紀子のアルバムをかけていた。
独特の哀愁の漂う声に、ファンは多い。
雄堯も『百万本のバラ』が好きで、時々かけてもらうのだが、音量を上げた上、キンキン声が重なり、耳を押さえつつ彰一を見る。
するとちゃっかり、耳栓をしているではないか!
「おい、俺にも耳栓くれ!」
声を出さずに口を動かすと、にっこりと笑う。
「彰一! 聞いてるの!」
「水を出しなさいよ!」
「何でもいいわ!」
テーブル席に陣取り、命令する。
しかし彰一は無視である。
彰一の耳栓は、結婚する前まで孤独な、あまりきちんとした生活をしていない頃、不眠に悩んでいた時に購入して愛用していたもので、しっかりと音を遮断してくれる。
愛妻に抱かれすやすや寝入る息子の写真を見ながらモスコー・ミュールを作ると、悪友の前に出す。
「あぁ、ありがとう」
耳を押さえつつ、モスコー・ミュールの銅製のマグカップを引き寄せようとしたのだが、横で赤い爪が伸びるとひったくり、そして、
「なっ!」
雄堯は目を見開く。
バシャ
という音と共に、
ガシャーン!
という音が響いた。
姉の一人がモスコー・ミュールをかけ、そのままマグカップを投げつけたのである。
マグカップは彰一の額に当たったのだが、衝撃によろめき、グラスやカクテル用の酒類に突っ込んだのだ。
「彰一!」
立ち上がり駆け寄ろうとすると、カウンターに手をつき立ち上がった彰一は、
「だ、大丈夫。それよりも、悪いが……外に出ていてくれないか。頼む」
「わ、分かった!」
携帯を掴み、出て行く。
そして、耳栓を外した彰一は音量を下げ、感情のない目で姉を見る。
「一体いつまで、靫原の名に執着するのか……愚かですね」
「何ですって!」
食ってかかろうとしたフリフリドレス……歌手や劇で舞台に立つのなら兎も角、普段着がプリンセスラインのドレスと言うのは、シワにたるみ、濃い化粧のオバさんではイタすぎる。
「そのドレスに振袖、整形費用を誰が出しているんですか? 自分で稼いだ訳ではないのに、湯水のように使い、二度も会社を潰しかけ、社員やその家族を路頭に迷わせたのを忘れてしまったんですか?」
「私は靫原千都世。靫原家の長女。靫原のお金を使って何が悪いの?」
振袖姿の女が笑う。
その横で、マスクの下から、
「そうよ。私は靫原五百子。私は美のカリスマでなくてはいけないのよ!」
「あんた、あたくし達の財産を凍結したじゃない! 返しなさいよ! 十子のドレスを!」
「靫原の財産は会社のものであり、一回破産しかけ、立て直した社員や逃げ出さず守り抜いた経営陣のもの。私物ではない!」
静かに言い返すと、周囲を見回し、無事だったグラスと瓶、道具を確認すると、何かを作り始める。
彰一の額から、一筋二筋血が流れる。
しかし、平然と一つのカクテルを作り上げる。
そして、新しい曲に切り替わった時、カクテルグラスを差し出した。
「……貴方方に作ったこのカクテルの名は『フォールン・エンジェル』です。カクテルには花言葉と同じように意味があります」
「な、何よ!」
「カクテル言葉は『叶わぬ願い』……貴方方が乗っている靫原と言う船は、もうすでに本艦から切り離されたただの小船。この曲を聴いてご覧なさい。舵を操るものも無い。貴方方の船は、荒海に投げ出された木の葉のようなもの。そして、バランスを崩して沈んで行くんですよ」
「何ですって!」
その時に、扉が開き、
「失礼します。緊急通報を受けて来ました」
と入ってくるのは数人の警察官。
そして、
「彰一!」
「マスター! 大丈夫ですか!」
雄堯とその息子たちの声に、彰一はガクンっと崩れ落ちたのだった。
生まれたばかりの息子の遼一と共に退院した妻の遼は、目の下にクマを作りながら、それでも嬉しそうに子育てに家事をしている。
自分も手伝うのだが、それよりも大変なことがあり、招き入れたくもない客が自分の愛着のある店にいることを、腹立たしいのと怒鳴りつけたい思いでカウンターの奥で見つめていた。
案内してきた悪友の雄堯も実際、どうして自分が彰一の元に案内しろと命令されなければいけないのだと内心悪態をついていた。
それだけ、大らかと言うよりも少々繊細さのかける大雑把な雄堯ですら腹が立つ程、横柄な女達だった。
「ボロい店ね」
「狭いし」
「これで生活できるのかしら」
一人は晩夏と言うより初秋だと言うのに悪趣味な白いレースにギャザー、フリルのフリフリドレスを着た女。
そして、もう一人は整形しすぎて顔面崩壊した顔をサングラスとマスク、大きなつばの帽子で隠したコートの女。
最後は、ー金糸のゴテゴテとした振袖姿……。
「歳考えろよ、ババァ」
と、雄堯は小声で悪態を吐く。
ちなみに彰一の異母姉達で、共に60代である。
彰一は無表情になり、グラスの手入れを始めつつ、
「雄堯。モスコー・ミュールでいいか?」
「あぁ、頼むわ」
3人を無視し、カウンター席に座る。
おしぼりに手を伸ばそうとすると、
「彰一!」
「仮にも客商売なら」
「あたくし達を、無視しないで頂戴?」
キンキンと響く声に、彰一はCDのデッキの音量を上げる。
今日は、加藤登紀子のアルバムをかけていた。
独特の哀愁の漂う声に、ファンは多い。
雄堯も『百万本のバラ』が好きで、時々かけてもらうのだが、音量を上げた上、キンキン声が重なり、耳を押さえつつ彰一を見る。
するとちゃっかり、耳栓をしているではないか!
「おい、俺にも耳栓くれ!」
声を出さずに口を動かすと、にっこりと笑う。
「彰一! 聞いてるの!」
「水を出しなさいよ!」
「何でもいいわ!」
テーブル席に陣取り、命令する。
しかし彰一は無視である。
彰一の耳栓は、結婚する前まで孤独な、あまりきちんとした生活をしていない頃、不眠に悩んでいた時に購入して愛用していたもので、しっかりと音を遮断してくれる。
愛妻に抱かれすやすや寝入る息子の写真を見ながらモスコー・ミュールを作ると、悪友の前に出す。
「あぁ、ありがとう」
耳を押さえつつ、モスコー・ミュールの銅製のマグカップを引き寄せようとしたのだが、横で赤い爪が伸びるとひったくり、そして、
「なっ!」
雄堯は目を見開く。
バシャ
という音と共に、
ガシャーン!
という音が響いた。
姉の一人がモスコー・ミュールをかけ、そのままマグカップを投げつけたのである。
マグカップは彰一の額に当たったのだが、衝撃によろめき、グラスやカクテル用の酒類に突っ込んだのだ。
「彰一!」
立ち上がり駆け寄ろうとすると、カウンターに手をつき立ち上がった彰一は、
「だ、大丈夫。それよりも、悪いが……外に出ていてくれないか。頼む」
「わ、分かった!」
携帯を掴み、出て行く。
そして、耳栓を外した彰一は音量を下げ、感情のない目で姉を見る。
「一体いつまで、靫原の名に執着するのか……愚かですね」
「何ですって!」
食ってかかろうとしたフリフリドレス……歌手や劇で舞台に立つのなら兎も角、普段着がプリンセスラインのドレスと言うのは、シワにたるみ、濃い化粧のオバさんではイタすぎる。
「そのドレスに振袖、整形費用を誰が出しているんですか? 自分で稼いだ訳ではないのに、湯水のように使い、二度も会社を潰しかけ、社員やその家族を路頭に迷わせたのを忘れてしまったんですか?」
「私は靫原千都世。靫原家の長女。靫原のお金を使って何が悪いの?」
振袖姿の女が笑う。
その横で、マスクの下から、
「そうよ。私は靫原五百子。私は美のカリスマでなくてはいけないのよ!」
「あんた、あたくし達の財産を凍結したじゃない! 返しなさいよ! 十子のドレスを!」
「靫原の財産は会社のものであり、一回破産しかけ、立て直した社員や逃げ出さず守り抜いた経営陣のもの。私物ではない!」
静かに言い返すと、周囲を見回し、無事だったグラスと瓶、道具を確認すると、何かを作り始める。
彰一の額から、一筋二筋血が流れる。
しかし、平然と一つのカクテルを作り上げる。
そして、新しい曲に切り替わった時、カクテルグラスを差し出した。
「……貴方方に作ったこのカクテルの名は『フォールン・エンジェル』です。カクテルには花言葉と同じように意味があります」
「な、何よ!」
「カクテル言葉は『叶わぬ願い』……貴方方が乗っている靫原と言う船は、もうすでに本艦から切り離されたただの小船。この曲を聴いてご覧なさい。舵を操るものも無い。貴方方の船は、荒海に投げ出された木の葉のようなもの。そして、バランスを崩して沈んで行くんですよ」
「何ですって!」
その時に、扉が開き、
「失礼します。緊急通報を受けて来ました」
と入ってくるのは数人の警察官。
そして、
「彰一!」
「マスター! 大丈夫ですか!」
雄堯とその息子たちの声に、彰一はガクンっと崩れ落ちたのだった。
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