絶対に可愛い妹をバッドエンドから取り戻す。

刹那玻璃

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第一章

グレイプニルとスレイプニルは違います。

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 塔には、敵を見張る物見櫓ものみやぐらとなっている最上階の下に、二つの部屋がある。
 本来、攻められた際身を守るため、もしくは高位の存在が罪を犯したりした際の謹慎の場である。
 今回は……、

「陛下!」

下の階に放り込まれたマティアーシュは、金属製ではない柔らかな魔封じの腕輪をつけられていた。
 螺旋階段を登ってきたダリミルは、柵を掴み訴える甥を見る。

「どうしてです! 陛下!」
「イェレミアーシュに頼まれたからだ」

 手にしていた文を広げ、その部分を見せるように広げる。

『ラディスラフとスラヴォミールだけをと思ったが、何かあったときに対処できるだろう、そつのないカシュパルも連れて行きたい。お前を支え、この国のために生きると誓った約束を守れず、本当に申し訳ない。本当は……宰相として残るべきだと分かっている。だが、どうしても……スティファーリアを失いたくないのだ。

 最後に、恨まれるのは分かっているが、マティアーシュを頼む。いい歳をしてまだ甘ったれだが、私よりもできた……自慢の息子だ。どうかよろしくお願いする。そして先代陛下に、マグダレーナを連れて行くことを許してほしいと伝えてほしい。
 イェレミアーシュ』

 父親の文字をたどっていたマティアーシュは、ボロボロと涙を流した。

「なんでっ! なんで私を? カシュパルやラディスラフでもいいはず……なんで……」
「ラディスラフは、あの時助けられなかった後悔に苛まれているからだろうね。スラヴォミールは魔法を使う」
「私だって……何故、私は無力なんだ!」
「……と言うか、あっさり捕まったのだけでもお前は甘いんだと思うよ? カシュパルもラディスラフもスラヴォミールも、こういう時は絶対に本気を出す。他人に怪我をさせても自分を優先するとも。でも、お前は手を抜いた。まぁ、お前はそんなに鍛えていないが、それでも大の大人が本気になれば近衛の一人や二人、ある程度怪我をする。でも、お前はすり傷与えた程度で捕まった。甘いんだよ」

 伯父の言葉に号泣する。

「私は……っ!」
「それに、お前が王位継承権を持っていることを忘れるな。イェレミアーシュがいない間、ここで執務を執るように……長くともひと月はかからないだろう」

 甥の背中を見つめ、そしてこの部屋を見張る近衛たちに二言三言言い置いた後、階段を登り、今度は息子の部屋を見る。
 マティアーシュは両腕に魔封じの腕輪をつけられていただけだったが、グスタフは両腕の腕輪だけでなく、暴れるので両足には壁に繋がれた細い鎖を巻き付けられていた。

「父上! これはなんですか!」
「いいざまだな! それは、父が余りにも戦場に身を置くからと母が作ったものだ。確か、蚊の足音、赤子の顎髭あごひげ、雷の根元、クラゲの骨、人魚の鱗、竜の翼の被膜からとったらしい。蚊と赤子、クラゲはありそうだが、雷とか人魚、竜の翼はどこから手に入れたんだか……母上も大変だ。まぁ、そのほっそい鎖をグレイプニルと名づけるくらいだ。父をフェンリル狼並みに暴れまわると思ったのだろう」
「神話上では『猫の足音、女の顎髭、山の根元、熊の神経、魚の吐息、鳥の唾液』だったんじゃありませんか?」
「さぁ。私は知らん。浮気はしない人だが、この城にいるのは苦痛という人だったからな」

 ダリミルの父ベンヤミーンは豪放磊落ごうほうらいらくを形にした人である。
 それでいて天才的な軍略家で、自ら先頭に立って軍を動かす将軍でもあった。
 怪我も多く、知っているだけで6回は生死の境を彷徨った。
 そのうち二回は、人質に取られた一般の女子供を庇うために鎧を脱ぎ、武器を捨て、敵の元に向かったらしい。
 王子のくせに、簡単に命を捨てようとするなんて、どんな馬鹿だと今になれば思うのだが、ベンヤミーンは、

「オレは正妃腹でもなけりゃ、第一第二側室の子供でもねぇ、親父が下働きの女に手を出して生まれた後ろ盾のない王子だからな。早く死んで欲しかったんだろ?」

と、あっさり言った。


~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~

【一応】

グレイプニル……北欧神話に登場する、フェンリル狼(ロキの子供)を戒める特別な魔法具。『猫の足音、女の顎髭、山の根元、熊の神経、魚の吐息、鳥の唾液』が原材料らしい。

スレイプニル……北欧神話の主神オーディンの乗る8本足の馬。ロキが生んだとされる。
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