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失われた国の物語
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どうしてこんな幼気な男の子が、こんなところまできたんだろう……。
わたくしは一人でいいって言っているのに……。
怯えることも、怒ることも、パニックになることもなく、じっとわたくしを見る男の子に声をかけた。
「ご、めん……なさ、いね……」
身体が弱り、寝台から起き上がれなくなってから困ったこと……。
自分の身の回りのこともできなくなり、特に髪が邪魔になること……。
そして、しゃべる人もいなくなり、声が出なくなった。
「移る、びょ、きじゃ……ないから……でも、きも……悪い……でしょう?」
顔も醜くただれている……だから、みんな定期的にしか近づいたりしない。
しかもイヤイヤといった様子でシーツを取り替えたり、身体を拭く態度は本当にこちらも腹立たしい。
だから逆に誰も来なくていいって言ってるのに……。
ガンガンと頭が痛む。
まぶたは腫れ上がり、ほぼ目が開かない。
髪の毛もゴッソリ抜け落ちた。
あの時、王太子が……恨みを持つ者から逃げようと、ちょうど近くにいたわたくしを突き飛ばした。
その女性が手にしていたのが劇薬。
ほぼ全身に浴びたそれのせいで、わたくしは……。
「移らないのは……知ってる」
声が聞こえた。
聞きやすい優しく暖かい声だ。
見ると理知的な大きな瞳と、日に焼けた顔、長い髪は黒く少し硬い印象をしている。
「顔だけじゃなく……全身に浴びたんだな。小鳥姫」
「……な……つか、し……」
ふふっ……
昔呼ばれていた名前に、自嘲するように笑う。
「翼を折られ……うた、を歌えない……とりに、価値はな、わ……あり……がとう」
「……治ると言えば?」
「……そう、う……そぶいて、わたくしに、くす、や、からだを、き……りきざんだり……そんな……うそ、ごめんだわ……」
重いまぶたを何とか持ち上げ、微笑む。
「……ありがとう……わたくしは、一人で逝くわ。死んで一緒に埋葬なんて……なにがうれしいの……いまがさびしいのに……」
「小鳥姫……」
「あなたは、あなたのみちを……道に落ちた汚い死骸など……目にやる必要はないでしょう……この部屋の王族しか知らない隠し通路から逃げなさい、幼き狼……」
「……わかっていたのか?」
「覚えていたわ……さようなら。ありがとう」
目尻から涙を一筋流した少女は、目を閉じた。
「……おやすみ。パフィン……」
その後、ほぼ監禁放置されていた元歌姫を嫌々様子を見にきた侍女たちは、空っぽの部屋に驚く。
「どうすればいいの?」
「いないんだもの! 仕方ないじゃない!」
「陛下と殿下を!」
「呼んでどうするの」
侍女たちは話し合い、小鳥姫が死んだことにした。
伝えられた時、殿下は無関心で、陛下も、
「そうか……」
としか言わなかったと言う。
それから、時が経ち、一人の男が覇道に立った。
その名はホルケウ。
彼がまず攻めたのは、王太子直轄領。
贅沢を好む王太子は、領民から税を搾り取り、領民の不満は募っていた。
ホルケウはその不満を突き、民衆の反乱を煽り、王太子の部下を殺した。
そして、ホルケウと領民が話し合い、まずは領地を豊かにし、ホルケウの部下が領地を巡回し不満はないか、足りないものはないかと聞いて回った。
数年後豊かになった元王太子領を奪いかえそうと攻めてきた王太子を捕らえ、国王の元に連れて行く。
その時、ホルケウは数人の部下と一人のマントを被った人物を連れていた。
「貴様が、狼とか名乗っている者か?」
玉座に座り、下民と会うのも嫌だと言いたげな男に、逆に嘲るように口を開く。
「昔は覇王と呼ばれた者も、歳をとってしまえば虚言を弄ぶカラスどもに惑わされ、政を疎かにしているのだな」
「なんだと?」
「年老いて醜悪になったな。これはもう王ではない、国に害悪な者だ」
謁見の間は血で血を洗う場となった。
ホルケウはマントを被った人物を背で庇い、大剣を振るう。
ホルケウの周りは、みな実戦の猛者。
お飾りで武器を履く王宮のものなどに恐れることはない。
ほんの数分で制圧する。
「……無様だな」
戒められ、膝をついた親子を見下ろしそうつぶやくと、興味がなさそうにアゴで牢屋に閉じ込めておくよう促した。
そして、横のフードの人物の体を抱き上げ、段を登ると、玉座に腰を下ろした。
「パフィン……」
「……どうして……わたくしは戻りたくて、ここにきたのではないのよ?」
フードを下ろすと、顔に傷の跡が生々しく残るが、まぶたなどのただれが落ち着き、短いものの髪も美しく整えられた女性が困惑気味に膝に座らされる。
「うん、君は何も求めなかった。だから勝手にしただけだよ。僕は辺境の地から連れ去られるように、君の冥婚の相手として閉じ込められた。でも、君は僕に何も求めず、逃げるように言ってくれた。僕に新しい道を示してくれたのは君だ」
「……それに、あなたは一族に素敵な人がいるでしょう? こんな醜い……」
「美しいよ。あの苦しそうに歌っていた時より、君は笑ってくれる。君は僕の小鳥だよ。僕のそばでこうしていて欲しい」
その後、王国を滅ぼしたホルケウはパフィンを正妃に迎え、二人には男女の子供が生まれた。
男児はリュコスと名付けられ次の王となり、女児は母に似て歌が上手くカナリィと呼ばれた。
このお話は失われた国の物語。
わたくしは一人でいいって言っているのに……。
怯えることも、怒ることも、パニックになることもなく、じっとわたくしを見る男の子に声をかけた。
「ご、めん……なさ、いね……」
身体が弱り、寝台から起き上がれなくなってから困ったこと……。
自分の身の回りのこともできなくなり、特に髪が邪魔になること……。
そして、しゃべる人もいなくなり、声が出なくなった。
「移る、びょ、きじゃ……ないから……でも、きも……悪い……でしょう?」
顔も醜くただれている……だから、みんな定期的にしか近づいたりしない。
しかもイヤイヤといった様子でシーツを取り替えたり、身体を拭く態度は本当にこちらも腹立たしい。
だから逆に誰も来なくていいって言ってるのに……。
ガンガンと頭が痛む。
まぶたは腫れ上がり、ほぼ目が開かない。
髪の毛もゴッソリ抜け落ちた。
あの時、王太子が……恨みを持つ者から逃げようと、ちょうど近くにいたわたくしを突き飛ばした。
その女性が手にしていたのが劇薬。
ほぼ全身に浴びたそれのせいで、わたくしは……。
「移らないのは……知ってる」
声が聞こえた。
聞きやすい優しく暖かい声だ。
見ると理知的な大きな瞳と、日に焼けた顔、長い髪は黒く少し硬い印象をしている。
「顔だけじゃなく……全身に浴びたんだな。小鳥姫」
「……な……つか、し……」
ふふっ……
昔呼ばれていた名前に、自嘲するように笑う。
「翼を折られ……うた、を歌えない……とりに、価値はな、わ……あり……がとう」
「……治ると言えば?」
「……そう、う……そぶいて、わたくしに、くす、や、からだを、き……りきざんだり……そんな……うそ、ごめんだわ……」
重いまぶたを何とか持ち上げ、微笑む。
「……ありがとう……わたくしは、一人で逝くわ。死んで一緒に埋葬なんて……なにがうれしいの……いまがさびしいのに……」
「小鳥姫……」
「あなたは、あなたのみちを……道に落ちた汚い死骸など……目にやる必要はないでしょう……この部屋の王族しか知らない隠し通路から逃げなさい、幼き狼……」
「……わかっていたのか?」
「覚えていたわ……さようなら。ありがとう」
目尻から涙を一筋流した少女は、目を閉じた。
「……おやすみ。パフィン……」
その後、ほぼ監禁放置されていた元歌姫を嫌々様子を見にきた侍女たちは、空っぽの部屋に驚く。
「どうすればいいの?」
「いないんだもの! 仕方ないじゃない!」
「陛下と殿下を!」
「呼んでどうするの」
侍女たちは話し合い、小鳥姫が死んだことにした。
伝えられた時、殿下は無関心で、陛下も、
「そうか……」
としか言わなかったと言う。
それから、時が経ち、一人の男が覇道に立った。
その名はホルケウ。
彼がまず攻めたのは、王太子直轄領。
贅沢を好む王太子は、領民から税を搾り取り、領民の不満は募っていた。
ホルケウはその不満を突き、民衆の反乱を煽り、王太子の部下を殺した。
そして、ホルケウと領民が話し合い、まずは領地を豊かにし、ホルケウの部下が領地を巡回し不満はないか、足りないものはないかと聞いて回った。
数年後豊かになった元王太子領を奪いかえそうと攻めてきた王太子を捕らえ、国王の元に連れて行く。
その時、ホルケウは数人の部下と一人のマントを被った人物を連れていた。
「貴様が、狼とか名乗っている者か?」
玉座に座り、下民と会うのも嫌だと言いたげな男に、逆に嘲るように口を開く。
「昔は覇王と呼ばれた者も、歳をとってしまえば虚言を弄ぶカラスどもに惑わされ、政を疎かにしているのだな」
「なんだと?」
「年老いて醜悪になったな。これはもう王ではない、国に害悪な者だ」
謁見の間は血で血を洗う場となった。
ホルケウはマントを被った人物を背で庇い、大剣を振るう。
ホルケウの周りは、みな実戦の猛者。
お飾りで武器を履く王宮のものなどに恐れることはない。
ほんの数分で制圧する。
「……無様だな」
戒められ、膝をついた親子を見下ろしそうつぶやくと、興味がなさそうにアゴで牢屋に閉じ込めておくよう促した。
そして、横のフードの人物の体を抱き上げ、段を登ると、玉座に腰を下ろした。
「パフィン……」
「……どうして……わたくしは戻りたくて、ここにきたのではないのよ?」
フードを下ろすと、顔に傷の跡が生々しく残るが、まぶたなどのただれが落ち着き、短いものの髪も美しく整えられた女性が困惑気味に膝に座らされる。
「うん、君は何も求めなかった。だから勝手にしただけだよ。僕は辺境の地から連れ去られるように、君の冥婚の相手として閉じ込められた。でも、君は僕に何も求めず、逃げるように言ってくれた。僕に新しい道を示してくれたのは君だ」
「……それに、あなたは一族に素敵な人がいるでしょう? こんな醜い……」
「美しいよ。あの苦しそうに歌っていた時より、君は笑ってくれる。君は僕の小鳥だよ。僕のそばでこうしていて欲しい」
その後、王国を滅ぼしたホルケウはパフィンを正妃に迎え、二人には男女の子供が生まれた。
男児はリュコスと名付けられ次の王となり、女児は母に似て歌が上手くカナリィと呼ばれた。
このお話は失われた国の物語。
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