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第1章
大伯海(おおくのうみ)でのこと……。
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大伯海……こちらは、現在の大阪湾である。
難波津から出港し、漕ぎ手や潮の満ち引き、波に風により進んでいくのだが、予定としては大山積神の鎮座する島に向かうことになる。
大山積神は、天照大神の孫である瓊々杵尊の后、木之花咲耶姫と、磐長姫の父神として知られている。
元々は大山積と書くように山の神であるが、おわします場所は島と言うことで、海の神としての面をあわせ持つ。
こちらで長い旅の安全と、国の平穏のために祈りを捧げるのである。
その為に、銅鏡を荷に積み、奉納させていただくつもりである。
そして、その日も傾き休もうとしたところ、大変なことが起こった。
「うっ……」
苦しげにお腹を押さえるのは、大田皇女である。
采女のなつも身ごもっているものの、大田皇女はかなりお腹が大きかった。
元々周囲の者が留める程、臨月に迫っていた皇女だが、夫である大海人皇子や祖母である姫天皇と共に行くのだと言い張り、船に乗った。
そして産気付いたらしい。
「皇女さま……」
「なつ……私はいいの。姫天皇さまの元に」
「行けませんわ。誰か、皇女さまの周囲に布を。産所をご用意しなければ……」
なつは告げる。
数人の采女達が出入りを繰り返す中で、額田王に付き添われ姫天皇が姿を見せる。
「大丈夫であるか? 大田。あれほど吾が申したのに……」
「姫天皇さま……申し訳ございません。船を移ります……このままでは、姫天皇さまのおわすところを血で穢すことに……」
「何を申すか! 子は宝。穢れも何もない。代わりに大海人を船を移らせる。この船を産所とするがよい」
「で、ですが……額田王さま? 」
父の妃の一人である女性を見上げる。
妹は彼女を嫌っているが、大田皇女はおっとりとはしているが芯が強く、母の死や父と夫との係わり、その絡みついた因縁について逆に第三者として見ることにより、諦めではなく、逆に辛い立場に立たされる姫天皇や額田王を気遣うことができる女性に成長していた。
父の中大兄皇子は、元々大海人皇子の妃で皇女を生んでいた額田王を自分の妃にする代わりにと言うように、大田皇女や同じ母の妹の鸕野讚良皇女、異母姉妹の大江皇女と新田部皇女を妃に差し出した。
夫である叔父だった人は、優しい人だがすぐに癇癪を起こす父とは違う。
その何かは解らないものの、自分は夫を支えるのだと思っていた。
「姫天皇さまのお言葉ですし、それに皇女さまは初産ですから、お体を大事になさってくださいませ。出来たら、湊にておりて……」
「それは嫌です! 私は共に参ります。お願いです……」
必死に手を伸ばす。
そしてすがるように、
「お願いです、着いていきたいの。降りてしまえば、着いていけない……」
涙を流しながら訴えるさまに、額田王は手を伸ばし握り返す。
「解りましたわ。大丈夫ですわ。なつも私も、皆もおりますわ。安心されてくださいませ」
「ありがとう……」
涙目でお礼を言う大田皇女に、出産の経験のある額田王は、告げる。
「では、支度を……準備をしましょう。大丈夫です。船は進ませ、西に参りましょう」
翌々日……つまり、津を出でて2日後、大田皇女は子供を産み落としたのだった。
大伯海で生まれた皇女……祖母である姫天皇は『大伯皇女』と名付けたのだった。
大田皇女は二年後に大津皇子を産むのだが、二人が幼いときに命を落とした。
二人の丁度間に、大田皇女の同母妹の鸕野讚良皇女が草壁皇子を出産する。
大海人皇子が後に鸕野讚良皇女を后にしたこともあり、もし大田皇女が長生きであれば后となり、日本の歴史は変わっていたかもしれない……。
これが、歴史の『もしも……だったら?』のお話である。
難波津から出港し、漕ぎ手や潮の満ち引き、波に風により進んでいくのだが、予定としては大山積神の鎮座する島に向かうことになる。
大山積神は、天照大神の孫である瓊々杵尊の后、木之花咲耶姫と、磐長姫の父神として知られている。
元々は大山積と書くように山の神であるが、おわします場所は島と言うことで、海の神としての面をあわせ持つ。
こちらで長い旅の安全と、国の平穏のために祈りを捧げるのである。
その為に、銅鏡を荷に積み、奉納させていただくつもりである。
そして、その日も傾き休もうとしたところ、大変なことが起こった。
「うっ……」
苦しげにお腹を押さえるのは、大田皇女である。
采女のなつも身ごもっているものの、大田皇女はかなりお腹が大きかった。
元々周囲の者が留める程、臨月に迫っていた皇女だが、夫である大海人皇子や祖母である姫天皇と共に行くのだと言い張り、船に乗った。
そして産気付いたらしい。
「皇女さま……」
「なつ……私はいいの。姫天皇さまの元に」
「行けませんわ。誰か、皇女さまの周囲に布を。産所をご用意しなければ……」
なつは告げる。
数人の采女達が出入りを繰り返す中で、額田王に付き添われ姫天皇が姿を見せる。
「大丈夫であるか? 大田。あれほど吾が申したのに……」
「姫天皇さま……申し訳ございません。船を移ります……このままでは、姫天皇さまのおわすところを血で穢すことに……」
「何を申すか! 子は宝。穢れも何もない。代わりに大海人を船を移らせる。この船を産所とするがよい」
「で、ですが……額田王さま? 」
父の妃の一人である女性を見上げる。
妹は彼女を嫌っているが、大田皇女はおっとりとはしているが芯が強く、母の死や父と夫との係わり、その絡みついた因縁について逆に第三者として見ることにより、諦めではなく、逆に辛い立場に立たされる姫天皇や額田王を気遣うことができる女性に成長していた。
父の中大兄皇子は、元々大海人皇子の妃で皇女を生んでいた額田王を自分の妃にする代わりにと言うように、大田皇女や同じ母の妹の鸕野讚良皇女、異母姉妹の大江皇女と新田部皇女を妃に差し出した。
夫である叔父だった人は、優しい人だがすぐに癇癪を起こす父とは違う。
その何かは解らないものの、自分は夫を支えるのだと思っていた。
「姫天皇さまのお言葉ですし、それに皇女さまは初産ですから、お体を大事になさってくださいませ。出来たら、湊にておりて……」
「それは嫌です! 私は共に参ります。お願いです……」
必死に手を伸ばす。
そしてすがるように、
「お願いです、着いていきたいの。降りてしまえば、着いていけない……」
涙を流しながら訴えるさまに、額田王は手を伸ばし握り返す。
「解りましたわ。大丈夫ですわ。なつも私も、皆もおりますわ。安心されてくださいませ」
「ありがとう……」
涙目でお礼を言う大田皇女に、出産の経験のある額田王は、告げる。
「では、支度を……準備をしましょう。大丈夫です。船は進ませ、西に参りましょう」
翌々日……つまり、津を出でて2日後、大田皇女は子供を産み落としたのだった。
大伯海で生まれた皇女……祖母である姫天皇は『大伯皇女』と名付けたのだった。
大田皇女は二年後に大津皇子を産むのだが、二人が幼いときに命を落とした。
二人の丁度間に、大田皇女の同母妹の鸕野讚良皇女が草壁皇子を出産する。
大海人皇子が後に鸕野讚良皇女を后にしたこともあり、もし大田皇女が長生きであれば后となり、日本の歴史は変わっていたかもしれない……。
これが、歴史の『もしも……だったら?』のお話である。
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