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第5章

アマーリエとバルナバーシュ

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 アルフィナは帰り道に我慢しきれずシクシク泣き出し、アルフレッドが抱いたまま屋敷に戻ると、居間でホットチョコレートを用意して貰う。
 アルフィナはアルフレッドに抱きつき、そして両隣に座ったアマーリエとバルナバーシュを何か言いたげにベソベソと見つめる。
 初めて見るのだが、指しゃぶりをしている。

「アルフィナ? お祖母様とねんねしましょうか?」
「……ふえぇっ、やぁぁっ」

 首を振りぐずる。

「おとうしゃまがいい……やぁぁ」
「じゃぁ、お父様と寝ようか?」
「やぁぁ」

 最後には泣きじゃくる。
 アルフレッドはオロオロするが、アマーリエは、

「じゃぁ、可愛い私達のアルフィナ。お祖母様もお父様も、バルナバーシュ様もいるわ。疲れたでしょう? お祖母様がお歌を歌ってあげるわ。聞いて頂戴?」

優しく頭を撫でながら、囁くように子守唄を歌う。
 ヒックヒックとしゃくりあげていたものの、しばらくして目を閉じ、寝息が漏れ始めた。

「疲れたのね……言葉を知らない子供は、泣くしか出来ないのよ。わがままというか駄々っ子になるのは、自分を見て、構って……わがまま言っても嫌わないで……と思っているのだと思うわ」

 アルフィナの髪飾りを外し、髪を解くと、

「アルフィナ……大丈夫よ。皆、貴方が大好きよ。辛かったわね。お休みなさい」

頰にキスをする。
 そして、息子が寝室に連れていくのを見送る。

 すると、バルナバーシュが口を開く。

「……アマーリエは確か、隣国の王女だよね」
「そうですわね。だったと言った方が正しいですけれど、まだ父が王位についておりますわ。いい年ですのに」
「……いい年……ちょっとグッサリきちゃったよ。僕なんて何歳になってるのか……」

 嘆くが、すぐに真顔になり、

「噂で聞いたのだけど、君はここに嫁いで来た時に、夫である前王に寵姫がいて、第一王子……今の国王がいることを知っていたの?」
「そうですわ。政略結婚というものは元々そういうものです。それに私は、アルフレッドたちには言っておりませんが、実母が下級侍女だったのですわ。戯れで生まれた子供でしたの。ですから、母国からはお払い箱。清々したかと思いますわ。厄介払いが出来たと」
「……ごめん……聞くのではなかったね。本当に申し訳ない……」

項垂れるバルナバーシュに、アマーリエは微笑む。

「構いませんわ。私は夫にはお飾りの妻でしたが、それなりに努力しましたのよ。人脈も作り、母国との距離をある程度に留め、夫は役に立たなかったので他の国との交渉も、ルーファス殿達とやりとりしながら……そこそこに。でないと、寵姫を亡くして泣くだけ、第一王子だけを溺愛してアルフレッドはいないものとして扱う男に、愛情はありませんでしたわ。私にはアルフレッドが愚かにならないこと、そしてバカ義息をそれなりに宥めながら国を安定させること、そしてアルフレッドに愛情を注ぐこと……それだけでしたわ。あぁ、親馬鹿で申し訳ありません……」
「いや、アルフレッドはとても優秀だし、心優しく強い子だね。やはりアマーリエは慈母だと思うよ」
「ありがとうございます。自慢の息子ですの!」

 アマーリエは目をキラキラさせる。

「私は家族の愛情は知りませんでしたけれど、息子の為なら何でもしようと思いましたの。息子にしたら鬱陶しい親かもしれませんわね。ただ、息子の結婚を反対しておけばよかったと思いますわ。義息は努力もせず、親にわがままを言えばそれが通ると思っていましたの。正妃となる令嬢の国に向かい、恋に落ちた男爵家の令嬢を、アルフレッドの婚約者として連れ戻ったのですわ。弟王子です。しかも、自分は側室腹。弟は王位継承権を半ば放棄したとはいえ、隣国の王女の息子です。私は激怒しましたわ。でも国王の命令……従うしかないと息子に言われましたの」

 目を伏せる。

「その嫁は愚かでした。度々義息の正妃に呼ばれたと王宮に出向きますの。この屋敷のことは何もせず、することは買い物三昧。贅沢を好み、わがまま放題……アルフィナのわがままなど可愛い方です。私も疲れ果てて、その時に義息と浮気をしていると……もう真っ白になりましたわ。その日のうちに荷物を王宮に送り、今までつぎ込んだ請求書を送っておきましたの。するとお金がないから現物を返すと言って、イミテーションを持ってきたので王宮に出向いて、義息と愛人に投げつけましたの。本物を出しなさいと。ヘラヘラ笑う二人に、手にイミテーションの指輪を人差し指から小指につけて、殴りましたの。痛かったみたいですわ」
「そ、それは、凄まじい。でもそれほどアルフレッドを愛していたということ……」
「それ以上に、こんな愚息に王位を譲った夫にしたかったこと……かもしれませんわね」

 愚痴る。

「私は、多分愛して欲しかったのだと思いますわ。いえ、アルフレッドやこの屋敷の皆は私を大切にしてくれます。それに、義息の離婚した王妃とも、時々手紙やプレゼントのやり取りがありますの。でも、アルフィナのように、心ではわがままを言いたくなるのかもしれませんわね。本当に贅沢なわがままですわ」

 遠い目をするアマーリエの表情は物憂げで、本当に愛情に飢えた孤独な少女に見えた。

「アルフレッドが新しい奥さんを迎えて、アルフィナと3人で過ごすようになったら、私は寂しい……かもしれませんね」
「私が、母上を一人にすると思います?」

 扉が開き、娘を背負ったアルフレッドが母親を見る。

「私は、母上とアルフィナを大事にする人と結婚しますから、安心して下さい。それに、アルフィナは母上が大好きですからね! どこか行くとか解ったら絶対に泣きますよ。今ようやく寝たのに」
「……奥さんを大事にしなさいね」
「私は家族を大事にする存在になりたいので、母上やアルフィナを泣かす存在は抹殺します。約束しますね」
「まぁまぁ……マザコンになってしまったの?」
「それより、母上の幸せを願います。あ、そうだ。もし良ければ、バルナバーシュ様。私の義父になって下さい!」

 お茶を飲んでいたバルナバーシュは、ビックリ発言にお茶を吹いた。
 むせながら、

「ちょ、ちょっと待って、アルフレッド……私はじじいだよ……あぁ、自覚するの辛い……」
「何言ってるんですか、そんなに年じゃありません。それに、父は母を大切してくれなかった……幸せになって欲しいんです」

真剣な一言に、二人はチラチラと相手を見つつ黙り込んだのだった。
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