上 下
44 / 129
第7章

孤独を知るアマーリエとバルナバーシュ

しおりを挟む
 アマーリエはベランダでため息をつく。
 日傘をイーリアスに渡され、差しているものの、時々自分でも手入れする庭も目に入らない。
 ただ思うのは、

「……私の人生って何なのかしら? ……実家に戻っても信用できる者はいないし、アルフレッドを置いて帰るなんて絶対に出来ない。……孤立したような状態だったけれど、アルフレッドを生んで育てて、本当にあの子は良い子に育ってくれたわ。自慢の息子。それに、私を母のように姉のように慕ってくれるカーティス殿もラインハルト殿も、ルシアン殿も……その家族の皆さんにも支えて頂いて、それは幸せ。でも……」

頬を伝い落ちる涙を指で拭う。

「本当に……私の人生は何だったのかしら? ……政治的に利用されて、愛されることはなく、ただ形だけ。私だって、自分が見栄っ張りで意地っ張りで頑固だって分かっているわ。でも、こんな風に思い知らされるとは思わなかった……」
「アマーリエ……やめなさい。君が悲しむことじゃない。あの男や、実家だと言うサーパルティータのことなど忘れなさい」

 後ろから声が響き、慌てて顔を拭おうとする。

「駄目だよ。ゴシゴシとこすっては。君の花のように美しいかんばせが台無しになる」
「バルナバーシュ様……恥ずかしいですわ」

 そっと顎を持ち上げ、スカーフで優しく涙をぬぐうバルナバーシュの仕草に、頬を赤らめる。

「恥ずかしい? それよりもアマーリエ、君の目や頰が赤くなったりする方が辛いよ」
「ありがとう……ございますわ」
「君が笑っている姿の方が、私達にとっては幸せが来るんだよ。私は、君と婚約すると言うのは、アルフレッドに後押しされたけれどね? でも、君と結婚するのは嫌じゃなかった。逆に嬉しかった。今まで私は、ほとんど闇に近い場所に閉じ込められ、永遠に近い時を生きてきた。君の微笑みは凍りついていた私の心を溶かしてくれたよ。それにアルフィナは、無邪気に私に『おじいちゃま』と声をかけて走ってくる。ベルンハルドやアルフレッドはこんな私を『父上』と呼んでくれる。こんな幸せを私にくれたのは君だよ。皆も、君がいるからここに来た……側にいて欲しいと、守って欲しいと言うよりも、自分達がアマーリエの微笑みだけでどれだけ頑張れると思っていると思う。……君はこの国の母。そして、私にとって大切な、特別な存在……愛しているよ」

 初めて聞く言葉に目を見開く。
 背の高いバルナバーシュを見上げ、震える声で囁く。

「もう一度……聞かせて下さいませ……」
「アマーリエ……愛しているよ。君と一緒に笑ったり、手を握ってデートをしたり、ダンスをしたり、そしてこうして……」

 バルナバーシュはアマーリエの唇に、自分のそれを近づけると優しく重ねたのだった。



 その様子を、遠くから娘を抱いて見ていたアルフレッドは、

「私はマザコンなのかなぁ……ちょっと複雑」
「アマーリエ様はアルフレッド様にとって、お母さんですから。でも、私はアマーリエ様がお母さんと言うのは憧れです」
「と言うか、ベルンハルドは私の弟でしょ? 母上は、もうベルンハルドの母上だよ」
「……! ……あ、兄上も母上同様憧れです。ありがとうございます。兄上……それに、アルフィナもお兄ちゃんと仲良くしてね?」
「あい! ハユおにいしゃま、だいしゅきでしゅ」

 えへへ……

と笑いながら、抱いてくれている父と叔父を見る。
 そして、

「おばあしゃまとおじいしゃま、ニコニコ。おでかけでしゅか?」
「そうだね。デートかなぁ」

腕を組み歩いて行ったアマーリエとバルナバーシュが幸せになって欲しいと、兄弟になる二人は願ったのだった。
しおりを挟む

処理中です...