悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア(改訂予定)

刹那玻璃

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まゆらの恋……

小さな夢を求めていた……。

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 こんなに強く、綺麗な人は見たことがなかった。
 心を奪われると言うのはこの事だと解った。

 別れたくなかった。
 どうか連れて行って欲しい……いや、着いていくと訴えると、怒られたが最後には認めてくれた。
 傍にいても良いと……嬉しくて堪らなかった。



桃桃タオタオ……努力は素晴らしいが、無理はしなくて良い。ほら又、手を切ったのだな。手当てを……」
「だ、大丈夫です。自分で手当てを……」
「出来ていないから言っているんだ。桃桃。手を……」
「す、すみません。貴方」

 傷だらけの手に黙り込む夫に、身を縮めるが、そっと手を撫で、

「よく頑張っている。働き者の自慢の嫁だ」

と誉めてくれた時には、空に舞い上がる程嬉しかった。

 実際、裁縫は出来たが料理や洗濯も、掃除も全く知らなくて、最初は戸惑った。
 でも、色々な人に聞き、必死に覚えた。

 張益徳ちょうえきとくどのの奥方は夏侯夫人かこうふじんと言い、そこそこの豪族の令嬢だったが、それはそれは楽しんでいた。

「あの、ご夫人は……ご実家は……」
「あぁ、伯父たちは強いし、才能はあっても、私の家族はその恩恵に預かっているただの虫よ。そんなに力はないわ。私も炊事洗濯もするわよ。一緒にしましょうか? その代わり!」

 ガシッ!

 腕を捕まれ揺さぶられた。

「お願い! 私に刺繍を教えて頂戴! 先日のご主人の純白の絹に、蚕糸を僅かに染め変えて、あの美しい衣装! 本当にうっとりしたわ……皆は旦那さまを見たけれど、私はあの衣装! 素敵すぎるわ!」
「私にできることなら」

 微笑んだ。
 自分自身に自信はなかった。

 美人とは言えないと自信を持てる顔。
 ただ、次第に忙しくなる夫に、迷惑だけはかけられないと思っていた。



『ドウシタ?』
「いいえ……何でもないわ……と言っても、貴方にはお見通しよね」
『我モ、全テヲ見通シデハナイゾ?』
「そうかしら」

 微笑む。
 400年程前、日本では悪夢を獏が食べてくれると言う信仰が広まった。
 元々獏は中国の想像上の動物で、キリンもそうである。

 その頃に、悪夢を食べるのに飽きた獏が仕事を拒否し、その為に怒りを買い、憑いたのである。
 自分の望みを叶えてくれたら、この体をあげる。
 いや、魂魄の魄は地上であるから、いつ消えるか解らない弱い魂をあげると伝えたのである。

『……消エテシマウガ、イイノカ?』
「えぇ。あの男にあげない……私は私よ」

 桃子とうこは微笑む。

「私にとっての悪夢は、あの男だった。自滅して貰って十分幸せ」
『ソナタノ亭主ハ?』

 のんびりと逃げると言うよりも、人間の世界の貧乏な地域……のスラム街と言うような少々寂れた、荒んだ町があり、そこに向かいつつ、

「……夫? 違うと思うわ、私は、何もできなかった。慰める事も微笑む事も、愛する事も……全て……」
『ソウカ? ナラバ……』

 遠くから声が響く。

「……たお、桃桃! 行くな! 行くなぁぁ!」

 周囲の古ぼけた景色から浮いた、純白と清潔感のある青の衣装の青年が、愛馬で駆けてくる。
 白竜駒はくりゅうくは賢い馬で、でも、不器用な自分を怒ることなく心を開いてくれた。

 共にずっといたと言う意味では、夫と白竜駒、自分と獏は同じかもしれない。

『ヨウヤク迎エガ来タナ』
「獏……?」
『ト言ウカ、馬ハ好カヌ。追イ回サレルノハ嫌イダ』
「獏?」

 ビリビリとした痛みと共に、自分から何かを引きちぎられる感覚に悲鳴をあげた。

「アァァァァ……!」

 余りにもすさまじい痛みと苦しみに、体を抱き締め叫ぶ。

『赦セ、春ノ花ノ姫。一番セッカチナ姉ノ梅ノ姫。一番咲クマデガモドカシク、咲クトキハ華ヤカニ、散リ際ハ美シイト言ウガ、跡ヲ残サズ寂シイ、妹の桜ノ姫。シカシ、ソナタハ桃ノ姫。桃ハ愛ラシイ花、梅ト桜ニ挟マレテ印象ハ薄イガ、時ガ経ツト大キナ実ヲ結ブ。折角ホコロンダソノ花ヲ、ソノママ散ラセテハ、マタシテモ不味イ夢ヲ喰ラワネバナラヌ。甘イ夢ヲ喰ワセテクレ……』
「待って! 待って……獏? お願い!」
「桃桃!」

 馬から飛び降りた子龍しりゅうが、桃子を抱き締める。

「行くなぁぁ! お願いだ! もう二度と、そなたを失いたくはない!」
「違う! 貴方は……」
「黙れ! いつも……いつもいつも、微笑むだけで、何も伝えてくれない。私も気を回せず、申し訳なくて……それでも、何とか努力しようと思ったのは、お前たちの……特にお前の為だ!」

 必死に折れそうな程強くかき抱き、訴える。

「もう、嫌なんだ! 戻っても……お前の笑顔が見えない。お前の声が聞こえない……お前の姿がないのは……辛すぎて、屋敷にも戻れなくなった。二人は待っていると……言われても……お前の姿を探してしまう。……死ぬ前に、二人に戻れと……屋敷に戻ったが……お前の全ては亡くなっていて……」

 声がつまる。

「日々探し続けた。ずっと……。疲れはて、お前は元から居なかったのだと思えて……諦めていた。すると、二人が……ある日、私にお前の遺品だと……」
「私の……?」

 胸元を探り、古ぼけた髪飾りを取り出す。

「これ……」

 さほど当時は高級ではない……濁った色の石なのだと、子龍は笑っていたが、

紅水晶ローズクウォーツ……女性が持っているととても相性の良い……やっぱり可愛い」
「幾ら貧乏な旅暮らしでも、もっと良いものを選んでも良かったのに、これが良いと言ったのはお前だったのに……お前はこれが良いのだと……」

 桃子の髪から全ての飾りをはずし、不格好ではあるが、髪に差す。

「……他のよりも似合ってる」
「ほ、本当ですか? ……それとも、他のだと豪奢で、地味な顔がめり込んで……」
「……め、めり込んで……? ……ぶふっ……アハハ!」

 笑い出す子龍に、桃子は、

「な、何で笑うんですか? えっとじゃぁ、地味な顔がますます地味に……あ、埋もれてですね! 埋没するんです! 遺跡のように!」
「アハハハハ……駄目だ! 桃桃……その、めり込んで……は、やめないか? そんなに綺麗な顔をしているのに……」
「貴方の方がお綺麗です! 」
「男に綺麗はないだろう? 」
「貴方は、ご自分の魅力を分かっておられないのです! 貴方ほど、優しくてお強くて、知識もあり、優れた方はおりませんの! 」

 拳を握り締め、言い放った桃子に、一瞬、子龍は失敗したと言う顔になる。



 元々大人しく人の目を気にするのだが、何故か自分……子龍の事に関しては燃え上がる。
 一度ならずも、あの関聖帝君かんせいていくんに食って掛かり、

「子龍さまを馬鹿にされるなら、私は許しませんわ!」

と持てもしないのに武器を持とうとし、慌てて取り上げると大泣きし、関聖帝君の愛馬の赤兎せきとが、関聖帝君を蹴り飛ばした事もある。



 それはもう、見るのは御免である。
 苦笑して、

「まぁ、それはそうとして、桃桃? 帰ろう……いや。一緒にいよう。傍にいないと、本当に眠れないんだ、私は……」
「えっと……お掃除係でしょうか?」

 素でボケる前世からの恋人に、ため息をつく。
 しかし、過去の経験から、延々に続きそうなボケに突っ込む間に連れ去った方が早いと、

「白竜!」

と愛馬を呼び、先に乗せると、その後ろに乗り、

「白竜、早駆けで頼む」

と走らせたのだった。
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