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安倍晴明の章

統は、父の本当の姿を知っています。

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 父……趙子龍ちょうしりゅうと言う存在がどのような存在か、こうは薄々知っているが、とうは理解していた。



 子龍は、まさしく竜の子供。
 推測していたが一度、屋敷に連れ帰った父を見舞い、眠っていたしょうを覗き込んだ時に、唖然とした。
 白竜駒はくりゅうくは父の愛馬だが、牀に小さくとぐろを巻いて眠っている純白の竜の子供がいた。
 まばたきをしても間違いない。

 そこで普通は腰を抜かすとか逃げ出すのが人間だが、父が『子龍は胆が座っている』と言われただけあって、息子も胆が座っていた。
 興味深く熱心に観察したのである。

「爪は5本……小さいのに手足あり。ついでに翼はない。角があり、たてがみがあり……でも、威厳がないなぁ……」
「子龍はまだ子竜こりゅうだ。卵から孵った時に拾われて育てられた」

 父と共に戻り、自由に屋敷をうろうろする白竜駒は、いつのまにか来ている。

「子供?」
「卵の時に堕ちた。私は、命を受けて捜し見つけたら、人の子に紛れて遊んでいた。これはいけないと、連れ戻そうと上に持ちかけたら、面倒を見ろと言われて、この姿だ」
「白竜駒は、竜?」
虹竜こうりゅうだな。然程上ではない」
「爪は5本って……位が高いんじゃないの?」

示す。

「白竜王の直系だ」
「末っ子とか?」
「いや、初めての子供で、迂闊な王が喜ぶ余りに空を飛んでいて、手を滑らせて卵を落とした」

 統は、まさしく遠い目をした。
 父の父……祖父は、弟に似ているのか……。

「で、周囲が焦り捜し回り、見つけて……黄龍おうりゅう王が、人として亡くなったら龍として引き取るとなっている」
「父上は知って?」
「いや、黄龍王は、龍の王。王命には従わねばならぬ。しかも、白竜王の正妃との長子だ。他の子もいない」
「じゃぁ、私たちは、父と別れなければならない……」
「いや、望めば、構わないといっていた。だが、龍の世界も身分差が激しい。大丈夫か?」

 楽しげな白竜駒ににっこり笑う。

「白竜駒? 私を誰だと思ってるの? 父上の息子だよ? そんなもの叩き潰してくれるよ。広もこの世界じゃ生きにくいみたいだし」
「そうだな……」



 しかし、人として『死んだ』父は、龍として生きるのを億劫と思っているらしい。
 何故か……それは、愛妻である母が行方不明であったこと……。
 それと、正妻の母親のただ一人の子供だが、他の妾妃の子供が、

「脳みそまでアホ! 筋肉族かあれは!」

と思い出しただけでもウザイ。
 ちなみに、白竜王の息子の一人は乱暴な龍として知られ、『西遊記さいゆうき』に三蔵法師の馬となり共に旅をすると言う話もある。
 目の前の白竜駒は賢いが、阿呆なそれは、叔父でなければ抹殺である。
 しかも残念なことに……。

「父上は母の正妃様に似て端整な顔で、知的な方だけれど、筋肉族は顔も残念。母上や龍花ロンホワに近づかないようにしておこうか」

 特に龍花は、母に瓜二つ。
 母は儚げな手折られそうな花の印象だが、キラキラとした瞳の好奇心の強い少女らしい。
 何かあっては、弟にウリウリか、年上の幼馴染みの紫蘭しらんに裏でこっそり仕返しか、キャンキャン五月蠅い子犬系の安国あんこくに……。

「あ、そうか。紫蘭を使おう」

 小さい頃から諸葛亮しょかつりょうをはじめとする、知略軍略策略に長けた人々と縁が深かった統は、ニッコリと笑ったのだった。



 翌日、広と共に熱の下がった龍花と手を繋いだり抱いたりしながら、連れ歩く。
 昨日は日本の女の童めのわらわ……子供服だったのだが、今回は兄二人が選んだ可愛い古い時代の女の子の服である。
 ちゃんと年頃や体に負担がかからないように、飾りは少ない。
 しかし、母に瓜二つの愛らしい顔は、一段と可愛らしい。

「お兄様? どこに行くの?」
「ん? あぁ、まずは昨日、あの人を捕らえて下さった関聖帝君かんせいていくん様にお礼をと思って」
「関聖帝君さま……えっと、真っ赤な顔の髭!」
「そうそう。母上、あの顔見て泣いたらしい」

 広は吹き出す。

「泣く? 怖かった?」
「いや……母上が、父上や兄ちゃんたちと再会するまで、苦労してたって聞いただろう?」
「あ、うん……」
「いや、違う違う。母上、その頃は本人いわく、やさぐれてて、父上の登場するゲームで遊んでて、『子龍くん。』ってぬいぐるみを抱いてて、そしたら父上本人に会ったら、嬉しさの余りに気絶して目を覚ましたら……ほら、あの顔だ!」

 広の指をたどって、龍花は硬直する。
 今まで美貌の父と、父に似た兄二人を見てきた為、

「う、うわぁぁん! お兄様! 帰るぅぅ!」

と泣きじゃくりはじめる。

「あぁ、龍花。大丈夫大丈夫。取って食わないから」
「それにね? 龍花は解るかな? 日本にも色々な色があって……中国の考え方では日本と同じ方角には四神ししんがいるのだけれど、それ以外にも、京劇きょうげきと言う、中国の演劇で顔に施す模様や色にも意味があるんだ。ちなみに、此の方、関聖帝君様は正義の色の赤。反対に敵役になる曹操そうそうどのは、青みがかった白。他にも、演劇や役によって模様は違う。登場人物を見分けるのと、敵か味方かも解るようにね」
「……このおじちゃん。悪い人じゃない?」
「父上と仲は悪いけど、一応」
「こらぁ! 何をいっとるか!」

 関聖帝君は睨むが、広は、

「おっちゃん。龍花、まだこっちのこと知らないし、怒鳴るのやめてよ。親父に言いつけるぞ?」

といなした。

「それよりおっちゃん。ご挨拶とお願いがあるんだけど……まぁ、良いか? 兄貴、軍師様のところに伺うし」
「そうだね。龍花も泣くし……」
「ちょっと待て!」

 ちなみに関聖帝君は、子龍のことを嫌いではないが、嫌われている自覚はある。
 かなりそっけない上に、いなされる、かわされる、言い負かされる……である。
 自分の生前の素行も悪いが、かなり痛い。

「あれ? 子麟しりん子鵬しほう?」

 姿を見せたのは、紅顔の美少年である。
 統たちとは別の意味で可愛らしい。

「どうしたの……って、エェェ?」

 龍花を見て硬直する。
 ヒックヒック、しゃくりあげる龍花は……傷心ロンリーハート傷心の少年には、目映い可愛い少女で……。

「な、泣いてる……」
「おっちゃんが怒鳴って泣かせた」

 広の一言に、統はうんうんと頷いて見せる。
 くるっと振り返ると、

「父上! 何をしたんですかぁぁ! こんなに可愛い子に! 泣かせるなんて最低ですよ!」
「いや、その……だな」
「全く! 子麟、子鵬……それに妹ちゃん?」
「そう! 龍花って言うんだよ」
「可愛いだろ?」

 兄弟は自慢する。

「龍花ちゃん。へぇ……初めまして。お兄ちゃんは紫蘭です。よろしくね?」
「お花の名前……?」
「そう。ちょっと恥ずかしいけどね。龍花ちゃんは良く似合うよ?」

 言われて嬉しそうに笑う。

「あ、ありがとう。紫蘭お兄様。龍花。大好き!」

 傷心の少年には、かなりの衝撃だったらしい。
 頬を赤くする息子を見下ろし……そして、にやっと目を見合わす、兄弟に関聖帝君はため息をつく。

「……こちらに。点心おやつを用意させよう」
「ありがとうございます」

 兄弟の声に、

「何であれの息子が黒いのと天性の策略家で、うちの息子は……」

と漏らしたのだった。
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