そこにあたしはもういない。

刹那玻璃

文字の大きさ
1 / 4

そこにあたしはもういない。

しおりを挟む
 よっし、身の回りのものを持ったわ。
 そんなにないものね。
 だって旅歴長いし、そんなに大事なものって作らなかったもの。

 それよりムカつくわ、あのクズ亭主。
 共同名義にしていた、冒険者の為の貯金の私が貯めた分を使い切ってたのよ!
 残金10レーン?
 ちょっと待ちなさいよ。
 これはあたしがコツコツ貯めて、本当はほら、2000万レーン以上はあったのに!
 赦せない!
 だって、あいつはあたしに隠れて、自分の口座をもう一つ別に持ってたのよ!
 旅に出る度に、振り込まれる通帳を持ってるの。
 今、探し出してチラッと見たけれど、残高7000万レーン超えって馬鹿にしてるわ。

 もう、これ貰ってもいいわよね。
 うん、いいわよね。
 お礼に戴いておくわね、ありがとう。

 あ、家だけは残してあげるから。
 まぁ、借家だから、来月の支払いから頑張ってね?
 あたしは小さい家でいいって言ったのに、見栄を張って大きい屋敷に数人のメイド、侍従、執事まで雇ってるんだもの。
 その中に愛人作るなんて、馬鹿だわ~。
 それに今回の冒険の収入も、あたしの持っていく口座に入るものね。
 良かったわ~ありがとう!
 全額、あたしの口座に移しておくわね。
 じゃぁ、鍵は冒険者ギルドに預けておく……駄目ね、あ、そうだ!

 振り返った後、思いっきり空に投げた。
 ふふふっ……安心して!
 あたしは、精霊術師。
 風の精霊に、何処かに持っていって貰ったわ。
 じゃぁ、未練もないし行こうかな。

 後ろで戸惑ったような執事たちに、振り返り微笑み、



「じゃぁ、御世話になりました! 御当主には結婚をお考えだと言う、恋人もいらっしゃいますし、邪魔者はすぐに失せますわ! ねぇ? セラーナ様? その安物の指輪やネックレスなんて、あのフリードと共に差し上げますわ!」



メイドの一人で、愛人のセラーナが青ざめる。



 何で、今更青ざめるんだろ?
 自慢げに同僚に見せびらかせていたけど、それ、フリードから貰ったんじゃないでしょ?
 あたしの部屋の宝石ケースから、掠め取った癖に。
 手癖の悪い女だと思ってたけど、フリードと変わらないクズね。

 実際、その指輪とかアクセサリーは全部、元々は精霊術師のあたしが精霊達のベッドとして、身につけていたんだけど?
 それ、精霊石だよ?
 まぁ、精霊は解放したり、別の石に移してるから今は空っぽの屑石なんだよね。
 ちなみに、あたしが近くにいたからまだ原型留めてるけど、あたしが離れると余り時間経たずに壊れるんだよね。



「お、奥様!」

「はぁ? 今更言います? ステュワード様」



 こっちのバカ執事は、あたしを馬鹿にして、自分を様付けしろと言ってたわ。
 それに、あっちの侍従達に命令してわざと突き飛ばすとか、馬で追い回すとかしたり、メイド達にコックは、あたしの食事にわざわざ毒を入れてくれていたわ~。
 優しく可愛い精霊達が全部無毒にしてくれたから、ありがたく頂きましたけどね。



「お願いでございます! お帰りください!」

「嫌よ。毒の入った食事、暴力を振るう馬鹿男に、あんたみたいな最低の執事なんて見たことないわ」

「なっ!」

「今まで言っていなかったわね? 私は、この国のケーキドゥワ公爵家当主の末娘、サンドラ……アレキサンドラと申しますの。あぁ、お兄様が来られたわ」



 馬車が信じられないスピードで走ってきて、バーンと大きく扉が開いた。
 そして、抱きしめてくれる。



「サ、サンドラ!」

「お兄様!」

「本当に、遊びに行くと言ったきりで、こんな所にいるなんて! もっと早く連絡しろ! 母上が泣いているぞ。父上も怒り狂ってるな。ついでにあのクソ餓鬼、ぶっ殺す!」



 お兄様もお父様も、フリード嫌いだものね。
 幾つになっても色気があって端正なお兄様を見上げ、首を傾げる。



「あのね? お兄様。フリードが私の貯めた2000万レーンを、全部使い切ってしまったの。ほらこの家とか、このよく出来た人達を雇ったのよ。自分のお金1レーンも使わなかったのよ」

「はぁぁ? こいつら屑だらけじゃないか。あの男、詐欺師だぞ?」



 ひと目見ただけで良く分かるのね、凄いわ。
 お兄様は騎士団副団長だけど、剣の強さだけでなく情報収集に長けてるものね。



「お兄様……私、お父様の言うことを聞かずに飛び出して……本当に申し訳なくて……でもお金もないし、家に戻って良いかしら?」

「当たり前だ、カリンも待ってるぞ」



 一度離れたお兄様は、もう一度ギュッと抱きしめてくれる。
 カリンは私の幼馴染みで、お兄様の奥様です。
 でも、あの男とは全然違う、優しくて暖かいお兄様の腕に抱かれ、つい涙が出ます。

 こんなに優しい家族を捨てて、何でこんなクズに尽くしちゃったんだろ?

 兄に促され馬車に乗りながら、ふと思い出す。



 あぁ、あたしは貴方のはにかむ顔が好きだった。
 貴方の不器用で、ぎこちない緊張しきった、ひきつり笑いが好きだった。
 貴方が好きだった。



 でも、もう過去形。
 貴方が戻ってきても、そこにあたしはいない。



 いいえ、貴方は永遠に戻ってこないでしょうね……。
 だって……貴方が無謀にも出かけたのは、異世界……。
 あたしを愛する精霊王が、余りにも酷い扱いに怒り狂って作り出した永遠の迷宮だもの。

 貴方はもういないのです……。
 愛情は憎しみに変わった。
 でも、もう昇華してしそうだわ。
 だって、私は未来があるの。

 うすらと笑う。
 ただ笑う。

 ……精霊術師サンドラはもういない。
 ここにいるのは、公爵令嬢アレキサンドラ。



 貴方を愛した……あたしはいない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

6年前の私へ~その6年は無駄になる~

夏見颯一
恋愛
モルディス侯爵家に嫁いだウィニアは帰ってこない夫・フォレートを待っていた。6年も経ってからようやく帰ってきたフォレートは、妻と子供を連れていた。 テンプレものです。テンプレから脱却はしておりません。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。

いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。 「僕には想い合う相手いる!」 初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。 小説家になろうさまにも登録しています。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

処理中です...