そこにあたしはもういない。

刹那玻璃

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そしてかれらはしあわせになった。

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 リーンゴーン……
 リーンゴーン……

 王都のあらゆる教会の鐘が鳴り響く。

 今日は、この世界の災厄『魔獣達の祝宴スタンピード』を鎮めた冒険者グループのメンバーで、元司祭だった国王の第一王子アークルーンと、同じグループで精霊術師として闘ったケーキドゥワ公爵令嬢アレキサンドラの結婚式が終わったことを知らせる、祝福の鐘である。

 中央の大聖堂で式を終えた二人は腕を組み、ゆっくりと姿を見せる。
 ビアンカ王妃に瓜二つで、絶世の美貌を誇るアークルーン王子は、長いピンクゴールドの髪をゆるく編み、濃いピンクの瞳は愛おしそうに妻を見つめている。
 国王の姪でもあるアレキサンドラは、青味を帯びた銀の髪を結い上げ、夫とそっくりな瞳をしており、ベールと王子妃を示すティアラを飾り、恥ずかしそうに頬を赤らめる。



「ねぇ、レィシー?」



 細身だが長身の新郎は、身をかがめるようにして囁く。

 サンドラと呼ぶのは、婚約が決まった日にやめた。
 アークは、自分だけしか呼ばせない愛称を考えたのである。

 それがレィシー。

 二人きりの時、そして、人が多くとも腕を組んだり手を繋いだ時、アークは優しくそう囁く。



「あぁ、いつも貴方は美しいけれど、今日は特別! 本当に綺麗だわ~! 結婚式の為……ううん。あたしの為に、選びに選んだウェディングドレスを着てくれて、ティアラを乗せた……うっとりする程美しい貴方が隣にいてくれるなんて、あたしは世界一の幸せ者だわ~! こんなに美しくて賢くて優しくて……言葉で言い表せない位素敵な貴方と、これからずっと一緒にいられる。それに周囲を気にすることなく、抱きしめられるんだもの。貴方はあたしを最も幸せにしてくれる人なの。昔も今も……これからも」

「ふふっ、ルー。また口調が戻ってるわ」

「あら、本当だわ! ダメ……駄目だね。ついうっかり、素に戻っちゃうんだ」

「いいのよ。私の前でだけ、貴方らしくいて欲しいわ」

「やだぁ……嬉しい! それに頰の真っ赤なレィシー、可愛い!」



 花嫁を抱きしめ、くちづける王太子に、周囲を取り囲んだ民衆から歓声が飛ぶ。



「おめでとうございます!」

「アークルーン殿下、アレキサンドラ妃殿下、ご結婚おめでとうございます!」

「何て美しいご夫婦なの……」

「本当に一対の絵画のよう……」



 民衆の声に、離れた二人は頬を赤くしつつ笑顔で手を振る。



「ありがとう、皆さん」

「ありがとうございます」

「お幸せに!」



 手を振る二人の陰に隠れて二人を見守っているのは、妻のカリンを連れた次期ケーキドゥワ公爵になるアランと、第二王子クリストファーの手を引いた、今回の主役二人の同じグループメンバーのジェラルディーン。

 特にディーンは、自分の従兄で、サンドラの元夫……この婚姻は教会からも国王からも認められず、サンドラの戸籍は綺麗なままである……フリードを探している。



 フリードは1年半前のあの旅の後、大借金を背負ったまま行方をくらませた。
 冒険で得た収入は、ギルドの受付の女の子をたらしこみ、サンドラだけでなくアークやディーンの正当な取り分までもを吸い上げ、自分の通帳に入金させていたと言う不正が発覚した上に、返金の為、購入していた屋敷を売ろうとしたが、サンドラの名義で購入していた為、他人のものを売り払おうとしたと言う罪なども重なり、あちこちから懸賞金までかけられるようになるまでになった。
 落ちぶれたものである。

 国王夫妻やサンドラの家族に諫言したのは、従兄が蛇蝎だかつのようにしぶとい執着と欲望に弱いことを理解するディーンだった。

 特に、ケーキドゥワ公爵家は家の周囲を徘徊するゴロツキが増え、サンドラに危険が及ぶ恐れがあり、怖がってメイドが買い物にも出られないと訴えられたので、その意見を聞き入れ、サンドラは王宮に保護し、ギルドから優秀な者を多数雇った。
 そして、ディーンやアークが気に入った若者を多数雇用したのだった。



「ねぇ? ディーン。兄様も姉様も可愛いね」



 もう少しで7歳になる第二王子は、髪の色も茶色に近い落ち着いた金色、瞳は父や兄と同じ色、顔立ちからして父親似で美貌の兄とは正反対。
 将来、自分のようにいかつくなったら悲しいと国王自身が嘆く。
 だが、兄であるアークとその妃のサンドラは、くりくりっとした可愛いクリスを溺愛している。

 アークはサンドラの実家のケーキドゥワ公爵家の支援が元々あったものの、孤児として育った。
 その為、家族のことが分かり、しかも弟がいると知って嬉しくて堪らなかった。
 正式に王太子となる為の勉強などもあり、色々と忙しかったが、弟との時間は恋人と共にとった。

 いや、人間不信に陥りかけていたサンドラの心を癒し、結婚までこぎつけるのに弟と相談し、手助けして貰ったとも言う。
 好きだったが、少し初心ウブな元聖職者には話題が足りなかったので、弟に一緒にいて貰ったとも言う。

 しかも元司祭で、新妻に精霊術を少々どころか大地の精霊と契約を交わすまで教わったアークは、最低限の武術しか身につけていない。
 逆に『生兵法なまひょうほうは大怪我のもと』と言うことで、ディーンとアランが護衛として付いているが、クリストファーは5歳まで会えなかった兄と優しい義理の姉が大好きで、二人の為に剣を握るんだと言い張り、今稽古に励んでいる。

 ちなみに、先日妹が生まれたのだが、美貌の母や兄に似ているので、自分はどうして似なかったのかと落ち込んでいたりする。
 アークはアークで、くりくりっとした丸い瞳をしているものの、凛々しく育つ弟が羨ましい。
 筋肉はつかず、それと言って太ることもなく、背丈のみがぐんぐんと伸びた。
 それに冒険者時代から包丁以外の武器を扱うのが苦手で、ディーンに頼るしかできない自分が情けないと思っていたのだが、ディーンに、



適材適所パンはパン屋



と言われ、王太子として勉強や外遊、街への視察に婚約者を伴って出向いていた。
 アークはサンドラを離したくなかったし、サンドラも両親や、義理の両親になる伯父夫婦に、



「殿下の側が一番安全だぞ」

「そうよ。それに貴方も殿下に甘えちゃいなさいな」

「アークルーンは余の後継者としての教育が始まっておる。その上に外遊、視察。側におる時間も削られるだろう。側にいてやって欲しい」

「どうかよろしくお願いしますね。アレキサンドラ様。あの子の為になら私、何でもしてあげたいと思っておりますの! 優しい子ですから戦争は嫌だと申しますし、貴方さえいれば良いと言いますの。どうかお願いいたします」



と逆に頼まれてしまった。

 アークは国王夫妻に自分のことを何と言ったのだろう。
 怖いような気がする。
 でも、今はとても幸せで……。

 すると、隠れていたアランとディーンがスッと姿を現し、それぞれ剣と拳鍔けんがくと言う拳につける武器をはめ、振るった。

 指に太い指輪をはめて、殴ってもかなりの威力があるのはご存知だろうか?

 ディーンの拳鍔は、4本の指にはめた頑丈なミスリルと、名が知れ渡るようになった殺したドラゴンの牙を外側に埋め込んだもので、そう言った加工品を作る隣国の鍛治師に指の形など丁寧に測って貰い作り上げた、オンリーワンの武器である。
 他にも身につけている服には、様々な暗殺具が隠してある。



「アーク、サンドラも下がって。危険だから」

「皆、王太子夫妻は巻き込まれて怪我を負う人を望まない。ただじっとしていて欲しい……」

「義兄上もディーンも済まない……」



 アークは妻を守りながら、弟と義理の姉の元に逃げた。



「兄様、姉様。お疲れ様でした。こちらですよ」

「クリスは本当に、私よりも凛々しいなぁ」

「何言っているんですか。兄様はいつも私の一番かっこいい兄様ですよ」

「……! ありがとう! 兄様はクリスに軽蔑されないよう、頑張るよ」

「軽蔑なんてしませんよ。大好きです。では、いきましょう」



 クリスは兄達を誘導すると、途中でカリンに託し戻っていった。

 アークはまだこの城に帰って日も浅く、細かい道は余り覚えていない。
 この大聖堂も司祭として通っていたものの、王族の移動ルートは知らなかった。



 そして、クリスの誘導で逃げた王太子夫妻は知らない。
 二人を襲ったならず者のリーダーがフリードで、喋らぬようアランが一撃で切り捨てたことを。
 それに、身元が分からぬよう、ディーンが顔を殴り、禍根を遺さないようにしたことも。



「……これで終わりだ」



 一人のみ命を奪い、他は警護の者に捕らえさせたディーンとアランが、武器をしまうと顔を見合わせた。



「アラン様。お疲れ様でした」

「いや、ジェラルディーン殿も、大変だっただろう。あの……」

「俺……いえ、私はサンドラを親友と思っています。それに王太子殿下とは戦友であり親友。今回は二人を襲ったならず者の駆除が仕事です。ギルドからの依頼ですしね」



 苦笑する。

 従兄だったクズより、親友二人の幸せを祈りたい。
 それが本心だ。



「アラン、ディーン」

「クリストファー殿下」

「いや良い。お疲れ様。二人のお陰で最悪の事態が避けられた。感謝する」



 ディーンの強さは知っている。
 でも、ホッとした。
 そして、数人の兵に引きずられている命亡き者の存在を見て、顔をしかめた。



「あれか? あれが兄様と姉様を苦しめた元凶。……愚かだな。ここまで落ちぶれるか」



 身につけている服は質が悪く、そして血に染まっているものの、元の色が分からない程汚れていた。
 そして、顔は潰れて分からないが、アークが言っていた焦げ茶色の髪も埃まみれで所々白髪があり、日に焼けた手足は痩せこけ、垢だらけ、靴らしきものはなく、ボロボロの布を両足に巻いていた。
 兄と同じ歳だとは到底思えない。
 いや、ここまで堕ちたのは……。



「兄様の優しさと姉様の献身的な愛、それに甘えただけのただの運だけ男だったと言うことか。これが勇者なら、世界は終わりだな」

「そうですね……実家からは戻ってくるなと言われました。『魔獣達の祝宴スタンピード』を抑えた勇者の街と呼ばれていたのに、今は偽りの勇者の街と呼ばれているそうです」

「……ディーンはどうするんだ?」



 王子の問いかけに、ニヤッと笑う。



「俺はアークの仲間ですが、アークが落ち着くまで旅に出ようと思っています。どこにしようか迷ってますね」

「じゃぁ、ディーン。お願いがあるんだ。今度、私は母が治めていたブリュンデ公爵領に向かうことにした。一応護衛はいるが、貴方にも来て貰えないだろうか? 兄様達にはすでに相談して、ディーンなら安心だと言われた」

「ギルドからの依頼ですか?」

「兄様によると、そうすると手間がかかるし、別の人間がピンハネ……? するからやめておけと。直接頼んだ方が、ディーンに見合った額を提示できるし、知らない人間よりディーンがいいと思う、とそうおっしゃられた。ディーンは武術に長け、それにまだ未熟な私に色々と教えてくれるだろうと」

「そうですねぇ……構いませんよ。実家とは逆方向ですし、ブリュンデ公爵領は一度は行ってみたいところでしたから。でも、俺は高いですよ? まぁ、サンドラとアークの弟殿下ですから友情価格で」



 楽しげなディーンに、クリストファーは無邪気に笑う。



「ありがとう! ディーン。よろしくね!」



 第二王子が性別未詳のディーンを恋い慕うのを知っているアランは、ただこの歳で腹黒さを醸し出す少年に告げる。



「では、殿下、ジェラルディーン殿。参りましょうか。陛下と妃殿下に報告があります」

「あ、うん。そうだね」



 誘導するように歩き出すアラン、そしてクリストファーの背後を守るように歩いていたディーンは振り返る。



「……普通、お姫様は王子様と結婚し、いつまでも幸せに暮らすのでした……めでたしめでたしが本当だ。どこで間違えたんだ? 解るか? お前」



と呟き、すぐに後を追ったのだった。



 ……そしてかれらはしあわせになった。
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