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オパールの龍の目2
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第三章 謎の龍
パン屋さんを出て丘を下り、人気のないところに出た。もう一度飛んだ。また風の精霊にからかわれた。
高く高く、雲に手が届きそうなくらい上昇する。旅立ったけれど次の行き先は決まっていない。気のむくままに飛び、気に入った町に降りる。それがしずくのやりかただ。ときどきぐるりと回って同じ町にきてしまうこともあるけれど、そんなときはもう一度その町を楽しむのだ。
「平和な町だったなあ。困った人がいないことはいいことだもん。
あっ!このまままっすぐ行ったら、次はどんなところに着くんだろう?」
まだ見ぬところを想像するのも楽しい。
心をおどらせながら飛んでいると風の精霊たちが話しかけてきた。
『きをつけて』
『いやものがくる』
『にげて』
『にげて』
それだけ言うと風の精霊たちは逃げるように去っていった。
「ねえ、いやなものってなに?ねえったら」
またいたずらかと思ったけれど、精霊たちの表情は真剣だった。
不安になってきたそのときだった。風がどんどん強くなってくる。なんだか胸がざわついて心細くなる風だ。見上げると真っ黒な雲が風に乗ってきて、ものすごい速さでしずくの頭の上をおおった。ごろごろっと雷の音まで聞こえる。
この風と雲はあぶない。天気という意味ではなく、もっとおそろしい……魔力のこもった存在がひそんでいることが肌でわかった。
しずくはほうきのスピードをあげた。まっすぐ飛ぶ。そしてふり返るときらりと三つの光が見えた。三つの光は今吹いている風のように速くしずくを追いかけてきた。
よくよく見ると光はどれも小さな龍の形をしていた。大きなこうもりに似た翼とするどい目と爪。ゆらめき輝く体。どこかでこんな輝きを見たことがある気がした。
「なに?あれ」
しずくはさらにスピードをあげる。
龍たちが口を大きく開けた。すると水球を吐き出した。しずくの肩幅くらいの大きさでどんどん近づいてくる。しずくは体をひねってなんとか水球をよけた。しかし次々と飛んでくる。体をかがめてすき間をぬうように飛んだ。しゅっと水球がしずくのほほをかすった。
「このままじゃ、きりがない」
下を見ると森だった。ここに逃げることができれば龍たちをやりすごすことができるかもしれない。
しずくは得意な水の魔法を使うことにした。
魔法は精霊の力を借りる。精霊はたくさんいたほうが力を借りやすい。今なら川が近くになくても水球のおかげで水の精霊がいる。
「おねがい。あの龍たちから逃げるために、力を貸して」
しずくがそう言うと精霊たちは『いいよ』とこころよく力を貸してくれた。
しずくはほうきのスピードを落とさずに体をひねって龍たちにむかって、手をのばした。すると両手をのばした二倍くらいの大きな水の壁が現れた。表面が石を投げたようにゆれている。
だが龍たちはためらいなく水の壁にぶつかってくる。ばしゃんっと音を立てて破れる。それでもしずくは何枚もの水の壁を出した。高度も少しずつ下げていく。はじめは出してもすぐに破られていたが、しずくと龍たちのあいだに一枚二枚と、うまく水の壁ができた。
そして五枚以上の水の壁と水面のゆれで龍たちの姿が見えにくくなったころ、しずくは森へ急降下した。
体に枝があたりばきばきっと音をたてて折れる。地面にぶつかる寸前でほうきに急ブレーキをかけた。なんとか転ばずに着地した。しかし、折れた枝で顔や手足を切っていた。じんじんと痛んでくる。そのときしずくの姿を見失った龍たちの叫び声が聞こえた。
『カエセエエ!』
『メヲカエセエエ!』
『カエセエエ!』
しずくはそばの茂みにかくれた。龍たちはしばらく、くるくると空を飛んでいたけれど、やがて雲に溶けるように姿を消した。それと同時に空が元通りになった。さっきまでの暗雲がうそのような青空が広がる。
しずくはようやくほっとして、大きなため息をついた。気がゆるんだせいか痛みが強くなった。血がじんわりとにじんでいる。
「光の精霊たち、このけがを治して」
しずくは触れるか触れないかという位置で傷をおおうように手をかざした。すると温かい光が現れ、光の精霊たちが傷を治した。
光の魔法は傷をいやすのだ。旅の魔女にとって大切な魔法だ。これまですり傷くらいはたまにあったが、これほどのけがを治したのは初めてだ。
「なんだったんだろう?さっきの龍……。なんかカエセカエセとか言っていたけれど、なんにも盗んでなんかいないし……」
そのときしずくははっとした。アンティーク町を出たとたん追ってきた龍。つまりあの町で手に入れたものを求めて追いかけてきたのではないか。
しずくは買ったものを順番に思い出していった。銀のスプーンにパン。
「あと……あっ!」
しずくはポシェットの中を探しはじめた。ひんやりと冷たく丸い宝石。勝負に勝ってもらったあのオパールだ。
「これだ!」
今思えばおじさんの様子も怪しかった。まるで内緒でやっかいなものを押しつけるかのような態度だった。
「きっとあのおじさんも、さっきの龍たちに襲われたんだ」
そしておじさんはおそろしくなったために商品として並べて、さっさと手放したかったのだ。そう考えるとこんなにも立派なオパールをただでくれたことにも納得できる。
「これはきっとただのオパールじゃない。いったいなんなんだろう?それにカエセって一体なんのことだろう?追いかけてきたことに関係があるの?」
頭の上にたくさんのハテナマークが現れる。しずくはこのオパールのことを調べることにした。どこに行けばいいか考えていると師匠から聞いた場所を思い出した。そこにはありとあらゆる本があるらしい。外見も本を積み重ねたようなので、本の山と呼ばれている。
しずくはその場で地図を広げた。今の位置から北に三日ほどむかえば着くようだ。けれどさきほどの龍たちが襲ってくればもっとかかるかもしれない。龍たちに見つからないように速く飛ぶ必要もある。
目的地は決まった。まだ龍たちがいるかもしれないので、夜にほうきで飛んで昼は歩いて本の山を目指すことにした。
第二章 本の山と宝石箱
長い年月をかけて自然にできた岩の塔、それが本の山という図書館だ。遠くから見るとまるで本を積み重ねたようなので、今はそう呼ばれている。大昔は名前があったらしいけれど今は忘れられてしまった。この世のすべての本が収められていると言われている。そのため人間だけでなく精霊や幽霊も訪れるのだ。
しずくは四日かけて本の山にたどり着いた。星のない夜のあいだに全速力で飛んだので、龍たちにも見つからなかった。しずくは本の山を見上げた。あまりにも大きく立派なため自然とため息が出た。
「やっぱり自然ってすごいや」
扉は岩と同じような黒色だけれど木でできている。ぎいっと小さく音がした。そして中を見たしずくは自然と声が出た。
「わあ……!」
壁にぐるぐるとはうように設置された階段。まぶしすぎず暗すぎないオレンジ色と白色が混じった光。床には赤いじゅうたんがしかれている。ごつごつとした冷たい壁がほんとうに岩でできていると語っていた。
入った真正面にたくさんの本棚、その前には八人掛けの閲覧席が六つある。そして閲覧席と入口のあいだには貸し出しカウンターがあり、めがねをかけたおじさんの幽霊が内側に座っていた。入口のそばには案内板がある。
『地下:書庫(立ち入り禁止)
一階:雑誌・生活・児童書・特集コーナー
二階:専門書・写真集、画集(貸し出しカウンターはございません)
三階:伝記・小説』
案内板を見たがオパールのことを調べるには、どの本を読めばいいのかよくわからない。近寄りがたいけれどしずくは思い切って、難しい顔をしている幽霊の司書さんに尋ねてみることにした。
「あの、オパールについて調べたいんですけどどんな本を読めばいいですか?」
『宝石のオパール?』
「はい」
幽霊司書は目だけでしずくを見て、天井を指さした。そして表情や目線のむきを変えずに『二階、鉱物のコーナー』と教えてくれた。しずくは軽く頭を下げて二階へむかった。
階段を上がりながらしずくは一階を見下ろした。オレンジと白の光がまるで火の粉と雪のように見えた。壁をそっと触ってみる。長い年月を感じさせない硬い感触が、強い戦士の体のようだ。
しばらくすると目的の『鉱物』と書かれた本棚に着いた。分厚いもの、うすいもの。専門家にしかわからないような難しそうなものもあれば、軽い気持ちで読めそうなものもある。まずはオパールそのものについて調べることにした。
『オパールはほかの宝石とは大きく分けて二種類ある。見る角度によって色が変わるものと、透明ではないものに分かれる。どちらも乾燥すると割れてしまう。また色でホワイトオパール、ブラックオパール、ファイアオパールと呼びかたが変わる』
「きっとこのオパールはホワイトオパールね」
しずくは無意識にオパールがちゃんとポシェットの中にあるか確かめるようになでていた。
どの図鑑にも同じようなことようなことが書かれていた。石そのもののつくりや性質が書かれていたけれど、聞いたことのない言葉ばかりでよくわからなかった。
「ほかにないかなあ?」
閲覧席に本を残したまましずくは再び本棚にやってきた。ゆっくり歩きながら探しているとふと、一冊の本が目に入った。茶色の装丁で、背表紙には金色で書かれた題名がきらきらと光っている。
「ええっと伝説の生き物……?」
しずくはそれを手にとった。表紙には絵や写真は描かれていない。鉱物とはまったく関係なさそうな本だ。だれかが元の本棚とまちがえて戻してしまったのかもしれない。しずくはなにも思わず、その場で本を開き目次を見た。空想の生き物や大昔にほろんでしまったり、今は数が少ない生き物について紹介されているようだ。紹介される生き物の名前の下にページ数が書かれている。その中に気になる名前があった。
「宝石龍……?」
宝石という言葉に反応したしずくはその本を持って閲覧席に戻った。宝石龍のページをめくった。しずくも龍に会ったことはあるけれど、そんな宝石龍なんていう名前は聞いたことがなかった。しずくは静かに本を読みはじめた。
『宝石龍
宝石龍とはその名前のとおり、体の一部が宝石でできた龍のことである。目やうろこがそうである。五年に一度うろこが生えかわる。巣の場所は大きく分けると山、森、火山、川、海の五つである。これに当てはまれば大昔には、村の近くに住み人々と交流があったといわれている。しかしそれは非常に珍しいことである。
ほかの龍たちと同様、怒らせてはいけない。怒らせてしまうと彼らは自身の長い命をもって恨みを晴らしに、奪われたものをとり戻しにくる。それは自身の場合もあれば力の一部を分身として送りこむこともある。
目やうろこは前述したとおり宝石であるため、加工され装飾品にされることが多い。とくに目だけでなく、一体の龍に一枚しかないとされている逆鱗は、貴重であるためにさらに価値が高い。そのため密猟者があとを絶たず、とある国の王が宝石龍の目ほしさに出撃して片目を盗んだという記録も残っている。その様子は、あまりにも深く傷ついて見るものの多くが目をそらすほどだったと伝えられている。やがて数は減り、人里で見かけることはできなくなった。そのため宝石龍を保護するために生えかわったうろこを拾うことは問題ないが、生きて捕えることや傷つけることは法律で禁止されている』
紹介ページの最後には宝石龍の絵が描かれていた。輝く目とうろこ。するどいつめに大きな翼。その姿はとても誇らしそうに見えた。その目はゆらめくようにかがやくオパールだった。
しずくの頭の中ですべてがつながった瞬間だった。あのオパールは宝石龍の目だったのだ。だから宝石龍の分身である小さな龍たちが盗まれた自分の目をとり戻すために追ってきたのだ。しずくは想像してみた。目を奪われる痛み、悔しさ。もしも同じ立場ならしずくも奪い返そうとするだろう。しずくは宝石龍のことを考えると胸が痛くなった。
「きっと、思っているよりもつらいんだろうなあ」
しずくはぽつりとつぶやいた。けれどその声は静かな館内でも響くことのないほど小さいものだった。
しずくは決心した。このオパールを持ち主の宝石龍に直接返すことにした。片目では困ることもあるだろう。旅をしながら困っているだれかを助ける、それが旅の魔女の使命だからだ。それに実は伝説の宝石龍をこの目で見てみたいと思ったのだ。
そして読んだ本すべてを元の本棚に戻し、本の山をあとにした。
ほうきに乗って本の山からなるべく離れる。関係のない人たちを巻きこまないためだ。
しばらく来たほうへ戻っていると空が怪しくなってきた。雲があっという間に真っ黒になり雷が鳴りはじめた。小さな龍たちがくる前ぶれだ。しずくはふわふわと空中でとどまった。するとするどい目つきの小さな龍たちが『カエセエエ』『カエセ!』とさけびながらこちらにむかってきた。しずくは勇気をふりしぼるようにぎゅっとほうきの柄をにぎった。
「あなたたち宝石龍の分身なんでしょう?」
小さな龍たち、宝石龍の分身がぴたりととまった。
『ソウダ』
『ソレハワレノモノダ』
「それっていうのは、このオパールのことね?」
しずくは落ちないように気をつけながらポシェットからオパールをとりだした。
『ソウダ』
『カエセ!』
『カエセ!』
分身たちは今にも襲いかからんばかりだ。それでも恐怖をなんとかおさえこんで、しずくは分身たちをまっすぐ見つめた。
「そうね、これは宝石龍であるあなたの目だもの。わたしが必ずあなたの元に目を返しに行く。分身じゃないほんとうのあなたに、宝石龍に会いたいから」
『ワレカラ目ヤウロコヲ奪ッタ人間ナンゾ、信ジラレルカ!』
「ほんとうよ。必ずこのオパールを……あなたの目を返しに行く。もしも約束をやぶったらそのときはわたしを食べるなり、すきにしていい」
分身たちは考えているようだ。一匹は真正面から、残り二匹はくるくると飛び回りながら、じろじろとしずくを頭の先からつま先まで見ている。人間にひどいことをされたのだ、そんなに簡単に信じることはできないだろう。しずくはそう考えていた。そして十分ほど経っただろうか。ようやく分身が口を開いた。
『ヨカロウ。ソコマデ言ウノナラバ、ノッテヤロウ。ダガ、モシモワレノ目ヲ持チ去ロウトシタトキハ、ドウナルカワカッテイルダロウナ?』
「ええ。ありがとう、信じてくれて。わたしの名前はしずく。あなたの名前は?」
一瞬間があいた。しかし分身はすぐに答えた。
『知ル必要ハナイ。主ハ我ノ元ニ目ヲ持ッテクレバイイノダ。
我ハハシゴ山にイル』
そして分身たちはしずくに背中をむけて去っていった。空が元通りになった。
第五章 宝石箱のリーダー、クオーツ
「はしご山ってどこなんだろう?」
落ち着いて地図を見る必要がある。しずくは本の山の近くに村があることを思い出した。今日はその村に泊まることにした。日が暮れないうちに村へと飛んだ。
本の山に一番近い村である、しおり村に着くとまず宿を探した。空はオレンジ色に染まっていた。どうやら宿屋は一軒しかないらしい。人に尋ねながらたどり着いたチョコレート色の壁にはベッドのイラストが描かれた看板がかかっていた。
「ここみたいね」
ドアノブをにぎって回したそのときだった。思ったよりも軽いと思ったら中から人が出てきたのだ。バランスをくずしたしずくはその人とぶつかって尻もちをついてしまった。
「いたた……」
「ごめんっ、だいじょうぶ?」
相手は十七歳くらいの青年だった。くりくりとした垂れ目で、おだやかそうな物腰はまるで物語に出てくる王子様のようだった。そのせいかきらきらと輝いている気がする。青年はしずくに手をさし出した。しずくは少しどきどきしながら手をのばした。青年は軽々としずくを起き上がらせた。
「まさか人がいるとは思わなくって。ごめんね」
「い、いえ、わたしのほうこそ……」
「ああ、かばんの中身がっ」
青年に言われてしずくは初めてポシェットの中身が飛び出してしまったことに気がついた。財布や地図、ソーイングセットなど。オパールも青年の足元に転がっていた。あわてて拾おうとすると手渡してくれた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
しずくはまるで奪いとるように受けとってしまった。青年はいやな思いをしたかもしれないけれど、そこまで気にする余裕はなかった。このオパールは宝石龍の大切な目だ。それにまるでオパールを品さだめするかのようにじろりと見ていたような気がした。
しずくはほかのものも急いで拾い、青年におじぎをして宿の中に入った。青年もとくに気を悪くした様子もなく、宿から出て行った。
このときしずくは彼の手にあざのようなものがあるような気がしたけれど、とくに気にせずに宿に泊まる手続きをした。
これが旅の波乱の幕開けだと知る由もなかった。
その夜。しずくとぶつかった青年は闇にまぎれるように歩いていた。路地裏へむかう。闇はいっそう深くなった。さらにしばらく歩いていたがぴたりと立ち止まった。両側は建物の壁になっている。左側の壁を強めに五回ノックした。するとがたんっと壁が動きすき間ができた。ぎいっと音を立てて開いた。ドアを壁とそっくりにしていたのだ。ドアを開けたのは真っ黒な髪と瞳の男だった。二十歳前後に見える。
「クオーツ、戻ったのか」
「ああ」
そう呼ばれた青年には、右手の甲にひし形のあざ。そう、しずくとぶつかったこの男は、最近話題の盗賊団宝石箱のリーダー、クオーツだった。昼間の柔らかい物腰とはちがい、目つきがするどくなっている。ほんとうの彼の顔はこちらなのだ。
ここは宝石箱の隠れ家のひとつだ。外から見ると廃屋に見えるがほんとうの部屋は地下にある。ドアを開けてすぐ階段になっている。クオーツとの青年は階段を下りた。
そこにいたのは宝石箱のメンバーの一人だった。クオーツの右腕であるエメルディアという女性だ。エメルディアはゆるくウェーブのかかった長い、森のような緑色の髪を耳にかけながら顔を上げた。本を読んでいたようだ。
「おかえりなさい、クオーツ。オブシディアンも見張り、ご苦労さま」
エメルディアは本を閉じて立ち上がった。
「ああ、ただいま。ほかのメンバーは?」
「それぞれねらいをつけた宝石を盗みに行っていますよ」
宝石箱には十人のメンバーがいる。リーダーであるクオーツ、その右腕のエメルディアのほかに八人いる。チームを組んで盗むこともあるけれど、個人で動くことも多い。
「相変わらず集まりが悪いな」
苦笑しながらクオーツはゆいいつの家具であるソファに腰を下ろした。エメルディアはクオーツに寄り添うように、となりに移動した。
「ずいぶんときげんがいいですね。次のねらいが決まったんですか?」
「ああ。とてもいいオパールを見つけてな。
あんなにも立派で美しいオパールなんかそうそうない」
クオーツはうれしそうに語った。それを見てオブシディアンはからかうように言った。
「冷静なリーダーをそこまで熱くさせるなんて、よっぽどだな」
しかしクオーツはそんなことなど気にせずに「ああ」とうなずいた。思ったよりも反応はなかったので、オブシディアンはちょっとつまらなかった。
「どこで見つけたんですか?」
エメルディアが尋ねた。
「宿で、小さな魔女とぶつかったときにそいつの荷物から転がり落ちたんだ」
「力づくで手に入れるのか?」
壁にもたれかかったままオブシディアンがクオーツに尋ねた。少し考えてなにかを思い出したクオーツがエメルディアに言った。
「このあいだ盗んだ『あれ』を持ってきてくれ」
「はい」
エメルディアは食器棚の代わりにしている大きな木箱から赤と青の混じった玉を持ってきてクオーツに渡した。
「これを使うことにするか」
「なんだ?それは」
クオーツは玉をランタンにかざしながら、オブシディアンに答えた。
「これはいつだったか……宝石かと思って盗んだら、ちがったんだ。どうやらこれは魔法のアイテムらしくってな。持ち主が望むと……」
玉がぱあっと光ったかと思うと小さな人のような生き物が三人出てきた。それが精霊だとわかるものはいなかった。火の精霊と水の精霊と風の精霊だった。
しかし多くの魔女が知っているような精霊とちがうところがある。それは目だ。目がインクで塗りつぶしたように真っ黒なのだ。おちゃめでかわいい目つきがするどくこわいものになっている。
クオーツは知らないことだけれど、玉はものをつくる魔女がつくったアイテムだ。盗みに入った家がその魔女の工房をかねた自宅だったのだ。ほんとうは魔女が自分の作業を手伝ってもらうためにつくった、使い魔の代わりになるアイテムだった。
しかし盗賊であるクオーツに使われているため、呼びだされる精霊の目はにごって、悪い精霊になってしまっているのだ。心がやさしい人が使うと本来の精霊の姿で現れる。
「こいつらはどうやら持ち主の言うことを聞くらしい。
だからこいつらにあのオパールを盗んでこさせる。今まで何度か博物館や宝石店から盗んだからな。オブシディアンは初めてだったっけ?」
「ああ」
オパールが手に入ったときのことを想像してクオーツはにんまりと笑みを浮かべた。
ちょうど同じころ。しずくは、泊まっている宿の部屋にいた。ベッドの上で地図を広げて、はしご山の場所を確かめていたのだ。
「今いる場所がここだから、はしご山はええっと」
指でなぞりながら宝石龍が住むはしご山を探した。見つけた。本の山をさらに北にむかわなければいけない。地図上で距離を測ってみると一週間はかかりそうだ。それに旅はなにが起こるかわからない。もしかするともっとかかるかもしれない。そんな風に考えているとあることを思い出した。
「たしかこのあたりって、たしかあぶなかったような……」
しずくが見たのは本の山からまっすぐ飛んだところにある谷だ。たしか竜巻谷という。この谷の上空ではまるでうず潮のように風がぐるぐると回っているのだ。この風のうず潮に飲みこまれてしまうと、抜け出すことは難しい。
「少し道をずらして飛んだほうがいいってことよね。あー、よかった思い出せて。もしこのまま進んでいたら、風に巻きこまれて宝石龍に目を返せなくなっていたかもしれないもの」
進路を頭に入れて、次にしずくは買い出しに必要なものがないか調べた。保存のきく食料と、ペンのインクの残りが少ないので明日の朝に買うことにした。広げていたものを片づけて寝ることにした。
部屋の明かりを消して布団にもぐった。
「一人ではしご山までたどり着けるかな。もしも目をとり戻した宝石龍が襲ってきたらどうしよう……。ううん、龍という生き物はとても誇り高い生き物だからそんなことしない。自分の言葉を簡単にひっくり返したりしない」
しずくは自分にそう言い聞かせた。
「きっと試されているんだわ。わたしがほんとうに、旅の魔女としてふさわしいのかどうか。気合い入れなくちゃ」
新しい旅にたいする楽しみと不安ですぐに寝ることができなかったが、夜の闇が深くなるころには夢の世界へと落ちていった。
パン屋さんを出て丘を下り、人気のないところに出た。もう一度飛んだ。また風の精霊にからかわれた。
高く高く、雲に手が届きそうなくらい上昇する。旅立ったけれど次の行き先は決まっていない。気のむくままに飛び、気に入った町に降りる。それがしずくのやりかただ。ときどきぐるりと回って同じ町にきてしまうこともあるけれど、そんなときはもう一度その町を楽しむのだ。
「平和な町だったなあ。困った人がいないことはいいことだもん。
あっ!このまままっすぐ行ったら、次はどんなところに着くんだろう?」
まだ見ぬところを想像するのも楽しい。
心をおどらせながら飛んでいると風の精霊たちが話しかけてきた。
『きをつけて』
『いやものがくる』
『にげて』
『にげて』
それだけ言うと風の精霊たちは逃げるように去っていった。
「ねえ、いやなものってなに?ねえったら」
またいたずらかと思ったけれど、精霊たちの表情は真剣だった。
不安になってきたそのときだった。風がどんどん強くなってくる。なんだか胸がざわついて心細くなる風だ。見上げると真っ黒な雲が風に乗ってきて、ものすごい速さでしずくの頭の上をおおった。ごろごろっと雷の音まで聞こえる。
この風と雲はあぶない。天気という意味ではなく、もっとおそろしい……魔力のこもった存在がひそんでいることが肌でわかった。
しずくはほうきのスピードをあげた。まっすぐ飛ぶ。そしてふり返るときらりと三つの光が見えた。三つの光は今吹いている風のように速くしずくを追いかけてきた。
よくよく見ると光はどれも小さな龍の形をしていた。大きなこうもりに似た翼とするどい目と爪。ゆらめき輝く体。どこかでこんな輝きを見たことがある気がした。
「なに?あれ」
しずくはさらにスピードをあげる。
龍たちが口を大きく開けた。すると水球を吐き出した。しずくの肩幅くらいの大きさでどんどん近づいてくる。しずくは体をひねってなんとか水球をよけた。しかし次々と飛んでくる。体をかがめてすき間をぬうように飛んだ。しゅっと水球がしずくのほほをかすった。
「このままじゃ、きりがない」
下を見ると森だった。ここに逃げることができれば龍たちをやりすごすことができるかもしれない。
しずくは得意な水の魔法を使うことにした。
魔法は精霊の力を借りる。精霊はたくさんいたほうが力を借りやすい。今なら川が近くになくても水球のおかげで水の精霊がいる。
「おねがい。あの龍たちから逃げるために、力を貸して」
しずくがそう言うと精霊たちは『いいよ』とこころよく力を貸してくれた。
しずくはほうきのスピードを落とさずに体をひねって龍たちにむかって、手をのばした。すると両手をのばした二倍くらいの大きな水の壁が現れた。表面が石を投げたようにゆれている。
だが龍たちはためらいなく水の壁にぶつかってくる。ばしゃんっと音を立てて破れる。それでもしずくは何枚もの水の壁を出した。高度も少しずつ下げていく。はじめは出してもすぐに破られていたが、しずくと龍たちのあいだに一枚二枚と、うまく水の壁ができた。
そして五枚以上の水の壁と水面のゆれで龍たちの姿が見えにくくなったころ、しずくは森へ急降下した。
体に枝があたりばきばきっと音をたてて折れる。地面にぶつかる寸前でほうきに急ブレーキをかけた。なんとか転ばずに着地した。しかし、折れた枝で顔や手足を切っていた。じんじんと痛んでくる。そのときしずくの姿を見失った龍たちの叫び声が聞こえた。
『カエセエエ!』
『メヲカエセエエ!』
『カエセエエ!』
しずくはそばの茂みにかくれた。龍たちはしばらく、くるくると空を飛んでいたけれど、やがて雲に溶けるように姿を消した。それと同時に空が元通りになった。さっきまでの暗雲がうそのような青空が広がる。
しずくはようやくほっとして、大きなため息をついた。気がゆるんだせいか痛みが強くなった。血がじんわりとにじんでいる。
「光の精霊たち、このけがを治して」
しずくは触れるか触れないかという位置で傷をおおうように手をかざした。すると温かい光が現れ、光の精霊たちが傷を治した。
光の魔法は傷をいやすのだ。旅の魔女にとって大切な魔法だ。これまですり傷くらいはたまにあったが、これほどのけがを治したのは初めてだ。
「なんだったんだろう?さっきの龍……。なんかカエセカエセとか言っていたけれど、なんにも盗んでなんかいないし……」
そのときしずくははっとした。アンティーク町を出たとたん追ってきた龍。つまりあの町で手に入れたものを求めて追いかけてきたのではないか。
しずくは買ったものを順番に思い出していった。銀のスプーンにパン。
「あと……あっ!」
しずくはポシェットの中を探しはじめた。ひんやりと冷たく丸い宝石。勝負に勝ってもらったあのオパールだ。
「これだ!」
今思えばおじさんの様子も怪しかった。まるで内緒でやっかいなものを押しつけるかのような態度だった。
「きっとあのおじさんも、さっきの龍たちに襲われたんだ」
そしておじさんはおそろしくなったために商品として並べて、さっさと手放したかったのだ。そう考えるとこんなにも立派なオパールをただでくれたことにも納得できる。
「これはきっとただのオパールじゃない。いったいなんなんだろう?それにカエセって一体なんのことだろう?追いかけてきたことに関係があるの?」
頭の上にたくさんのハテナマークが現れる。しずくはこのオパールのことを調べることにした。どこに行けばいいか考えていると師匠から聞いた場所を思い出した。そこにはありとあらゆる本があるらしい。外見も本を積み重ねたようなので、本の山と呼ばれている。
しずくはその場で地図を広げた。今の位置から北に三日ほどむかえば着くようだ。けれどさきほどの龍たちが襲ってくればもっとかかるかもしれない。龍たちに見つからないように速く飛ぶ必要もある。
目的地は決まった。まだ龍たちがいるかもしれないので、夜にほうきで飛んで昼は歩いて本の山を目指すことにした。
第二章 本の山と宝石箱
長い年月をかけて自然にできた岩の塔、それが本の山という図書館だ。遠くから見るとまるで本を積み重ねたようなので、今はそう呼ばれている。大昔は名前があったらしいけれど今は忘れられてしまった。この世のすべての本が収められていると言われている。そのため人間だけでなく精霊や幽霊も訪れるのだ。
しずくは四日かけて本の山にたどり着いた。星のない夜のあいだに全速力で飛んだので、龍たちにも見つからなかった。しずくは本の山を見上げた。あまりにも大きく立派なため自然とため息が出た。
「やっぱり自然ってすごいや」
扉は岩と同じような黒色だけれど木でできている。ぎいっと小さく音がした。そして中を見たしずくは自然と声が出た。
「わあ……!」
壁にぐるぐるとはうように設置された階段。まぶしすぎず暗すぎないオレンジ色と白色が混じった光。床には赤いじゅうたんがしかれている。ごつごつとした冷たい壁がほんとうに岩でできていると語っていた。
入った真正面にたくさんの本棚、その前には八人掛けの閲覧席が六つある。そして閲覧席と入口のあいだには貸し出しカウンターがあり、めがねをかけたおじさんの幽霊が内側に座っていた。入口のそばには案内板がある。
『地下:書庫(立ち入り禁止)
一階:雑誌・生活・児童書・特集コーナー
二階:専門書・写真集、画集(貸し出しカウンターはございません)
三階:伝記・小説』
案内板を見たがオパールのことを調べるには、どの本を読めばいいのかよくわからない。近寄りがたいけれどしずくは思い切って、難しい顔をしている幽霊の司書さんに尋ねてみることにした。
「あの、オパールについて調べたいんですけどどんな本を読めばいいですか?」
『宝石のオパール?』
「はい」
幽霊司書は目だけでしずくを見て、天井を指さした。そして表情や目線のむきを変えずに『二階、鉱物のコーナー』と教えてくれた。しずくは軽く頭を下げて二階へむかった。
階段を上がりながらしずくは一階を見下ろした。オレンジと白の光がまるで火の粉と雪のように見えた。壁をそっと触ってみる。長い年月を感じさせない硬い感触が、強い戦士の体のようだ。
しばらくすると目的の『鉱物』と書かれた本棚に着いた。分厚いもの、うすいもの。専門家にしかわからないような難しそうなものもあれば、軽い気持ちで読めそうなものもある。まずはオパールそのものについて調べることにした。
『オパールはほかの宝石とは大きく分けて二種類ある。見る角度によって色が変わるものと、透明ではないものに分かれる。どちらも乾燥すると割れてしまう。また色でホワイトオパール、ブラックオパール、ファイアオパールと呼びかたが変わる』
「きっとこのオパールはホワイトオパールね」
しずくは無意識にオパールがちゃんとポシェットの中にあるか確かめるようになでていた。
どの図鑑にも同じようなことようなことが書かれていた。石そのもののつくりや性質が書かれていたけれど、聞いたことのない言葉ばかりでよくわからなかった。
「ほかにないかなあ?」
閲覧席に本を残したまましずくは再び本棚にやってきた。ゆっくり歩きながら探しているとふと、一冊の本が目に入った。茶色の装丁で、背表紙には金色で書かれた題名がきらきらと光っている。
「ええっと伝説の生き物……?」
しずくはそれを手にとった。表紙には絵や写真は描かれていない。鉱物とはまったく関係なさそうな本だ。だれかが元の本棚とまちがえて戻してしまったのかもしれない。しずくはなにも思わず、その場で本を開き目次を見た。空想の生き物や大昔にほろんでしまったり、今は数が少ない生き物について紹介されているようだ。紹介される生き物の名前の下にページ数が書かれている。その中に気になる名前があった。
「宝石龍……?」
宝石という言葉に反応したしずくはその本を持って閲覧席に戻った。宝石龍のページをめくった。しずくも龍に会ったことはあるけれど、そんな宝石龍なんていう名前は聞いたことがなかった。しずくは静かに本を読みはじめた。
『宝石龍
宝石龍とはその名前のとおり、体の一部が宝石でできた龍のことである。目やうろこがそうである。五年に一度うろこが生えかわる。巣の場所は大きく分けると山、森、火山、川、海の五つである。これに当てはまれば大昔には、村の近くに住み人々と交流があったといわれている。しかしそれは非常に珍しいことである。
ほかの龍たちと同様、怒らせてはいけない。怒らせてしまうと彼らは自身の長い命をもって恨みを晴らしに、奪われたものをとり戻しにくる。それは自身の場合もあれば力の一部を分身として送りこむこともある。
目やうろこは前述したとおり宝石であるため、加工され装飾品にされることが多い。とくに目だけでなく、一体の龍に一枚しかないとされている逆鱗は、貴重であるためにさらに価値が高い。そのため密猟者があとを絶たず、とある国の王が宝石龍の目ほしさに出撃して片目を盗んだという記録も残っている。その様子は、あまりにも深く傷ついて見るものの多くが目をそらすほどだったと伝えられている。やがて数は減り、人里で見かけることはできなくなった。そのため宝石龍を保護するために生えかわったうろこを拾うことは問題ないが、生きて捕えることや傷つけることは法律で禁止されている』
紹介ページの最後には宝石龍の絵が描かれていた。輝く目とうろこ。するどいつめに大きな翼。その姿はとても誇らしそうに見えた。その目はゆらめくようにかがやくオパールだった。
しずくの頭の中ですべてがつながった瞬間だった。あのオパールは宝石龍の目だったのだ。だから宝石龍の分身である小さな龍たちが盗まれた自分の目をとり戻すために追ってきたのだ。しずくは想像してみた。目を奪われる痛み、悔しさ。もしも同じ立場ならしずくも奪い返そうとするだろう。しずくは宝石龍のことを考えると胸が痛くなった。
「きっと、思っているよりもつらいんだろうなあ」
しずくはぽつりとつぶやいた。けれどその声は静かな館内でも響くことのないほど小さいものだった。
しずくは決心した。このオパールを持ち主の宝石龍に直接返すことにした。片目では困ることもあるだろう。旅をしながら困っているだれかを助ける、それが旅の魔女の使命だからだ。それに実は伝説の宝石龍をこの目で見てみたいと思ったのだ。
そして読んだ本すべてを元の本棚に戻し、本の山をあとにした。
ほうきに乗って本の山からなるべく離れる。関係のない人たちを巻きこまないためだ。
しばらく来たほうへ戻っていると空が怪しくなってきた。雲があっという間に真っ黒になり雷が鳴りはじめた。小さな龍たちがくる前ぶれだ。しずくはふわふわと空中でとどまった。するとするどい目つきの小さな龍たちが『カエセエエ』『カエセ!』とさけびながらこちらにむかってきた。しずくは勇気をふりしぼるようにぎゅっとほうきの柄をにぎった。
「あなたたち宝石龍の分身なんでしょう?」
小さな龍たち、宝石龍の分身がぴたりととまった。
『ソウダ』
『ソレハワレノモノダ』
「それっていうのは、このオパールのことね?」
しずくは落ちないように気をつけながらポシェットからオパールをとりだした。
『ソウダ』
『カエセ!』
『カエセ!』
分身たちは今にも襲いかからんばかりだ。それでも恐怖をなんとかおさえこんで、しずくは分身たちをまっすぐ見つめた。
「そうね、これは宝石龍であるあなたの目だもの。わたしが必ずあなたの元に目を返しに行く。分身じゃないほんとうのあなたに、宝石龍に会いたいから」
『ワレカラ目ヤウロコヲ奪ッタ人間ナンゾ、信ジラレルカ!』
「ほんとうよ。必ずこのオパールを……あなたの目を返しに行く。もしも約束をやぶったらそのときはわたしを食べるなり、すきにしていい」
分身たちは考えているようだ。一匹は真正面から、残り二匹はくるくると飛び回りながら、じろじろとしずくを頭の先からつま先まで見ている。人間にひどいことをされたのだ、そんなに簡単に信じることはできないだろう。しずくはそう考えていた。そして十分ほど経っただろうか。ようやく分身が口を開いた。
『ヨカロウ。ソコマデ言ウノナラバ、ノッテヤロウ。ダガ、モシモワレノ目ヲ持チ去ロウトシタトキハ、ドウナルカワカッテイルダロウナ?』
「ええ。ありがとう、信じてくれて。わたしの名前はしずく。あなたの名前は?」
一瞬間があいた。しかし分身はすぐに答えた。
『知ル必要ハナイ。主ハ我ノ元ニ目ヲ持ッテクレバイイノダ。
我ハハシゴ山にイル』
そして分身たちはしずくに背中をむけて去っていった。空が元通りになった。
第五章 宝石箱のリーダー、クオーツ
「はしご山ってどこなんだろう?」
落ち着いて地図を見る必要がある。しずくは本の山の近くに村があることを思い出した。今日はその村に泊まることにした。日が暮れないうちに村へと飛んだ。
本の山に一番近い村である、しおり村に着くとまず宿を探した。空はオレンジ色に染まっていた。どうやら宿屋は一軒しかないらしい。人に尋ねながらたどり着いたチョコレート色の壁にはベッドのイラストが描かれた看板がかかっていた。
「ここみたいね」
ドアノブをにぎって回したそのときだった。思ったよりも軽いと思ったら中から人が出てきたのだ。バランスをくずしたしずくはその人とぶつかって尻もちをついてしまった。
「いたた……」
「ごめんっ、だいじょうぶ?」
相手は十七歳くらいの青年だった。くりくりとした垂れ目で、おだやかそうな物腰はまるで物語に出てくる王子様のようだった。そのせいかきらきらと輝いている気がする。青年はしずくに手をさし出した。しずくは少しどきどきしながら手をのばした。青年は軽々としずくを起き上がらせた。
「まさか人がいるとは思わなくって。ごめんね」
「い、いえ、わたしのほうこそ……」
「ああ、かばんの中身がっ」
青年に言われてしずくは初めてポシェットの中身が飛び出してしまったことに気がついた。財布や地図、ソーイングセットなど。オパールも青年の足元に転がっていた。あわてて拾おうとすると手渡してくれた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
しずくはまるで奪いとるように受けとってしまった。青年はいやな思いをしたかもしれないけれど、そこまで気にする余裕はなかった。このオパールは宝石龍の大切な目だ。それにまるでオパールを品さだめするかのようにじろりと見ていたような気がした。
しずくはほかのものも急いで拾い、青年におじぎをして宿の中に入った。青年もとくに気を悪くした様子もなく、宿から出て行った。
このときしずくは彼の手にあざのようなものがあるような気がしたけれど、とくに気にせずに宿に泊まる手続きをした。
これが旅の波乱の幕開けだと知る由もなかった。
その夜。しずくとぶつかった青年は闇にまぎれるように歩いていた。路地裏へむかう。闇はいっそう深くなった。さらにしばらく歩いていたがぴたりと立ち止まった。両側は建物の壁になっている。左側の壁を強めに五回ノックした。するとがたんっと壁が動きすき間ができた。ぎいっと音を立てて開いた。ドアを壁とそっくりにしていたのだ。ドアを開けたのは真っ黒な髪と瞳の男だった。二十歳前後に見える。
「クオーツ、戻ったのか」
「ああ」
そう呼ばれた青年には、右手の甲にひし形のあざ。そう、しずくとぶつかったこの男は、最近話題の盗賊団宝石箱のリーダー、クオーツだった。昼間の柔らかい物腰とはちがい、目つきがするどくなっている。ほんとうの彼の顔はこちらなのだ。
ここは宝石箱の隠れ家のひとつだ。外から見ると廃屋に見えるがほんとうの部屋は地下にある。ドアを開けてすぐ階段になっている。クオーツとの青年は階段を下りた。
そこにいたのは宝石箱のメンバーの一人だった。クオーツの右腕であるエメルディアという女性だ。エメルディアはゆるくウェーブのかかった長い、森のような緑色の髪を耳にかけながら顔を上げた。本を読んでいたようだ。
「おかえりなさい、クオーツ。オブシディアンも見張り、ご苦労さま」
エメルディアは本を閉じて立ち上がった。
「ああ、ただいま。ほかのメンバーは?」
「それぞれねらいをつけた宝石を盗みに行っていますよ」
宝石箱には十人のメンバーがいる。リーダーであるクオーツ、その右腕のエメルディアのほかに八人いる。チームを組んで盗むこともあるけれど、個人で動くことも多い。
「相変わらず集まりが悪いな」
苦笑しながらクオーツはゆいいつの家具であるソファに腰を下ろした。エメルディアはクオーツに寄り添うように、となりに移動した。
「ずいぶんときげんがいいですね。次のねらいが決まったんですか?」
「ああ。とてもいいオパールを見つけてな。
あんなにも立派で美しいオパールなんかそうそうない」
クオーツはうれしそうに語った。それを見てオブシディアンはからかうように言った。
「冷静なリーダーをそこまで熱くさせるなんて、よっぽどだな」
しかしクオーツはそんなことなど気にせずに「ああ」とうなずいた。思ったよりも反応はなかったので、オブシディアンはちょっとつまらなかった。
「どこで見つけたんですか?」
エメルディアが尋ねた。
「宿で、小さな魔女とぶつかったときにそいつの荷物から転がり落ちたんだ」
「力づくで手に入れるのか?」
壁にもたれかかったままオブシディアンがクオーツに尋ねた。少し考えてなにかを思い出したクオーツがエメルディアに言った。
「このあいだ盗んだ『あれ』を持ってきてくれ」
「はい」
エメルディアは食器棚の代わりにしている大きな木箱から赤と青の混じった玉を持ってきてクオーツに渡した。
「これを使うことにするか」
「なんだ?それは」
クオーツは玉をランタンにかざしながら、オブシディアンに答えた。
「これはいつだったか……宝石かと思って盗んだら、ちがったんだ。どうやらこれは魔法のアイテムらしくってな。持ち主が望むと……」
玉がぱあっと光ったかと思うと小さな人のような生き物が三人出てきた。それが精霊だとわかるものはいなかった。火の精霊と水の精霊と風の精霊だった。
しかし多くの魔女が知っているような精霊とちがうところがある。それは目だ。目がインクで塗りつぶしたように真っ黒なのだ。おちゃめでかわいい目つきがするどくこわいものになっている。
クオーツは知らないことだけれど、玉はものをつくる魔女がつくったアイテムだ。盗みに入った家がその魔女の工房をかねた自宅だったのだ。ほんとうは魔女が自分の作業を手伝ってもらうためにつくった、使い魔の代わりになるアイテムだった。
しかし盗賊であるクオーツに使われているため、呼びだされる精霊の目はにごって、悪い精霊になってしまっているのだ。心がやさしい人が使うと本来の精霊の姿で現れる。
「こいつらはどうやら持ち主の言うことを聞くらしい。
だからこいつらにあのオパールを盗んでこさせる。今まで何度か博物館や宝石店から盗んだからな。オブシディアンは初めてだったっけ?」
「ああ」
オパールが手に入ったときのことを想像してクオーツはにんまりと笑みを浮かべた。
ちょうど同じころ。しずくは、泊まっている宿の部屋にいた。ベッドの上で地図を広げて、はしご山の場所を確かめていたのだ。
「今いる場所がここだから、はしご山はええっと」
指でなぞりながら宝石龍が住むはしご山を探した。見つけた。本の山をさらに北にむかわなければいけない。地図上で距離を測ってみると一週間はかかりそうだ。それに旅はなにが起こるかわからない。もしかするともっとかかるかもしれない。そんな風に考えているとあることを思い出した。
「たしかこのあたりって、たしかあぶなかったような……」
しずくが見たのは本の山からまっすぐ飛んだところにある谷だ。たしか竜巻谷という。この谷の上空ではまるでうず潮のように風がぐるぐると回っているのだ。この風のうず潮に飲みこまれてしまうと、抜け出すことは難しい。
「少し道をずらして飛んだほうがいいってことよね。あー、よかった思い出せて。もしこのまま進んでいたら、風に巻きこまれて宝石龍に目を返せなくなっていたかもしれないもの」
進路を頭に入れて、次にしずくは買い出しに必要なものがないか調べた。保存のきく食料と、ペンのインクの残りが少ないので明日の朝に買うことにした。広げていたものを片づけて寝ることにした。
部屋の明かりを消して布団にもぐった。
「一人ではしご山までたどり着けるかな。もしも目をとり戻した宝石龍が襲ってきたらどうしよう……。ううん、龍という生き物はとても誇り高い生き物だからそんなことしない。自分の言葉を簡単にひっくり返したりしない」
しずくは自分にそう言い聞かせた。
「きっと試されているんだわ。わたしがほんとうに、旅の魔女としてふさわしいのかどうか。気合い入れなくちゃ」
新しい旅にたいする楽しみと不安ですぐに寝ることができなかったが、夜の闇が深くなるころには夢の世界へと落ちていった。
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