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たいせつなワード
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和人と恵子が仲良くなったのは、二人が子どものころのことだった。恵子が雨の中をひとりで泣いているところを、和人が傘を差してあげたのがきっかけ。
「ママに、テストの点数が悪いから、ロクな大人になれないって叱られたの」
おかっぱの恵子は、涙ぐみながら言った。
「ひどいな。そんな家、出て行けばいい」
とがったアゴをつきだして和人が言うと、恵子はムリヤリ微笑んだ。
「そしたら、ママ、あわてるね」
雨が降り続いている。恵子は公園のアジサイに目を止めた。
「カエルだ。かわいい」
「好きなのか」
「えへっ」
二人は、海上釣り堀まで歩いて行った。雨はいつのまにか止んでいた。
釣り堀のおじさんがいた。ひげ面で青いジャンパーのおじさんは、二人を見るとニヤニヤわらった。
「おう、おふたりさん。お似合いだね」
顔を真っ赤にした和人に、釣り堀を示して言った。
「この中には、ヒラメやシマアジ、マダイなどがいる。坊や、こいつの魚の名前を当てて、その逆を言ってみな!」
おじさんは、どこから取り出したのか、変な魚を差し出した。口先がとがった白い魚だ。恵子は、目を見開いた。
「えーと……キス……」
パッと顔を伏せてしまう。
和人は、傘を放り出して、おじさんをにらみつけた。
「からかうのも、ほどがあるよ!」
おじさんは、カカカと笑った。
「一〇年経ったら、また来なさい。とびっきり活きのいいキスを、おじさんに見せてくれ」
「おじさんのバカ……!」
恵子は、リンゴのように顔が赤らめている。
それから一〇年経った。和人は、釣り堀の前で恵子を待っている。腕を組み、足先を上下させていた。看護師になった恵子が、またデートに遅れたのだ。おじさんが、気の毒そうに声をかける。
「恵子ちゃんが来たら、てぶくろを逆に言わせればいいのさ」
「そんな古い手に、引っかかるものか」
和人が言い返していると、恵子がやって来た。
「ごめんなさーい!」
「ひどいよ恵子! ぼくと仕事と、どっちが大事なの?」
恵子は目を見開いた。。
「むちゃなこと言わないでよ。急患で、死ぬかもしれなかったの」
「仕事なんか、やめちゃえよ。どうせ結婚したら専業主婦になってもらうから」
「なんてことを言うの! わたしはいい加減な気持で仕事をしてるんじゃないわ!」
あの時と同じように、雨が降り始めた。激しい雨だった。恵子は和人の左頬を平手打ちし、そのまま立ち去ってしまった。
「――あんたがろくぶて、されてどうするんだよ」
おじさんは、あきれたように言った。
和人は、おじさんをにらみつけた。「面白がってるだろ」
「このままでいいのか? 俺のまえでキスをする約束は、どうなる」
おじさんが、真剣な目になった。
和人は、ふくれっ面になった。
「あいつが悪い」
「そうかな?」
おじさんの目が直視できなかった。和人は、釣り堀から立ち去った。
商店街唯一の宝石店に来てしまった。今日、ここに来て、恵子のための指輪をプレゼントするつもりだったのに。店をのぞいていると、店員が和人を見つけて、
「いらっしゃい。予約の方ですよね」
蛾が火に引き寄せられるように、和人は店内に入り、指輪を買ってしまった。
「サイズも知らないのに……バカだな、オレ……」
これをプレゼントするには、こちらが謝るしかない。そんなの死んでもイヤだ。
そのとき、背後で声がした。
「どうした。男なら、どーんと行け!」
あのおじさんだった。
「おじさん……」
「俺は、昔、恋人に打ち明けられなかった。この年で連れ合いがいないのは、寂しいぞ……」
しわだらけの目に、少し涙が浮かんでいる。和人は、かすかにうなずいた。
和人がひとりで恵子の家に行くと、恵子は傘を持って、泣きながらアパートの一階に入ろうとしているところだった。和人は叫んだ。
「待ってくれ恵子! カエルが好きか?!」
恵子は、振り返って目をしばたいた。キョトンとしている。
「なにそれ」
怒るより先に、そんな言葉が飛び出した。
「さっきは言い過ぎて悪かった。だから答えてくれ! カエルは好きか!」
「もちろん好きよ」
「じゃあ、オレのことは?」
「――」
恵子は、思わず笑ってしまった。
「この中身、プレゼントするよ」
和人は、小さな指輪の箱をかざした。
「さあ、帰るぞ。おじさんとの約束、果たそう!」
「ママに、テストの点数が悪いから、ロクな大人になれないって叱られたの」
おかっぱの恵子は、涙ぐみながら言った。
「ひどいな。そんな家、出て行けばいい」
とがったアゴをつきだして和人が言うと、恵子はムリヤリ微笑んだ。
「そしたら、ママ、あわてるね」
雨が降り続いている。恵子は公園のアジサイに目を止めた。
「カエルだ。かわいい」
「好きなのか」
「えへっ」
二人は、海上釣り堀まで歩いて行った。雨はいつのまにか止んでいた。
釣り堀のおじさんがいた。ひげ面で青いジャンパーのおじさんは、二人を見るとニヤニヤわらった。
「おう、おふたりさん。お似合いだね」
顔を真っ赤にした和人に、釣り堀を示して言った。
「この中には、ヒラメやシマアジ、マダイなどがいる。坊や、こいつの魚の名前を当てて、その逆を言ってみな!」
おじさんは、どこから取り出したのか、変な魚を差し出した。口先がとがった白い魚だ。恵子は、目を見開いた。
「えーと……キス……」
パッと顔を伏せてしまう。
和人は、傘を放り出して、おじさんをにらみつけた。
「からかうのも、ほどがあるよ!」
おじさんは、カカカと笑った。
「一〇年経ったら、また来なさい。とびっきり活きのいいキスを、おじさんに見せてくれ」
「おじさんのバカ……!」
恵子は、リンゴのように顔が赤らめている。
それから一〇年経った。和人は、釣り堀の前で恵子を待っている。腕を組み、足先を上下させていた。看護師になった恵子が、またデートに遅れたのだ。おじさんが、気の毒そうに声をかける。
「恵子ちゃんが来たら、てぶくろを逆に言わせればいいのさ」
「そんな古い手に、引っかかるものか」
和人が言い返していると、恵子がやって来た。
「ごめんなさーい!」
「ひどいよ恵子! ぼくと仕事と、どっちが大事なの?」
恵子は目を見開いた。。
「むちゃなこと言わないでよ。急患で、死ぬかもしれなかったの」
「仕事なんか、やめちゃえよ。どうせ結婚したら専業主婦になってもらうから」
「なんてことを言うの! わたしはいい加減な気持で仕事をしてるんじゃないわ!」
あの時と同じように、雨が降り始めた。激しい雨だった。恵子は和人の左頬を平手打ちし、そのまま立ち去ってしまった。
「――あんたがろくぶて、されてどうするんだよ」
おじさんは、あきれたように言った。
和人は、おじさんをにらみつけた。「面白がってるだろ」
「このままでいいのか? 俺のまえでキスをする約束は、どうなる」
おじさんが、真剣な目になった。
和人は、ふくれっ面になった。
「あいつが悪い」
「そうかな?」
おじさんの目が直視できなかった。和人は、釣り堀から立ち去った。
商店街唯一の宝石店に来てしまった。今日、ここに来て、恵子のための指輪をプレゼントするつもりだったのに。店をのぞいていると、店員が和人を見つけて、
「いらっしゃい。予約の方ですよね」
蛾が火に引き寄せられるように、和人は店内に入り、指輪を買ってしまった。
「サイズも知らないのに……バカだな、オレ……」
これをプレゼントするには、こちらが謝るしかない。そんなの死んでもイヤだ。
そのとき、背後で声がした。
「どうした。男なら、どーんと行け!」
あのおじさんだった。
「おじさん……」
「俺は、昔、恋人に打ち明けられなかった。この年で連れ合いがいないのは、寂しいぞ……」
しわだらけの目に、少し涙が浮かんでいる。和人は、かすかにうなずいた。
和人がひとりで恵子の家に行くと、恵子は傘を持って、泣きながらアパートの一階に入ろうとしているところだった。和人は叫んだ。
「待ってくれ恵子! カエルが好きか?!」
恵子は、振り返って目をしばたいた。キョトンとしている。
「なにそれ」
怒るより先に、そんな言葉が飛び出した。
「さっきは言い過ぎて悪かった。だから答えてくれ! カエルは好きか!」
「もちろん好きよ」
「じゃあ、オレのことは?」
「――」
恵子は、思わず笑ってしまった。
「この中身、プレゼントするよ」
和人は、小さな指輪の箱をかざした。
「さあ、帰るぞ。おじさんとの約束、果たそう!」
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