たいせつなワード

鈴宮 はるか

文字の大きさ
1 / 1

たいせつなワード

しおりを挟む
 和人と恵子が仲良くなったのは、二人が子どものころのことだった。恵子が雨の中をひとりで泣いているところを、和人が傘を差してあげたのがきっかけ。
「ママに、テストの点数が悪いから、ロクな大人になれないって叱られたの」
 おかっぱの恵子は、涙ぐみながら言った。
「ひどいな。そんな家、出て行けばいい」
 とがったアゴをつきだして和人が言うと、恵子はムリヤリ微笑んだ。
「そしたら、ママ、あわてるね」
 雨が降り続いている。恵子は公園のアジサイに目を止めた。
「カエルだ。かわいい」
「好きなのか」
「えへっ」
 二人は、海上釣り堀まで歩いて行った。雨はいつのまにか止んでいた。
 釣り堀のおじさんがいた。ひげ面で青いジャンパーのおじさんは、二人を見るとニヤニヤわらった。
「おう、おふたりさん。お似合いだね」
 顔を真っ赤にした和人に、釣り堀を示して言った。
「この中には、ヒラメやシマアジ、マダイなどがいる。坊や、こいつの魚の名前を当てて、その逆を言ってみな!」
 おじさんは、どこから取り出したのか、変な魚を差し出した。口先がとがった白い魚だ。恵子は、目を見開いた。
「えーと……キス……」
 パッと顔を伏せてしまう。
 和人は、傘を放り出して、おじさんをにらみつけた。
「からかうのも、ほどがあるよ!」
 おじさんは、カカカと笑った。
「一〇年経ったら、また来なさい。とびっきり活きのいいキスを、おじさんに見せてくれ」
「おじさんのバカ……!」
 恵子は、リンゴのように顔が赤らめている。

 それから一〇年経った。和人は、釣り堀の前で恵子を待っている。腕を組み、足先を上下させていた。看護師になった恵子が、またデートに遅れたのだ。おじさんが、気の毒そうに声をかける。
「恵子ちゃんが来たら、てぶくろを逆に言わせればいいのさ」
「そんな古い手に、引っかかるものか」
 和人が言い返していると、恵子がやって来た。
「ごめんなさーい!」
「ひどいよ恵子! ぼくと仕事と、どっちが大事なの?」
 恵子は目を見開いた。。
「むちゃなこと言わないでよ。急患で、死ぬかもしれなかったの」
「仕事なんか、やめちゃえよ。どうせ結婚したら専業主婦になってもらうから」
「なんてことを言うの! わたしはいい加減な気持で仕事をしてるんじゃないわ!」
 あの時と同じように、雨が降り始めた。激しい雨だった。恵子は和人の左頬を平手打ちし、そのまま立ち去ってしまった。
「――あんたがろくぶて、されてどうするんだよ」
 おじさんは、あきれたように言った。
 和人は、おじさんをにらみつけた。「面白がってるだろ」
「このままでいいのか? 俺のまえでキスをする約束は、どうなる」
 おじさんが、真剣な目になった。
 和人は、ふくれっ面になった。
「あいつが悪い」
「そうかな?」
 おじさんの目が直視できなかった。和人は、釣り堀から立ち去った。

 商店街唯一の宝石店に来てしまった。今日、ここに来て、恵子のための指輪をプレゼントするつもりだったのに。店をのぞいていると、店員が和人を見つけて、
「いらっしゃい。予約の方ですよね」
 蛾が火に引き寄せられるように、和人は店内に入り、指輪を買ってしまった。
「サイズも知らないのに……バカだな、オレ……」
 これをプレゼントするには、こちらが謝るしかない。そんなの死んでもイヤだ。
 そのとき、背後で声がした。
「どうした。男なら、どーんと行け!」
 あのおじさんだった。
「おじさん……」
「俺は、昔、恋人に打ち明けられなかった。この年で連れ合いがいないのは、寂しいぞ……」
 しわだらけの目に、少し涙が浮かんでいる。和人は、かすかにうなずいた。

 和人がひとりで恵子の家に行くと、恵子は傘を持って、泣きながらアパートの一階に入ろうとしているところだった。和人は叫んだ。
「待ってくれ恵子! カエルが好きか?!」
 恵子は、振り返って目をしばたいた。キョトンとしている。
「なにそれ」
 怒るより先に、そんな言葉が飛び出した。
「さっきは言い過ぎて悪かった。だから答えてくれ! カエルは好きか!」
「もちろん好きよ」
「じゃあ、オレのことは?」
「――」
 恵子は、思わず笑ってしまった。
「この中身、プレゼントするよ」
 和人は、小さな指輪の箱をかざした。
「さあ、帰るぞ。おじさんとの約束、果たそう!」
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

【完結】やってしまいましたわね、あの方たち

玲羅
恋愛
グランディエネ・フラントールはかつてないほど怒っていた。理由は目の前で繰り広げられている、この国の第3王女による従兄への婚約破棄。 蒼氷の魔女と噂されるグランディエネの足元からピキピキと音を立てて豪奢な王宮の夜会会場が凍りついていく。 王家の夜会で繰り広げられた、婚約破棄の傍観者のカップルの会話です。主人公が婚約破棄に関わることはありません。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

裏切り者

詩織
恋愛
付き合って3年の目の彼に裏切り者扱い。全く理由がわからない。 それでも話はどんどんと進み、私はここから逃げるしかなかった。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

処理中です...