羽ばたく蝶を羨む蛾

亜麻音アキ

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 あたしが書類選考を突破したMSG追加メンバーオーディションの二次選考である個別面接は、去年の夏休み期間中に行われた。
 記録的なほど暑かったらしいけれど、そんな印象をちっとも感じさせない夏だった。
 その夏、アイドルになりたいとずっと願い続けていたあたしの夢は敢えなく潰えた。

 わざわざいうまでもないことだけれど、あたしが落選してもオーディションは三次選考、四次選考と進んだ。季節をまたぎながら篩にかけられ、同じ年の冬休み中に選りすぐられた子たちの最終選考が行われた。

 その選考内容は、残った十人の女の子に合宿形式で共同生活を行わせるものだった。合宿の間に歌、ダンス、演技等、様々な特訓を受ける様子が密着ドキュメントとして数回にわたって特番枠でテレビ放送された。

 自分が落選したオーディションの結果なんてまったく気乗りはしなかったし、知りたいとも思わなかった。けれど、そもそもMSGのファンだったことと学校でも話題に昇るほどの注目度に後押しされてしまった。
 そんなつもりはないはずだったのに、放送時間ぴったりに自室の小さなテレビ画面の前で番組が始まるのを待っていた。頭からシーツにくるまって訝しみつつ画面を睨み付けていた。

 暗く冷たい部屋の中でそこだけ切り抜いたみたいに明るい画面に、いまや日本中から注目を集める最終選考に残った十人の子たちが映し出された。当然ながらみんながみんなとんでもなく可愛くて綺麗だった。あの中に自分が混ざっているだなんて、想像することさえ許さない威光を放って見えた。もはやたったそれだけのことで、自分の落選が極めて妥当だったのかもしれないとため息が漏れるほどだった。

 合宿中に各界のエキスパートを講師として迎えて特訓し、部門ごとに行われるテストで順位を付けて総合点を争い、上位三名が追加メンバーとして勝ち抜ける方式だった。
 そんな合宿中に起こる様々な人間関係の問題だったり、蹴落とすべきライバル同士が時に励まし合って共に努力する姿だったり、うら若き女の子たちが夢に向かって汗と涙に濡れる様を演出なしで見せる、いわゆるリアリティショーと呼ばれる類いの構成だった。

「……白々しい」

 以前のあたしだったら十人の中の誰かに自分を重ね合わせて、合宿中に起こるハプニングや苦労に一喜一憂してはテレビ画面に食い付いていただろう。有り難がってわざわざ録画しながらリアルタイムで視聴して手に汗握っていたに違いない。

 けれど自分が落選に至った経緯のせいで、全てが嘘くさく芝居がかって映っていた。どんなに目を凝らしても靄がかかっているみたいに見えにくく、やっと焦点の合ったそれはどこかいびつに歪んでいるみたいに感じた。

 この画面の向こうで特訓している子たちにも、じつは裏で台本が手渡されていて何度も撮り直しを繰り返しているのだ。それらしく撮影できた瞬間を丁寧に編集して切り貼りし、最高の演出がなされた作り物の映像をたれ流しているに過ぎないのだ。

 そうに違いない。
 そうとしか思えない。
 そんな風に思っていないと、あたしは自分を保っていられる自信がなかった。

 どこまでも歪んで沈みきった眼差しで、胡散臭そうにぼんやり画面を見つめていたあたしは、出来レースだと思いつつもとある女の子の姿に釘付けになっていった。

 彼女はネット上の掲示板やSNSでもかなり早い段階から話題になっていた。
 最大の理由として、まず十人の中でも群を抜いて綺麗でありかわいかった。大人びて見える容姿なのに、時折覗かせる幼さを残したみたいな仕草が取り沙汰され、現状では彼女が断トツでグランプリを勝ち取るだろうと大いに下馬評が盛り上がっていた。

 けれど、あたしが釘付けになった理由は少し違った。
 彼女のことが、単純にいけ好かなかったからだ。

 なぜなら彼女は、少なくともアイドルを目指して、MSGのメンバーになりたくて勝ち上がってきたはずの最終選考において、あろうことか明らかにやる気がなかったのだ。
 テレビ画面に映し出される姿はいつも伏し目がちでけだるそうに俯いて、しかもなぜだか常につまらなそうな表情をしていた。
 手渡された台本によるこってりとしたキャラ付けなのか、それともただ単に天然なだけなのか、合宿中の朝の点呼にはいつも長い黒髪に激しい寝癖を付けたまま現れた。挙げ句にあくびをする口元を隠しもしないで、のろのろと足を引き摺って目を擦りながらやって来るほどのやる気のなさだった。

 元気と笑顔を振りまくアイドルグループのオーディションのはずなのに、どうしてこんな凄まじいまでにやる気のない子が最終選考まで残ったのか。やる気だなんて目に見えない形のないものに頼るまでもなく、その見た目の美しさだけで選考を突破してきたのだろうか。

 ――なにより、こんな子にあたしは負けてしまったのか。

 だったとしたら、あたしの一途な思いはいったい何だったというのだろう。

 ぐるぐると頭の中で堂々巡りを続ける疑問を整理しきれないまま、それでも食い入るみたいに視聴を続けていてふと気が付いたことがあった。
 合宿中に行われる様々な特訓は、特訓と銘打っているだけに講師たちの熱の入りようも並大抵ではなかった。「そんな程度で根を上げてるようじゃアイドルになんて到底なれないぞ。泣いてる暇があったら立ち上がれっ」などと、絵に描いたみたいな檄が飛び交って女の子たちが顔を歪めるシーンが何度も映し出された。然るべき団体からパワハラで問題提起されたりしないのだろうかと気になるほどだった。

 けれどどうせそれも台本に書かれている演技なのだろう。一度そんな風に穿った認識に捕らわれてしまったあたしには、映し出されるもの全てが演技じみて見えていた。

 気が付いたのはその部分だった。
 他のどの子よりもいの一番に怒られて然るべきなやる気のない彼女が、放送中に一度としてどの講師からも怒られる様子が映ることはなかったのだ。


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