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出会い[1]
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【間もなく6番線乗り場に電車が到着します。御乗りの際は、御降りの御客様の優先に御協力ください。尚、足元に御注意ください。】
ホームのアナウンスが終わり目の前で電車が止まる。
伊藤 和颯は、着慣れないスーツの襟元に指を入れ隙間を作ると電車に乗り込むべく足を踏み出す。
⋯いや、正確には踏み出そうとしたのだ。
しかしその瞬間、後ろから次々に押し寄せる乗客に息をつく暇もなく車両に押し込まれてしまった。
乗車ラッシュが落ち着き、押し込まれた末に辿り着いた車両の片隅で和颯はホッと小さく息を吐いた。
『満員電車すご。ほんとにこんなにギュウギュウになるんだ…』
和颯は高校まで地方に暮らしていたため、ドラマだけかと思ってた…と感心する。
『てか、朝から講義ある時って毎日こうなのかな?やだな~。』
先の不安を感じ、はぁとため息をつく。
都内の大学に合格し、実家は遠方のためこの春から一人暮らし。
今日は入学式である。
気を紛らそうとポケットからスマホを取り出し、イヤホンを耳に当てお気に入りのプレイリストから音楽を再生する。
満員電車の雰囲気に慣れ大分気が紛れた頃、隣で立っている女性が小刻みに体を震わせたり身を捩る姿を不意に視界の端で見てしまった。
『えっ?』
驚き思わず二度見する。
それもそうだ。
満員電車の中、頻回に体を動かす人なんてそういない。
途端に女性と目が合ってしまった。
和颯は目を逸らしたが女性はスーツの裾を弱々しくもキュッと掴んだ。
よく見ると女性の直ぐ後ろで中年男性が顔を赤らめながら息を荒上げている。
女性は目に一杯の涙を溜め唇を震わせながら恐怖を顔に浮かべている。
痴漢だと理解すると同時に和颯は女性の手を引き自身の後ろに匿った。
『つい助けちゃったけどどうしよ…。けどすごく怖がってるしなぁ~。』
突然、自分の性処理対象が見知らぬ男の後ろに行ってしまい、中年男性は和颯の胸ぐらに掴みかかり怒りを露わにする。
「おいなんだよお前。良いところだったのに邪魔しやがって。若造が調子に乗るなよ?」
中年男性の声で他の乗客も注目しだし「何?喧嘩?」とザワつきながらスマホで動画を取り出す人も出始めた。
女性は和颯のスーツを掴んだまま俯き震えている。
『あああああああ~!めっちゃ怒ってるぅぅぅ!俺っていっつもこうだ。切り抜けるの下手なくせに放っとけないってだけでつい人助けしちゃって!もう!…とにかく、極力刺激しないように笑顔で説得(?)するしかないっ!泣きたいのは俺の方だよ~…なんか幸先悪いな~。』
フル回転で思考を走らせていると中年男性が痺れを切らしたように、胸ぐらを掴む手にグッと力を込める。
「聞いてんのかこら!お前に言ってるんだよ!何とか言えよ!」
かは!と息を詰めかけながらも胸ぐらを離してもらう為に、抵抗する。
「邪魔とかじゃなくて…っ、この人は怖がってました。趣味趣向は人それぞれですが自分勝手に人を巻き込むのは間違ってます。それにっ、…虚勢を張るためだけに人の羞恥心も考えず大声で怒鳴るのも軽率だと思います…っ!」
「怖がってただぁ?その女は喜んでたよ!俺のテクに体を震わせてヨガってた!いいからそこ退けよ。会社休んでそいつとホテル行くんだ。」
改心する様子もなく中年男性は身の毛がよだつ計画を口にした。
女性は中年男性から自分を見えなくするように更に和颯の後ろに隠れた。
状況を把握し始めた他の乗客が「やだ。痴漢?」「最低。」「女の方感じやすいんかな?」「朝っぱらから勘弁しろよ。」「うるせぇな。」「降りてやれよ。」等と口々に言う。
和颯は、今にも腸が煮えそうなほどの激しい怒りに駆られていた。
目の前で微塵も反省を示さない中年男性にも、全く解決しようともせず好き勝手に誹謗中傷する人にも、只管俯きスーツを掴む女性を値踏みする様に鑑賞し卑猥な思考を口にする人にも、見世物を共有するように顔に嘲笑を浮かべながら動画撮影する人にも。
まるで自分と後ろで震える女性以外の、車両内の全ての人が敵のような錯覚に陥りそうなほど。
自身の中に渦巻く感情に飲まれまいと、この状況を切り抜ける手段を脳内で巡らせる。
【次は〇〇~。〇〇に停車いたします。お降りの際は足元に御注意下さい。尚、車内にてトラブルが発生しました為〇〇では停車時間を通常より長くいたします。予めご了承下さい。】
突如、車内にアナウンスが流れた。
こんな人達の中にも状況を理解し通報してくれた人がいたのだと理解した途端、安堵する。
二人の女性が和颯の後ろの女性に近づき「大丈夫ですか?」と声をかけながら背中を擦ったり、ハンカチを差し出す。
次第に女性は落ち着きスーツから手を離した。
女性の手が離れ緊張が少し溶けたおかげか、ふと周りを見渡すと動画撮影している人を止める様声かけしている人や、女性を鑑賞している人の目の前に立ち見えないようにブロックしている人もいたことに気づく。
車両内の不穏な雰囲気が少しずつ和らぎを取り戻し始めた頃、電車も駅に停車すべくスピードを緩めた。
アナウンスを聞いた中年男性は顔面蒼白させ焦りを露わにしていた。
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