1話完結式短編集

蒼夜

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放課後、君の隣

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「ねぇ、ちょっとだけ、時間ある?」

 その日、蓮はいつも通り静かな放課後を過ごす予定だった。教室の隅で参考書を開いていた彼の元に現れたのは、誰もが一目置く学年のアイドル・天海ほのかだった。

「え? あ、えっと……ありますけど」

「よかった! じゃあ、ちょっとだけ、手伝ってくれない?」

「て、手伝い?」

 彼女が差し出したのは、教室から出た先の美術室への案内図。そしてなぜか、彼女の鞄には大量のポスターやテープが詰まっている。

「文化祭のポスター貼り。手伝ってくれるって助かるな~!」

 蓮は困惑しながらも断れず、ほのかと一緒に学校中を歩き回ることに。

ーー

「相沢くんって、いつも静かだけど、何考えてるの?」

「え? あんまり……考えてないかも」

「ふーん。でも、話してみると面白いよ? 優しいし、反応も素直でさ」

 初めは気まずかったが、話しているうちに蓮も少しずつ心を開き始めた。ほのかは無邪気で、言いたいことをすぐに口にする。その率直さが、逆に蓮には心地よかった。

ーー

 次の日も、そしてその次の日も。

「また放課後、付き合ってくれる?」

「えっ、またですか……」

「だって、楽しいじゃん?」

 徐々に日課のようになっていく放課後の二人の時間。蓮は戸惑いながらも、いつの間にかそれを楽しみにしていた。

 ある日、二人は図書室で雨宿りをすることに。

「読書、好きなんだ。意外」

「ほのかさんこそ、本なんて読むんですね」

「人のこと言えないくせに~。あ、でもこの作家、相沢くんが好きそうだよね」

「……確かに。好きです」

 些細な共通点。違うと思っていた二人の間にも、少しずつ重なる部分が見えてくる。

ーー

「相沢くんと、天海さんって最近よく一緒にいるよね?」

「まさか……付き合ってる?」

 そんな噂が広まるのは時間の問題だった。クラスの中で浮き始める蓮。男子たちの視線が痛い。女子からの視線も冷たい。

「……もう、一緒にいない方がいいかも」

 放課後、蓮はそう切り出す。ほのかは笑顔を作ろうとするが、目が笑っていない。

「そっか。……分かった。じゃあ、もう話しかけないね」

ーー

 数日間、二人は一切話さなかった。蓮の心の中には、ぽっかりと穴が空いたような虚無感が広がっていた。

「俺、何してるんだろ……」

 そんなある日、ほのかが男子に囲まれて困っている姿を見かけた。

「天海さん、ちょっと話あるんだけどさ~」

「今忙しいから、また今度……」

「そんな冷たいこと言わないでさ~」

「やめろよ」

 気づいた時には、蓮はその場に割って入っていた。

ーー

「……助けてくれて、ありがとう」

「ごめん。俺、逃げてただけだった」

 夕焼けの中、二人は屋上で向き合う。

「俺、本当は、ほのかさんのこと――」

「言わなくても分かってるよ。でも、ちゃんと聞きたい」

 蓮は深呼吸してから、彼女の目をまっすぐに見た。

「好きです。最初はただ巻き込まれただけだと思ってたけど、一緒にいる時間が嬉しくて、楽しくて……気づいたら、君のことばかり考えてた」

「……私も。君がいてくれる放課後が、毎日、楽しみだったんだよ」

ーー

 それから、蓮とほのかは公認の仲となった。人付き合いが苦手だった蓮も、少しずつ変わり始めた。
 無理に明るくはなれなくても、隣にいてくれる存在があるだけで、世界の見え方が変わる。

「じゃ、今日も放課後は?」

「うん、君の隣で」

ーー

「日曜日、空いてる?」

 放課後の帰り道、ほのかが少し照れたように蓮に聞いてきた。

「え? 空いてるけど……」

「じゃあ、映画行こっか。二人で」

 デート。あからさまには言わないが、どう考えてもそうだ。蓮の心臓はバクバクと高鳴り、顔が熱くなる。

「……わかった。行こう」

 その日曜日、蓮は駅前に30分も早く着いてしまった。どこかそわそわしながら、改札口の方をちらちら見ていると、制服とは違う私服姿のほのかが現れた。

「おまたせ、待った?」

「いや、今来たところ……」

「ふふっ、ベタなやつ~」

 淡いピンクのワンピースに、白いカーディガン。笑顔のほのかが、まるでいつもより少しだけ大人に見えた。

ーー

 映画館、カフェ、書店。普通の場所、普通の時間。それなのに、すべてが新鮮で、何より隣に彼女がいるというだけで特別だった。

「こういうの、初めて?」

「……うん。君は?」

「私も。だから、ちょっと緊張してる」

 そう言って、ほのかは手を差し出してきた。蓮の手が自然と彼女の手に重なり、指先が絡まる。

「……ドキドキするね」

「……うん」

ーー

 デートの帰り道、公園のベンチに腰掛ける二人。沈む夕陽を眺めながら、ほのかがぽつりと言った。

「ねえ、蓮くんは、将来やりたいこととか、ある?」

「将来……。まだぼんやりだけど、本が好きだから、それに関わる仕事をしたいな」

「そっか。うん、似合ってる」

「君は?」

「私は……うーん、まだ分かんない。でも、君の隣にいられるなら、どんな未来でもいいかなって、ちょっと思ったり」

 その言葉に、蓮の胸がぎゅっと締めつけられる。

「……俺も。君がいてくれるなら、それだけで十分かも」

ーー

 夏休み前の三者面談。教室には、親と先生、そして生徒の緊張が漂っていた。

「蓮、もうすぐ順番だよ」

 母親に促されながらも、蓮の意識は別の場所にあった。というのも――。

「うちの両親、今日来てるから。終わったら紹介するね?」

 と、ほのかがあっさり言ってきたのだ。

(なにそれ、そんな急に……!)

 面談が終わったあと、蓮は案の定、天海家の父と母に囲まれて、頭を下げまくる羽目になった。

「君が、蓮くんね。……真面目そうでよかった」

「ほのかを、よろしくお願いしますね」

「は、はいっ……!」

 顔から火が出そうだった。

ーー

 そして、夏休み。

「浴衣、どうかな?」

 夕方、待ち合わせ場所に現れたほのかは、紺色の浴衣に赤い帯、髪をアップにまとめて、まるで別人のように美しかった。

「……綺麗すぎて、声が出ない」

「ふふっ、ありがとう。蓮くんも、浴衣似合ってるよ?」

 地元の夏祭り。夜店を巡って、かき氷を食べて、手をつないで歩いて、やがて二人は丘の上へ。

「ここ、花火が一番よく見えるの」

 そう言って腰掛けたその瞬間、夜空に大きな花が咲いた。
 ぱぁん、と音とともに、金色の光が空を彩る。

「……ねえ、蓮くん」

「ん?」

「花火が終わっても……私のそばにいてね」

 蓮はその手をぎゅっと握り返した。

「うん。何があっても、君の隣にいる」

ーー

 夏が終わり、秋になり、二人は三年生になった。
 受験、進路、別れ――少しずつ現実が近づいてくる。

「遠距離になったら、どうしようね?」

「それでも……俺は、信じてる。君との未来を」

「……うん、私も」

 たくさんの笑顔と、すれ違いと、勇気と涙。そのすべてが、二人の絆を少しずつ強くしていく。

ーー

 卒業式。桜の花が舞う校庭で、蓮とほのかは制服姿で並んでいた。

「ここからが、本当のスタートだね」

「……そうだな。これからもずっと、放課後は君の隣で」

 大学生になっても、社会人になっても、きっと二人は変わらない。
 放課後という時間はもうないかもしれないけれど、あの頃の気持ちは、ずっと胸の中にある。
 それは、特別な一瞬の積み重ね。恋と笑いが交差する、青春の記憶。


 ――君の隣が、私の特等席。


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