異世界コンビニ☆ワンオペレーション

山下香織

文字の大きさ
3 / 107
第一部 第一章 混沌の世界

3・いらっしゃいませ!

しおりを挟む
 朝を迎えました……ほとんど眠れませんでした。
 バックルームの椅子に座って、うとうととしていたらいつのまにか朝になっていた、そんな感じです。

 外の景色は昨日のままで、元の世界には戻っていませんでした。草原が広がっています。

 私はカウンターでぼんやりと外を眺めていましたが、ふとホットケースを見ると、中に昨日のチキンがそのままになっているのに気付きました。

「廃棄しなきゃ……」

 トングで掴み、ビニールの袋に入れて、そのままゴミ箱へ捨てました。

 タブレットでチキンの項目を開き、廃棄数を入力します。

「なにやってんだろ、私」

 無意識にいつもの行動を取る事で、元の世界との繋りを求めたのかもしれません。

 お店の中は昨日の状態のままです。荒れた店内を片付けたいけれど、カウンターから出る気になれません。

 でもトイレに行きたくなり、躊躇います。
 トイレはカウンターの外、結界から出なければなりません。

 トイレに行っている間に昨日のように、魔物たちが襲来してきたら目も当てられません。
 それがトイレ中だなんて、なおさらです。

「どうしよう」

 昨日は三回だけトイレに行きました。

 怖さと緊張のせいで出るものもすぐに出てくれず、早く済ませたいのにいつもより時間が掛かってしまいました。
 その時間は私にとって、非常に命取りなのだと分かります。

 ちらりとキッチンのシンクを見ます。
 水は出ます。
 キッチンはカウンターからバックルームへ向かう途中にあるので、つまりキッチンは結界の中という事です。

「……」

 それをするには勇気がいります。人として、女としてどうかと思います。
 でも命には代えられないのです。悩みましたがまだ我慢出来るので、少し保留です。

 私はバックルームの冷凍庫から一口サイズの唐揚げを取り出して、三個だけフライヤーに乗せると、二番のボタンを押して五分作動させました。

「なんでも揚げたては美味しいよね」

 五分後、出来立ての唐揚げを楊枝に刺して食べながら、一人で呟きます。

 よくホットケースの商品を無視して、揚げたてを作ってくれと頼まれるお客様も居ます。
 私の場合そういう時は快く引き受けて、新たに作ります。
 ホットケースの何時間経った分からない商品より、揚げたての方がいいという気持ちが分かるからです。
 
 ちなみにホットの商品の廃棄までの時間は六時間です。
 六時間近く経った商品と揚げたての商品とでは、味に差が出てしまうのは仕方ありません。

 お店によっては頑なに断る店舗や、クルーも居る事でしょう。
 でもそれくらいの融通は利かせてもいいのではないかと、私は思うのです。

 そのお客様は次回もそれを求めるかもしれません。でもそれでリピーターになっていただけるのでしたら、それでいいのではないでしょうか。
 断った場合、お店の印象が悪くなる事も考えられます。そのお客様はもう二度と来店されないかもしれません。

 でも結局は、そのお店のオーナーの方針によるのです。
 オーナー店ではなく、本部直営店だとそれも難しいのかもしれませんけど。直営店の事は私は分かりません。
 
 このお店のオーナーは、そこら辺の細かい指導はしていないので、クルーの判断です。
 私はそうしている、というだけです。

「どうでもいい……」

 本当にどうでもいい事でした。
 今の私には、他に考えなければならない事があるはずです。

「そういえば、名前……聞いてないや」

 昨日の騎士さんは今日もパトロールに来てくれるでしょうか。
 名前も聞いていなかった事に気づきます。私も名乗っていません。

 そんな事を考えながら外を見ると、遠くに人影が見えました。

 三人ほどの人が、犬らしきものを追っていました。
 いえ、戦っていました。

 犬と言うほどにはかわいいものではありません。オオカミとかもっと凶暴な感じのものが人に襲いかかっています。 
 三匹居るようです。

 ひとりが杖を振るっていました。その先から光が迸ると、一匹の獣が倒れます。

「魔法だ」

 杖を振っている時点でそんな気がしました。

 続けて、剣を持つ人が斬りかかって、もう一匹を仕留めます。
 さらにもうひとりが盾で押さえつけた獣を、最初の杖の人がまた魔法を使い、止めを刺しました。

 この世界には魔法も存在するようです。
 昨日の騎士さんの結界を自然に受け入れていた態度が、それを既に証明していました。

 三人は獣を倒した後、こちらに気づきました。
 ああ、やっぱり来るようです。
 草原にぽつんと建つ建物――コンビニをスルー出来る人なんて、居ないと思います。

 ですが近付いてくるその中の一人が女性だと分かって、私は少し安堵しました。
 杖を持っいた人が女性でした。

 三人はガラスの抜けた扉をくぐるように入って来ます。

「こんにちは」
「こ、こんにちは、いらっしゃいませ」

「ここは何かのお店ですか?」

 剣を持った男の人が訊いてきました。

「はい。そうなのですが、昨日ゴブリンに荒らされてしまいました」
「ああ、そうだったのですか。それはお気の毒に。でもお怪我もなさそうで良かった」

「はい。ありがとうございます」

 この三人は所謂パーティーというやつなのでしょうか。
 男性二人と女性一人のグループです。

「ところで、このお店にポーションは置いていないですか?」 
「ポーション……ですか?」

「はい、このミュレイが先ほどのウルフに少し怪我を負わされてしまったのですが、今手持ちのポーションが切れているのです」

 回復薬の事でしょうか。
 ミュレイと呼ばれた杖を持つ女性は、腕に少し引っ掻かれたような傷がありました。

「ポーションはないですけど、消毒液と包帯くらいなら、たぶんそこに……転がっているかと」

 ちょうどお店の入り口付近に、それらの棚はあります。
 ゴブリンによって、めちゃくちゃになっていますけど、食べ物ではないので、食べられたという事はないでしょう。
 そのままどこかにあるはずです。

「おお、本当だ消毒液があるぞ」

 謎翻訳機能はこの人の頭に、日本語の漢字をこの世界の言語に翻訳させているようです。

「包帯もあった。ではこれをいただこう。おいくらだ?」

 おいくらと言われても、私の世界の金額を言った所で理解してくれるのでしょうか。
 
 私は逡巡しましたが、この世界のシステムがどれほど融通を利かせてくれるのか、試してみる事にしました。

「では一度、こちらへお持ちください」

 私はカウンター越しに包帯と消毒液を受け取ると、そのバーコードをレジでスキャンします。

 ピッピッと機械音が小気味良く鳴らされます。

「二点で八百六十四円です」
「わかった。ではこれを」

 受け取ったそれは銀貨でした。でも私にはこれがいくら相当なのか分かりません。
 もうやけです。そのまま銀貨をレジに放り込みました。

 うちのお店のレジは既に、新型POSレジ・自動釣銭機となっていますので、お金を投入するだけで自動で釣銭が計算されて出てきます。

 ジャララと出てきたそれをお客様、――目の前の剣を持った人に渡します。

「確かに」

 それを確認すると、男の人は懐にしまいました。
 色からすると、銅貨のような私の知らない硬貨でした。
 いったいいつ、このレジにそのような硬貨が入れられたというのでしょう。
 この世界のご都合システムは、本当に都合のいい設定を作ってくれているようです。

「ありがとう。では、また」

 三人は出て行ってしまいました。

 ああ、女性とお話しがしたかった……。

 私は三人を見送り――

「ありがとうございます。またお越しくださいませ!」

 ――いつものように、姿勢よくお辞儀するのでした。

 ポイントカードの有無を確認できなかった事は、ここ数年でも無かった、私の痛恨のミスです。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

最弱スライムに転生した俺、捕食スキルで無限進化していたら魔王軍すら支配してました

チー牛Y
ファンタジー
残業中に倒れた俺が次に目を覚ました時、なぜか異世界で最弱モンスターのスライムになっていた。 完全に詰んだ、戦う力もない。そう思っていた時、俺には一つだけ、とんでもないスキルがあった。 【捕食】 それは、倒した相手を取り込み、能力・スキル・力のすべてを奪うチート能力だった。 ゴブリンを食べれば腕力を獲得。 魔物を食べれば新スキルを習得。 レベルは爆速で上がり、進化は止まらない。 森の魔物を支配し、ダンジョンを制圧し、気づけば俺は魔物たちの王になっていた。 やがてその力は魔王軍すら飲み込み、世界の勢力図を塗り替えていく。 これは―― 最弱スライムから始まる、無限進化の成り上がり無双譚。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...