38 / 72
第ニ章
day.38
しおりを挟む
伸ばされた冬悟の手は、優しく俺の背中をさすり始めた。
その予想外の行動に、何が起きているのか理解できず、俺は目を見開いて固まった。
「…すまない。よく我慢できたな。もう大丈夫だ。気持ち悪いなら我慢するな。それともどこか痛むのか、純也?」
心配そうに覗き込まれ、思わずビクッと肩を震わせた。
いや、ちょっと待て。
今、何て言った?
「えっ…?」
「おい、純也、しっかりしろ。気持ち悪いなら、我慢せずに出せ。」
…やっぱり、純也って言ってるよな。
あれ?
もしかして、バレてる??
「あのっ、オr、僕、人違いです。」
なんとか誤魔化そうとしたけれど、まったく手応えがない。
はぁっと小さく溜息を吐きながら、それでも冬悟の手は、変わらず俺の背中をさすり続けてくれていた。
「下手な芝居はもうしなくていい。腹は痛くないか?」
……完全にバレてる。
お腹は元々痛くなかったから、コクッと素直に頷いた。
それに、驚きのあまり、さっきまでの吐き気もどこかへ消えてしまったようだった。
「気持ち悪いのも、今はちょっと落ち着いたかも。ってか、なんで俺だってわかったんだよ!?」
観念して素に戻すと、冬悟は俺の様子を探るような、それでいて呆れたような視線を向けてくる。
「純也は純也だろう?」
「どう見たって今、別人だろ!?」
一体、冬悟には俺がどう見えているんだ?
でも、バレていたことで、ひどく安心したのも事実だ。
“俺”を心配して、ここに来てくれた。
そのことがわかった瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
視界も、鮮やかに色付いていった。
「別人?…まぁ、いい。落ち着いたなら、戻るぞ。」
そう言うと、冬悟はパッと俺から手を離し、そっぽを向いてしまった。
…これはもしかして、相当怒ってるかも。
冬悟はトイレの外に人がいないことを確認し、ドアを開ける前に、俺の方を一瞥した。
「純也。今のお前は周の部下ということらしいな。だから、俺はあまり構ってやれんが、周の側から絶対に離れるなよ。」
「うん…。」
今はまだ、この世界には太刀打ちできないってわかった。
だから、誰かに守ってもらうしかないんだと痛感している。
それに、今の冬悟、めちゃくちゃ怒ってる。
怖くてこれ以上、逆らう勇気なんて出なかった。
ここは黙って従う以外の選択肢は、存在しなかった。
冬悟の後ろに従い、再び華やかな会場へと戻る。
冬悟が側にいてくれるだけで、先程のような緊張感はもうない。
俺達の姿に気付いたのか、周さんが足早にこちらへやって来た。
それと入れ替わるように、冬悟は何も言わず、すっと俺のもとを離れていった。
「奥サマ、大丈夫でしたカ? 私がついておきながら、怖い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでしタ。」
周囲に聞こえないよう、そっと囁かれる言葉に、周さんもまた心配してくれていたのが伝わってきた。
「大丈夫です。心配かけて、ごめんなさい。」
平気だというようにニコッと笑いかけると、ほっと安心したように胸を撫で下ろした。
「すみません、社長にはご挨拶に伺った際に、既に奥サマをお連れしたことがバレてしまっておりましテ…。面目ないでス。」
あの時には、もうバレてたんだ。
じゃあ冬悟は、一体いつから気付いていたんだろう。
「そして、社長からあまり離れるなと仰せつかってしまいましたので、後ろからついていきましょうカ。」
「はい…。」
俺は周さんの後ろについていきながら、ちらっと冬悟の様子を伺う。
冬悟はやっぱり、こういう場には慣れているみたいで、振る舞いがとてもスマートだ。
…カッコいいな。
って、あれ?
今、冬悟と話してる奴は、さっき俺に余計な噂を吹き込んできたアイツじゃねぇか!?
何平然と話してんだよ!?
こういうのって、この世界じゃよくあることなのか?
もう、何を信じていいのかもわからなくなってきて、人間不信になりそうだ。
今回の経験で、今はまだ、冬悟の隣に立てるレベルじゃないってことを、痛い程に思い知らされた。
近くにいるのに、遠くに感じるアイツの背中がやけに眩しくて、俺は目を細めて見つめることしかできなかった。
こうして、豪華客船パーティーへの潜入は、苦々しい記憶となって終わっていった。
帰りは、周さんに送ってもらい、家に着いた。
ガチャと玄関のドアを開けると、既に冬悟は帰ってきていたようで、冷ややかな視線が出迎えてくれた。
「ただいま…。」
「漸く戻ったか、純也。それで?お前が何故あんな場所に居たのか、説明してくれるんだろうな?」
今回ばかりは、逃がしてはくれなさそうだ。
その予想外の行動に、何が起きているのか理解できず、俺は目を見開いて固まった。
「…すまない。よく我慢できたな。もう大丈夫だ。気持ち悪いなら我慢するな。それともどこか痛むのか、純也?」
心配そうに覗き込まれ、思わずビクッと肩を震わせた。
いや、ちょっと待て。
今、何て言った?
「えっ…?」
「おい、純也、しっかりしろ。気持ち悪いなら、我慢せずに出せ。」
…やっぱり、純也って言ってるよな。
あれ?
もしかして、バレてる??
「あのっ、オr、僕、人違いです。」
なんとか誤魔化そうとしたけれど、まったく手応えがない。
はぁっと小さく溜息を吐きながら、それでも冬悟の手は、変わらず俺の背中をさすり続けてくれていた。
「下手な芝居はもうしなくていい。腹は痛くないか?」
……完全にバレてる。
お腹は元々痛くなかったから、コクッと素直に頷いた。
それに、驚きのあまり、さっきまでの吐き気もどこかへ消えてしまったようだった。
「気持ち悪いのも、今はちょっと落ち着いたかも。ってか、なんで俺だってわかったんだよ!?」
観念して素に戻すと、冬悟は俺の様子を探るような、それでいて呆れたような視線を向けてくる。
「純也は純也だろう?」
「どう見たって今、別人だろ!?」
一体、冬悟には俺がどう見えているんだ?
でも、バレていたことで、ひどく安心したのも事実だ。
“俺”を心配して、ここに来てくれた。
そのことがわかった瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
視界も、鮮やかに色付いていった。
「別人?…まぁ、いい。落ち着いたなら、戻るぞ。」
そう言うと、冬悟はパッと俺から手を離し、そっぽを向いてしまった。
…これはもしかして、相当怒ってるかも。
冬悟はトイレの外に人がいないことを確認し、ドアを開ける前に、俺の方を一瞥した。
「純也。今のお前は周の部下ということらしいな。だから、俺はあまり構ってやれんが、周の側から絶対に離れるなよ。」
「うん…。」
今はまだ、この世界には太刀打ちできないってわかった。
だから、誰かに守ってもらうしかないんだと痛感している。
それに、今の冬悟、めちゃくちゃ怒ってる。
怖くてこれ以上、逆らう勇気なんて出なかった。
ここは黙って従う以外の選択肢は、存在しなかった。
冬悟の後ろに従い、再び華やかな会場へと戻る。
冬悟が側にいてくれるだけで、先程のような緊張感はもうない。
俺達の姿に気付いたのか、周さんが足早にこちらへやって来た。
それと入れ替わるように、冬悟は何も言わず、すっと俺のもとを離れていった。
「奥サマ、大丈夫でしたカ? 私がついておきながら、怖い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでしタ。」
周囲に聞こえないよう、そっと囁かれる言葉に、周さんもまた心配してくれていたのが伝わってきた。
「大丈夫です。心配かけて、ごめんなさい。」
平気だというようにニコッと笑いかけると、ほっと安心したように胸を撫で下ろした。
「すみません、社長にはご挨拶に伺った際に、既に奥サマをお連れしたことがバレてしまっておりましテ…。面目ないでス。」
あの時には、もうバレてたんだ。
じゃあ冬悟は、一体いつから気付いていたんだろう。
「そして、社長からあまり離れるなと仰せつかってしまいましたので、後ろからついていきましょうカ。」
「はい…。」
俺は周さんの後ろについていきながら、ちらっと冬悟の様子を伺う。
冬悟はやっぱり、こういう場には慣れているみたいで、振る舞いがとてもスマートだ。
…カッコいいな。
って、あれ?
今、冬悟と話してる奴は、さっき俺に余計な噂を吹き込んできたアイツじゃねぇか!?
何平然と話してんだよ!?
こういうのって、この世界じゃよくあることなのか?
もう、何を信じていいのかもわからなくなってきて、人間不信になりそうだ。
今回の経験で、今はまだ、冬悟の隣に立てるレベルじゃないってことを、痛い程に思い知らされた。
近くにいるのに、遠くに感じるアイツの背中がやけに眩しくて、俺は目を細めて見つめることしかできなかった。
こうして、豪華客船パーティーへの潜入は、苦々しい記憶となって終わっていった。
帰りは、周さんに送ってもらい、家に着いた。
ガチャと玄関のドアを開けると、既に冬悟は帰ってきていたようで、冷ややかな視線が出迎えてくれた。
「ただいま…。」
「漸く戻ったか、純也。それで?お前が何故あんな場所に居たのか、説明してくれるんだろうな?」
今回ばかりは、逃がしてはくれなさそうだ。
6
あなたにおすすめの小説
有能副会長はポンコツを隠したい。
さんから
BL
2.6タイトル変更しました。
この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。
こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。
ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる