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第ニ章
day.49
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冬悟に会いたい一心で、無我夢中に家へと走り、玄関の扉に手をかける。
ガチャンと勢いよく開け、バッと部屋の中を見ると、リビングに電気が付いていた。
よかった。
もう家に居てくれている。
後は靴を脱いで、駆け寄るだけなのに、何故か身体が言う事を聞かない。
そこから足が一歩も動かない。
はぁ、はぁと肩で息をしながら、玄関で立ち尽くしていると、なかなか俺が入ってこないのを不審に思ったのか、中から冬悟が顔を覗かせた。
「戻ったのか…………純也?」
あぁ、どうしよう。
あんなに会いたかった筈なのに、今は顔を見ることさえもできない。
一番嫌われたくなかった人に、今日の醜態の全てを知られてしまったことに気が付いてしまった。
俺は今日、きっと冬悟を失望させた。
みんなと同じように、内心では、どうしようもない奴なんだって思っているかもしれない。
いや、ずっと前から、ウザがられていたのかも。
……もう、俺なんて妻でいる資格すらないのかもしれない。
そんな思考にぐるぐると支配され、俯いたままでいると、冬悟の怪訝そうな声が聞こえてきた。
「…純也?どうした?」
「あ、えっと、その」
胸がギューッと締付けられて、苦しい。
何て言われるかわからない恐怖が、喉の奥をも締付けて、上手く言葉が出てこない。
「…っ、今日は来てくれてたんだよな。それなのに、迷惑かけちゃってごめん。それから」
ちゃんとお礼を言わなきゃ。
泣くな、俺。
笑え、笑え、笑え…!
下唇をギリッと噛み、ギュウと強く拳を握り、顔を上げる。
そして、無理やり口角を上げてニコッと笑ってみせた。
「助けてくれて、ありがとう。」
俺の顔を見た冬悟が、スタスタと早足でこちらに近づいてきた。
その姿を捉えている視界が歪んでいき、後退ろうとするよりも速く腕を掴まれ、力強く抱き寄せられた。
「…純也、俺の前では、無理をしなくていい。」
その瞬間、全てを見透かされているのだとわかった。
一筋、また一筋と涙が頰をつたっていく。
今までの、どんな時よりも、力強くギュッと抱き締めてくれているその腕が、その温もりが、匂いやその全てが、壊れそうな俺の心ごと、静かに包み込んでくれる。
とうとう堪えきれなくなって、冬悟に縋り付くようにして、大声を上げて泣き出してしまった。
そんな俺を、冬悟はただただ黙って抱き締めてくれた―。
漸く落ち着きを取り戻した俺を、ひょいと抱き上げた冬悟は、靴を脱がせた後、そのままスタスタとベッドに向かい、ゆっくりとその上に寝かせた。
冬悟も隣に滑り込み、その腕の中にもう一度閉じ込められる。
久しぶりに大泣きした俺の頭は、ガンガンと誰かに殴られているかのように痛い。
俺、一体いつからこんな泣き虫になったんだろう。
冬悟に出会う前は、どんなことがあっても、泣くことなんてなかったのに。
………甘えてんな、俺。
そうは思いつつも、冬悟の胸にスリッと擦り寄る。すると、片手で髪を梳くようにして、優しく頭を撫でていく。
「…落ち着いたか?」
「うん…。」
耳を当てると、ドクンドクンと規則正しいリズムが聞こえて、ひどく安心する。
少し顔を上げると、冬悟のワイシャツが汚れていることに気が付いた。
よく見ると、それは、俺の涙で肩口の一部は変色し、強く握りすぎたせいか、皺になってしまっている。
「シャツ…汚くしてごめん。」
「…別に謝ることではない。洗えばいいだけだ。ところで、一体何があった?」
ん?冬悟は知ってるんじゃないのか??
「多分知ってると思うんだけど、今夜みんなで指輪探してただろ?あれ、俺が失くしちゃって…。」
「………やはり、あの原因はお前だったのか。」
頭上で、はあっと軽く溜息を吐かれた。
あれ?
どうやら墓穴を掘ったっぽい。
「…大方、客から指輪を受け取ったが、ちゃんとポケットに入れそびれたといったところか?」
今からだんまりを決め込めば間に合うかもと思ったが、その前に当てられてしまった。
もう、大人しく観念するしかない。
「ソウデス…。」
おそるおそる視線を上げると、バチッと冬悟の視線とぶつかった。
その瞳を見た瞬間、俺の心は絶望に蹴り落とされた。
絶対に呆れられているか、怒られるか、はたまた失望からの無感心かと思っていたのに、その目は呆れてはいるものの、ひどく優しかったんだ。
「何で…?」
思わず、心の声が漏れてしまったが、もうそんなことを気になんてしていられなかった。
「何で、誰も責めないんだよ……?」
バイト先の人達に責められないことよりも、冬悟に何も言われないことの方が、うんとずっと、苦しい。
俺を見放さないで―。
どこにも行かないでと言うように、ぎゅっと縋り付くと、珍しく冬悟が俺の額にキスをした。
驚いて顔を上げると、やはり優しい眼差しが俺に注がれていた。
「…純也、落ち着け。俺はあの店の人間ではない。だから、お前を責める理由はない。今回は庇うような形になったが、あれは偶々だ。」
「たまたま?」
確かに、言われてみれば、冬悟が俺を責める理由はないのかも。
少しずつ冷静になってきて、一切逸らされることのないその瞳をじっと見つめる。
「そうだ。俺はあそこの従業員ではないからな。事の詳細は、当然わからん。お前が失くした指輪の持ち主は、偶々俺の知り合いだった。そして、お前の先輩と思われる奴らが困っていたから、少し手助けをしただけだ。」
「でも、シャンパンを開けたって…。」
「彼らはあの頃には既に、婚約は成立していた。そのお祝いに開けた。ただそれだけだ。」
目を丸くしたまま、パチパチと何度も瞬きをする。
本当に、偶然だったのか。
きょとんとしている俺の頰を、大きな手がそっと撫でる。その手に吸い寄せられるように、スリッと擦り寄ると、フッと笑われた。
「…それで?お前はそのミスを誰にも責められないことが、辛かったんだな?」
ギュッと冬悟に抱きついて、コクッと頷いた。
「…今時、一従業員を叱るのも至難の業だ。純也、この後どうすべきかは、お前もわかっている筈だ。ヘコむのは仕方がない。だが、それは今日だけにしておけ。お前が迷惑をかけてしまった分は、お前自身で挽回するしかない。」
「冬悟は…?」
またぎゅっと強く、冬悟のシャツを握りしめる。
「冬悟は俺のこと呆れてねぇの?俺に………失望してねぇの?」
一番気になっていたことを口にする。
すると、冬悟は何故?というように、少し目を細めた。
「…どうして俺が、お前に失望しなければならないんだ?」
「だって………だって、俺、こんなミスして………。俺、全然完璧じゃない。全然冬悟に相応しくない。」
唇が震える。
冬悟の表情を見るのが怖くて、ギュッと強く目を閉じると、隣が動いた気配がした。
ギシッとベッドが軋む音を聞いて、握っていたシャツが、ゆっくりと手から離れていく。
――あぁ、やっぱり失望させてしまったんだ。
瞼が熱くなってきた目をそのまま閉じていると、唇に、何か柔らかいものが押し当てられた。
驚いて目を開けると、俺を見下ろしている冬悟の顔が至近距離にあって、更に驚く。
もう一度、今度はより深くキスをされる。
何で俺、冬悟に覆い被さられて、キスされているんだ??
状況が掴めなくて困惑する。
だけど、この口付けから、冬悟が俺のことをちゃんと受け入れてくれているんだって、伝わってくる。
………まるで、不完全でもいいんだって、言ってくれているみたいだ。
その俺の全てを肯定してくれるような甘いキスに、思考が段々と奪われていき、気付けばもっとと強請っていた。
そんな俺を見ている目元は、穏やかに緩んでいる。
「…お前に呆れることなんて日常茶飯事だ。それに、お前が俺に相応しくないかどうかは、俺が決めることだ。」
「なっ!?」
確かに、ずっと呆れられているけど!
はっきりと言われてしまったことに、むぅと口を尖らせる。
だけど、それよりも―。
後者の答えは、きっと、さっきのキスなのだろう。
わかっているのに、言葉でも欲しくて。
「じゃあさ、冬悟が決めた答えは?」
ピクッと眉を動かし、少し嫌な顔をされてしまった。
「…わかっているのだろう?」
甘えるように、手を伸ばして冬悟の首に回す。
「うん。でも、冬悟の口から聞きたい。………お願い。」
そっと顔を近づけて、至近距離で見つめ合う。
懇願と期待の眼差しをじーっと向けると、根負けした冬悟は、はあっと溜息を吐いた。
「…相応しくないと思っていたら、とっくの昔に捨てている。」
やっぱり、はっきりとは言ってくれないか。でも、その言葉だけで、もう充分。
こんな俺でもここに居ていいんだ―。
ぱっと笑って、感情のままに抱きついた。
ガチャンと勢いよく開け、バッと部屋の中を見ると、リビングに電気が付いていた。
よかった。
もう家に居てくれている。
後は靴を脱いで、駆け寄るだけなのに、何故か身体が言う事を聞かない。
そこから足が一歩も動かない。
はぁ、はぁと肩で息をしながら、玄関で立ち尽くしていると、なかなか俺が入ってこないのを不審に思ったのか、中から冬悟が顔を覗かせた。
「戻ったのか…………純也?」
あぁ、どうしよう。
あんなに会いたかった筈なのに、今は顔を見ることさえもできない。
一番嫌われたくなかった人に、今日の醜態の全てを知られてしまったことに気が付いてしまった。
俺は今日、きっと冬悟を失望させた。
みんなと同じように、内心では、どうしようもない奴なんだって思っているかもしれない。
いや、ずっと前から、ウザがられていたのかも。
……もう、俺なんて妻でいる資格すらないのかもしれない。
そんな思考にぐるぐると支配され、俯いたままでいると、冬悟の怪訝そうな声が聞こえてきた。
「…純也?どうした?」
「あ、えっと、その」
胸がギューッと締付けられて、苦しい。
何て言われるかわからない恐怖が、喉の奥をも締付けて、上手く言葉が出てこない。
「…っ、今日は来てくれてたんだよな。それなのに、迷惑かけちゃってごめん。それから」
ちゃんとお礼を言わなきゃ。
泣くな、俺。
笑え、笑え、笑え…!
下唇をギリッと噛み、ギュウと強く拳を握り、顔を上げる。
そして、無理やり口角を上げてニコッと笑ってみせた。
「助けてくれて、ありがとう。」
俺の顔を見た冬悟が、スタスタと早足でこちらに近づいてきた。
その姿を捉えている視界が歪んでいき、後退ろうとするよりも速く腕を掴まれ、力強く抱き寄せられた。
「…純也、俺の前では、無理をしなくていい。」
その瞬間、全てを見透かされているのだとわかった。
一筋、また一筋と涙が頰をつたっていく。
今までの、どんな時よりも、力強くギュッと抱き締めてくれているその腕が、その温もりが、匂いやその全てが、壊れそうな俺の心ごと、静かに包み込んでくれる。
とうとう堪えきれなくなって、冬悟に縋り付くようにして、大声を上げて泣き出してしまった。
そんな俺を、冬悟はただただ黙って抱き締めてくれた―。
漸く落ち着きを取り戻した俺を、ひょいと抱き上げた冬悟は、靴を脱がせた後、そのままスタスタとベッドに向かい、ゆっくりとその上に寝かせた。
冬悟も隣に滑り込み、その腕の中にもう一度閉じ込められる。
久しぶりに大泣きした俺の頭は、ガンガンと誰かに殴られているかのように痛い。
俺、一体いつからこんな泣き虫になったんだろう。
冬悟に出会う前は、どんなことがあっても、泣くことなんてなかったのに。
………甘えてんな、俺。
そうは思いつつも、冬悟の胸にスリッと擦り寄る。すると、片手で髪を梳くようにして、優しく頭を撫でていく。
「…落ち着いたか?」
「うん…。」
耳を当てると、ドクンドクンと規則正しいリズムが聞こえて、ひどく安心する。
少し顔を上げると、冬悟のワイシャツが汚れていることに気が付いた。
よく見ると、それは、俺の涙で肩口の一部は変色し、強く握りすぎたせいか、皺になってしまっている。
「シャツ…汚くしてごめん。」
「…別に謝ることではない。洗えばいいだけだ。ところで、一体何があった?」
ん?冬悟は知ってるんじゃないのか??
「多分知ってると思うんだけど、今夜みんなで指輪探してただろ?あれ、俺が失くしちゃって…。」
「………やはり、あの原因はお前だったのか。」
頭上で、はあっと軽く溜息を吐かれた。
あれ?
どうやら墓穴を掘ったっぽい。
「…大方、客から指輪を受け取ったが、ちゃんとポケットに入れそびれたといったところか?」
今からだんまりを決め込めば間に合うかもと思ったが、その前に当てられてしまった。
もう、大人しく観念するしかない。
「ソウデス…。」
おそるおそる視線を上げると、バチッと冬悟の視線とぶつかった。
その瞳を見た瞬間、俺の心は絶望に蹴り落とされた。
絶対に呆れられているか、怒られるか、はたまた失望からの無感心かと思っていたのに、その目は呆れてはいるものの、ひどく優しかったんだ。
「何で…?」
思わず、心の声が漏れてしまったが、もうそんなことを気になんてしていられなかった。
「何で、誰も責めないんだよ……?」
バイト先の人達に責められないことよりも、冬悟に何も言われないことの方が、うんとずっと、苦しい。
俺を見放さないで―。
どこにも行かないでと言うように、ぎゅっと縋り付くと、珍しく冬悟が俺の額にキスをした。
驚いて顔を上げると、やはり優しい眼差しが俺に注がれていた。
「…純也、落ち着け。俺はあの店の人間ではない。だから、お前を責める理由はない。今回は庇うような形になったが、あれは偶々だ。」
「たまたま?」
確かに、言われてみれば、冬悟が俺を責める理由はないのかも。
少しずつ冷静になってきて、一切逸らされることのないその瞳をじっと見つめる。
「そうだ。俺はあそこの従業員ではないからな。事の詳細は、当然わからん。お前が失くした指輪の持ち主は、偶々俺の知り合いだった。そして、お前の先輩と思われる奴らが困っていたから、少し手助けをしただけだ。」
「でも、シャンパンを開けたって…。」
「彼らはあの頃には既に、婚約は成立していた。そのお祝いに開けた。ただそれだけだ。」
目を丸くしたまま、パチパチと何度も瞬きをする。
本当に、偶然だったのか。
きょとんとしている俺の頰を、大きな手がそっと撫でる。その手に吸い寄せられるように、スリッと擦り寄ると、フッと笑われた。
「…それで?お前はそのミスを誰にも責められないことが、辛かったんだな?」
ギュッと冬悟に抱きついて、コクッと頷いた。
「…今時、一従業員を叱るのも至難の業だ。純也、この後どうすべきかは、お前もわかっている筈だ。ヘコむのは仕方がない。だが、それは今日だけにしておけ。お前が迷惑をかけてしまった分は、お前自身で挽回するしかない。」
「冬悟は…?」
またぎゅっと強く、冬悟のシャツを握りしめる。
「冬悟は俺のこと呆れてねぇの?俺に………失望してねぇの?」
一番気になっていたことを口にする。
すると、冬悟は何故?というように、少し目を細めた。
「…どうして俺が、お前に失望しなければならないんだ?」
「だって………だって、俺、こんなミスして………。俺、全然完璧じゃない。全然冬悟に相応しくない。」
唇が震える。
冬悟の表情を見るのが怖くて、ギュッと強く目を閉じると、隣が動いた気配がした。
ギシッとベッドが軋む音を聞いて、握っていたシャツが、ゆっくりと手から離れていく。
――あぁ、やっぱり失望させてしまったんだ。
瞼が熱くなってきた目をそのまま閉じていると、唇に、何か柔らかいものが押し当てられた。
驚いて目を開けると、俺を見下ろしている冬悟の顔が至近距離にあって、更に驚く。
もう一度、今度はより深くキスをされる。
何で俺、冬悟に覆い被さられて、キスされているんだ??
状況が掴めなくて困惑する。
だけど、この口付けから、冬悟が俺のことをちゃんと受け入れてくれているんだって、伝わってくる。
………まるで、不完全でもいいんだって、言ってくれているみたいだ。
その俺の全てを肯定してくれるような甘いキスに、思考が段々と奪われていき、気付けばもっとと強請っていた。
そんな俺を見ている目元は、穏やかに緩んでいる。
「…お前に呆れることなんて日常茶飯事だ。それに、お前が俺に相応しくないかどうかは、俺が決めることだ。」
「なっ!?」
確かに、ずっと呆れられているけど!
はっきりと言われてしまったことに、むぅと口を尖らせる。
だけど、それよりも―。
後者の答えは、きっと、さっきのキスなのだろう。
わかっているのに、言葉でも欲しくて。
「じゃあさ、冬悟が決めた答えは?」
ピクッと眉を動かし、少し嫌な顔をされてしまった。
「…わかっているのだろう?」
甘えるように、手を伸ばして冬悟の首に回す。
「うん。でも、冬悟の口から聞きたい。………お願い。」
そっと顔を近づけて、至近距離で見つめ合う。
懇願と期待の眼差しをじーっと向けると、根負けした冬悟は、はあっと溜息を吐いた。
「…相応しくないと思っていたら、とっくの昔に捨てている。」
やっぱり、はっきりとは言ってくれないか。でも、その言葉だけで、もう充分。
こんな俺でもここに居ていいんだ―。
ぱっと笑って、感情のままに抱きついた。
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