53 / 72
第ニ章
day.52
しおりを挟む
漸く意識を取り戻せたようで、重たい瞼をゆっくりと開ける。
すると、隣からそっと聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「…起きたか?熱はどうだ?」
「冬…悟……?」
まだ熱でぼんやりとしている頭でも、声の主が誰かははっきりとわかった。
本当は、高熱でヤバくなった時、誰よりも側にいてもらいたかった人―。
冬悟の姿が視界に入ると、ほっと安心する。
そっと大きな手が、額に触れる。
それが冷たくて、気持ちいい。
「…まだ熱が高そうだな。」
少し待っていろと言って、離れそうになる冬悟の服の裾を、力の入らない手で弱々しく握る。
「どうした?」
そのまま気付かないで、行ってしまうかもしれないぐらいの僅かな力だったのに、すぐに気付いて振り返ってくれた。
「行かないで。お願い…。」
熱で弱っているせいか、1人にされると、このままずっと独りになるかもしれないという不安に駆られ、恐怖が襲ってくる。
不安が顔に出ていたのか、冬悟の手が、優しく両頰を包み込んだ。
「…大丈夫だ。お前を1人にはしない。新しい冷えピタとかを取りに行くだけだ。すぐ戻る。」
冬悟の言葉は不思議で、それだけで俺を不安から救ってくれる。
「ん……。」
そっと手を離すと、その隙にぱっと離れて部屋を出て行った冬悟は、本当にすぐに戻ってきてくれた。
手際良く冷えピタや氷枕を替えてくれ、水分補給のためのスポドリを飲ませてくれる。
「そういえば、浩二は?」
漸く少し思考が回りだしたのか、今更ながらに、呼び出した親友がいないことに気が付いた。
「………お前の風邪を移しても悪いから、帰ってもらった。……浩二クンの方がよかったか?」
「?そっか。ゴホッ、んーん、どうしたか気になっただけ。」
いつもより少し間があった気がしたが、気のせいだろうか。
「冬悟がいてくれて嬉しい。」
力なくへにゃっと笑うが、何故か冬悟がスッと視線を逸らした気がした。
これも気のせい?
「…そうか。ところで、何か食べれそうか?」
「うん。ちょっとお腹減ったかも。」
「わかった。作ってくるから、出来るまで寝ておけ。」
この後は、冬悟が会社を休んでまで甲斐甲斐しく面倒を見てくれ、一人暮らしだった時は1週間以上引きずっていた風邪の症状が、僅か2日で治ってしまった。
俺の看病をしてくれてから、何やら冬悟の様子がおかしい。
いつもなら、俺が笑いかけると、優しくて、嬉しそうな瞳をしていたのに、今は寂しそうな瞳をするようになってしまった。
俺、何かやっちゃったのか?
もしかして、冬悟に迷惑をかけてしまったから?
それとも―。
冬悟のおかげで、すっかりと風邪が治った俺は、その申し訳なさから、スキマバイト潜入計画を諦めた。
だけど、今日はすっげー珍しく、冬悟が家に忘れ物をした。それを届けに行くという名目で、運良くアイツの会社に行けることになったのだ。
「ここが、冬悟の今の会社…か。」
前よりも規模は大分小さいが、オフィス街の大きなビルの中に、その会社はあった。
確か、ビルに着いたら、連絡しろって言われてたな。
ポケットからスマホを取り出し、冬悟に電話をかける。
「…純也?着いたか?」
「うん。今1階にいる。」
「わかった。すぐ降りるから、そこで待っていろ。」
そのまま通話は途切れ、ほんの少しだけ待つと、冬悟がエレベーターから降りてきた。
「純也、来てもらって悪かったな。」
「別にいいよ。今日もバイトねぇから暇だったし。」
中身は見ていないけれど、指示されて持ってきた、何かの資料が入った封筒を手渡す。
「…助かった。」
「………じゃあ、俺、帰るな。」
別に喧嘩をしたわけでもないのに、なんとなく気まずい。
逃げるようにその場から立ち去ろうとすると、純也、と呼び止められた。
「何?」
「…いや、気を付けて帰れよ。」
「うん。冬悟もな。仕事がんばって。」
振り返って見た冬悟の表情が、何故か切なくて。
嫌な予感を抱いたまま、俺は冬悟の会社をあとにした。
その後の予定もなくて、普段この辺に来ることがないから、探索がてら周辺をふらふらしていると、いつの間にか辺りがすっかり暗くなってしまった。
確か、冬悟は今日晩飯いらないって言ってたっけ。俺もそろそろ帰って食お。
駅に向かっている途中で、もう一度会社の前を通った時、全く聞き覚えのない声が“冬悟”と呼ぶ声が聞こえた気がした。
え?
聞き間違いか?
「冬悟!」
声のする方をぱっと見ると、ショッキングな光景が目に飛び込んできた。
なんと、知らない男が冬悟に抱きついているではないか。
しかも、冬悟もそれを拒むこともなく、抱擁し返している。
ギュッと誰かに心臓を鷲掴みにされたように、ズキンと胸が痛んだ。
………本当に、ばあさんの情報は正しかったんだ。
あの冬悟が、“冬悟”呼びを許し、抱きつかれても平気なんて、確かに、“ただならぬ雰囲気”の相手だと思う。
今日はどうやら、その男と食事に行くようだ。
2人が動き出した際に、気付かれないよう急いで物陰に隠れる。
……ちょっとだけなら、いいよな。
ただの友達かもしれない。
追いかけちゃいけないって、頭では理解しているのに、不倫じゃないと信じたくて、俺は2人の後をこっそりとつけてしまった。
真実を知ってしまったら、もう後戻りはできないとわかっていたのに―。
すると、隣からそっと聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「…起きたか?熱はどうだ?」
「冬…悟……?」
まだ熱でぼんやりとしている頭でも、声の主が誰かははっきりとわかった。
本当は、高熱でヤバくなった時、誰よりも側にいてもらいたかった人―。
冬悟の姿が視界に入ると、ほっと安心する。
そっと大きな手が、額に触れる。
それが冷たくて、気持ちいい。
「…まだ熱が高そうだな。」
少し待っていろと言って、離れそうになる冬悟の服の裾を、力の入らない手で弱々しく握る。
「どうした?」
そのまま気付かないで、行ってしまうかもしれないぐらいの僅かな力だったのに、すぐに気付いて振り返ってくれた。
「行かないで。お願い…。」
熱で弱っているせいか、1人にされると、このままずっと独りになるかもしれないという不安に駆られ、恐怖が襲ってくる。
不安が顔に出ていたのか、冬悟の手が、優しく両頰を包み込んだ。
「…大丈夫だ。お前を1人にはしない。新しい冷えピタとかを取りに行くだけだ。すぐ戻る。」
冬悟の言葉は不思議で、それだけで俺を不安から救ってくれる。
「ん……。」
そっと手を離すと、その隙にぱっと離れて部屋を出て行った冬悟は、本当にすぐに戻ってきてくれた。
手際良く冷えピタや氷枕を替えてくれ、水分補給のためのスポドリを飲ませてくれる。
「そういえば、浩二は?」
漸く少し思考が回りだしたのか、今更ながらに、呼び出した親友がいないことに気が付いた。
「………お前の風邪を移しても悪いから、帰ってもらった。……浩二クンの方がよかったか?」
「?そっか。ゴホッ、んーん、どうしたか気になっただけ。」
いつもより少し間があった気がしたが、気のせいだろうか。
「冬悟がいてくれて嬉しい。」
力なくへにゃっと笑うが、何故か冬悟がスッと視線を逸らした気がした。
これも気のせい?
「…そうか。ところで、何か食べれそうか?」
「うん。ちょっとお腹減ったかも。」
「わかった。作ってくるから、出来るまで寝ておけ。」
この後は、冬悟が会社を休んでまで甲斐甲斐しく面倒を見てくれ、一人暮らしだった時は1週間以上引きずっていた風邪の症状が、僅か2日で治ってしまった。
俺の看病をしてくれてから、何やら冬悟の様子がおかしい。
いつもなら、俺が笑いかけると、優しくて、嬉しそうな瞳をしていたのに、今は寂しそうな瞳をするようになってしまった。
俺、何かやっちゃったのか?
もしかして、冬悟に迷惑をかけてしまったから?
それとも―。
冬悟のおかげで、すっかりと風邪が治った俺は、その申し訳なさから、スキマバイト潜入計画を諦めた。
だけど、今日はすっげー珍しく、冬悟が家に忘れ物をした。それを届けに行くという名目で、運良くアイツの会社に行けることになったのだ。
「ここが、冬悟の今の会社…か。」
前よりも規模は大分小さいが、オフィス街の大きなビルの中に、その会社はあった。
確か、ビルに着いたら、連絡しろって言われてたな。
ポケットからスマホを取り出し、冬悟に電話をかける。
「…純也?着いたか?」
「うん。今1階にいる。」
「わかった。すぐ降りるから、そこで待っていろ。」
そのまま通話は途切れ、ほんの少しだけ待つと、冬悟がエレベーターから降りてきた。
「純也、来てもらって悪かったな。」
「別にいいよ。今日もバイトねぇから暇だったし。」
中身は見ていないけれど、指示されて持ってきた、何かの資料が入った封筒を手渡す。
「…助かった。」
「………じゃあ、俺、帰るな。」
別に喧嘩をしたわけでもないのに、なんとなく気まずい。
逃げるようにその場から立ち去ろうとすると、純也、と呼び止められた。
「何?」
「…いや、気を付けて帰れよ。」
「うん。冬悟もな。仕事がんばって。」
振り返って見た冬悟の表情が、何故か切なくて。
嫌な予感を抱いたまま、俺は冬悟の会社をあとにした。
その後の予定もなくて、普段この辺に来ることがないから、探索がてら周辺をふらふらしていると、いつの間にか辺りがすっかり暗くなってしまった。
確か、冬悟は今日晩飯いらないって言ってたっけ。俺もそろそろ帰って食お。
駅に向かっている途中で、もう一度会社の前を通った時、全く聞き覚えのない声が“冬悟”と呼ぶ声が聞こえた気がした。
え?
聞き間違いか?
「冬悟!」
声のする方をぱっと見ると、ショッキングな光景が目に飛び込んできた。
なんと、知らない男が冬悟に抱きついているではないか。
しかも、冬悟もそれを拒むこともなく、抱擁し返している。
ギュッと誰かに心臓を鷲掴みにされたように、ズキンと胸が痛んだ。
………本当に、ばあさんの情報は正しかったんだ。
あの冬悟が、“冬悟”呼びを許し、抱きつかれても平気なんて、確かに、“ただならぬ雰囲気”の相手だと思う。
今日はどうやら、その男と食事に行くようだ。
2人が動き出した際に、気付かれないよう急いで物陰に隠れる。
……ちょっとだけなら、いいよな。
ただの友達かもしれない。
追いかけちゃいけないって、頭では理解しているのに、不倫じゃないと信じたくて、俺は2人の後をこっそりとつけてしまった。
真実を知ってしまったら、もう後戻りはできないとわかっていたのに―。
6
あなたにおすすめの小説
有能副会長はポンコツを隠したい。
さんから
BL
2.6タイトル変更しました。
この高校の生徒会副会長を務める僕・東山 優真は、普段の仕事ぶりから次期生徒会長の最有力候補と言われている。……んだけど、実際は詰めの甘さやうっかりミスを根性論でカバーしてきたポンコツだ。
こんなに頑張れているのは、密かに思いを寄せている安西生徒会長のため。
ある日、なんの奇跡か会長に告白され晴れて恋人同士となった僕は、大好きな人に幻滅されないためにポンコツを隠し通すと決めたけど……!?(内容は他サイト版と同じですが、こちらの方がちょっと読みやすいはずです)
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
【完結】俺とあの人の青い春
月城雪華
BL
高校一年の夏、龍冴(りょうが)は二つ上の先輩である椰一(やいち)と付き合った。
けれど、告白してくれたにしては制限があまりに多過ぎると思っていた。
ぼんやりとした不信感を抱いていたある日、見知らぬ相手と椰一がキスをしている場面を目撃してしまう。
けれど友人らと話しているうちに、心のどこかで『椰一はずっと前から裏切っていた』と理解していた。
それでも悲しさで熱い雫が溢れてきて、ひと気のない物陰に座り込んで泣いていると、ふと目の前に影が差す。
「大丈夫か?」
涙に濡れた瞳で見上げると、月曜日の朝──その数日前にも件の二人を見掛け、書籍を落としたのだがわざわざ教室まで届けてくれたのだ──にも会った、一学年上の大和(やまと)という男だった。
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる