紅葉色の異世界転生。

HIIRAGI

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第七話 「冒険者ギルド。」

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 うーん・・・。
 朝起きた私は、ベッドに腰掛けたままかれこれ十五分くらい頭を悩ませていた。
 仕事を探さないといけない。しかし、ここ数日街を見ていて役所のようなものを一切見ていない。
 役所や職業案内所がない時って、どうやって仕事を探すんだろ。
 一軒一軒お店を回って、雇ってもらえないか交渉するのだろうか。それはそれでキツいなぁ・・・。

「今日も聞き込みかなぁ。」

 街の中を探索して、図書館を見つけることが出来たので言語の勉強は始めている。簡単な言葉くらいなら読み書きが出来るようになってきたところだ。しかし、図書館に篭って勉強に専念し過ぎては、先に資金が底をついてしまう。
 身だしなみを整えて部屋を出た私は、仕事の探し方を聞くために宿のロビーで受付をしているおばちゃんに話しかけた。

「おはようございます。」

「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」

「はい、おかげさまで。ところでお尋ねしたいことがあるんですけど。」

 私はこの街での仕事の探し方を尋ねた。すると、おばちゃんはものすごく分かりやすく教えてくれた。
 どうやらこの街での手続き関係も全て警務隊を通しているらしく、私の思っている役所の仕事も警務隊の任務の一つのようだ。
 つまり、困った時は警務隊の本部に行ってみよう。というのが、この街の仕組みなのだ。

「ありがとうございます。助かりました。」

「いえいえ。気をつけてね。」

 早速、警務隊の本部へ向かうため宿を出ようとする私を、おばちゃんは優しい笑顔で送り出してくれた。
 さぁ、何度目の警務隊本部だろうか。まぁ、ここが役所とも考えられると知った今では、全然気兼ねなどないのだけども。
 正面玄関から入り中央奥の受付に向かう。今思ったけど、何気に正面玄関から入るのは初めてだ。

「本日はどのようなご用でしょうか?」

「仕事を探しているんですけど・・・。」

 順調に手続きを進めていく。とはいえ、そう簡単に仕事なんか見つかるわけもなく、ただただ時間だけが過ぎていく。というのも、この街の住人は自分で開業したり、親の店を継いだりと職を探すという文化が乏しいみたいで、募集をしても人が来ないことから、そもそも募集を公開しているお店が無いのだ。
 ヤバいなぁ。思ってた通り一軒一軒回って行かないといけなくなる予感がする・・・。
 これだけのお店が並んでいたら一軒くらいは雇ってくれるかもしれないけど、その店を探し当てるまでが地獄なんだよなぁ。

「あれ?カエデちゃんじゃね?」

 カウンターの前で立ち尽くしていたら、不意に背後からクラウド少佐の声が聞こえてきた。

「あ、クラウド少佐。おはようございます。」

「おはよぉ。あ、クラウドでいいよ。それよりこんな朝からどうしたの?」

 私がここへきた理由と、仕事が見つからない事を話すと、クラウドさんは俯いて何やら考え事を始めた。この人、こんなところで油を売っていていいのかな?
 しばらくただじっと考え込むクラウドさん。そしておもむろに顔を上げたクラウドさんは、私の顔を見てニッと笑った。

「カエデちゃんさ。冒険者って興味ない?」

「あ、それちょっと気になってたんです。」

 冒険者という単語は、前に広場で話した女の人が言っていて気にはなっていた。しかし、度重なるアクシデントと、逼迫していく資産に追われてすっかり忘れてしまっていた。

「冒険者自体は誰にでもなれるんだ。だから、特に何もこだわりがないなら、君も冒険者になってみるといいよ。」

「でも、冒険者って一体何をするんですか?」

 ファンタジーでの冒険者というと、武器を手に魔物と戦ったり、色んなクエストをクリアしたりするイメージだけど、ただの人間である私にそんなことが出来るかな。

「冒険者と言っても色々ある。戦闘系に長けた奴も居れば、諜報員的な役割をしている奴も居る。ちなみに俺ら警務隊で階級が少佐以上の奴は、任意の冒険者を協力者として任命する権利が与えられる。」

「協力者・・・。」

 警務隊の中でも位の高い人が任命する協力者ということは、それだけ危険であったり、重要な依頼でもされるのだろう。

「昨日今日冒険者になった人間を協力者に任命することは出来ないから、俺が手助けできることはほぼ無いんだが、何か功績をあげて評価でもされたら、任命される日が来るかもな。」

「でも、そんな毎日依頼ってあるものなんですか?」

「いいや。時期にもよるが毎日っていうのは稀だな。だが、協力者に任命されたら、最低額の報酬は出る。仕事が無くても生活には困らんよ。贅沢は出来んけどな。」

 仕事がなくても、いつ仕事を頼むか分からないからそのための待機代として最低限のお金はくれるということか。それは嬉しいシステムだ。

「その協力者っていうのに任命される基準ってなんですか?」

「んー。勘かな?」

 はい?そんなもので決まるの?
 もっと正式な試験があるとか、明確な基準があるものじゃないのかな?

「まぁ、Bクラスの冒険者以上ってのが最低条件には設定されてるけど、それは戦闘員としての協力者だからなぁ。」

「なるほど。じゃあ、特には決まってないんですね。」

 コクリと頷くクラウドさん。じゃあ、協力者に任命してもらうには、冒険者として目立った功績を作るしかないって事だ。
 先が遠そうだなぁ・・・。私は内心肩を落とした。
 クラウドさんの助言で私はとりあえず冒険者になることにした。冒険者になるための冒険者ギルドは、街の中心部から少し東の商業区リエールの角にある。この大きな建物は何度か見ているものの、警務隊の人間も出入りしていたので冒険者ギルドだとは思っていなかった。
 灯台下暗しってこういう事を言うんだなぁ。
 建物の中に入ってみると、いかにも冒険者です!という出立ちの色んな格好をした人たちが居た。
 鎧を着ているのは戦闘派の人たちだろう。体もしっかりと鍛えられているようで、向こうにいる男の人なんて腕が私の足よりも太そうだ。

「依頼ですか?受注ですか?」

 受付のお姉さんが、紫の髪をなびかせながら書類の整理をしつつ、立ち尽くしている私に声をかけてくれる。

「あの、冒険者になりたくて・・・。」

「冒険者登録の方ですね。それでは、こちらの書類に記入をお願いします。」

 カウンターに設けられた小窓から、スッと一枚の紙とペンが差し出される。冒険者登録用の記入用紙のようで、名前や特技、前職などを記入するようだ。
 履歴書的な感じみたい。
 覚えたての文字で上から順に埋めていく。名前は・・・大丈夫。年は・・・二十歳って書いてる方が何かと都合がいいかな?色んな情報知れるだろうし。あとは・・・、前職・・・。無し、と。
 特技の欄も特に無いので空欄で提出し、とりあえずの登録を済ませる。

「現在カエデ様は仮登録の状態になります。本登録が完了するには、ビギナーランクのクエストを三つ完了して頂く必要がありますので、ご自身の出来そうな範囲からクエストを選んで下さい。」

 そう言って指をさされたのは入り口付近の掲示板。新着のクエストは表に張り出され、古くなったものに関しては下にある棚のファイルにまとめられているようだ。
 ビギナーランクということは、おつかい程度のクエストだろうか。まぁ、今の状態で一人で街を出るのも危険だろうし、この街の中で完結するクエストが出来たらそっちの方がいいなぁ。

「特技、前歴無しという事ですので、戦闘は極力避けてください。初めから戦闘経験のあるお仲間さんとクエストに出かけられて、大怪我をして帰ってくるなんて話も珍しくありませんので。」

「だ、大丈夫です。安全そうなやつから始めますので。」

 大怪我してでも帰って来れたらいいけど、帰ってきた頃には変わり果てた姿・・・なんて事もあるはずだ。身の丈に合ったクエストを探すのが一番だろう。

「それではお気をつけて。」

 手続きは全て終わったみたいで、私は早速クエストボードに目を通した。
 えーっとビギナーランクのクエストは・・・。あった、猫探し、買い物代行、土木工事・・・。うわぁ、本当に雑用レベルの依頼ばっかり。まぁ、特別な訓練も受けていない駆け出しの冒険者は、一般人と何も変わらないし仕方がないんだけど。
 とりあえず、買い物代行のクエストシートを取り出してキープし、棚の下の方にあるAランククエストのファイルを少し覗いてみる。医療部隊同行、指定対象の捜索と捕縛、指定箇所の探索・・・。依頼内容のレベルが段違いだ。これをこなせる人間は、果たして人間と呼んでいいのだろうか?
 スポーツ界でも人間を辞めていると言われた選手が何人かいたけど、流石にこのクエストは命の危険があり過ぎる。

「私には無縁な世界だなぁ。」

 ファイルを閉じて棚に戻す。手に持っていた買い物代行のクエストシートを受付に持って行き、お姉さんに受理してもらった。この受理作業が完了したら、このクエストの依頼者に現在クエストが進行中であることが知らされるようだ。
 ギルドを出た私は、リエールの中にある食材店に向かって歩き出した。確か、野菜とお肉が依頼内容だったよね。
 店先でなるべく綺麗な野菜を選んでいると、ふとニコラウスの事が脳裏をよぎった。マスター大丈夫かな。
 買い物代行のクエスト報酬は銅貨三枚。これは軽食が一食食べられるか食べられないかくらいの金額だが、私は残っているお金から少し足して、少し遅めの昼食を摂ることにした。
 お昼から荷物搬入のクエストを一件受け、終わった頃にはもう日が暮れかけていた。

「お嬢ちゃんお疲れさん。」

「お疲れ様です・・・。」

 しんどい・・・。結構重めの箱だのなんだのと馬車から店の中に運び込む作業を半日続けていると、私の全身の筋肉は悲鳴を上げていた。これは・・・流石に明日に響くかも・・・。

「最初は女の子が来たから大丈夫かな?って思ってたけど、前に来た男の子よりも良かったよ!」

 そう言って私の肩をバシバシ叩きながら大笑いをする店主のおじさん。

「これ、報酬とは別のボーナスだ。これで温泉でも入ってきな。仕事疲れにこの街の温泉は効くぜ?」

 ポケットからシワの入った茶封筒を取り出して、押し付けるように手渡してくる。あれ?この街に温泉なんてあったっけ?

「この街に来て数日経ちますけど、温泉なんて見た事ないですよ?」

「あれ?ブリンゲル城には行ってないのか?あそこの地下は温泉だよ。」

 え!?初耳なんですけど。
 水浴び程度のシャワーしかない宿に泊まっていたから、この世界の風呂文化を誤解してた。ちゃんとお風呂あるんじゃん!
 後始末があるという店主に挨拶だけ済ませ、私は報酬を受け取りにギルドへと急いだ。
 日は完全に沈み、街はすっかり闇に飲み込まれた。
 ギルドで報酬を受け取った私は、早速ブリンゲル城の地下にあるという温泉に向かった。 
 
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