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第四話 「ニコラウスの畑。」
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「うわぁ!すごい!」
さっきまでの工場地帯は大通りを境に広大な農地へと変わった。辺りには麦や米、野菜などの色々な作物が植えられ、土と葉のいい匂いが一帯を包み込んでいた。
「隣にあんな工場があるのに、向こうの匂いは全然しない。」
さっきまでの薬品の臭いは一切なく、今は農作物の匂いだけしかしない。
「お嬢さん旅の方かい?」
「えぇ、まぁ。」
景色と匂いを堪能していたら、作物の間から姿を現した老人に話しかけられた。
「おじいさんはこの農園の方ですか?」
「あぁそうじゃよ。ワシはこの農園の管理者の中で一番の古株、みんなはタツ爺と呼んでおる。」
「タツさん・・・。タツさんは何を作ってるんですか?」
古株ということは、農業歴が長いということ。一つだけを極めて来た人なのか、それともいろんな作物を栽培しているのか。
「ワシの農園はもう無いんじゃよ。」
タツさんはそう言うと寂しそうな表情で農園を見た。タツ爺とは呼ばれているらしいが、まだまだ現役で農業が出来そうに見える。なのにどうして・・・。
「ワシの野菜は自然に任せた作り方をしておった。自分で言うのもなんだが、美味くて評判が良かったんじゃ。しかし、他の畑で使われた農薬のせいで、品質が偏り始めたんじゃ。」
「農薬・・・。」
「あぁ、農薬を使った方が確かに見た目は良いだろう。虫も食わんからな。でもな、虫が食わん野菜が本当に美味しいと思うか?」
「それは・・・。」
確かに農薬と聞くとあまり良いイメージが無い。毒性のある農薬もあるって聞くくらいだから、ブリンゲルの科学力でどのレベルの農薬が作られているのか分からない以上、安全だとも言い切れない。
「ワシはとことん無農薬にこだわった。しかし、今では専業で農業をする者は少ない。他で店をしながら片手間に農業をするものがほとんどじゃ。そんな者は、農薬に頼らねば害虫の対策も出来んのじゃろう。」
「効率化の影響で品質が下がるのはよく聞く話ですよね。」
「初心を忘れておるのは嘆かわしいことよなぁ・・・。」
悲しそうに作物を手に取りながら目を細めるタツさん。あれ?自分の農園が無いって事は、タツさんはどうしてこの畑に居るんだろう?管理者とは言っていたけど、個人の畑に出入りする権利ってあるのかな?
「おい!そこで何をしている!」
突然の大声に思わず背筋が伸びた。
「そこは俺の畑だ!」
「えーっと・・・。」
ほら、分かりやすいトラブル発生。
「ワシは自分の土地じゃった場所で、何が作られておるのか見ておっただけじゃよ。」
「野菜もまともに作れないジジイにウチの野菜の何が分かるんだか。頼むからいらん事だけはしてくれるなよ?」
ガタイの良い体に似合わないオシャレな腕輪をしているおじさんが、真っ直ぐこっちを睨みつけてくる。見るからにガラの悪そうなおじさんが、嫌味ったらしい言い方でタツさんに言い放つ。それにしてもちょっと酷い。
「そんな言い方・・・。ちょっと酷いんじゃないですか?」
「お嬢ちゃん。農業が分かってないなら口出ししないでくれ。これは大人の問題なんだよ。」
名前も知らないおじさんは、そう言って私のことなんか相手にしていない様子だった。そりゃそうだ、私みたいな高校生が農業を熟知していることなんか滅多にない。現に、私は農業に関しては無知だ。しかし、タツさんの気持ちも、無農薬野菜の美味しさも理解しているつもりだ。
「お前の使った農薬のせいで、ワシらの野菜にまで被害が出たんじゃないか。」
「言いがかりはやめてくれよ。俺の使った農薬に害があるなら、なんで今俺の野菜はこうしてたくさん売れてるんだよ。お前が野菜を作るのが下手なだけで、俺のせいにしてもらっちゃ困るぜ。」
無関係な私まで気分を害すような嫌味な言い方に、思わずおじさんを睨みつけてしまう。
「農薬のせいで野菜の味が落ちたとしても、お前はそれでもいいのか?」
「この国の農薬は完璧なんだよ。人体には無害で、味は濃くなり、実は大きくなる。虫も寄りつかないから見た目も良い。今更無農薬とかいう非合理的な方法に縋るのは時代遅れなんだよ。」
「この若造が・・・!何が完璧じゃ!」
おじさんの物言いに、タツさんの声から怒りの感情が感じ取れた。
「まぁ、あんたには死ぬまで俺らのやり方の良さは理解出来ないだろうな。」
そう笑い飛ばしてどこかへ行ってしまうおじさん。私は呼び止めようと声を出そうとしたが、察したタツさんに止められてしまった。
「あいつにこれ以上言っても無駄じゃ。それより、君には嫌な思いをさせてしまったね。お詫びにお茶でもご馳走しよう。着いておいで。」
「あ、いや・・・そんな。」
「年寄りの気遣いは無下にするもんじゃないよ。」
ニッコリ笑ったタツさんは、そのまま黙ってリエールの方へと歩き始めたのだった。
リエールのとある路地に案内された私は、一見酒場と見間違えるような風貌の喫茶店に入った。
「いらっしゃい・・・あぁ、タツ爺じゃないですか!生きてたんですか!」
「二日、三日顔を出さんかったくらいで、命の心配をされるとはのぅ。」
店の中に入ると、三十代半ばくらいの男性がカウンターの中で食器の整理をしていた。
「冗談ですよ!今日は若い女の子連れてどうしたんです?」
フランクな会話を繰り広げるタツさんとマスター。タツさんはこの店の常連なのだろうか。
「この娘さんには不快な思いをさせてしまってなぁ。お詫びにお茶でもどうかと誘ったんじゃよ。」
「そうなんですか。まさか、ナンパをする口実とかじゃないですよね?」
「酷いことを言うのぅ。」
マスターはまた冗談だと笑いながら、席に案内してくれる。
「ここはコーヒーとフルーツパフェがおすすめなんじゃよ。」
「フルーツパフェ・・・。」
聞き慣れた単語ばかりだ・・・。異世界の文化ってこんなにコッチに寄っているものだっけ?
「まぁ、メニューを見て好きなのを選びなさい。」
「ありがとうございます。」
タツさんからメニューを受け取って、一覧を確認してみる。しまった・・・。文字読めないんだった。
しばらく悩むフリをして、無難にオススメだと言われたコーヒーとフルーツパフェを注文することにした。
「そうそう。年長者の言うことには耳を傾けるものなのじゃ。」
あれだけのことを言われたにも関わらず上機嫌なタツさん。私ならムシャクシャしてやけ食いでもし始めてるんじゃないだろうか。
「タツ爺は滅多に怒らないですが、そっちのお嬢さんの態度を見てたらなんとなく分かる気がしますよ。恐らく例の男が絡んでるのでは?」
「本当にお前さんは鋭いのぅ。」
例の男とはさっきのおじさんの事だろうか。あの人はそんなに有名なのかな。マスターの態度からも伺えるように、全く良い印象は無いみたいだけど。
「さっきのおじさんってどんな人なんですか?」
「名前はニコラウス。元はどうしようもないゴロツキだったんですが、タツ爺から畑を奪ってからは自分のことをこの街一番の農家だと豪語しているようです。」
「どうしようもない子悪党じゃよ。」
どうしようもない子悪党というのは解釈一致だけど、畑を奪ったという表現に私は引っ掛かりを覚えた。
「タツさんが売った土地をニクラウスが買ったわけじゃないんですか?」
「土地さえあれば、タツ爺はまだまだ現役ですよ。」
コーヒーを淹れながらクスッと笑うマスター。
「じゃあ、奪ったって・・・。」
「ワシの土地に奴は農薬を撒いたんじゃよ。」
衝撃が走った。
タツさんの畑は無農薬で手間をかけて作った野菜が売りなのに、その畑で取れた野菜から農薬が検出されたりなんてしたら信用なんて一気になくしてしまう。
「あ、だからか・・・。」
ニコラウスはそうやってタツさんの畑の信用を無くして、格安で買えるように仕向けたんだ。信用を無くして作物が売れなくなった専業農家に収入源はない。その弱みに漬け込んで・・・。
「ほぅ?お嬢さん中々頭がキレるようだね。」
「ほっほっほっ!さっきはニコラウス相手にブチギレじゃったようだがの。」
マスターは私が何を考えているのかお見通しのようだ。このマスター侮れない・・・。もしかすると、異世界人であることもバレてしまうかも。
「どうにかして取り返せないですかね・・・。」
「彼奴の畑の価値を暴落させることが出来たら、取り返すことも可能かもしれんがの・・・。それは難しいじゃろうな。」
「そうなんですか?」
不穏分子は既にニコラウスの畑にはある。それを突きつければ良いだけの話だと思うんだけど・・・。
「街の人々は彼の野菜を食べている。もし彼が野菜を作らなくなれば、この街から野菜が激減するんですよ。」
「でも、だからって体に悪い野菜を食べ続けてたら・・・。」
「そう、私たちは害のある野菜だと思っている。でも、そこに確証はないんですよ。街の人からすれば、ゴロツキが作った野菜でも街の助けになっている。それの邪魔をしようとしているわけですのでね。」
マスターの話も分かる。確証が無い事で、言いがかりをつけるだけだとこっちの部が悪い。でも、それなら・・・。
「何かあの畑を調べる方法とかってないんですか?成分を解析してくれる人とか。」
「居ることには居るんですけどね、自営でバイオ研究をやっている人は。」
「じゃあその人に!」
「ダメなんですよ。」
マスターの表情は曇ったままだった。バイオ研究をしている人なら、土壌に残った農薬から成分を分析出来るかもしれない。なのに、マスターはダメだと言い切ってしまっている。
「解析・・・出来ないんですか?」
「解析は出来るでしょう。それなりの設備も整っているはずですから。」
「じゃあ・・・!」
一体何がダメだというのだろうか。
マスターやタツさんの表情を見るに、そのバイオ研究者に頼るのは絶望的なレベルみたいだ。
「バイオ研究をしている青年はジョージという者なんじゃが、そのジョージはこの街のヘルメンという貴族から融資を受けておる。」
「それってこの件と何か関係あるんですか?」
「大アリなんじゃよ。その貴族とニコラウスは繋がっておるんじゃ。」
「え・・・。」
有害な農薬を使っているニコラウスは貴族であるヘルメンと繋がっていて、そのヘルメンがジョージという青年に融資をしてバイオ研究を進めている。嫌な三角関係が出来てしまった。
そんなの、どこを叩いても全員から牙を剥かれるじゃん・・・。
「ヘルメンが元手を出してジョージが農薬を開発、ニコラウスがその農薬で野菜を作って売りさばく。」
「そうです。システムが完成している以上、どこを切り崩すも一筋縄ではいかないでしょう。こちらに味方してくれる研究所があれば別でしょうが。」
ブリンゲルでバイオ研究をしているのはジョージだけだという。そう簡単に研究者が見つかれば、この人たちもここまで苦労はしていないだろう。
「そういうことで手を詰まらせているのじゃよ。」
「そうだったんですね・・・。」
事情を理解した私の前に、コーヒーとフルーツパフェが置かれる。
「難しい話はこれくらいにしましょう。」
「うわぁ!おいしそう!」
マスターにはそう言われたものの、私は目の前に置かれたパフェを堪能しながらニコラウスの畑について考えを巡らせるのだった。
さっきまでの工場地帯は大通りを境に広大な農地へと変わった。辺りには麦や米、野菜などの色々な作物が植えられ、土と葉のいい匂いが一帯を包み込んでいた。
「隣にあんな工場があるのに、向こうの匂いは全然しない。」
さっきまでの薬品の臭いは一切なく、今は農作物の匂いだけしかしない。
「お嬢さん旅の方かい?」
「えぇ、まぁ。」
景色と匂いを堪能していたら、作物の間から姿を現した老人に話しかけられた。
「おじいさんはこの農園の方ですか?」
「あぁそうじゃよ。ワシはこの農園の管理者の中で一番の古株、みんなはタツ爺と呼んでおる。」
「タツさん・・・。タツさんは何を作ってるんですか?」
古株ということは、農業歴が長いということ。一つだけを極めて来た人なのか、それともいろんな作物を栽培しているのか。
「ワシの農園はもう無いんじゃよ。」
タツさんはそう言うと寂しそうな表情で農園を見た。タツ爺とは呼ばれているらしいが、まだまだ現役で農業が出来そうに見える。なのにどうして・・・。
「ワシの野菜は自然に任せた作り方をしておった。自分で言うのもなんだが、美味くて評判が良かったんじゃ。しかし、他の畑で使われた農薬のせいで、品質が偏り始めたんじゃ。」
「農薬・・・。」
「あぁ、農薬を使った方が確かに見た目は良いだろう。虫も食わんからな。でもな、虫が食わん野菜が本当に美味しいと思うか?」
「それは・・・。」
確かに農薬と聞くとあまり良いイメージが無い。毒性のある農薬もあるって聞くくらいだから、ブリンゲルの科学力でどのレベルの農薬が作られているのか分からない以上、安全だとも言い切れない。
「ワシはとことん無農薬にこだわった。しかし、今では専業で農業をする者は少ない。他で店をしながら片手間に農業をするものがほとんどじゃ。そんな者は、農薬に頼らねば害虫の対策も出来んのじゃろう。」
「効率化の影響で品質が下がるのはよく聞く話ですよね。」
「初心を忘れておるのは嘆かわしいことよなぁ・・・。」
悲しそうに作物を手に取りながら目を細めるタツさん。あれ?自分の農園が無いって事は、タツさんはどうしてこの畑に居るんだろう?管理者とは言っていたけど、個人の畑に出入りする権利ってあるのかな?
「おい!そこで何をしている!」
突然の大声に思わず背筋が伸びた。
「そこは俺の畑だ!」
「えーっと・・・。」
ほら、分かりやすいトラブル発生。
「ワシは自分の土地じゃった場所で、何が作られておるのか見ておっただけじゃよ。」
「野菜もまともに作れないジジイにウチの野菜の何が分かるんだか。頼むからいらん事だけはしてくれるなよ?」
ガタイの良い体に似合わないオシャレな腕輪をしているおじさんが、真っ直ぐこっちを睨みつけてくる。見るからにガラの悪そうなおじさんが、嫌味ったらしい言い方でタツさんに言い放つ。それにしてもちょっと酷い。
「そんな言い方・・・。ちょっと酷いんじゃないですか?」
「お嬢ちゃん。農業が分かってないなら口出ししないでくれ。これは大人の問題なんだよ。」
名前も知らないおじさんは、そう言って私のことなんか相手にしていない様子だった。そりゃそうだ、私みたいな高校生が農業を熟知していることなんか滅多にない。現に、私は農業に関しては無知だ。しかし、タツさんの気持ちも、無農薬野菜の美味しさも理解しているつもりだ。
「お前の使った農薬のせいで、ワシらの野菜にまで被害が出たんじゃないか。」
「言いがかりはやめてくれよ。俺の使った農薬に害があるなら、なんで今俺の野菜はこうしてたくさん売れてるんだよ。お前が野菜を作るのが下手なだけで、俺のせいにしてもらっちゃ困るぜ。」
無関係な私まで気分を害すような嫌味な言い方に、思わずおじさんを睨みつけてしまう。
「農薬のせいで野菜の味が落ちたとしても、お前はそれでもいいのか?」
「この国の農薬は完璧なんだよ。人体には無害で、味は濃くなり、実は大きくなる。虫も寄りつかないから見た目も良い。今更無農薬とかいう非合理的な方法に縋るのは時代遅れなんだよ。」
「この若造が・・・!何が完璧じゃ!」
おじさんの物言いに、タツさんの声から怒りの感情が感じ取れた。
「まぁ、あんたには死ぬまで俺らのやり方の良さは理解出来ないだろうな。」
そう笑い飛ばしてどこかへ行ってしまうおじさん。私は呼び止めようと声を出そうとしたが、察したタツさんに止められてしまった。
「あいつにこれ以上言っても無駄じゃ。それより、君には嫌な思いをさせてしまったね。お詫びにお茶でもご馳走しよう。着いておいで。」
「あ、いや・・・そんな。」
「年寄りの気遣いは無下にするもんじゃないよ。」
ニッコリ笑ったタツさんは、そのまま黙ってリエールの方へと歩き始めたのだった。
リエールのとある路地に案内された私は、一見酒場と見間違えるような風貌の喫茶店に入った。
「いらっしゃい・・・あぁ、タツ爺じゃないですか!生きてたんですか!」
「二日、三日顔を出さんかったくらいで、命の心配をされるとはのぅ。」
店の中に入ると、三十代半ばくらいの男性がカウンターの中で食器の整理をしていた。
「冗談ですよ!今日は若い女の子連れてどうしたんです?」
フランクな会話を繰り広げるタツさんとマスター。タツさんはこの店の常連なのだろうか。
「この娘さんには不快な思いをさせてしまってなぁ。お詫びにお茶でもどうかと誘ったんじゃよ。」
「そうなんですか。まさか、ナンパをする口実とかじゃないですよね?」
「酷いことを言うのぅ。」
マスターはまた冗談だと笑いながら、席に案内してくれる。
「ここはコーヒーとフルーツパフェがおすすめなんじゃよ。」
「フルーツパフェ・・・。」
聞き慣れた単語ばかりだ・・・。異世界の文化ってこんなにコッチに寄っているものだっけ?
「まぁ、メニューを見て好きなのを選びなさい。」
「ありがとうございます。」
タツさんからメニューを受け取って、一覧を確認してみる。しまった・・・。文字読めないんだった。
しばらく悩むフリをして、無難にオススメだと言われたコーヒーとフルーツパフェを注文することにした。
「そうそう。年長者の言うことには耳を傾けるものなのじゃ。」
あれだけのことを言われたにも関わらず上機嫌なタツさん。私ならムシャクシャしてやけ食いでもし始めてるんじゃないだろうか。
「タツ爺は滅多に怒らないですが、そっちのお嬢さんの態度を見てたらなんとなく分かる気がしますよ。恐らく例の男が絡んでるのでは?」
「本当にお前さんは鋭いのぅ。」
例の男とはさっきのおじさんの事だろうか。あの人はそんなに有名なのかな。マスターの態度からも伺えるように、全く良い印象は無いみたいだけど。
「さっきのおじさんってどんな人なんですか?」
「名前はニコラウス。元はどうしようもないゴロツキだったんですが、タツ爺から畑を奪ってからは自分のことをこの街一番の農家だと豪語しているようです。」
「どうしようもない子悪党じゃよ。」
どうしようもない子悪党というのは解釈一致だけど、畑を奪ったという表現に私は引っ掛かりを覚えた。
「タツさんが売った土地をニクラウスが買ったわけじゃないんですか?」
「土地さえあれば、タツ爺はまだまだ現役ですよ。」
コーヒーを淹れながらクスッと笑うマスター。
「じゃあ、奪ったって・・・。」
「ワシの土地に奴は農薬を撒いたんじゃよ。」
衝撃が走った。
タツさんの畑は無農薬で手間をかけて作った野菜が売りなのに、その畑で取れた野菜から農薬が検出されたりなんてしたら信用なんて一気になくしてしまう。
「あ、だからか・・・。」
ニコラウスはそうやってタツさんの畑の信用を無くして、格安で買えるように仕向けたんだ。信用を無くして作物が売れなくなった専業農家に収入源はない。その弱みに漬け込んで・・・。
「ほぅ?お嬢さん中々頭がキレるようだね。」
「ほっほっほっ!さっきはニコラウス相手にブチギレじゃったようだがの。」
マスターは私が何を考えているのかお見通しのようだ。このマスター侮れない・・・。もしかすると、異世界人であることもバレてしまうかも。
「どうにかして取り返せないですかね・・・。」
「彼奴の畑の価値を暴落させることが出来たら、取り返すことも可能かもしれんがの・・・。それは難しいじゃろうな。」
「そうなんですか?」
不穏分子は既にニコラウスの畑にはある。それを突きつければ良いだけの話だと思うんだけど・・・。
「街の人々は彼の野菜を食べている。もし彼が野菜を作らなくなれば、この街から野菜が激減するんですよ。」
「でも、だからって体に悪い野菜を食べ続けてたら・・・。」
「そう、私たちは害のある野菜だと思っている。でも、そこに確証はないんですよ。街の人からすれば、ゴロツキが作った野菜でも街の助けになっている。それの邪魔をしようとしているわけですのでね。」
マスターの話も分かる。確証が無い事で、言いがかりをつけるだけだとこっちの部が悪い。でも、それなら・・・。
「何かあの畑を調べる方法とかってないんですか?成分を解析してくれる人とか。」
「居ることには居るんですけどね、自営でバイオ研究をやっている人は。」
「じゃあその人に!」
「ダメなんですよ。」
マスターの表情は曇ったままだった。バイオ研究をしている人なら、土壌に残った農薬から成分を分析出来るかもしれない。なのに、マスターはダメだと言い切ってしまっている。
「解析・・・出来ないんですか?」
「解析は出来るでしょう。それなりの設備も整っているはずですから。」
「じゃあ・・・!」
一体何がダメだというのだろうか。
マスターやタツさんの表情を見るに、そのバイオ研究者に頼るのは絶望的なレベルみたいだ。
「バイオ研究をしている青年はジョージという者なんじゃが、そのジョージはこの街のヘルメンという貴族から融資を受けておる。」
「それってこの件と何か関係あるんですか?」
「大アリなんじゃよ。その貴族とニコラウスは繋がっておるんじゃ。」
「え・・・。」
有害な農薬を使っているニコラウスは貴族であるヘルメンと繋がっていて、そのヘルメンがジョージという青年に融資をしてバイオ研究を進めている。嫌な三角関係が出来てしまった。
そんなの、どこを叩いても全員から牙を剥かれるじゃん・・・。
「ヘルメンが元手を出してジョージが農薬を開発、ニコラウスがその農薬で野菜を作って売りさばく。」
「そうです。システムが完成している以上、どこを切り崩すも一筋縄ではいかないでしょう。こちらに味方してくれる研究所があれば別でしょうが。」
ブリンゲルでバイオ研究をしているのはジョージだけだという。そう簡単に研究者が見つかれば、この人たちもここまで苦労はしていないだろう。
「そういうことで手を詰まらせているのじゃよ。」
「そうだったんですね・・・。」
事情を理解した私の前に、コーヒーとフルーツパフェが置かれる。
「難しい話はこれくらいにしましょう。」
「うわぁ!おいしそう!」
マスターにはそう言われたものの、私は目の前に置かれたパフェを堪能しながらニコラウスの畑について考えを巡らせるのだった。
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