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第二章・妹との出会い

貴族と少女の表情

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正直言って、いまの状況はよくわからない。
僕のもともとのからだの持ち主。
レオニードには、やはり家族がいたのかもしれない。
妹を名乗る少女、ソフィアが現れたのだから。

普通に妹だと言い張る子が現れただけ。
それだけなら、そうして納得していたかもしれない。

だが、ソフィアの中身は間違いなくサファイアだ。
これはどういうことだろう。

ふたりそれぞれが転生した。
そして、それぞれからだを乗っとった。
家族だったのは偶然。
もちろん、こういう風にも考えられる。

そもそも、もともとのからだなんてないかもしれない。
僕は転生の仕組みなんて知らないのだ。

サファイアが何かを企んでいる。
僕を騙そうとしている。
これは否定できない。
可能性だけなら、あると思う。
しかしそれは、可能性の話だ。

僕の妹を名乗る少女。
彼女のことは、結局、僕が面倒をみることになった。
少し悩んだが、放っておくわけにもいかない。
10歳くらいの少女なのだ。
中身は転生の女神サファイアだとしても。

「だが、お前、妹だということは思い出せないんだろう?」
「ええ、そうなんです」

僕はうなずいた。
アルトは「なんと言ったらいいのか」という表情。
ソフィアは唇をとがらせて、寂しげにしていた。

「ただ、なんとなく他人ではないような気がします。ずいぶん長いあいだ一緒にいたような、懐かしくなるような」
「ふん……家族っていうのはそういうもんなんだ。たとえ記憶がなくてもな」

とアルトはなぜか嬉しそうにしていた。
ソフィアは目を見開いて、僕を見つめていた。
薄い赤色の瞳。
それから、慌てて目をそらしていた。
「あっ、ヤバイ。バレるかも」という態度だ。

――やっぱり何か隠そうとしてる。というか、正体がバレたくないのかな……?

しかし態度だけでバレバレだ。
こういうのを泳がせるのは楽しい。
見ているだけでワクワクしてくる。

「それでなあ……」

アルトが言いにくそうに言った。

「いろいろと込み入った事情があるのはわかっているんだが、この子も身分証がないんだよな。規則は規則だから、俺の一存で融通を効かせることもできないし……」

アルトはずいぶんソフィアに肩入れしているようだ。
兄を頼って一人で旅してきた少女。
はたから見れば、感動的な話なのかもしれない。

「あ、身分証なら大丈夫ですよ」

と僕は言った。
アルトの前に、先程もらった金貨を並べた。

「身分証一枚分くらいってことでしたよね。はい、これでお願いします」
「ああ、そうか……」

とアルトは金貨を見つめた。

「すまんな。規則だからな」

アルトは規則をずいぶん気にしている。
衛兵の役割は、街の警備だけではない。
警察官のようなこともしているらしい。
その隊長なら、迂闊に規則を破ることはできないのだろう。

「ところでお前、金貨や物の値段についても記憶がなかったよな」
「そうなんです」
「お釣りの計算とかもできないんじゃないのか?」
「あー、全然できませんね」
「早めにできるようになったほうがいいだろうな。お釣りをごまかされてもわからないと困るからな」
「そうですよねー」
「まあ、早いうちに覚えておくといい。それで、これはお釣りだ」

と金貨を一枚渡された。

――あれ? こんなに返ってくるんだ。

最初のアルトの話ぶり。
身分証を作ればお釣りはほとんどでない。
そんな言い方をしていた。
まあ、意外と安く済んだのなら文句はない。

――ということにして……。

アルトの気づかいに、僕は黙って頭を下げた。

「それで相談なんだがな、しばらくはティレスタムの名は使わないで欲しい。詳しくは、その子から聞くといい」

どうやら、僕たちふたりは貴族のようだ。
そして、身分を隠したほうがいいような状況らしい。
誰が跡を継ぐかでもめたとか、そんな話とのことだった。

王位を巡って兄弟で殺し合う。
前世ではそんな物語はありふれていた。
この異世界の貴族にも、似たような状況はあるのかもしれない。

――まあ僕はそういうのに興味ないし、そもそも記憶がないから実感もないし。

と心の中で思う。

「貴族の跡継ぎ問題が絡むとなると、俺の手におえる話じゃない。口を挟める立場でもない。実際にどうなっているのか状況も把握できていないしな。お前のことはこの街の領主様に報告をしておく。何かしら対応してくれるだろうから、ひとまずそれまではおとなしくしていてくれないか」
「あ、はい。そしたら、しばらく街の観光でもしていますね」
「ああ、そうしてくれ。なるべくティレスタムの名も名乗らないことも忘れないようにな」
「はい、気をつけます」

――アルトは僕らが貴族だという話は信じていないのかもしれない。

と思った。
口調が変わっていない。
自分で説明しようともしなかった。

――それだけややこしい話で関わりたくないのかもしれない。

あるいは、話半分に聞いて、スルーしようとしているのか。
そういう態度のようにも思えた。

――まあ僕もスルーしたいんだけど、いまあれこれ悩んでも仕方がないか……。

領主様の対応を待つしかなさそうだ。
そんなことを考えながら、僕らは宿舎を後にした。

「お兄ちゃん、記憶がないんだよね。私のことも……」

僕の隣を歩くソフィアがつぶやく。
ソフィアは僕よりも頭ひとつ分は背が低い。
だからその顔は見えない。
口調もどこか、寂しそうだった。

「ああ、ごめんな」

記憶がないうえに、本当のお兄ちゃんでもない。
申し訳ない気持ちになってしまう。
反射的に頭を撫でてから、僕は疑問に思った。

――でも中身がサファイアだから、申し訳ないとか思わなくてもいいのか。いや、ダメか? あれ? いいのか?

「でも、私たちが何をされて、屋敷を追い出されたのか、覚えてないんだよね」
「え……? あ、うん」
「なら、思い出さなくていいよ」

そう言って、ソフィアが向けた笑顔は、悲しげで、とても10歳の少女が見せるような表情ではなくて、「ええ、あれ? これはどっちだ?」と僕は混乱してしまった。
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