この海の向こうに

kaede

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プロローグ

過去

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 今から十二年前、私の母は死んだ。

 それは突然のことであり、父からその事実を知らされたとき頭が真っ白になったのを覚えている。

 それから十二年の時が経った今でも未だに現実として受け入れられていないのが今の私の正直な心境だ。

 彼女の亡骸は帰ってきていないのだからなおさら、ね。

 受け入れられるはずがないのである。

 でもお葬式は行われたんだ。

 何故かは知らないけども。

 大人の事情なのかな、とその当時幼かった私はそう思うことにした。

 そうでもしないと父と兄を余計に悲しませてしまう、そう思っていたのかもしれない。

 その当時のことを私は鮮明に覚えている。

 都内にある本邸の和室。

 そこで西日本の地方都市から、母の実家の菩提寺からはるばるやってきたお坊さんによる葬式。

 父と兄、そしてそこに集まった数多くの親族が啜り泣く声。

 遺影だけが置かれた、室内前方にある書院造りの床の間。

 その遺影には、中東へと飛び立つ前に撮られた、駐在武官らしく陸上自衛隊の将校用の夏服姿の在りし日の母の満面の笑顔があった。
 
 私にとって、兄と父にとって最愛の家族の死。それは到底受け入れがたい現実となって私たち家族の前に突きつけられたのである。

 啜り泣く複数の声。

 お坊さんが上げてくださるお経の音調。

 俯いたまま顔を上げない父と兄。

 その中で私は、ただただ前を見据えていた。

 完全なる無表情で


 つぶらな大きい、なんの汚れも知らない純真な眼差しで

 笑顔をたたえた、母の遺影に視線を向けていた。

 悲しみの感情はなかった。

 だけど心の中にある大切な何かが欠落していくのを私は感じていた。

 一人の人間としての、大切な何か。

 何が抜け落ちたのだろう?

 なんなんだろ、何を無くしたのだろう?

 私はいったい、感情のどのパーツを無くしてしまったのだろう?

 母の死後十二年経った今でもその疑問が、ふとしたきっかけで湧き上がり、さらり、とながれては消える。

 その答えが分からず、ただただ時間だけが過ぎていく。

 だけどこれだけはなんとなくわかる。

 前へ進まないと。

 そう、進むしかないのだ。私自身の足で。

 だから今日も私は学校へと向かう。

 空虚だらけの日常へと。
 
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